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〈BKK〉  作者: Neo_Nue/鵺野新鷹
第一章:二人の俺
7/23

5月6日(3):樹海の淵

けずれてゆく……

閲覧、評価などありがとうございます。励みになっております。

「ありがとうございます。助かりました」


 さらしをまき直し、腰ひもを別の装備から流用し。

 巫女服のやぶれた箇所はそのままに、マントをまとって身を隠した狐巫女少女は、礼を言った。


「いや……無事だったなら、なによりだ」

「ウフーフ! そうね、お肌に傷は残ってないみたいだし?」

「……おう、はい、そうですね」


 馬車内。

 応接間として用意された、寝台列車の一室みたいな狭い部屋で、俺とシャル、そして半裸の痴女と狐巫女少女は対面している。

 なお、テンションの高さについていけなさをひしひし感じてるのが俺である。


「私は、森なぎ……ナギサ・フォレスト。レベル九〇の〈神祇官〉です」


 名前や職業は見えているが、狐巫女少女は自己紹介した。

 いい子なのだろうか、と思う間に、隣の下着姿の痴女も、笑いながら口を開く。


「ウフーフ、クレスケンスよ。〈守護戦士〉やってるわ」

「俺は奇妙丸、〈付与術師〉。今外で御者やってるのがズーン・ダーン、一応〈盗剣士〉」

「俺はシャル=ロック、〈召喚術師〉やってる。……よろしく?」

「ええ、よろしくお願いするわね、シャルちゃん、奇妙丸クン?」


 フフフ、と、クレスケンスは笑みを浮かべる。

 ズンダのそれとは趣の違う、からかうような笑みだ。

 というか、下着姿で、胸の谷間もあらわ。正直、目線のやりどころに迷う。

 彼女は爆乳を腕組で支え、足を組んで座っている。

 目線を顔に固定するのにひどく労力のいるポーズだ。

 対して、ナギサの方は、きれいに背筋を伸ばし、きちんと座っている。

 何か武道でもやっていたのだろう。狐耳すら動くことなく、俺たちを見ている。

 シャルが、口火を切った。


「それで、二人はなんでこんなところまで?」


 ナギサが、ちらり、とクレスケンスの方を見た。クレスケンスも同様だ。

 元からの知り合いで、意志疎通するために目を合わせた――というよりは、距離感を計りかねているのだろう。

 問いかけるような視線に、フフ、とクレスケンスが頷き、俺たちの方へと笑みを向ける。


「私は、PKKよ」


 PK――プレイヤーキラー。

 プレイヤーを殺す者、という言葉。初心者やぼっちをいじめて楽しむような行為だ。

 基本的にはストレスたまった馬鹿とか鬱屈した感情を抱えたアホのやる行為である。


「死んでも死なない、っていうコトと、このストレスフルな環境……そうする人がいるんじゃあないかしら、と思って、外に出てたのよ。リアルになって、トラブルが起きやすくなってる部分もあるでしょうしね」


