5月6日(2):対人戦
次もたぶん来週の金曜日。
――PKは、守護戦士、サムライ、暗殺者、盗剣士、施療神官、妖術師。
それなりにバランスの取れたPTだ。
強いて欠点をあげるなら支援役がいないことだが、PT単位でモノを考えるなら大して必要のあるものでもない。
対してこちらは五名――いやさ、狐巫女少女がダウン、というか行動不能なので四人か。
不利である。
単純な戦力比は一.五倍。キャラ性能は違うが、性能を把握しているのは俺自身のものだけだ――ああいや、シャルのも知ってはいるが、このリアル化以後分からない、確かめていないことも多い。
勝てるかどうか――敵方も完全には自身の性能を把握していないだろう、というのは救いか。
「ウフーフ! 出てきたわね!? ウフフフ、フフフフフフフ!」
半裸の痴女が、大斧を構えなおし、笑った。
そして、斧をぶんぶん振り回し、スキル名を叫んだ。
繰り出されるのは、バックハンドの大振り。そしてそこからの連撃だ。
「〈オンスロート〉!」
「くっ、〈シールドスマッシュ〉!」
守護戦士が、鎧が砕けていくのも構わず、盾でのバッシュを敢行。
短時間のスタンと動作中断効果を持つスキルだが、
「ウフフ、フフ、ウフフフフウフッ!!!」
テンション高く――半裸の痴女は止まらない。
連続攻撃である〈オンスロート〉を最後まで出し切って、守護戦士をブッ飛ばす。
「フフフ逃がさないわっ!」
高速で追いかけて、そのまま守護戦士とバチバチやりあう半裸の痴女――あっちはアレでいいだろう。
戦術、戦力的に言えば、六引く一と四引く一でこちらがなんかより不利になったような気もするが。
「〈キーンエッジ〉」
去っていく半裸の痴女の背中に攻撃力バフを投射。
ついでにズンダとシャルにも同様にする。
「シャル、突っ込め」
「オーケー――〈従者召喚:ユニコーン〉、〈ファンタズマルライド〉」
シャルが一角馬を召喚――同時に騎乗、一度その鬣を撫でる。
そして、長尺の杖をふるい、その下端に近い場所を持った。
口にするのは、発動宣言。
「さあ、示せ――」
その杖は、金属製だ。
先端には宝玉があり、金属板で形成された冠のような部位がある。
言葉に応じ、そこが開く。
「――〈輝ける魔道の杖〉」
そして、輝く魔力が噴出し、光の刃となる。
杖は、槍か薙刀のような形態となった。
「行けっ!」
ユニコーンが嘶く。
サムライのすぐそば、しゃがみこむ狐巫女少女めがけて、走り出す。
高速だ。
そして、救出のために、まずは邪魔者を排除に行く。
突進の勢いを、下からの振り上げに乗せ、叫んだ。
「おっ……らぁ!!」
――シャル=ロックは、〈召喚術師〉である。
魔法攻撃職だ。
防御は紙で物理は雑魚。それが普通である。
そもそも、〈召喚術師〉は能力値が他の職業の三分の二程度しかない。
しかし、従者召喚と呼ばれるそれを用いれば、その能力はほかの職業と互する、とされる――というより、従者召喚を行うのが標準のスタイルとしてデザインされている。
が。
「うっ……おおお!?」
刀で受けたサムライのHPが、がりり、と減る。
振り上げられたために足がわずかに浮く。
杖とは、基本的に弱い武器だ。
多少のリーチがあることはあるが、魔法のための道具であり、殴るための道具ではないことが大半だ。
その攻撃は弱い。それが通念であるが――シャルの攻撃威力は、規格外だ。
外から見て、つくづく思う。まともなビルドじゃない。
「はあっ!」
〈ファンタズマルライド〉の効果か。
人馬一体となったシャルとユニコーンは、サムライの横を走り抜け、急制動。
シャルは振り上げから繋げて、くるりと回して両手での突きに入る。
背中にきれいにヒット。
HPが確かに減少する――同時、シャルのMPが、わずかに減った。
「ズンダっ、回収! 〈オーバーランナー〉!」
