5月4日(2):同族嫌悪
次回更新はたぶん水曜日です。
その後。
安全マージンを確保しつつ戦ってみよう、と思い立ち、
「どーする」
「元からレベル一〇以下の敵しか出ないなら安全マージンもクソもないだろ」
「それもそうか」
――そういうことになったのだが。
「ふんっ!」
杖を二刀流から一刀流に持ち替えフルスイング――レベル二、ランク〈ノーマル〉のモンスター、〈角兎〉が、見慣れた、しかし真新しく感じる虹色の泡と化して消え去る。
やっと物理がヒットした――と安心し、一息、気を抜く。
……いくつか、思うところがある。
ひとつ、クマとかならともかく、見た目えっらいカワイイ生物をこうして虐待するのは絵面的に大変問題があるように感じられる。
ふたつ、やっぱり殴れば金が手に入る――つまり〈エルダー・テイル〉としての法則に乗っ取った世界であることの確信が深められた。
みっつ、魔法やスキルは問題なく使用できる――使用は、できる。
よっつ、やはりレベル九〇は、強い。これがキツかったらどうしようかと思ってはいたが。
いつつ、シャル=ロックが予想以上に俺。
全体として大きな問題は三。個人的に大きな問題は五。心情的に大きな問題は一だが、これはさておく。
簡単に整理して、ふ、と一息。
エンカウントはあまりない。
シブヤ――アキバの人口過密緩和のため作られたプレイヤータウン――へと向かう街道から少し外れた、高架道路跡地、の下。
このあたりに出てくるのは多少ファンタジーした野生動物の類だ。
俺が、〈付与術師〉としてエンチャントを用いることもなく。
シャルが、〈召喚術師〉として召喚をすることもなく。
単純な物理だけで戦えてしまっている。
息を吐き、軽く汗ばむ襟元を開く。
ここは、アキバ市街から少し離れ、シブヤに向かう街道から少し外れた場所。
低レベルクエストで『薬草を取ってきてくれ』と頼まれて向かうような林――小動物や植物系のエネミーがまばらに存在するゾーンだ。
ゲーム時代であれば、市街から徒歩で五分程度の、ごくごく近い場所であったが。
「考えてみりゃあ、二時間で一日だったか……」
一時間で一二時間、三〇分で六時間……五分で一時間。
すぐにつくだろうと思っていた俺たちは、途中で馬を呼ぶことになった。
ハーフガイアプロジェクト――ってのも、実際その世界になれば面倒なもんである。
ゲーム時代と違うことは、まだある。
「……敵の反応も、やっぱりゲーム時代とは違うな」
大きく振りかぶれば、先に回避しようとする。
わりと遠い記憶のかなたであるが、〈角兎〉はたしか突進攻撃と噛みつきの二種類の攻撃をしてくるが、そのモーションはそれぞれ一種類づつだったはずだ。
先ほどから、控えめに見積もってもそれぞれ二種――飛びかかってのそれと、地面をそのまま走って来てのそれとがある。
……というか、レベル二の〈角兎〉も、リアルの身体であれば負けうる。
斧とか鉈とか、それなりの武器を持ってようやく互角ってところだろう。
だが今の身体であれば、回避しようとするその先に回り込んで角をつかむことすらできるだろう。
運動速度もそうだが、反応速度、動体視力のような部分も、リアルとは段違いだ。
これが〈盗剣士〉のような前衛職であればどうなるのか、興味は尽きない。
「……よし、次はダメージ食らってみるか」
「オーケー」
今の反応速度なら、例えば〈角兎〉が突っ込んできたとして、それを無防備に胴体に受ける、なんてこともない。
被害の少なそうな箇所――とりあえず、腕で受けることはできるだろう。
ともあれ、少ないエンカウントを補助するため、探知魔法――今回の場合は獣系エネミーの探知――を使う。
三つめの問題。