 対して、PKK、とは、プレイヤーキラーキラー……PKを殺す者、だ。

 初心者狩り狩り、と言い換えてもいい。

 基本的にはひねくれ者のやる行為である。


「こんな状況でやるか、フツー……」

「ウフ、こんな状況だからよ! ストレスフル環境だし今っ!」


 そっち(PKのこと)じゃねえお前のことだお前の――と思いつつ、視線をナギサに向ける。

 彼女は一つ頷き、


「修行のため」


 一言。

 すぱっと言い切って、それで終わりだった。

 奇妙な沈黙、が発生する直前で、クレスケンスが口を開いた。


「ウフーフ? 修行?」

「そう、修行」


 二言。

 すぱっと言い切って、それで終わりだった。

 奇妙な沈黙、が発生する直前で、またクレスケンスが口を開いた。

 めげないやつだ――とちょっとだけ好感度が上がる。


「……ウフフ、フフ? なんの修行?」

「…………。」


 ナギサはそこで迷った……ように見えた。

 視線が一瞬だけ上に行き、すぐに戻ってきた。


「殴る修行、……蹴る修行……暴行を加える修行?」

「殴る蹴るの暴行ですか、はい、さようですか」


 思わずシャルも敬語である、まったく同じ気持ちです。

 話が進まんので、推論で話をする。


「えーと……〈エルダー・テイル〉にやってきた。リアルになったので……リアルでやってた? 格闘技が使えるらしい。試しに行こう」


 ナギサの眉が、ちょっとだけ上がった。

 分類するならば、さっき説明しましたよ、って感じの顔だ。


「合ってるか?」

「おおよそ」


 ああはい、と頷いて、窓から外を見る。

 旅は道連れ世は情け。

 夕日に富士山が――〈霊峰フジ〉が映えている。







 さて。

 〈霊峰フジ〉は、〈アキバ〉から南西方向に存在する。リアルでは、直線距離でだいたい一〇〇キロ――この世界では、ハーフガイアプロジェクトにより五〇キロ。

 リアルであれば、ゆっくり行ったって……渋滞さえなければ、二、三時間もあれば到着できるだろう。

 ただし現在は馬車の旅。〈車輪の唄を奏でるトイ・ボックス〉の効果もあり、この世界基準で言えば早い方だが、それでも時速一〇キロも出てればいい方だろう。

 実際には山あり谷あり迂回路ありで、六〇、悪くすれば七〇キロほどの道のりになっているし、速度も出ない。

 PK騒ぎもあったもんで、時刻はすでに夜――暗く、道行きも危険、だが。


「〈従者召喚:悪夢馬(ナイトメア)〉」


 ――で解決である。

 解決するとは正直思わなかったが、試してみるものだ。

 ナイトメアは、霊体の特性を持った馬型の従者召喚だ。

 悪名高きサブ職、〈ヴァンパイア〉に近い特性――回復されたらダメージになったりする特性を持っていたりもするのだが、短時間飛行可能(というか空を走ることが可能)である点、精神系攻撃に極めて高い耐性を持つ点。

 睡眠付与や移動阻害デバフなど精神系の魔法をいくつか扱える点、夜には能力が上がり、さらに睡眠状態の敵に対してはダメージブーストがある――など、こまごまと使いやすい特性を揃えているので、ゲーム時代は、普段使いにしていた。

 一頭であり、輓馬でない分さすがに速度は落ちたが、それでももう少し進めそうだ。

 その少し、で町に――〈霊峰フジ〉南東の町、〈高原の町 ホクスン〉、リアルで言えば静岡県御殿場市のあたりになるか――着きそうだからこそ、試す気にもなったのだが。

 〈フジ樹海〉のことを考えると、南西の本宮浅間神社――〈花の杜セレソステレナ〉の方から裏回りで行くルートもあったが、少し遠回りに過ぎるし、寄る用事もない。

 それよりも驚いたのは、俺がナイトメアを制御できた点である。

 御者だから大丈夫なのか、と思うが、さっき交代したズンダの時より、ナイトメアがこちらを気遣っているような気がする。

 元々この馬車は、魔法的なもので車軸が車体から離れている。

 そのため揺れは少ないのだが、それでも少しくらいはあり、さらには車輪が道を踏み外してしまえば倒れるだけである。

 ナイトメアの方が、それを気遣ってくれている……ように思うのだ。


「……魂が一緒だから――かね」


 一昨日、こうなった直後――〈衛兵〉が口にした言葉を、改めて思う。

 この分なら、乗ろうと思えばスレイプニルにも乗れそうだ。

 まあスキル補助もないのにあんな高い馬に乗ったら絶対ビビりそうだが。

 と言うか、シャルのやつも、補助があったとしても、よく乗るものである。

 『できること』だと、あいつの中で認識されているなら、確かに恐怖はないだろうが。俺ってそんな無鉄砲だっただろうか。

 ……いや、考えてみれば、最初の一回は俺との限界バトルか。

 やってみたらできた、という認識なのかもしれない。

 それでも最初の一回はビビっただろうし、ユニコーンには乗れたからとスレイプニルにも乗れるだろうって思考が分からない。

 ともあれ、


「ま、もう少し頑張ってくれよ、ナイトメア。あとでいいもんやるからさ」


 ハルル、とナイトメアが、黒煙を口から吐き出しながら返事する。

 と、


「ウフフ……動物好き?」

「んなっ……」


 上から、半裸の痴女が――ああいや、クレスケンスが、覗き込んできていた。

 乳が屋根のへりにぶつかってむにょんと――やめよう。やめよう。

 ボンネットを上げていたのがアダになったか。

 クレスケンスはひらりと飛び降りて、広くとられた御者台に座り込んだ。

 それから、くす、と笑って、


「魂が一緒って、ロマンチストなこと言うじゃない? ウフ、好きよ私そういうの! ローマンロマン、ロマーンティーノっ!」


 静かな口調から、ウフーフ! とテンションが一瞬で爆上がりである。得な人生送ってそうなやつだ。

 うへえ、と目線を前に向けなおせば、ナイトメアが顎をしゃくって道端をさしていた――植物系モンスターがアクティブになっていた。


「〈パルスブリッド〉。――で、どうしたんだ」


 杖からぱぱぱんと三連射して散らし、視線は前に向けたまま、問う。


「とりあえず町までは一緒に行く――って話で、済んでただろ? アキバの街にはいたくないな、ってさ」


 ……距離が近い。

 肩が触れ合うかのようだ。

 素肌に対し、マントと服を挟んではいるが、体温はわずかに感じられる。

 寒くねえのかなこの人、と思いつつ、返答を待つ。


「ウフーフ。悪いけれど、中を見させてもらったのよ。倉庫の中をね」

「ん」


 眉が動くのを自覚する。

 倉庫の中。

 長期になるかとも思い、食料品の類と、拠点を作成できる道具や補修道具も持ってきたが、同時、大地人に売れる類のモノ――その辺の村や町に、納品クエストとしてよく要求される品々も多少用意して持ってきた。


「旅道具も多いし、交易にしたって、この規模の馬車を買える人としては、ちょっと少なすぎない? って思うのよね」


 横目の視線で、続きを促す。

 クレスケンスは脚を組み、身体を前に倒し、乳を腿に押しつけ――いやさ、俺の顔をのぞき込むような姿勢になった。性欲退散。南無三宝。そもそもデキるのかこの世界倫理規定どうなってんだ。