「はいヨっ!」
盾を構えて狐巫女少女に向かって走り出すズンダ。
その背に、移動力バフをかける。
突進、と言うよりは飛び込みのようにズンダはシャルたちに肉薄する。
装備からして、おそらくそうなのだろうと思っていたが――
「邪魔だヨ! 〈シールドバッシュ〉!」
ズンダが、左手の剣盾でよろめくサムライを打撃する。
バッシュ、と言いながら、盾は縦、軌道は裏拳。打突面積は狭く、リアルであれば容易に肌を引き裂くだろう。
教科書の角で顔を殴打された、ようなレベルじゃない。さっきからあのサムライ痛い攻撃を食らいまくってる気がする。南無。
ズンダは倒れこんだサムライから視線を切り、しゃがみ込んだ狐巫女の腰を抱え、
「かぁくほゥ!」
「こっちよこせっ!」
「あいさーっ!」
抱き上げ持ち上げ、ユニコーンの背に乗せる。
いまだぷるぷる震えたままの少女は抵抗することもなくシャルに抱えなおされ、
「逃がすかっ、〈サーペントボルト〉!」
それを見た妖術師が、蛇のごとくのたうつ雷を放ち、
「〈カバーリング〉!」
ズンダがユニコーンの下をスライディングで抜けて、カバーした。
雷が弾ける。わずかにズンダのHPが減った。
だが、シャルと狐巫女は無傷だ。
――やはり、というか。ズンダのビルドも、まっとうではない。
確かに。
盗剣士は、盾を装備できるし、回避率も高い。そのため、武器攻撃職の中では比較的生存能力が高い――壁の真似事も、ビルド次第ではできなくもない。
そして、ズンダの場合。おそらくはサブ職の補助も受けて、壁としての性能を突き詰めたビルドになっているのだろう――おそらくは、庇うことを主眼に置いた構築だ。
そのために、あの盾剣と剣盾を手に入れたのだろう。
立派な廃人だ。
「さがれっ、〈パルスブリッド〉!」
杖から光弾を投射する――投射、投射、投射、連射連射連射連射連射。
暗殺者とサムライを牽制しつつ、シャルの離脱を助ける。
ばら撒かれる光弾、パルスブリッド。
それは〈付与術師〉の通常攻撃とまで呼ばれる使い勝手のいいスキル。
「ちいっ!」
暗殺者は下がり、サムライを盾にする。
矢が飛んでくるが、パルスブリッドで撃ち落とす。
それが可能な程度には、俺自身の性能が高くなっていたし、パルスブリッドの連射性能も高い。
「くおっ、重いッ……!?」
サムライが呻く。
光弾の連射が、その足を押しとどめている。
その隙に、ユニコーンが俺の後ろまで駆けてくる。
飛び降り、
「〈ファンタズマルヒール〉――おし、これを」
回復を起動――そして、衣擦れの音。
同時に、ユニコーンが消える。シャルが戻したためだ。
それから、ひゅん、と杖をふるう音。
音は連続し、早くなり、――背後から魔法陣が浮き出てくる。
「――行ってくるぜ。〈従者召喚:八脚神馬〉」
「おう――〈ヘイスト〉〈フォースステップ〉」
シャルは、特異なビルドのキャラクターだ。
その軸は、杖にある。
〈輝ける魔道の杖〉。
杖としての性能は、正直に言って低い。
〈秘法級〉でありながら、その辺の店売りの方がステータス増強が高い始末だ。
もちろん、それだけのものが、〈秘法級〉であるはずがない。
その特徴は、『最大MPに比例したダメージを与える』ことにある。
そして、シャルのMPは―― 一七〇〇〇を超えている。
一般的なレベル九〇召喚術師の、五から七割増しという数値だ。
MP補正のある装備をかき集めた、〈輝ける魔道の杖〉を使うためだけのビルド。
一撃ごとにMPをわずかに消費するという欠点もあるが、そのオートアタックのダメージ出力は、サブ職〈杖使い〉のパッシブスキルも相まって、本職〈暗殺者〉のそれに近いものになっている。
そして、
「でけぇな」
シャルは、召喚した馬を見上げた。
再使用規制時間、二十四時間。
一日一度だけの、必殺技ともいえる従者召喚。
八本の脚を持つ黒馬。