スキル使用について、だ。
メニューは思考操作も可能だったが、エアタッチパネルというべきか、指で操作することもできた。
これも練習と思い思考操作をする。
スキルを選択すると、半ば自動的に、自分の身体は杖を掲げる。
それから、体内から腕を通って杖に何か――魔力、としか言いようのないものが動き、杖の先端、木彫りのトラツグミに溜まっていく。
「〈ディテクト・アニマル〉」
詠唱と同時。
杖の先端、トラツグミが鳴き声を発する。
鳴き声には、溜まっていた魔力が弾けて乗っている。
現実風に言うならばアクティブレーダー。返ってきた魔力の波動を、自分の中のなにか――システム的なものが検知し分析。
「……二時方向」
「あいよ」
長尺の杖をひゅんと振り回し、シャルが歩き出す。
今のところ、単なる物理攻撃だけですべてが済んでいる。
特技については、思考もしくは指でメニューを操作する方法と、口に出す方法と、動作で認証する方法があった。
魔法については、杖の構えという動作だけでは足りず、詠唱が必要だったが。
これはおそらく、詠唱がモーションの一部と設定されているからだろう。ゲーム時代も口が動いていたし。
まあ、詠唱と言っても、実際に何か呪文を詠唱するわけではなく、魔力を集中する……文字通りのチャージタイムみたいなものだ。
動作入力する際には、魔力を動かす必要がある。
毎度毎度アイコン入力をするわけにもいかないので、この感覚を掴まねばならないだろう。
と、歩くシャルの目先で、草むらが動いた。
飛び出してくるのは、またも〈角兎〉だ。
うし、と気合を入れたシャルが、杖を振り上げ、叫ぶ。
「打ち下ろしっ!」
ばし、と音。
ただそれだけだった。
「…………。」
いたたまれない雰囲気になる。
――シャルのサブ職は、〈杖使い〉。
〈剣士〉や〈斧使い〉――『武器使い系』と一括りにされるサブ職群である。
サブ職名に冠された武器に特化するのが特徴で、武器限定の攻撃スキルをいくつか覚えたり、武器の能力を強化するパッシブスキルを覚えたりするものだ。
例えば〈斧使い〉の場合は、〈ぶん回し〉などの攻撃特技や、〈斧攻撃力上昇〉などのパッシブスキル――そして、〈大切断〉などの必殺技も覚える。
また、レベルからするとかなり下位のものになるが、斧を装備することも可能になる。
同様に、〈盾使い〉であれば〈シールドスマッシュ〉といった攻撃スキルをごく少量、〈ガードアーム〉などの防御スキルと、〈シールド回避+〉などのパッシブスキルは多めに習得する。
〈盾使い〉の場合、〈守護戦士〉がより守備に特化するために就業することが多いほか、グラディエイタースタイル――バックラーなどを装備する防御重視ビルド――の〈盗剣士〉が就業することもある。
習得するスキル群はバランスのためそう強くもないが、少しの数値を追い求めるビルドではこの職業群が採択されることもあるのである。
短期戦ならばこういう職業の方が強いが、レイドダンジョンなどの長期戦であれば補給・修繕のための生産系サブ職の方が好まれることも多く、プレイヤーを悩ませるところである。
そして、〈杖使い〉は、ある特徴がある。
他武器使い系サブ職より、スキルが多いのである。
杖、という装備は、基本的に魔法職のためのものであるが、大陸系モンクは装備可能である。
装備区分というのはサーバーによって種々様々異なってくるもので、例えば海外サーバーでは、日本で言う〈カンナギ〉は〈霊媒師<メディウム>〉という名前になっている。
装備区分も若干違い、日本ではかなり広い範囲の刀――本来は装備できない剣と弓を装備することができるようになっている。