「ウフフ、それにね、さっき、こんな状況でやるかフツー、って言ってたじゃない? こんな時に、単なる交易、やる? フツー。……ウフフ?」


 動揺は顔に現れなかった――と、思う。


「今、果物は確かによく売れるでしょうね。私もさっきリンゴ頂いたけれど、きちんと味があって驚いたわ。だから、どこかから素材アイテムを輸入しようとしている――それも、大量に」


 クレスケンスは、ウフフ、と一つ笑い、言葉を続けた。


「そして、フジの方にそんな有名な産地はあったかしら、って言うと、大地人のところにはなかったわよね。……大地人はゲーム時代より多くなった。作物なんかの量や分布も変化しているのかもしれないけれど、この状況でそんなに早くそれについて情報を掴めたとは思えない」


 だ・か・ら。

 クレスケンスは悪戯っぽい笑みを浮かべ、言った。


「過去の情報をもとにして――例えば、そう。過去に実装されたダンジョンから大量に仕入れようとしている……そう思ったんだけど、どう? フフ、フ?」

「……あたりだよ」


 ふ、と息を吐く。

 〈霊峰フジ〉。

 北に〈フジ樹海〉を有する高レベルフィールド。

 山頂へと向かうイベントなどもあり、登頂ボーナスのようなイベントもありで、人気の狩場。

 登る方が拡張されきった後、追加されたのは、地下へと――黄泉へと至る洞窟だ。

 クエスト、〈黄泉の供物〉の舞台。

 〈黄泉平坂(ルート・ゲヘナ)〉と呼ばれる場所。

 そこはレベル七〇程度に対応したハーフレイドのダンジョンだ。

 〈死霊が原(ハデスズプレス)〉の前段階となるダンジョンであり、ちょっとしたギミックのあるダンジョンでもある。

 山麓にある〈ナルサワ氷穴〉〈フガク風穴〉とは違って、中腹くらいから入っていくのだが。

 まあ、樹海の地下、地底湖ダンジョンよりは楽な場所である。


「……あそこの桃ってさ、無限に取れるだろ」


 日本の神話――イザナギとイザナミのそれを元にしたダンジョン。

 〈エルダー・テイル〉では、ある古来種の夫妻のストーリーが語られる。

 ……ギリシャ神話とかでも似たような話はあるのだが。

 死によって引き裂かれた二人。男は女を黄泉の国まで迎えに行くが、『決して振り返らないでください』と言われ、約束する。

 しかし男はその約束を守れず、女は黄泉の国に引き戻される……というパターンの話だ。

 ギリシャ神話だと引き戻されるだけだった気がするが、日本の場合、女がマジギレして取り巻きと一緒に男を追っかけるとかヤンデレチックな雰囲気も出しているのが特徴だ。

 そのあと川で体を洗うだけでポコポコ神が生まれてた気もする。

 で。

 その中で出てくるのが、桃である。

 大岩で道を塞ぐが、まだ追っかけてくる女の取り巻きに投げつけたのが桃。

 そんなわけで、桃がそのダンジョンでは重要になってくるのだ。


「ええ、……〈オオカムツミ〉だったかしら?」

「そうそれだ」


 冥界系神話ごちゃまぜのストーリーとなっているが、基本のモデルになったのは日本のものだ。

 〈オオカムツミ〉。

 外見は瑞々しい桃。分類は、素材/食材/投擲アイテムである。

 このカテゴリ分類は珍しい。まあヤシの実とか、素材/食材/武器/鈍器カテゴリだが。

 素材アイテムながら食事効果が優良――ゾンビとかそういう黄泉の国っぽいモンスターが大量に発生する中で、その手のモンスターに対してのダメージブーストやらがある。

 最大の特徴は、わずかながらMPを回復できる点だ。

 満腹になるまでのわずかな個数、わずかなMPだが、長丁場のダンジョンではそういう積み重ねがものを言う。

 ……そういう効果もあるうえ、大量に生えているもんで、前情報なしだとまず引っかかる。

 まあこれ、トラップである。

 入り口フロアでもぎっと一口かじると、『冥界のものを口にした』ということで、一気に下層に連れていかれるのである。

 そして、脱出系ダンジョンイベントに突入――転移先にいる〈古来種〉と協力して最下層の嫁さんを探し、連れていくのだが。

 最後の最後で〈古来種〉が振り返りやがるもんで、嫁さんはダンジョンボスと化し、探索脱出系イベントから突破脱出系イベントになるのである。

 なおそこで登場した〈古来種〉は、嫁さんがひどい姿になってたもんで戦えなくなる。

 そのせいでそいつのあだ名はヘタレとかその類、あるいは惨事――やっぱり三次元はクソだなの略――になってしまったのだが。

 ……まあ後々カッコいいイベントがあって、それでその印象は……まあ、だいたい払底されたのだが、やっぱりヘタレはヘタレと呼ばれるのであった閑話休題。

 ともあれそのダンジョンボス、そしてその取り巻きに投げるとスタンが取れる(というか取ること前提のバランスだった)のだ。

 そして。

 そのダンジョンでしか取れない――しかもレベル七〇とそれなりに高いダンジョン側の制限のせいで、売値がけっこう高い。

 フレーバーテキストもいい。こんな感じだ。『冥界にて唯一生ある桃。生命力に満ちた天上の味を誇る。苦しみに落ち、悲しみ悩むとき、助けとなるよう産み落とされた。』

