*6 料理上手
ドアを開けたら、洗面所に彼女がいたのには驚いた。
まだ寝てると思ってたから。
……多分、見えなかったよな?
見えてたらあんなもんじゃ済まないだろうし。
そう自分に言い聞かせて朝食の支度に取り掛かる。
料理は割と上手だと自分でも思う。
両親が死んでからはずっと自炊してるし。
と言っても、朝食作るのに腕はあんまり関係ないな。
副食にベーコンエッグ、簡単なサラダ、ジャーマンポテトを作った。
パンをトースターに放り込み、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
スープはインスタントでいいだろ。
皿やグラスを揃えて、あとは彼女を待つだけ。
自分一人の朝食だとここまではしないな、と思いながら。
コーヒーが落ち切った頃、彼女が洗面所から戻って来る。
「あ~、良い匂いする~」
「適当に作ったけど良い? 食べられる?」
さすがに好き嫌いの考慮まではしていない。
「うん、へーき」
「じゃ、食べよう。味は保障しないけど」
二人向かい合ってテーブルに着く。
「味は保障しないなんて謙遜じゃん。いつでも嫁に行けるね。ってか、うちに嫁に来い!」
「は? 僕が嫁?」
「勿論!」
一口食べて何を言うかと思ったら……。
依りにも依って『嫁に来い』、ですか。
「ってことは料理、出来ないのか?」
「出来ないじゃなくて、やらないんだよ」
「出来ない人って皆そう言うよね。普段は?」
「朝は食べない、昼は生協とかコンビニ? 夜はバイト先とか、たまに作ったり」
バイトって……家庭教師だったか。
「だからさ、市田嫁においで?」
「いや、せめて婿って言えよ」
食事が終わった後、『これくらいはするよ』と言ってくれたので食器の片付けは彼女に任せた。
だが、なんとなく落ち着かない。
「そういえばさ~」
「うん?」
「進路って決めた?」
そうなのだ。
今現在、僕も彼女も3回生。
もうすぐ4回生になる。
そうなれば今までのようには行かない。
就職するなら就職活動に、進学するなら試験のために専念しなくてはならない。
「……まぁ、一応は。院に進学の予定。受かれば、だけど」
研究職に就ければいいなとは思ってる。
間口の狭い職だから就けるかどうかはわからないが。
「佐伯は?」
「私も院に進学。それこそ受かれば、だけど」
「……嫁の貰い手がなくなるよ?」
「だから、嫁に来いって言ってるのさ」
「まだ言うか」
互いに顔を見合わせてひとしきり笑いあった。
その後、僕は大学に向かうために、彼女は自宅に戻るために家を出た。
駅までは一緒なので肩を並べて歩く。
途中他愛もない話をしながら。
「今日は大学くるの?」
「昼過ぎには顔出すつもりだよ」
「そっか。じゃ、また後で」
彼女は自宅まではバスのはずだからバス停で別れを告げた。
「あ、あのさー?」
「……ん? どうかした?」
何故呼び止められたのかわからないまま、振り返る。
「〇×のお菓子で何が好きー?」
「? なんで?」
突然洋菓子チェーン店の名を挙げられたが意味が分からなかった。
「うち、近くにお店あるからおやつに買って行ってあげる。それで、何がいい?」
「あー、じゃあ、レーズンサンドで」
「レーズンサンドね。了解!」
満面の笑みで敬礼を真似る彼女に自然と笑顔が出る。
まるで子供みたいだ。
「それじゃあ、また」
「うん。じゃあね?」
再度別れの言葉を告げて、駅の構内へと足を踏み入れた。