同様に、大抵の土地ではモンクは素手で殴る職業だが、中国武術的なフレーバーのため、中国では非常に広い範囲の武器を装備可能なのである。
そして〈杖使い〉はそこで発祥したサブ職であるため、物理攻撃についてのスキルを持っている。
が。
杖というのは、基本的に魔法職の装備である。
そのフレーバーのため、〈オーラセイバー〉に近い魔法的なスキルと、杖の持つ魔法的な能力を強化するパッシブスキルも持っている。
つまり、棒術的なスキルと、ロッド的なスキルを同時に持っているのだ。
そのため、物理攻撃もやる魔法職にとっては、それなりに人気のあるサブ職なのだ――物理攻撃もやる魔法職が多いかってのは置いておくが。
まあ、〈召喚術師〉は比較的物理もやるタイプが多い職業だ。
魔法使い系故の脆さを、召喚生物によってカバーできるのがその理由である。
――とまあ、あまりのいたたまれなさに、つらつら思考してみたが。
シャルがなにをやったかと言えば、動作認証で〈杖使い〉の物理スキルを発動しようとして、全力で失敗したというだけのことである。
「……打ち下ろし! 打ち下ろし! ああ打ち下ろし! 打ち下ろし!」
ばしばし杖を振り下ろしまくるシャル。実に見苦しい。
哀れな〈角兎〉はキューキュー鳴きつつそれを回避し、回避し、たまに反撃すらして、雑になった攻撃からついには逃げ出して、――俺の方に向かってきた。
「お」
向かってくるなら容赦はしない――と考えて、そうだ、と思いついたことがある。
足を振り上げる。
杖による攻撃モーションはゲーム時代でもあったが、こうして格闘を行った場合はどうなるのだろうか。
まあどうせワンパン、いやさワンキックであろうが――と蹴った瞬間、脛に角がヒットした。
「…………おうふ」
全身から力が抜ける。
腰ぐらいの段差を飛び越えようとして足を滑らしてゴッスとぶつけた程度に痛い。
涙目の視界の向こうで、サッカーボールのように飛んだ〈角兎〉が虹色の泡と化すのが見えた。
とりあえずダメージは入るらしい。
……直前になって余計なことを思いつくのは俺の悪い癖だ。
シャルもさっき動作認証でスキルを起動しようとして失敗してたじゃねえか、と自分を責める。反面教師役立たずである。
うー、と目を瞬かせて涙を追い出し、立ち上がる――と、シャルがいたたまれない顔をしていた。
「――〈パルスブリッド〉」
「おぶっ」
構えた杖から光弾が出て、尾を引きながら飛び、最後にへにょりと落ちて、シャルのこめかみあたりにヒットした。
今日兎相手に練習したためか、いい感じのヒットである。
「…………何をしやがる」
シャルがタレ気味の目を怒らせつつ、長尺の杖を構える。
何が嫌かって、怒った顔がカーチャンそっくりである。
たぶん俺もそっくりなんだろう。げんなりする。
と。
「まあ待て」
手のひらを見せて、ちょっと待った、とポーズをとる。
「どしたよおい、遺言なら聞くぞ」
「HPだよ、どうなってる?」
「あ?」
……ああ。と、シャルが頷いた。
HPか、と、表情が少し勢いをなくす。
ん、と眉根を寄せ、口にした数字は、
「八八五一分の、八六〇六」
「んー、そうか……」
俺の視界には、七七九八/七七九九、と見えている。
「二五〇くらいダメージ受けてるのか。そうか……俺な、今のサッカーボールキックで一ダメージだけ食らったんだが」
「ん、……ダメージと痛みが比例してないのか?」
頷くと、シャルは杖を地面に突き立て、腕を組もうとして、巨乳が邪魔をしたので変な顔をした後に顎に指をあてる考え事ポーズをとった。
「かもしれん。たとえば……尻は刺激に鈍いって言うだろ? 強力な攻撃がケツバットで来たとき、そんなに痛くはないけど、実はHPがごっそり減ってました……とかあるかもしれない」