 食ってよし投げてよし売ってよし、の桃である。苦しみに落ちてるので助けてもらおう。


「ウフ、なるほど……ね」


 クレスケンスは、得心が行ったように頷いた。

 本来であれば、直線距離五〇キロ――フクロウあたり持ってる〈冒険者〉からすれば、微妙に近場微妙に遠い、と感じる距離。

 素材についても需要がないため、……そう、まさに需要がなくなってしまったダンジョンなのである。

 半端にランクが高いもんで、ソロだとキツいのも要因の一つか。

 まあ、ほぼ全裸の〈裸族〉が一人で攻略してる動画とかあった気もするのだが。

 ともあれ、今回の場合は、高級品をそれなりに近場で、数多く、なんて希望に合致しているが故のチョイスである。


「…………」

「ウフ? なぁに?」


 むにょんとぐにょる脂肪の塊に目が吸い寄せられた。

 見せてるんだろ、意識させてるんだろ。そしてからかってるんだろう。

 今すぐナギサを呼んできて目を突いてもらいたい。彼女なら容赦なくやってくれることだろう。

 艶やかな唇が、おかしそうに弧を描いていた。


「ウフ……分け前は要らないわ。ついて行っていい? ……いえ、あなたについていったら、ちょっと面白そうだし? それが報酬でいいわよ?」


 彼女は、腕を組みなおし、俺に視線を向けた。

 自信ありげな笑みが、その頬に浮かんでいる。

 ……眉が動く。

 反応を止められない。

 悪い点だと自覚しつつも、正直に言う。


「嫌だね」


 すぱっと切る。

 これじゃあさっきのナギサ嬢と一緒である、言葉が足りなすぎる――よって、もう一言追加。


「気に食わねぇ」


 横目に、ぽかんと口を開くクレスケンスが見えた。

 彼女は、数秒、あうあう、と口を動かし、ウフフ! と笑い、


「……面白い、面白いわ!」

「そーかい」


 ウフ、ウフフ、ウフフフフ、と彼女は笑う。

 正直なところ、戦力としてはそれなりに魅力的だが。

 面白い――とか、クソみたいなこと抜かすので、もう少し説明してやる。


「面白いとか、つまらんとかじゃなくてよぉ。分け前いらねえとか、仕事する気あんのか? 俺はな、金稼ぎに来てんだよ。見学希望は受け付けてねえ」

「ウフ! フフフ! そうよね、そういうことよね! こんな状況でこんなことするんだもの――ひねくれてるのねあなたも!」


 テンション高くてだいぶウザい。

 乳がなんだ腰がなんだ尻がなんだ太ももがなんだ唇がなんだ、そんなもん持ってるやつが持ってなけりゃただの肉、堕落した肉つまりは堕肉である。

 その堕肉は、なにやら天に叫ぶ。


「ウフ、フフフ! ああ、面白いわ! リアル万歳っ! こうよね、こう! ――面白そうなのも確かだけど、私もお金が欲しいし、なにより、美味しくないご飯なんて耐えられないわ」


 そして、ウフーフ笑っていた堕肉は、テンションを凄まじい勢いで下げ、言った。


「衣食足りて礼節を知る――あなたの一手で食の環境が良くなればアキバの街だって少しは安定するでしょうし、PKも減るわ。私、PK嫌いなの。だから、あなたの商売に協力させてくれない? 荷物持ちがいても困らないんじゃなくって? ――必要経費くらいは、請求させてもらうけど?」


 ふ、と一息。


「……領収書は出してやろう」


 まあ、及第点である。


「ウフ、ありがとう」


 クレスケンスはにこりと笑って、足を組みなおした。

 ……堕肉とは言ったが、こう、いちいち性欲を刺激してくる女である。だけどシャルのことを思うと萎えるんだ。ふしぎ!


「やっぱり、双子なのねえ」

「ふた――ご?」


 言葉を失う。

 ……Oh、と、脳裏に横文字。

 そう言えば、なのだが。

 俺が二人――なんてのは、非常に説明しがたい事象である。

 どうしよう。なんにも話し合ってない。


「シャルちゃんもそうかなって思うのだけど、自分に誇りを持ってる。あなたはそれが商売のこと? シャルちゃんは、自分――アバターの性能について、かしらね。それから、怒ると、ちょっと口調が荒くなるのよね。まあ、普段から俺っ娘ちゃんだけど」

「ふ、ふた、ご、ですか」

「え? ――ええ。双子。あ、でも、男女だし、二卵性の双子になるのかしら。でも、そっくりなのね」

「そ、そう、ですかな」

「ええ、今はシャルちゃん、褐色肌とか、日本人離れしてるけど……顔のパーツ自体は、一緒じゃない? 声も、声域かぶってるわよね。特に、怒ったときの声」

「か、かもしれませんね」

「ウフ、フ? どうしたの?」

「なんでもございません!」

「……ウフ、フ……そうなの?」


 そういえば、と思う。

 自分で自分の声なんか聴けないが、なるほど、確かにシャルは意識して高めの声を出してた……気がする。

 ヌコ動に女性アーティストの歌をうpするときの声だ。

 一応当人的に気にはしてたのだろうか。

 ……カーチャン、俺を両声類に産んでくれてありがとう!!!

