5月4日(3):味!
次回投稿は金曜日です。
「「――え、いや、要らない」」
ダブルの否定に、ズーン・ダーンと言う名のプレイヤーは、めげなかった。
「いやいヤ、お兄さんがタ、いいかネ?」
ニコニコと音が出そうな笑みを、悪戯っぽい笑みに変える。
その長く節くれだった指は、みかんの皮をむく。
そして半分に割り、もう半分に割って、指で軽く裂いて見せる。
「……うっ……?」
香る柑橘類のにおい。
はじけ飛ぶ果汁。
オレンジ色は暮れなずむ夕日を受けて鮮烈。
――思い至って、おにぎりのにおいをかぐ。
味もしないし食感も一様だが、――においがないことには、気づかなかった。
「まさか……まさかっ!?」
シャルがみかんを受け取り、口に含み、
「ん~~~~~ッッッ!?」
表情をゆがめ、ばたんばたんと足を踏み鳴らす。
数秒のタメを作って、叫んだ。
「っっっぺぇ! うめぇ!」
シャルはみかんを奪うように取り、……あ、と、俺の方に視線を向けてきた。
二秒、口の中でもごもごと何かを言って、それから、みかんを出してきた。
「……食いたいだろ?」
「……もちろん」
一切れだけ、いただく。
歯が皮を破る。
とたんに溢れ出す果汁。
それは爽やかに冷たく、鋭く、舌を刺す酸味と、ほのかに香る甘みを伴う。
美味い――リアルでもなかなかないような、みかんだ。
「ん~~~っ……」
覚悟――というか、予想はしてたので、シャルほど見苦しい真似はしないで済んだ。
それでも表情が緩む。うめえ。
どうしてこんな、と注視すると、情報が浮かんでくる。
〈みかん〉――素材/食材アイテム。レア度で言えば、そう高くもない、が、フレーバーテキストが表示される。
『ウェストランデで採れた高級みかん。爽やかな酸味と控えめな甘みが特徴。特に高級なものは貴族に供される。』
……さっき食べた〈おにぎり〉も〈サンドイッチ〉も〈固焼き煎餅〉も食材アイテムだ。
改めておにぎりを注視する。
〈おにぎり〉――食材アイテム。レア度は〈みかん〉より低い。
『冒険者によって異界からもたらされた料理の一つ。お手軽で携帯に向く。具材はおかか。』
……あ、と気付いた。
「……食材かどうかじゃなくて……素材かどうか、か?」
「そうだヨ、お兄さん?」
閃きに対して、すぐに肯定が返ってくる。
「あー、そうか……ありがとう、ええと……ズーン・ダーンさん、生き返った気分だ」
「いや俺モ、店の人に聞いただけだからネ」
シャルが、ズーン・ダーンさんに礼を言う。
……返った言葉に、血の気が引く。引いていく。
シャルの肩を掴み、こちらに振り向かせる。
「おい、行くぞ、今すぐだ! 市場だ!」
「あ? なんだよ、そんな急ぐことなんて――」
「理由がある! ――気づいたのはこの人だけか!?」
「……あっ、あああ、そうか!」
すぐに気付いたシャルが、ダッシュする。
……そうだ、店の人に聞く、なんてこと、こいつ一人がやってるわけもない、そいつに仲間がいないなんてことも滅多にない。
買占めが、起きているはずだ――!
●
起きていた。
「……あー……くそが……」
がっくりと項垂れる。
屋台のように立ち並ぶ周囲の店には、ほとんど素材アイテムがない。
あっても超高額――みかん一個は、普段ならいいとこ金貨五枚くらいなもんだが、今現在は、一〇〇〇から三〇〇〇――である。
「いつもそうだ……俺ってやつは、『あ、そうだ』って思い立って物事やると、失敗するんだ……」
そうだ、価値観の激変が起きるなんて簡単に思いつくじゃあないか。
確かに戦闘について考えることも重要だ。それが生きるってことだ。外に出るって選択も、さっきの時点で言えば、そう間違いでもなかった。
だが、現状。……この状況!