「あー。逆に今みたいに脛にヒット食らっていてえと思ってポーション飲んだら実はほとんどダメージ貰ってなかったとか?」
「あるかもしれないな」
ふーん、とシャルが難しげに唸り、虚空に目をやる。
そうなると、戦闘中もステータス画面に気を配る必要が出てくる。
ゲーム時代であれば、ディスプレイがあり、その上や画面端などに様々なウィンドゥがあり、そこに表示されていたものだが、
「……これは、厳しいなあ……」
呟きには、全く同意である。
自分のHP、MP……だけならまあなんとかなるかもしれないが、PTメンバーのそれも把握しようとすると死ねる。
「それはそれとして」
シャルの言葉と同時、足蹴がボディに入った。おぼふ。
いいのが入った。脚から力が抜け、膝をついてしまう。
減少したHPは五〇〇ばかり。倍じゃねえか。
〈魔法の鞄〉に手を突っ込む。
「――野郎」
立ち上がりつつ取り出すのは、もう一つの杖。
〈トラツグミの鼓笛〉――〈独唱〉そして〈二重奏〉。
「今女郎だクソ野郎――ってか思ってたけどよ」
同時、シャルは杖を構える――〈輝ける魔道の杖〉。
「てめぇのカッコおっそろしくだせぇ」
……す、と頭が冷える。
血が下がったためだ。
あんまりにもキレると、むしろ血が下がるというのは本当らしい。
「――〈キャストオンビート〉」
「――〈従者召喚:悪夢馬〉」
「「てめぇぶっころしてやらぁああああああああああああああ!!!!!」」
●
林の半分くらいをハゲさせて、お互いHPを二ケタまで削りあいつつ、なんとかアキバの街に帰ってくる。
すでに夕方。
この初日が、もうすぐ終わろうとしているのだ。
召喚した馬に揺られながら、アキバの街を行く。
アキバの街は、……ひどい、状況だ。
すでに怒りは過ぎ去ってしまったのだろう。
こうして道端にいるのは、すでに諦めてしまった人たちだ。
すすり泣きが聞こえる。死んだような息が聞こえる。低温の呟きが聞こえる。
仲間と合流しようとする者はすでにどこかのゾーンに引っ込んでしまっているんだろう。
周囲にいるのは、たぶん、ぼっちになってしまった人たちだ。
……まあ。俺も、基本、ぼっちである。
ソロプレイヤーには種類があるが、そのうちの一つ――特定の仲間を作らないタイプのソロプレイヤー。
必要があればPTを組むし、需要があればPTに入るが、基本はソロでプレイしていた。
ソロメインで高レベル、それも特技がすべて〈奥伝〉なんてプレイヤーは少ないためか、フリーの〈付与術師〉としていくらかのレイドに参加したことはある。
例えば、かの〈腹黒眼鏡〉のような怪物的なプレイはできないが、それでもそれなり以上の腕前はある――あったと、自負している。
シャルの場合は――ああ、シャル=ロックとしてプレイしている間は、もっと酷かったというか、ほぼ完全にソロ専門だ。
ビルドの関係上、仲間を作れないのである。
この手のオンラインゲームでは、他人と一緒にプレイする都合上、他人の快適さを優先する必要が出てくる。
快適さとは、円滑な攻略、ってことだ。
wikiを読み込んでその職業の立ち回りを理解して、モンスターの弱点や動きを学んで、優秀な装備を探し、得て、効率的な狩りを目指す。
で、シャル=ロックのビルドは、この奇妙丸のビルドとは違い、他人に合わせるということがほぼ不可能なのだ。
『こういうのできるんじゃないか』で作ったキャラで、ビルドだ。
何度も失敗したし、結果的に成功はしたが、特に〈輝ける魔道の杖〉を手に入れる際には、奇妙丸としてのコネを盛大に使わざるを得なかった。
今となっては遠い思い出のようにすら思える。