欧州のレイドに参加し手に入れた、強大な召喚獣。
バルル、とその馬、スレイプニルはわずかに足を曲げ、
「うっおお!?」
シャルを頭で持ち上げ、跳ね上げ、自らの背に乗せた。
「おおー、……っし、行くか。頼むな」
そうして、『すごい勢いで馬に乗って走ってきてすごい勢いで敵を貫いていく戦乙女のたぐい』――もとい。
〈ヴァルキリーライダー〉と呼ばれたアバターが、本気を出す。
「っはぁっ!」
高速の突進――サムライと切り結んでいたズンダが、顔をわずかにこちらに傾け、驚いたような笑みを浮かべた。
三対一。その上、向こうには施療神官がいるために、HPはかなり不利になっているが、その頬から笑みは消えていない。
「こっちよこせズンダ!」
「オーケーだヨっ、〈ブレードトップ〉!」
敵方、前衛たるサムライと盗剣士、二人に対して回転攻撃が行く。
コマのごとく回るズンダ。両手に構えた盾が、HPを削っていく。
跳ね飛ばされたサムライ――それに、シャルは突撃した。
「〈打ち下ろし〉!」
サムライの後頭部を、光の刃が叩く。
〈杖使い〉のスキルだ。今回は失敗せず、狙いを果たす。
そのままシャルは突破――スレイプニルの八脚が、八連打となってサムライの身体を叩く。
人体を発射台にして、スレイプニルは跳びあがる、空を駆ける。
向かう先は施療神官。
前衛を文字通り踏み越えて飛来する巨馬に対し、施療神官は硬直する。
そしてシャルはひゅんひゅんと杖を――光刃を持つ槍を頭上で回し、突撃の勢いを乗せ、切り札の名を叫ぶ。
「〈アサシ――」
おお見よ、我が理想。
〈召喚術師〉の、おそらく世界最高峰物理。
シャル=ロックは、切り札を放つ。
「――ネイト〉ッッッ!!!」
一刀にて両断。
ばかな――そんなふうに口を動かしながら、虹の泡と化す施療神官。
その気持ちはわかる。
〈アサシネイト〉は〈暗殺者〉のスキルだからだ。
全職業中最大の瞬間火力を誇る、まさしく必殺技――当然、他の職業では使えない。
だが、シャル=ロックは狐尾族――スキルがランダムで入れ替わる、という特性を持つ種族である。
だから、それを覚えるまでキャラを作り直した。
ただそれだけのことであり――奇襲性は抜群の、文字通りの切り札である。
「よくもッ!」
隣に立っていた妖術師――そして、頭上を飛び越えられた暗殺者が、同時に攻撃を加えんとする。
そこに、鎧姿と、肌色が飛び込んできた。
「ウッフフフフフ! 駄目ね、駄目よ!?」
跳ね飛ばされて戻ってきた守護戦士。
テンション高く戻ってきた半裸の痴女。
一瞬――暗殺者と妖術師の視線がそちらに行く。
その隙があれば、シャルにとっては十分だ。
文字通りの一瞬でトップスピードに乗るスレイプニル。
振りかぶられる光刃、そして狙われる紙装甲の妖術師。
「があっ!」
一撃ではない。
だが、確かにHPを削り、転倒させる。
その横で半裸の痴女が高速の縦回転。
「ウフーフ、〈デモリッション〉っ!」
遠心力の乗った大斧が降り下ろされ、守護戦士は下がるのみだ。
守護戦士のHPは三割を切っている。
だが――半裸の痴女のHPは、いまだ九割近い――否、
「食らってるが……回復してやがるのか」
一撃貰うたびに、幻影の鎧がゆらりと出現し防御――攻撃は赤い光を伴い、身に取り込んでいく。
大斧も鎧も、名前までは出てこないが。
あの斧は確か、上位〈制作級〉の、HP吸収効果のあるモノか。
そして鎧は〈秘法級〉――秘法級の能力を、ほぼすべてHP増強効果に振ったピーキーな装備。
前者は一般に手に入るなかでは最高の吸血量の武器で、それなりに高い。
……なるほど、と納得した。
あの痴女は、守護戦士だ。その上で〈裸族〉。
裸族とは、ロールプレイ職である。
大半の装備ができなくなる――装備してもよいが、特殊能力を発揮できなくなる――というデメリットの代わりに。