 母親の顔を思い出してちょっと安心するとか恥ずかしいが俺しかわからんのでよし。冷静になる。


「仲がいいのか悪いのかはちょっと、分かりづらいけど……二人とも、お互いのこと、理解してるのね。一緒にプレイしてたのかしら?」

「……ああ、あいつが始めたころに、何度か。レベル九〇になってからはやってないが」

「シャルちゃんの方が、歴短いのね?」

「そうだな、一年くらいになるかな……俺は五年くらいだ」


 ボロを出さないように、後で打ち合わせをしておかなければならない。

 クレスケンスは、ウフフと笑って、口を開きかけ、


「――あら?」


 と、彼方を見上げた。

 西日が〈霊峰フジ〉に隠れかけている中。

 黒煙が立ち上っているのが、見えた。

 〈ホクスン〉の町の方だろうか?

 ――思考を巡らす。

 シャル――呼ぶか? このまま行くか?


「ちょっと手綱持っててくれ」

「え? あ、うん」


 なんにせよ、中の三人には伝えるべきだ。

 そんなわけで、屋根に軽くつかまりつつ、縁を伝って窓に張り付く。

 コツコツとノックをすると、中からズンダが顔を出した。


「どうしたんだネ? わざわざこんな……」

「街の方から煙があがってるんだ、ちょいと相談をな」

「むゥ? 飯の煙じゃ……なさそうだネ。こりゃあまずい……急がなきゃあ、だろウ?」

「そりゃあもちろんだが、どう急ぐかが問題だ」


 だろう、と、ズンダの後ろ、窓から顔を出そうとしているシャルに視線をやる。


「煙ね――俺が見に行くか、それともナイトメアに急いでもらうか、か?」

「どっちかだが、そろそろマジで暗い……普通の馬じゃ無理だ。で、ナイトメアで先行されたら俺たちがついていけなくなるんだよな」

「それに、俺一人じゃあ大したことはできないな」


 確かに。

 迷う点はそこだ。

 シャルの強さというのは機動力に依存する。

 予想される状況は防衛戦――機動力よりは防御力が重視される場面だ。

 誰か一人くらいなら相乗りできるだろうが、こんなところに馬車を置いていくのもどうか。

 となれば、残った人員で人力で馬車を引かざるを得なくなる。この体はハイスペックだが、到着は遅くなるだろう。


「じゃあ急ぐか?」

「それしかないと思うが……ナイトメアにあんまり無理もさせたくないんだが……」

「ぬ」


 ナイトメア――も、生きてるっぽい存在だ。

 少なくとも息遣いはある。意志もあるように見える。

 となると、無理をさせるのは心苦しいところ……なのは同意できる。


「……解決手段――ナイトメアもう一匹?」


 シャルの後ろ、ナギサが首を傾げながら言う。

 すぐさま、シャルが手を振り否定する。


「無理、一匹制限」


 だよな、と思う先で、一応、とばかりにシャルが虚空を操作し、


「やっぱ無理だわ」


 首を振る。

 じゃあ、と、シャルの契約を思い出しながら言う。


「鳥系」

「無理、さすがに重い」


 端的な言葉に、シャルは即座に首を振る。


「運べて二人……いや、三人、だ」

「ピストン輸送……馬車はやっぱり置いていきたくないな」

「ああと、馬、なんとか使えないかナ?」

「なんとか?」

「問題なのは、夜目が効かなくって、足元が怪しいこと、だろウ? じゃあ、……えーっと、どうしよウ」

「使い捨て、はさすがに気が咎めるわね? ウフフ?」


 だな、と頷き、その方向で解決策を考える。


「道を危険でなくすとか」

「平らにするとか……無理だな、ロードローラーでも持ってくるか?」

「無理無理。えーっと、馬が転んでも平気なようにするのはどうだろウ?」

「頑丈さは変えられないだろ……十分な光量を確保する?」

「ライトが使えるのは……三人か」


 俺とシャル、おそらくナギサも使えるが、シャルがいなくなって二人だ。

 それで十分だろうか、と言えば難しいか。

 歩いてはいけるだろうが、急ぐ、となると不可能だろう。

 生身で引いていくよりは早いだろうが、どうしたって暗い。


「光量の確保……ねえ」 


 なにかアイテムはなかっただろうか。

 鞄を漁り、


「……ああ」

「あら? 〈妖精の霊薬〉、ね。それなら、夜目は利くようになるわね?」

「ああ、ちょっと使ってみる――馬に効果があるのかは分からんが」


 笛を吹き、馬を呼び、その瞼に霊薬を塗る。


「……どうだロ?」


 さあ、と、馬の尻を叩くと、ばるる、と軽く嘶いて、歩みだす。


「大丈夫、そうだ」


 オーケー、とシャルが言う。


「俺と、あと一人は連れていけるが」


 と、周囲を見回す。

 俺に視線が来る前に、ほい、と手を上げる。


「俺がベストだ。逃げるにしてもバフが可能だ」