これからどうする、と、弱気交じりの思考が出てくるのをねじ伏せる。
無数の未知がある。
前向きに考えるなら、それを既知に変えていくのが喜びだ、楽しみだ――冒険だ、と考えるべきか。べきだ。よし弱気グッバイ。
「うむ。……ん?」
隣でなにやら頷いていた――思考が同じようなルートを辿ったのだろうか――シャルが、顔だけを俺の方に向けた。
〈ユニコーン〉なんて乙女の夢的生物に、横座りなんて乙女な恰好ではなく、ぐってりと寝転がるように乗っているため、たいへん見苦しい。
「……おいクソ虫、今の聞いたか」
「……なにをだよネカマ」
「あ? 殺すぞ、誰のせいだと思ってんだてめぇ」
「元はと言えば俺のせいだろうが」
「……おう、俺のせいだな……俺自身の……馬鹿だな……」
テンションを下げる馬鹿。
あーあ、と、馬鹿は言う。
「……同族嫌悪ってやつだよなあ」
「ああ、だろうな」
「てめぇの顔さあ、俺の顔そっくりなんだけど、微妙にイケメン化してるんだよ、それがすげえ腹立つ」
「……そーかそーか」
そういえば顔が自分のそれなのかは確認していなかった。
目の前のシャルの顔は、ゲーム時代は外人顔に設定していたのだが、今は……日本人っぽい顔立ち、もっと言うなら『俺』に近い顔立ちになっている。
だから、俺の顔も、『俺』になっているのだろうと思っていたが。
〈魔法の鞄〉から、鏡を取り出してみる。
そこにいたのは、変な帽子をかぶった男だ。
年頃はリアルと変わらず、二十歳ぐらいだろうか。リアル年齢二一歳、まあ許容範囲である。
左に流した髪型。髪色は現実より少し明るく、茶色が混じっている――これについては、ゲームとほぼ同じだ。
他、髪はリアルと変わらないか。寝ぐせの付きやすい猫っ毛だ。
瞳の色も、髪と同様の色変更がある。とび色に近い色合いになってしまっている。
で、
「……若干、イケメンだ……!」
タレ気味の目とか、気になる部分は残っているが。
それでも、……そうか、そうだ、顔が、左右対称に近い。
ぐにぐにと表情を動かしてみて、うわ、イケメンだ、と、実感を深める。
お前も見るか、と鏡を差し出してみると、お、と手を伸ばされ、鏡を奪い取られた。
「…………やべえな!!!」
興奮した面持ちで、シャルは言う。
肉体は〈ユニコーン〉の〈ファンタズマルヒール〉で回復している。
それでも、精神的に疲れてはいるんだろうが――というか俺が俺である以上俺が疲れているためこいつも疲れていると考えるのが自然であろう自分で言って何を言っているのかわからなくなってきた――とにかく、疲れているんだろうが、それを感じさせないくらいの勢いだ。
褐色肌と夕日でちょっとわかりにくいが、頬が上気している。頬に手を当て、うわー、とか、ひゃー、とか呟いている。
……まあ確かに。わかる。
ココア色に近い肌の色と銀髪、そして碧眼のコントラスト。
どう考えても日本人の色じゃあないが、しかし、その顔立ち――改めて見れば、俺の顔のパーツと本当に似ている。
お互いの確認をしたとき、『母親に近い』……『俺が美人な女として生まれて、銀髪で褐色肌で碧眼だったらこんな外見になるのだろう』と思ったが。
タレ気味の目はよく似ているような気はするが、俺よりもぱっちりとしているし、鼻や唇も小作りで可愛らしくすらある。
狐の耳もぴこぴこ動いていてやばい。
年頃が少し若く見えることも含めて、ゲームアバターの影響だろう。
このゲーム、筋肉や脂肪の付き方とかそのあたりも非常に細かく設定できるのだが、……俺の好みのタイプをぶちこんで作ったし! そりゃあドストライクですよ!!! 巨乳だし褐色銀髪碧眼だし装備は痴女ってるし!!!!!
