理想の鏡、理想のわたし
「知ってますか?」
「知らない」
「……そう返されると話が終わってしまうんですが」
「じゃあ終わりでいいんじゃない?」
「えぇー。せっかく話を振ったんだからもっと会話しましょうよ」
「……わかった。それで?」
「聞いてくれるんですか!ありがとうございます!それでですね、この学校に理想の鏡っていうのがあるらしいんですよ」
「なにそれ?」
「簡単に言うと、鏡に映った人の今一番欲しいものが映る鏡らしいですよ」
「ふーん。それがどうしたっていうの?」
「それを今から話すところです」
「……速くしなさい」
「まあまあ。そうあせらないでください」
「帰るわよ」
「わー。待って待って。待ってください!すぐ話しますから!それでその鏡なんですけどね、ただ映った本人の欲しいものを映すだけじゃないそうです。それが―」
「はあ、めんどくさい」
時刻は放課後。外を見れば多くの生徒が下校をしている。そんな光景を横目で見つつ私は廊下を歩く。目的地は視聴覚準備室……実際は物置だとこの学校の生徒ならだれもが認めるところであるが。そんな物お……視聴覚準備室になぜ私が向かっているのかというと、今手元にある授業用資料とやらが入った箱をかの教室に置きに行くためである。……正直重い。それというのも体育の授業で更衣室に忘れ物をしてしまったせいである。要するに忘れ物を取りにいった帰り道に先生につかまってしまったのである。そしてその先生であるが、さっき放送で呼び出しをくらっていたため現在この重い資料運びをしているのは私一人。
まったく、テスト前だというのに平均よりちょっと上くらいの点数しか取れない私にこんな雑事をやらせて……。そんな感じで不満を抱きつつも視聴覚準備室に到着。鍵は開いており、中を開ければ混沌とした部屋が現れる。ちょっと見ただけでも過去の文化祭の資料、多分体育祭で使ったと思われる用具、何が入ってるかはわからないけど大量の箱といった感じである。さてこの手元の箱を私はどこに置けばいいのだろう?私は迷った末、仕方がないのでもとからこの部屋にある大量の箱と混ざらないよう距離をとった上で適当にその辺に箱を置くことにした。
「さてと、これで終わりかな」
帰ったらテスト勉強しないとなぁなんて思いながら部屋を出ようとすると―。
「こんなのあったっけ?」
まるで童話に出てきそうな大きな鏡が棚に立てかけられていた。
「うーん……ま、いっか」
多分入るときは死角になっていて見逃したのだろう。そう結論付けて私は部屋を出ようとした。しかし―。
「ん?」
この鏡何となく違和感を感じる。すると―。
「え?」
鏡の中の私が突然一枚の紙を胸の前に出してきた。
「なに……これ」
気味が悪い。私は急いで部屋を出た。
しかし家に帰ってからもあの鏡のことが頭から離れない。
当然鏡の中の自分が現実の自分と違う動きを見せたというわけのわからない現象を気味悪がったのもある。だが―。
「あれ、数学のテストだった」
そう、あの鏡の中私が突然目の前に出してきたものはなんと数学のテストだった。それも自分が受けたことがない……いや、もっと正確に言うならこれから受けるはずの日付が書かれていたのである。
「まさかね……」
そうして私は鏡のことが気になりつつも、気味の悪さもあったのでそれ以上は考えないようにした。
しかし迎えた数学のテスト当日である。
「え?えぇ!?」
配られた答案用紙を見て愕然とした。
「なんで……」
そう、あの時見たのと同じ問題だったのである。
「いや、でも」
しかし当然といえば当然であるが、私があの鏡を見たのはごくごく短い時間。すべてのテスト問題の把握などできるものではない。そのため偶然の一致ということも十分に考えられる。しかし―。
私の中に鏡について考えないという選択肢がなくなっていた。
放課後。本来なら明日のテストに備えて勉強をするために帰らなければならない。帰らないにしたって図書館に行くなどして勉強をするというのが本来の正しい姿だ。しかし私は今あの視聴覚準備室にいる。鍵に関しては先日、先生の手伝いで部屋に入った時落し物をしたかもしれないと言ったらすんなり貸してもらえた。そうして私は部屋に入ると同時にあの鏡を探した。鏡は前に思った通り、入口からは死角になっていたが場所は変わっていなかったため私はすぐに鏡を見つけることができた。