「くそっ、荒稼ぎのチャンスが――!」
「そっちかぁ!」
「そぉおだよ! 金だよぉ!」
「アホかっ!」
びしっ、と突っ込みが入った。
……二人で顔を一瞬蒼くしたが、警報は聞こえてこない。
この程度はコミュニケーションの一部らしい。
睨み返すだけにとどめて、マーケット画面を開く。
行うのは、出品物の引き上げだ。
現状、果実類――に限らずだろうか、素材アイテム全般に価値の激変が起きている。
それがそのまま、一般の出品物にも波及するかもしれないからだ。
勿論予想外のものが高級品になるかもしれないが――現状の食材アイテムがまさにそうだが――ひとまず、引き上げておく。
一通り引き上げて、顔を上げ、残念そうな顔をするシャルに言う。
「おい、商品引き上げとけよ」
「ああ……ああ、くそ、みかん、美味かったなあ……」
「……め、」
「ん?」
「いや、なんでもない」
女々しい奴め、と口にしそうになって、自重した。
流石にここではまずい。突っ込み以上に発展するのが目に見えている。
苛立ちを誤魔化すため、手を動かすことにした。
視線を落とし、市場画面を見やる。
素材系の食材はなんであっても高い。特に果実系が高く、その他食材も若干高騰傾向にある。
他のものは、と検索画面を切り替え、――瞠目する。
幾度かスクロール――それから、マジかよ、と思うが――まあ、荒稼ぎのチャンスである。
「……よし、手伝え」
「え、なんだよ? 何をだ?」
「何って? ――市場荒らし」
●
シャルを説得し、金をわたし。
ちょうど、一通り市場を荒らしたところで、ニコニコ笑顔の青年――ズーン・ダーンさんが歩み寄ってきた。
「買えたかイ?」
……なんでこの人追いかけてきたんだろう。
そうは思いつつ、頷く。
「ああ、まあ、買えたよ」
さすがに腹が減っていたので、果実類のアイテムを、忸怩たる思いを噛みしめつつ即決金額で購入して、軽く食っている。
果実だけで腹を膨らませるのもなんなので、果実を食って、その味が口に残っている間に、湿気た煎餅もかじっている。
フレーク……にしても味気ないが、それに果実を混ぜて食っているような感覚だ。
ともあれ、と、〈魔法の鞄〉から果実を取り出す。
「お礼だけど、いるかい?」
こちらからはリンゴを出す。
ズーン・ダーンさんは、笑みを濃くした。
「ああ、いいのかイ? ありがとだネ」
そう言って、彼は盾のついた両腕で――
「お?」
と、気付く――確か。そういう枕詞はつくが、記憶が正しければ、この右手の盾は、剣だ。
普段は単なる盾だが、抜刀するとその裏から刃が出てくるギミック武器だったはずだ。
一見、超守備重視の、攻撃を完全に捨てたビルド――カウンターのキツいボス相手でたまに運用されるタイプの〈守護戦士〉かと思ったし、ダブル盾装備で防御重視の〈施療神官〉――ツインシールディックか、とも思ったが。
改めて注視し、ステータスを見る。名前などの大ざっぱな情報が表示される。
――この人、〈盗剣士〉だ。
「……マジで?」
「ン? なにがだイ?」
リンゴを受け取り、しゃくしゃくかじるズーン・ダーンさん。
味を楽しんでいるのか、朗らかな笑顔を浮かべている。
……確かに、〈盗剣士〉には盾を装備するスタイル――グラディエイター、と呼ばれるビルドがある。
武器攻撃職三種の中では最も防御能力を高くできるビルドで、安定性には定評があるし、場合によっては盾役もこなせなくはない。
この盾剣は、たしか〈秘法級〉で、〈幻想級〉含めても最大級の防御能力があるものだ。
そのかわり武器としての性能は、もちろんのことお察しであるが。
左手の盾――こちらもたしか〈秘法級〉、それもレイド産の高級品――だが、はずれ、と呼ばれるものだ。
〈盗剣士〉が装備できる中ではかなり防御力が高く、同時に武器扱いもできる。
属性防御も高めで、効果は忘れたが装備時限定スキルもあるはずだ。
防御力は欲しいが二刀流もしたい――という場合に使う装備だ。
おまけつきの盾と考えれば性能は高めだが、世間的には、だったらもっと防御力を上げたり、軽くしてほしかった……とのこと。
中途半端すぎるので、これを装備するくらいならマトモな盾を持ってグラディエイターを貫いた方がいい、と言われる盾である。
その職業から見ると、鎧姿、というのもおかしい。
普通、〈盗剣士〉は回避する職業だ。
防御力もないわけではない、というだけで、戦士職を鉄板、他二職の武器攻撃職を紙と厚紙とした場合、ベニヤ板くらいの差しかないはずだ。