「ほわわわわわー……」
……それはそれとして無意味にクッソ腹立つのだがここはすでに街中である。
さすがにもう一回〈衛兵〉に見逃してもらえるとは思えない。
まったく、と馬を寄せ、鏡を奪い取る。
「あ。……あ、あー。えへん、おほん」
「おう、誤魔化せてねぇぞ」
「えーとだなぁ! なんか、〈大神殿〉で復活、できるらしいぞ?」
「……マジで?」
誤魔化される。
食いついた俺に、シャルは口真似をしつつ、言う。
「さっき、『やっぱり〈大神殿〉で復活できちまうんだってよ』『閉じ込められたのかよ、俺たちは……』なんて会話が。マジかは知らないけどよ」
「……マジかぁ……いや、ここはアレだ、リサーチだ」
「行くのか?」
「おう」
馬首を巡らせ、アキバの街、その中心へと向かう。
〈大神殿〉と呼ばれる施設――プレイヤーのHPがゼロになった後、虹色の泡となって分解された身が再度結実する場所。
……リアルとなったこの〈エルダー・テイル〉が、まだそのゲームとしての姿を残すのかを、確かめに。
●
結論から言えば、マジである。
五人で入っていったPTが、六人になって帰ってくる。
漏れ聞こえる会話は、
「本当に復活するとは……」
「これは罰ゲーム:ヒモなしバンジー実装ですのことね?」
「死んでどうだった?」
「よーわからねーや」
といったものだ。
表情を見るに、死んだ、と言ってもそう痛いモノでもないらしい。
そして、なにかトラウマを誘発するようなものでも。
「……疲れて寝ちまったとか……そんな感じなんかな」
「まあ体感はしたくないな」
「同感」
ふー、と二人で息を吐く。
帽子を取って、ぼり、と頭をかく。
「死に逃げができないのは、幸か不幸か、だな」
「幸運じゃないか? ゲームクリアすれば出られるってのが、この手の話のお約束ってやつだろ」
まあ確かに、と頷く。俺のくせに前向きな奴だ。
それが、『ゲームとして用意された結末』か、あるいは、『作中の人物が自力で帰還できるようになるか』とか、パターンはままあるが。
お話として、目的を達成すれば帰ることができるよう、作中世界は作られているが、しかし、死なないのであれば、後者のパターン……『自力での帰還』を模索する時間も生まれるってものだ。
と。
二人の腹が、同時に鳴る。
「……あー、そっか。腹、減るんだな」
「みたいだなあ……」
保存食の類は持ち歩いていたが、昼飯は二人で一人の限界バトル結果は引き分け、で流れたし。
そろそろ晩飯の時間ですらある。
とりあえず、と鞄から取り出したのは、〈サンドイッチ〉だ。
半分をシャルに渡す。
制作可能レベルは一〇。レベル九〇が持ち歩くようなものじゃない……かと思いきや、わりと簡単に数が作れるので、高レベルプレイヤーでも、餓死対策に持ち歩いていることも多いアイテムだ。
節約料理でもあるのだが、とサンドイッチをパクつき、そのパンのもっさりした食感と、野菜のもっしゃりした食感と、ハムのもっそりした食感、卵のマヨネーズ和えのもっしゅりとした食感を楽しみ、パンの小麦を使った芳醇な味のなさと、野菜のみずみずしい味のなさ、ハムのほんのりとした味のなさと、卵のマヨネーズ和えの食品添加物なんにも使ってなさそうな味のなさ――それぞれの素材の織りなす何にも味のしない味を、
「「楽しめるかぁ!!!!!!!」」
二人でサンドイッチをスパーンと地面に叩きつける。
「なんだこれ! なんだこれ!?」
「知るか、なんだこれ! なんだこれ!?」
「あ、いや、ちょ、ちょっと待てよ?」
と、シャルが同じく鞄から食糧アイテムを取り出す。
〈固焼き煎餅〉――日本限定のアイテムであるが、それをかじったシャルが、スパァンと地面に叩きつける。
「やわらけぇ!!!」
怒る気持ちはすごくよく分かる。
柔らかい煎餅なんて煎餅じゃねえ。
同じく、おにぎりを取り出す。
よくよく観察するが、まったく、普段喰うようなおにぎりと同じものに見える。
……意を決してかじる。
海苔の張り付いた米も、中身のおかかも、すべて同じ食感。
