*2 彼女とのこと
彼女 ─佐伯奈津─ との付き合いはもう4年くらいになるだろうか?
正確に言えばもっと長いのだが、今のように互いに行来をするような仲になったのはそのくらいの期間だ。
それまではろくに話したことすらなかったのだ。
高校を卒業する間際に、両親を交通事故で一度に失った。
その事故と事後処理のために合格していた大学への入学を見送り、再び一年後に同じ大学を受験して入学した。
19年間暮らしていた地元の街を出て、県内の大学に進学した僕が、入学式に出席するために大学の門を潜ったその時。
「……あれ? 市田君? 市田君じゃない?」
まさか知り合いなんているはずもないと踏んでいた僕は、驚いて振り返る。
「やっぱり! 市田君だぁっ!」
僕の顔が見えるなり、彼女は大きな声を上げる。
僕より頭半分くらい背が低くて、細くて華奢で、見慣れた高校のブレザーではないダークグレーのスーツを着て、踵のある革靴を履いた、ミルクティ色の髪の彼女が立っていた。
「……えっと、佐伯さん、だっけ?」
本当はちゃんと下の名前も覚えていた。
だけど、あやしまれないように、思い出すようなフリをしながら。
「そう! C組の佐伯奈津! 良かったぁ、知ってる人がいて!」
そう言って彼女は僕の首に飛び付いて来た。
僕はそのまま抱き締め返すという訳にもいかず、されるがままだった。
彼女の首のあたりからふわり、と甘い香りがする。
「さ……佐伯さん?」
どれくらい時間が経ったのだろう。
さっきから通り過ぎる人に、ちらちらと横目で見られているような気がする。
視線が痛い。そりゃ、そうだろう。
こんな人の往来のある大学の門の側で、女の子が男に抱き付いているんだから。
僕はいたたまれなくなって、彼女に声を掛けた。
「あ……、ごめん」
僕の一言で我に返った彼女はぴょんと飛ぶように離れた。
少し残念な気もするけど。
「ちょっと嬉しくって。まさか知ってる人に会えると思ってなくて心細かったから」
ほんのりと頬を染めて、ごめんね?と首を傾げる。
「気にしてないよ。入学式出るんだろ? 歩きながら話そうか」
いつまでも門の側で話し込む訳にも行かず、講堂へ向かいながら話を続ける。
「でも、市田君がいてくれて良かった」
「え?」
「ほら、ここってうちの地元の人はあんまり進学してないでしょ?」
「あぁ、そうかも」
「それに私、建築科だけど、それでも女の子は少ないみたいだし」
「僕もそうだよ。確かに女性は少ないかもね」
「え? 市田君も建築科なんだ?」
「うん。でも、佐伯さんが建築とは思わなかったなぁ」
彼女が進学するならきっと、文学部や教育学部なんだろうなぁと勝手にイメージしていた。
もっとも、そのイメージもいずれ覆されることになる。