 クレスケンス、あるいはズンダも壁として悪くはない。

 ナギサは巫女として回復も可能だが、回復が必要な状況なら逃げた方がいい。


「ん……そうだな。オーケー。……行くぞ、ナイトメア」


 シャルがひらりと飛び乗って、俺もそれに続く。

 霊薬を二人で瞼に塗り、


「オーケーだ」

「あいよ」


 言葉には頷きが返ってきた。

 ズンダたちに顔を向ける。

 ズンダは手早く馬を馬車につないでいる。

 手元を見つつ、ズンダは宣言した。


「それじゃあ、俺たちは馬車で追うヨ」

「頼む」


 視線を切り、シャルの腰に手を回す。


「……おい、変なところ触んなよ」

「気色悪い」

「あ゛?」

「……喧嘩してる暇、あるの?」


 ナギサの声で、二人で顔を見合わせて、


「「そうだな」」


 声がかぶった。


「「あ゛?」」

「二度ネタかネ?」

「……チッ、行くぞ」

「おう――〈オーバーランナー〉」


 最高速度重視の速度バフ。それを受けたナイトメアがハルルと嘶く。

 シャルの意志に応じてか、ナイトメアが軽く歩き出し、駆け出し、――離陸する。

 曲がり、うねる道を眼下に。黒いもやを踏み、無音で、風を切って駆ける。

 飛行可能時間はそう長くないが、この速度と、記憶にある持続時間を考えれば、


「行けるな――〈キーンエッジ〉」

「おう」


 〈ヘイスト〉、俺に〈キャストオンビート〉――などなど、追加でエンチャントもかけておく。

 ぐんぐん近づく煙の元――そこは、〈大地人〉の町。〈高原の町 ホクスン〉だ。

 〈霊峰フジ〉のふもと。

 樹海の端と境を分けぬ、木々の多い町並みだ。

 そして、フジ側の家のいくつかが、燃えている。

 夕食時だったから、火の始末が遅れたのだろう。


「あれは……〈四方拝〉か?」

「それっぽいな」


 呟きに、シャルが反応した。

 肩越しに、エフェクトが見える。

 〈四方拝〉――〈神祇官〉の緊急用スキルの一つ。

 詠唱ほぼゼロ、周囲に障壁をバラまく結界術だ。

 しかし、追い詰められているのだろう。

 それは絶え間なく光り、攻撃を防いでいる。

 攻撃主は、腐った人型――ゾンビの類だ。

 ――〈霊峰フジ〉の地下は、アンデッドの巣窟である。

 黄泉の国から漏れ出した――あるいは樹海に迷い込み死んでしまった者が、ゾンビと化して樹海を彷徨っている、のだが。

 それが、町に溢れ出すなど。


「〈ディテクト・アンデッド〉」


 詠唱――突き出した杖から、魔力の波を発する。

 アクティブレーダーは、その数を教えてくれる。


「十――五、いや、十六、増えた」

「マジか」

「マジだ。レベルは六十半ば程度、ノーマルランク。まだ増えそうだ」

「うっへえ」


 俺たちのレベルは九十。レベルにして三十の差はあるが、さすがに通常攻撃の一撃で倒せるほど弱くはない。

 それに、アンデッド系だと、麻痺やスタンは効かないことが多いし、ナイトメアの攻撃にも耐性があるはずだ。

 引き撃ちに徹するなど、被害のことを考えなければ倒しうる敵だが、そうすればこの町への被害が大きくなる。

 かなり無理をすることになるだろう――ここに来たのが、シャル=ロックでなければ。

 突撃とカイティングの達人でなければ。つまり俺だが。自画自賛である。


「とりあえず、突っ込むぞ!」


 シャルの言葉と同時、ナイトメアが高度を落とす。

 黒馬は速度を落とさぬまま戦場へと突っ込み、


「――示せ、〈輝ける魔道の杖〉」


 撫で切るように、光刃が一閃した。

 腐肉と骨が弾け、あおおおああああ、と、ゾンビが呻く。

 ガカカ、と蹄の音を立てながら、一撃離脱。

 おお、とざわめく大地人の前に立ち、――シャルが鼻を押さえて叫んだ。


「っくあキショいしくせえ!!」

「うっわ変な汁飛んできてる〈パルスブリッド〉ぉ!」

「やれやれ撃て撃て!」


 言われずとも。俺がシャルでも近づきたくない。

 二挺の杖から左右に連射、連射。


「お前もやれ!」

「あいよ! ――ナイトメア! やれ!」


 ナイトメアが魔法を発動する。

 精神系の魔法だ。

 飛行によってナイトメアのMPは減っているし、ゾンビに対しては威力が出ないが、牽制くらいにはなる。

 その間にもパルスブリッドを連射する。

 骨に近い場所、肉の中にある神経の流れ、その中を魔力らしきものが流れ、次々に形をなし、飛び立っていく。

 だが、


「ああくそ、装備変えときゃよかった! やっぱスタン効かねえこいつら!」

「オーケー仕方ねえ、俺がやる!」

「それじゃ足りねえって!」


 再度駆けだすナイトメア。

 臭気に顔をしかめながら、シャルは杖を振り回す。