移動能力強化、ダメージの割合カット、属性防御の増大、特殊な特技、攻撃能力の強化、そしてアバターの外見設定・筋肉値が増加する、という効果……最後のはコレデメリットかもしれない……とにかく、そんな効果を持っている。
有名だが絶対やりたくないサブ職として有名だ。防御効果のない序盤は本当に苦行らしいし。
大斧の吸収能力を、裸族の攻撃能力強化――攻撃速度上昇も含まれるそれで補強。
ダメージの割合カットであるだけに、HPで耐えた方が効率がいいのか。
鎧の効果で増強されたHPで耐えて、HPを吸収して耐える、一人永久機関。
そういう――ガチ戦用の、スカーレットナイト系のビルドか。
まあ、謎の生物の類であろうが。
「変な奴もいたもんだ……」
そして、スレイプニルに轢かれたサムライに視線を移す。
少し距離が遠い――が、いい。いい角度をしている。
特に額がいい。広くて狙いやすいデコをしている。
「〈パルスブリッド〉!」
ぱん、と。
起き上がりかけていたサムライの額で、二発の光弾がはじける。
両手の杖から投射された光弾だ。
「あべばっ!?」
目の前が物理的に真っ白になったはずだ。
驚きで身が硬直したところに、ぱん、ともう一発。
そのまま、歩み寄りながら、パルスブリッドパルスブリッド、
「〈パルスブリッド〉〈パルスブリッ〉〈パルスブ〉〈パルス〉〈パルス〉〈パル〉〈パル〉」
ぱん、ぱん、ぱんぱんぱんぱぱぱんぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ、と止めず連射する。
パルスブリッド――付与術師の通常攻撃とすら言えるスキル。
特徴は、ひたすらに連射が効く、ということだ。
本来であれば、防御力によって、悪くすればダメージがない事すらある貧弱な連打――そしてそれは、俺のビルドには当てはまらない。
――スプリンクラー。
そう呼ばれる、ビルドである。
「〈パル〉〈パル〉〈パル〉〈パル〉〈パル〉〈パル〉〈パル〉〈パル〉〈パル〉」
「あばばばばっばばばがああああばばばばっばばばばっ!?」
HPががりがり減っていく。確実にHPを削っていく。
サムライはびくんびくん震えて止まらない。
二挺の杖。
〈トラツグミの呼笛・独唱〉〈トラツグミの呼笛・二重奏〉――こいつの特徴は、セットで装備することで、攻撃を分割できるってことだ。
威力を〇.六倍して二連撃。
防御力の関係で、普通ならダメージは下がるが。
この俺のビルドにおいては、そんなものは関係ない。
パルスブリッドは、固定ダメージを乗せるだけのものだ。
これ自体の威力が、一ダメージになろうが、大した関係はない。
そして、痙攣は、スタンとノックバックとヒットストップによるものだ。
俺のビルドはスプリンクラーのアレンジ――ソロ仕様。
多数を相手取るため、スタンとノックバックの効果を重視した、一人クラウドコントローラー。
――息を、深く吸い込んだ。
「パルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルッ」
「おぶごぼああがああああぎあぶぶべべべべべっべばばばば!」
サムライは立ち上がろうともがくが、光弾のはじけは頭を抑え込む。
ゲーム中であれば、転倒状態には無敵時間が存在した。が、リアルになった今はそんなものはない。
スーパーアーマー――ヒットストップはあるもののダメージモーションを取らずに動ける状態――になる特技などはあるが、転倒状態から発動できるものではない。
動作入力でなら、可能なものはあるかもしれないが――歩み寄り、もがきひっくり返った背中を踏みつけ後頭部にさらに連射する。
――この状態でやれるものならやってみろ。
「パルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルッ!」