〈盗剣士〉で盾役をマジでやるビルド……というのは、聞いたことがあるが。ダブルシールドのそれは、……さすがに、聞いたことがない。
そっと目をそらすと、同じくリンゴをしゃくしゃくかじるシャルが見えた。
腹が減っているのか、丸かじりであった。
いたたまれなくなって視線を落とすと、自分が見えた。
「……いや、なんでもないです」
……なんとも珍妙な三人が揃ったものである。
ともあれ、と気を取り直し、忠言する。
「ズーン・ダーンさん、マーケットから商品を引き上げた方がいいと思う」
「ン?」
「素材系アイテムは今高く売れるので値段設定を変える、あるいは自分の懐に戻す。それ以外のアイテムは、価値がどう変わるか分からない。持っておけば……って後悔をする前に」
「ナルホド、道理だネ」
操作をしながら、返礼のように、そう言えばだけド、と、ズーン・ダーンさんは言う。
「料理……できないみたいだネ、現状」
「料理が……?」
「そ。システム以外ではできないみたいだヨ」
「確認するけど、素材アイテム全般には味があるんだな? ……例えば、魚とか?」
「少なくとも生臭い匂いはするネ。……だけド、それを焼こうとするト、焦げ焦げの物体サムシングになル……みたいだネ」
「……ふーん……へえ……そうか……」
頷きつつ、リンゴをかじる。
考えをまとめる。
荒稼ぎの方法を、だ。
じゃくじゃくじゃく、とかじり、確認のため口にする。
「……さっきのみかん、美味しかったよな」
「そうだな、すっげえ美味しかった」
「……フレーバーテキストに、そう書いてあったもんな」
「そうだネ、きっト、あれくらいのみかんはもう今のアキバじゃ手に入らないだろうネ」
「……『美味いからフレーバーテキストに書いてある』のか、『フレーバーテキストで美味いって言われてるから美味い』のかは分からないが」
現状。
ひとつ、素材アイテムしか味がない。
ふたつ、料理もできない。
みっつ、需要と供給が釣り合っていない。
よっつ、美味いもんは美味い。
前提はこうだ。
方法もある。
そして、人も揃う。
前衛。補助。攻撃。回復は甘いが、ここから行く場所においては、大した問題ではない。
「ズーン・ダーンさん」
「呼び捨て、もしくはズンダでいいヨ?」
「わかった、俺は奇妙丸、こっちはシャル=ロック。――ズンダ。金稼ぎに一枚噛む気はないか?」
ズンダは、笑みを変えた。
弓なりになった眉の形を崩し、左右の眉の高さを互い違いに。
片目が少しだけ開いて、三白眼があらわになる。
口元も同じく片方だけが変わる――きゅ、と高く上がったのだ。
表情を読むならば。面白そうだネ――と、言ったところか。
俺も似た笑みを返す。
胸を張り、二〇センチほど高い顔に正対した。
「――金稼ぎの方法は簡単だ。需要と供給が釣り合ってないなら、供給する。それも上質のものを、だ」
シャルにも聞かせるように、言う。
「稼ぐためには何をすればいいか? 方法はいくつかあるが、簡単なものがある。最先端を行けばいい。誰も行っていないところへ行けばいい」
シャルは驚いたような顔をしている。
「値段の高騰? バッチコイだ、確かに、俺たちも高級志向で行くが、その値段こそが適正だ――そしてそれは、釣りあげられた値の凡百の果実類を駆逐するだろう」
なぜならそれは、
「誰も食べたことがないものだからだ。それも、誰もが欲しがっている、だ」
話を飲み込めたのか、シャルも笑う。
「どこだ。何を目的にする?」
「それは天上の味――地底の味でもあるが」
地底の味――そう聞いて、ああ、あそこか、とシャルが頷いた。
「そうだ、そこは地の底、黄泉路へと参る道――」
「――霊峰フジの、奥深く、王女の眠る地か」
息を吸う。
「「――〈黄泉の供物〉」」
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●〈剛盾剣グレイトタスク〉
ズーン・ダーンの右手装備。
〈幻想級〉を含めても最大級の『防御力』を誇る〈秘法級〉の、剣(カテゴリはレイピア扱い)。
武器としての性能はお察し。
追加効果などは一切ない。あるのはひたすら高い防御力だけである。
ある意味男らしい武器と言えよう。
ちょっとしたギミック武器で、抜刀すると盾の裏から両刃の剣がジャキィン!と出てくる。
形状としては、ジャマダハル(カタール)の手の甲に大きな盾がついた形状と思っていただけると分かりやすいか。