「これ……ね」
鏡を見つけた私はかなり緊張しつつも鏡を見すえる。そうしてそこに映るのは―。
「……」
普通に私の姿がそこに映っているだけだった。
「……」
しかし待てども待てども鏡の私は動かない。
「……はぁ」
5分くらい鏡を見続けたが鏡の私は動かない。あの時は私の見間違いか勘違いだったんじゃないかなとあきらめかけたその時である。
「!?」
数日前のように鏡の中の私がまた動き出した。そして見たところ、今回の私は紙を複数持っている。
「は、ははは」
思わず笑いが出てくる。鏡の私がもっているものは今日受けたもの以外のテストの答案用紙に解答用紙。まさに私が欲した通りのものがそこに映った。
―どうせ一日テスト勉強したかどうかぐらいで点数が大きく変わることはない。だったら。
私は鏡に映った問題と解答をメモすると急いで帰るのだった。
そうしてその夜は鏡に映った問題だけを私は勉強することにした。
数日後。
先日受けたテストが返ってきた。結果はもちろんすべてのテストで大幅に点数を上げた。
先生にも褒められた。
そして私は確信した。あの鏡は本物だと。
それから私はあの鏡を使い続けた。
初めはテスト前にちょっと使うだけだった。鏡の中の私はそのたびにテストの問題を見せてくれた。そうして鏡を使い続けているうちに鏡はだんだんいろんなことを見せてくれるようになった。たとえばテストで高得点をとっている私。テスト用紙にはどういう回答をしてその点になったかまで書かれていた。私はその鏡の通りにした。結果は鏡の中の私と同じ点数を私はとった。そのほかにも宿題のプリントを終わらせた私。もちろん私は鏡の中の私がやった通りにした。それから授業で突然先生にあてられてそれに答える私。私は鏡の中の私と同じように答えた。
こうして私は鏡を使い続けた。その間隔はだんだん短くなっていき最後には毎日見るようになった。
なぜなら鏡を見れば見えるから。未来が。理想の未来が。そしてその理想の未来を手にしている私が。
私はいつものように視聴覚準備室に入った。もちろん鏡を見るためである。鍵は自分で作った。文化祭期間中の部屋に毎日入っても不自然がられない時にこっそり偽物の鍵と入れ替えて、自分の分を作ったのち、また入れ替えた。
「今日は何があるかなぁ」
そうして私はいつものように鏡を見た。すると鏡はいつものように理想の私を映してくれる。
どうやら今日は英語の授業であてられて私はそれに答えるようだ。
「なるほど、なるほど」
そしていつものように私が鏡の確認が終わった時だ。鏡に映る光景がぱっと入れ替わる。
「まだ何かあるの?」
そこに映ったのは―。
―え?私?
私の隣に『私』がいた。
―なにこれ?
私は鏡に向かって手を伸ばそうとするが―。
―え?動かない?
どれだけ体を動かそうとしても体が全く動いてくれない。
それにしゃべろうとしてもさっきから声が出ない。
私が焦っていると、唐突に鏡の中の『私』が動き出した。
―なに?
鏡の『私』はポケットに手を入れあるものを取り出した。
―え?鍵?
それは私が勝手に作った視聴覚準備室の鍵だった。鏡の中の『私』はその鍵を手に持つとそれを隣にいる私のポケットの中に入れてきた。
-え?うそ?
そう、私ポケットの中に確認はできないが今何かが入ってきたのである。
そうして鏡の中の『私』……違う現実のわたしが動き出す。
―待って、待ってよ!
しかし私の願いもむなしく、わたしは部屋を出て行った。
「という感じの話なんだそうですよ」
「鏡に映る自分の行動を真似する自分。どっちが鏡なのかわからないわね」
「お、さすがです。つまりそういうことなんですよ!」
「それで、この話はこれからどうつながるのかしら?」
「またまたさすがです!つまりですね、噂の視聴覚準備室をこれから見に行こうってお誘いです!ほら、鍵もここに」
「……帰るわ」
「えぇー、一緒に行きましょうよ!もしかしたら会えるかもしれないですよ!その理想のわたしとやらに!」