 翻り、幾重にも刻み、飛んだり跳ねたり、ゾンビどもに囲まれないよう、攻撃を受けないようにヒットアンドアウェイ。

 切り抜け、走り抜け、反撃はすでに届かぬ位置にあり、防御は間に合わない。

 シャルには〈騎士の手綱〉――乗騎の速度や、騎乗者の物理面を上昇させるアイテムの効果もあるが、


「ゲーム時代と同じ立ち回りか……!」


 正しい目測、攻撃導線――つまりは攻撃範囲の把握。

 画面と現実の、速度のギャップを補正し、その上でナイトメアを自在に操っている。

 システムの補助はあるにせよ。臭気には囲まれても、ゾンビには囲まれない。

 囲おうとする網を常に食い破りながら、縦横無尽に駆け回る。

 この場にシャルが来たことは、ベストと言えるだろう。


「一匹増えたぞ、またっ!」


 パルスブリッドをヒットさせながら、頭数を数える。

 十七――今減って十六か。

 レベル六十台とはいえ、この数は二人では少々辛い――ただしそれは正面戦闘をした場合である。

 シャルならば時間はかかりつつも殲滅可能だ。ターゲットはすでに俺たちに向かい、大地人たちは後退している。

 多少のミスはあれども、MP残量を見るに五十匹程度なら殲滅できる。

 俺のパルスブリッドがあればさらに数は増すはず――


「せあっ!」

「おぐっ!」


 ――シャルが振るった杖が俺の後頭部にヒットしたので耳を左右からパルスブリッドで狙った。

 するとシャルはクソ心の狭いことに俺を振り落とそうとしたので足で腰をロックして落馬に耐えた。


「おめぇなぁああああ!」

「てめぇはよぉおおお!」

「ぼ、〈冒険者〉様! 前を!」

「「うるっせぇええ!!!」」


 大地人の方に向き直った瞬間、衝撃が走って落とされた。同時に、気の抜ける虎の帽子が飛ぶ。


「ぐ!」


 地に落ち、追加で落下ダメージが入る。

 視界の端で、ゾンビがシャルに飛びかかっていた。

 少々いい装備をしたゾンビである。

 肉も残っており、元々は騎士か戦士か、と言った風情だ。

 そいつはシャルの杖を掴み、奪い去ろうとする動きをしていた――あるいは、引っ張って落とそうとしているのか。


「わ! くそ、離せコラあああああくせええええええええええ!!!!」


 舌打ち。

 同時に立ち上がり、杖を構え、突きだし、その兜の下から潜らせ、


「〈パルスブリッド〉!」


 兜内で、連射された光弾が炸裂する。

 同時、ナイトメアの魔法が発動し、ゾンビを跳ね飛ばす。

 吹っ飛んだ先、シャルが杖を打ち振るって三枚に下ろす。


「乗れっ!」

「オッケーぇえええああああお前くせえよ!!!」

「お前もくせえよ!!!」

「くそ、風呂入れ風呂! あと洗濯!」


 ゾンビが迫ってきたので急発進。

 尻尾を掴まれそうになって、わずかにナイトメアが浮き、回避する。

 片手でシャルに抱き付き、右手を後ろに向けて連射、連射。

 撃てば当たる密度まで迫っていたゾンビが遠ざかっていく。

 数が多い。ミスもする――となれば、切り札その二の出番であるが、


「おい、アレ、使わねえの?」

「…………ああ、アレか」


 はー、とシャルが額を抑える。


「嫌だよ、俺にも羞恥心はある――あのカッコはねえわ。いくら俺が美少女面でもな」

「……ああ、カーチャンのコスプレ姿見る気分になるだろうな」

「だろ? ――それに、ほら」


 ナイトメアが馬首を翻す。

 いい加減そろそろ尻が痛いが、その方向転換で、引き回したゾンビどもが作る陣営に、気づいた。


「ああ、オーケー。〈コンバット・フレンジィ〉」


 シャルに、攻撃力が上がるかわりにその他の能力値が下がるバフを入れる。

 デメリットがある分、火力増強度は高い。

 ナイトメアも、〈オーバーランナー〉の効果で移動力は上がりつつも小回りは効かない状態であるが、〈大地人〉の方へと駆けだしている。

 思考は完全に一致。 


「行け」

「行くぜ」


 障壁を張りなおした〈大地人〉たちの前に、ナイトメアは停止する。

 シャルは、両手で杖を高く、大きく振りかぶって構える。

 光刃が巨大化する。


「――さあ。魔道を表せ、〈輝ける魔道の杖〉」


 ――〈輝ける魔道の杖〉。

 理論上、魔法職最大の物理火力を発揮する武器。

 最大MPに比例して火力が上がるその武器は、魔法系能力のバフが一切ない。

 それ故に、魔法攻撃力に依存する範囲攻撃が、普通の装備のキャラに比べて弱くなる。

 それを補うためか――〈輝ける魔道の杖〉には、装備時限定特技がある。


「――〈輝ける魔昇気〉」


 ゆるりと、シャルは杖をふるう。

 大きく伸びた光刃が、さらに伸び、地を削り、吹き上がって、壁となって前進する。

