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*3 来訪

 研究データの処理を止めて保存し、壁に掛った時計を見やる。

 

先の電話から10分くらい経っている。

 

もうそろそろ着く頃だろうか。

 

 PCデスクの傍らに置いてあった煙草の箱から一本取り出し、火を点ける。

 

彼女の前では吸わないようにしている。

 

それがあまり意味のない行為だとしても。

 

 煙草を咥えたまま灰皿を片手にベランダに出た。

 

「……涼しー」

 

 夜風が心地良い。

 

少し離れた所に見える繁華街の電飾を眺めながら、彼女の到着を待った。

 

 五分くらい待っただろうか。

 

真下に見えるエントランスの前にタクシーが止まった。

 

一人の女性がタクシーから降りる。

 

僕の姿を見るなり手を振った。

 

なかなかご機嫌そうだな。

 

その手に答えるように小さく手を振り返す。

 

彼女の姿が見えなくなった頃、彼女の為に玄関へと向かった。


僕が玄関に辿り着く前にチャイムがなった。

 

「はいはい。ちょっと待って」

 

 鍵を開け、ドアを開く。

 

「や! 夜分遅くにごめんね?」

 

 片手をあげてそう言った彼女の姿に言葉を失った。

 

 光沢のあるシャンパンゴールドのドレスに、それによく合うバッグにサンダル。

 

肩に掛けた黒のレース編みのストール。

 

それに合わない片手に携えた大きな紙袋とバッグ。

 

「……あ~~、今日だったのか」

 

「今日だったのさ。上がっても良い?」

 

 僕は招かれていなかった為にすっかり忘れていたが、今日は友人の結婚式だったのだ。


「しかし、凄い格好だね」


「でしょ。惚れ直した?」


「いや、そもそも惚れてないから。馬子にも衣裳とはよく言ったものだね?」


「……それ以上言ったら殴るよ? 洗面所借りるね」


「あ、うん。シャワーは使う?」


「ううん、要らない。髪だけ洗ってもいいかな」


「シャンプーとタオル、洗面所にあるから使っていいよ」


 彼女は大きな方のバッグを片手に洗面所に篭った。


しばらくすると、水の音が聞こえ始めた。


 正直、彼女のあんな格好は初めて見た。


さすが元がいいだけはあるな。


 冷蔵庫からミネラルウォーターを出してグラスに注ぐ。


泡がパチパチと弾けた。




 彼女が洗面所に篭って15分くらい経っただろうか。

 

「市田、ありがとー。っていいもの飲んでる~」


 洗った髪をタオルで拭きながら彼女が出て来た。


今はデニムのスキニーパンツに赤のTシャツに着替えている。


あのドレスではさすがに問題があるしな。


「はい」


 半分程残っていたミネラルウォーターをボトルごと手渡す。


「さんきゅー」


 そう言って早速口を付ける。


 喉が乾いていたのか、それとも酒を飲んだ後だったからなのか。


ミネラルウォーターをラッパ飲みでゴクゴクと喉を鳴らして飲む姿を、色っぽいと感じて目を逸らす。


 顔にはさほど出てはいないだろうが、顔の内側が微かにほてって来るような感じ。


普段からそんな仕草は見慣れているはずなのに慣れないのは僕の性格なのか、免疫がないのか。

 

「しかし、相変わらずいい部屋に住んでるよね。ここ、家賃高くない?」


「広さだけなら君の所の方が広いだろ? ここは新しくても1Rだから、家賃だけなら君とそんなに変わらない」


「あぁ、そうかもねぇ」


 そう言って屈託なく笑う。


その笑った顔は昔と変わらない。


その笑顔に救われてる僕も変わらない。


関係は少しは変わったんだろうか?

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