「ああああばばばばばぐべべぶぶぶぶぶぶぶっぼお!」
分間六六.六発のパルスブリッドがPKの全身を叩き続ける。
しょんべんだま。お辞儀玉、塩弾と呼ばれるような情けない軌道を描くパルスブリッド。
弾速は早く、光と音が間近で弾け、身は踊って止まらない。
「パルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパル!!!」
サムライは動けない。
連射が途切れた瞬間俺は逆転されるだろう――戦士職を抑え込む能力はない。
立ち上がって走られたら百発百中とはいかない。
狐巫女少女のように華麗に回避することなんて、できはしないだろう。
だが途切れない、止まらない。
微弱なヒットストップと、稀にあるスタン、たまのノックバック、小さなダメージ。
一発一発は大したこともない。そりゃあそうだ、これは連射数だけが取り柄の塩スペル。
ただしそれが秒ごとに襲う。
逃げられない。逃がさない。
「〈パルス――」
そして、俺の足元で――
「――ブリッド〉ッ!!!」
――サムライの身が、虹色の泡となって爆散した。
ふう、と顔を上げると、矢が飛んできていた。
暗殺者の矢である。
「〈カバーリング〉」
それを、ズンダは右手の盾剣で弾く。俺を庇う動きで、同時に、盗剣士の攻撃までも回避していた。
カバーリングのための移動を回避に使う、とは。スキルの活用方法にも、なかなかの幅がある。
いよいよレッドゾーンのHP。
だがズンダは怯まない。
守護こそが我が役目と言わんばかりに、盾を構え連射された矢を見据え、
「〈桜花結界〉」
しかし、投射された花弁のような結界が、それを遮った。
「…………」
振り返れば。
湯上りのバスタオルのように、布を体に巻き付けた狐巫女少女が立っていた。
無表情だった。
たぶん、キレていた。
彼女は、右手で胸元を抑えながら、駆けた。
「うっ!?」
狙われた先。暗殺者は、矢を番え、放つ。
すでに狐巫女少女は間近。あと二足で届く、という距離ででも、なんとか間に合ったのは、〈冒険者〉の身体であったからだろうか。
矢が放たれた瞬間、少女は跳び、――我が目を疑う。
少女は、その矢を空中でつかみ取ったのだ。
「なっ!?」
硬直する暗殺者。
――もはや、勝負は決まった。
少女はその懐に飛び込みざま、雷をまとった右拳を顔面に叩きつけ、
「〈ライトニングストレート〉――〈エアリアルレイブ〉」
そのまま左の一、右の二、と拳を叩き込み、膝蹴りの三で浮かせ、四のかかと落とし――そこで、わずかにディレイが入った。
かかと落としで地面に当たり跳ねかえってきた敵を、後ろ回し蹴りで蹴り飛ばすのが本来の流れだが、狐巫女少女は、かかと落としと蹴りの中間のようなそれで、暗殺者を地面に縫いとめた。
そこから、速やかに彼女はマウントを取る。
そして行われるのは、打ち下ろしの拳――パウンドである。
あんなものまで覚えているのか、と驚く間もない早業。
ごっ、ご、ごん、ごっ、と音。
「ぎゃっ、あぐっ、うっ、ぐわっ……」
……ありゃあ、駄目だ。
あの暗殺者――もう、心が折れてる。
本気の必死で抵抗すれば、跳ねのけられるかもしれないというのに。もう、拳を防御することしか、頭にない。
「ぐあっ……」
「ああ……」
苦鳴に目を向ければ、大斧と、光の刃。
その二つが、守護戦士と妖術師のHPをゼロにするのが見えた。
気づけば、立っているのは盗剣士ただ一人だ。
「……ウフーフ」
と、なぜか血の滴る大斧を担いで半裸の痴女が近づいていく。
「…………」
狐巫女少女はパウンドをガシガシ続けている。
目線だけは盗剣士に向いているが、とりあえずこいつを殺す、とでも言わんばかりの無表情で拳を打ち下ろし続けている。
「さぁて……」
と、シャルも馬首を巡らす。