 設定的には魔力に極めて近い生命エネルギーの奔流、魔法の属性を持った有射程範囲物理攻撃である。

 それは扇状の範囲を薙ぎ払いながら、ゆっくりと、しかし着実に前進し、木々を砕きゾンビを跳ね飛ばし、引き裂いて止まらない。

 かたまり、こちらに向かっていた十六体のゾンビがすべて虹色の泡と化す。

 それを見届けてから、シャルが一息を吐く。


「……ふう」

「なんとかなった、か」

「……くせえけどな」

「くせえけどな……」


 シャルの装備は基本的に白い。

 汚濁が生地にしみこんでしまっているのが見える。

 俺の方も、目立ちはしないがしみこんでしまっていた。


「ほっとけば取れるかねえ」

「分からん」


 一昨日森に入ったが、そこで得た汚れはいつの間にか消えていたことを思い出す。

 ひとまず下馬して、帽子を拾い直し、かぶって、〈大地人〉たちの方へと向き直る。


「と、その前に……〈ディテクト・アクティブ〉」


 探知系高位魔法――動体感知魔法を用いる。

 レーダーに感あり……ただし遠い。関知範囲ギリギリだ。

 ひとまずは駆逐したらしい。


「……もう大丈夫ですよ」


 おお、と、〈大地人〉――男〈神祇官〉、俗称で言う神主――が頷いた。

 レベルは四五――大地人として見るならそれなり以上。装備を見るからに対アンデッド系ただし店売りクラス。それでも、対抗できたのはそれのお陰だろう。

 ……意識を切り替える。

 〈大地人〉……ゲーム時代はNPC。

 彼らがそうでないことは知っているが、理解し実感しているかと言えばたぶん違うし、また、彼ら側からの俺達に対する意識も認識もよくは分からない。


「おい……」

「任せろ」


 ナイトメアから降り、神主な男性に軽く歩み寄り、反応を見る。

 交渉の開始である。


「……任せた」


 そう言って、シャルは杖をしまう。

 動作はわざわざゲーム時代の納刀動作だ。

 ……ああ、気持ちは分かるが、『さあ。魔道を表せ』とか要るんだろうか。

 まあ、俺も――いや、俺は俺だから俺である以上……やめよう。

 とにかく、プレイ中言ってたのが。気分で。中二病で。

 向き直り、軽く気合いを入れる。


「こんばんは、はじめまして。風呂貸してください」


 まずは第一歩にして、最重要な議題からである。










→5/6(4)

●〈輝ける魔道の杖〉

 シャル=ロックのビルドの中心にある、〈秘法級〉の杖。

 通常時は単なる金属製の杖。素の状態でも、物理面は魔法職の装備可能な武器の中ではトップクラス。

 能力を起動すると、杖の先端から魔力の光刃が噴き出す。

 二段階の装備時限定特技を持つ。

 一段階目は起動。光刃を展開し、『最大MPに応じて物理ダメージが増す』効果を発動する。

 二段階目は必殺技。光刃展開中限定。〈輝ける魔昇気〉という、前方扇状の範囲に、物理攻撃力依存の範囲ダメージを与える特技。

 一段階目の解放後は、攻撃するたびにわずかにMPを消費する。

 ――余談であるが、攻撃モーションは武器ごとに設定されており、大抵はカテゴリ汎用のものだが、これは槍のモーションを流用したものになっている。

 モーションもそうだが、光刃のエフェクトも中々格好いい。〈輝ける魔昇気〉も再使用規制時間が短めで使い勝手がいい。

 ただしステータス強化についてはその辺の店売りの方がマシなレベル。

 真価を発揮したければ、その他の能力を完全に捨て去る必要がある。

 シャル=ロックの場合、MPは一七〇〇〇ととんでもない数値なのだが、(ビルド的な要因もあるとはいえ)魔法攻撃能力は一般的な〈付与術師〉以下。

 さらに一日一回のスレイプニルの効果も使ってやっとこさ〈暗殺者〉のダメージ出力に匹敵、である。割に合わないともっぱら評判。

 ちなみに、「示せ、〈輝ける魔道の杖〉」などと言う必要は全くない。シャル=ロックの気分的なもの。

 ――元ネタは『ダ●の大冒険』です。


●〈高原の町 ホクスン〉

 〈霊峰フジ〉の東南に位置する町。

 静かで落ち着いた雰囲気で、古の宗教施設や別荘がわずかに残っている。

 南西側に〈花の杜 セレソステレナ〉があるためかグラフィックに力は入っていなかったが、逆に落ち着いた雰囲気でいい、と一部で評判だった。

 高原、避暑地、ということで貴族を護衛してここに向かうクエストがあったり、アキバからフジに向かう際、樹海を避ける場合にここを拠点とする〈冒険者〉も多かった。

 フジ側に〈グローリーヘイズ高原〉(リアルで言う朝霧高原)――高レベルモンスターや亜竜が存在するゾーン――があるため、セレソステレナから大地人の〈神祇官〉などが出向している。

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