さっきはビックリして捨ててしまったが、決して食えない味じゃない――バリウムは飲めるものか、と聞かれて、飲めるものです、という程度にはだが。
まずい。いや、正確に言えば、まったくおいしくない、と言うべきだろう。
……煎餅、そうだ、味のない湿気た煎餅に近い。
夢の中では味を感じられないとか言うが、マジで今夢なんじゃねえの、なんて思ってしまう。
それが食感までクソな理由にはならないが。
「「……マジかよ……」」
言葉が合う。
飯を食う前ならイラッとしたのかもしれない。
だが、今は完全に同意するしかない。
いつの間にか、二人で地面に座っていた。
シャルを見れば、完全に打ちひしがれてしまっているのが分かった。
つまり、俺もそうなのだろう。
シャルのように、絶望した表情をしているのだろう。
「……これは、ヘヴィーだ」
ぴくりと、シャルの肩が震える。
「ゲームの中に入って実はちょっとわくわくしてたけど、実際にはわからないことだらけだ」
シャルの顔が上がる。
「「……どうしよう」」
へへ、と変な笑いが出る。
思考が完璧に一緒だったらしい。
「ま、そうなればリサーチだろ? 味のあるもんでも探してみよう」
「おうよ、行く……か、あああ」
ぐー、とダブルで鳴る腹。力も抜けようってものである。
立ち上がりかけた腰がまた落ちる。
顔を見合わせる。
シャルが、心底嫌そうな顔で、言う。
「……飯食ってから……に……する……か……?」
「……そう……する……か……」
正直嫌だ。俺も嫌だ。すげえ嫌だ。
だが、毒じゃあなさそうだし、現状これしか飯がない――そんなわけで、俺は続けておにぎりを。
シャルは新たに餅を取り出した。
はああ、とため息を吐く。
「……いただき、ます……?」
「いただきます、か……?」
「いただきません、か……?」
「いただきます、か……」
意を決そう、としたところで、
「いるかネ?」
――と。
横合いから、長い手が伸びてきた。
盾を付けた腕だ。
その手には、みかんが二つ、乗っている。
視線を向ける。
背の高い青年だ。
二十歳くらいだろうか――ほぼ同い年。
身長は一八五センチを超えているだろう。かなり高い。
細身ではあるが、その首周りは太く、よくよく見ればかなり鍛えこんでいるように見える。
スポーツマン、それもスピード重視のタイプ、って体型だ。身長からしてバスケでもやっていたのだろうか。
その両手には盾があり、全身を白銀の鎧で覆っている。
名前までは出てこないが――確か、〈秘法級〉の鎧だ。転売した覚えがある。
表情は笑み。眉と目は弓を描いている。そのせいかわからないが、かなり目が細い。
横髪は長いが前髪はかなり短い。額が特別広いわけじゃないんで、こういう髪型にしていたのだろう。
髪が輪郭を縁どるようで、浮かべる笑顔が目立つ。
髪からぴょいんと飛び出るエルフ耳から察するに、種族はエルフ。
ちょっと愛嬌のある顔だ。どちらかと言うとイケメン――ニコニコとした笑顔でプラス十点、ってところか。
表示される名は、ズーン・ダーン、だ。
笑みのまま、青年はもう一度、言う。
「いるかネ?」
総合して言うと、知らない人であった。
→5/4(3)
●〈サンドイッチ〉
一応〈制作級〉の食事アイテム。
大抵の食事店で買えるお手頃な一品。
材料も店売りで簡単に手に入るので、〈料理人〉が修行と小遣い稼ぎを兼ねて市場に流すことも多く、その意味でもお手軽。
正確に言えば、〈料理人〉レベル一〇程度から作れるちょっと豪華なバージョン。
名前は一緒だが、レベル一から作れるものは『パン+ハム+葉野菜』で作れるのに比べ、『パン+ハム+葉野菜+卵』が必要。
サラダやハム、卵のマヨネーズ和えなど、ピクニックにはもってこいな中身になっている。……味や食感があれば。
効果自体はレベル相応であるが、腹は膨れる。
●〈固焼き煎餅〉〈おにぎり〉
同じく、一応〈制作級〉の食事アイテム。
どちらも日本サーバー限定アイテム。
対応レベルが上がると、煎餅は硬さが、おにぎりは中身の具がパワーアップする。
ちなみにどちらもレベル一〇対応。『固焼き』と『おかか』。