「残り一人、だネ?」
もっとも近い位置にいたズンダが油断なく歩み寄る。
「ひ……!」
彼は、恐怖もあらわに、対峙していたズンダに背を向け、逃げ出した。
「「逃すかっ!」」
言葉が重なる。
シャルがスレイプニルに合図を出し、俺は杖を構えた。
「〈パルスブリッド〉ッ!」
杖から乱射する。
秒間三三.三×二の光弾が、地を舐めつつ追いすがる。
「うぁっ!」
駆けるその足元で光弾が炸裂――走る足が硬直し、速度のまますっころび、そして迫りくるものを見て、絶望した表情を浮かべた。
がががががッ、がががががッ、と、蹄の音。
規則的な響きは多重。
二頭の力強い馬が駆けるような音は、ただ一頭から発されている。
――八脚神馬。
騎乗者の攻撃力を増強する、強力な召喚生物。
馬型騎乗生物として最強クラスのそれは速く、
「――おっらぁ!」
そして、防御の剣より、〈輝ける魔道の杖〉の方が、長い。
一方的な突き下ろしが、盗剣士を地面に縫いとめる。
「っああ!」
突進はそのまま打撃になる。
体勢を崩した身を、八つの蹄が、足場とするためでなく、攻撃のために踏み鳴らす。
「が……!」
盗剣士は、叩きつけられた身を、肉体の性能任せに素早く跳ね起こし、剣をふるう――が、すでにシャルは届かぬ場所に離れている。
そして始まるのは、ヒットアンドアウェイの、蹂躙だ。
高速の突撃と槍並みのリーチ、さらに飛び道具の類すらも外され、弾かれる。
――ビルドの分類としてはビーストテイマー。
しかしそのセオリーからは外れ、騎乗生物を専門にした、高速のヒットアンドアウェイを主眼に置いた、物理攻撃メインのビルド。
「……我ながら、こんなもん、他にいてたまるかってんだ」
ほどなくして。
視線の先で、盗剣士が虹色の泡となって消えた――暗殺者の方は、恐怖のパウンドを、しばらく食らい続けていたが。
→5/6(3)
●〈従者召喚:八脚神馬〉
〈召喚術師〉の特技。幻獣召喚・必殺技。
八本脚の巨大な馬を召喚する。
再使用規制時間は二十四時間と長いが、その分非常に強力。
性能が全体的に高いハイエンド。
また、騎乗者のすべての攻撃行動を強化する。
性能のわりにMP消費も低く、移動速度や反応速度も高く、わずかながら飛行可能(空中を駆けることができる)であり、タフで、地形の影響を低減し、状態異常耐性も、移動阻害や毒など多岐にわたる。
戦闘用馬型従者召喚としては最強の一つ。
召喚するだけで逆転できるようなものでこそないが、騎乗しての機動戦をするならこれが欲しい、と、欧州レイド産ながら日本版〈エルダー・テイル〉wikiに記載されるほど。
欠点は「馬として最強? だからなんだ」という点。
これに乗って戦技召喚を繰り返すなら、戦闘用の従者召喚をして後ろから戦技召喚撃ってた方が安全でしかも強くね? って点である。
シャル=ロックの切り札。
彼?彼女?……は、これに騎乗することが半ば前提のビルド。
見た目は拳王様が乗ってるアレとかと考えて頂ければイメージしやすいか。
ちなみにオス。一人称で我とか言いそうなタイプで、若干ツンデレ気質。
●〈打ち下ろし〉
〈杖使い〉など、『武器使い系』サブ職がだいたい共通して覚える特技。
武器を降り下ろすだけの技。
コストパフォーマンスその他の性能はいいが、そもそもの威力が低い。
誰でも使えるそれなりに便利な特技……でしかないのだが、そもそも物理特技を覚えない職業であれば価値は高い。
ただ、魔法職がわざわざ物理を使うこと自体が本来微妙であることは否めない。
●狐尾族
プレイヤーが選択できる種族のひとつ。
ランダムで習得可能特技が入れ替わる特徴がある。
……というのが公式設定一部要約。
TRPGでは種別:一般の特技……まあ、一部特技のみでしたが、この話では全ての特技から選ばれるとしています。きっとバランスのためだって、うん。