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〈BKK〉  作者: Neo_Nue/鵺野新鷹
第二章:外面と外見
21/23

5月21日:Foxy Tails

 ――〈オウジ村〉。

 リアルで言えば東京都北区あたり。

 規模で言えば名前のとおり村――贔屓目に見ても町以上にはならない、小さなゾーンである。

 その辺の自動生成の村と何が違うかと言えば、その住人たちである。


「ようこそ、〈オウジ村〉へ!」


 と、言ってくれた少年も狐耳。


「おや、〈冒険者〉さんかえ? この時期に来るとはねえ」


 と言ってくれた道具屋の姐さんも狐耳。


「いらっしゃい! 狐は三割引きさね!」


 と言ってくれた宿屋のおかみさんも狐耳。

 そう、ここは、〈狐尾族〉の村なのだ。


「さて……」


 宿に荷物を置いて一息。

 と言っても、大した荷物があるわけじゃない。

 外套代わりに着ていたローブを脱いで、〈魔法の鞄〉を下ろした程度である。

 腰を据える必要があるかは微妙だが、宿に聞き込みして泊まらないってのも無粋な話である。おかみさんもいい人だったし。


「とりあえず、なにも着ないよりはマシだったな」


 いい加減レオタードに胸鎧姿は恥ずかしいし、飛んでくるにも気分的に寒い、と、マーケットで購入した、その辺の〈魔法級〉だ。

 店売りに毛が生えた程度の性能だが、隠す役くらいには立つ。

 生地が薄くてふわふわで、胸鎧で押さえないとやや不安だが――まあ、マジで戦闘するときは脱げばいいか。

 それこそ破り捨てても大して惜しくはない。

 しかし、と窓から外を眺める。

 高さは二階。小さな社がある丘を除けば最も高い位置にある。それで村が一望できるのだから、どれだけ小さいのか、って話だ。

 特徴といえば、村の中央にある大樹。

 それと、大半が〈狐尾族〉で、耳も尻尾もほとんど隠してない、ってところか。


「小さな村だなー……」


 窓枠に乳と肘を乗せて、は、と一息。

 首を巡らして、ベッドの上の荷物を一瞥し、


「ま、いっか」


 そのままの姿勢で、とん、と床を蹴れば、体が完全に宙に浮き、肘を支点に大回転し、


「と」


 窓枠から、宙に身を躍らせた。

 軽く着地して、準備運動を一発。

 一息ついたらそのまま寝てしまいそうだし、『先客』がこっちに来ているなら、情報が回る前に会っておきたい。


「っしゃ」


 気合一発。

 歩き出すと、第一村人だった少年を発見した。

 狐は確かイヌ科だったか――どっちかと言えば犬っぽい、黒髪で、耳の先端だけが白い少年だ。

 尻尾ぶんぶん振ってるあたりも犬系。


「や、どーも」

「ああ、さっきぶりですね、〈冒険者〉様!」

「なあ、ちょっと聞きたいことあるんだけどさ」

「はい、なんなりと!」

「この村に、変化のための薬があるとか、ないとか――聞いてきたんだけど、なにか知らないか?」

「変化の薬、ですか?」


 んー? と犬系少年は首をひねる。

 尻尾がなんかくるくる回ってるのはどういうジェスチャーなのか。


「すみません、ぼ……私には分かりません。薬師のばあ様に聞くのが一番かと……」

「ああ、すまんね」

「あっ、場所、分かりますでしょうか? 外れのほうにあるんですけど……」

「いや、ちょっと、分からないな」

「では、ご案内します!」

「いいのか? ありがとう」

「いえいえ! 僕はどうせ暇ですからね!」

「お、おう」


 そんなこと言われても反応に困る。

 こんな村で暇っていいんだろうか。あるいは、そういうことを気にしないでいい立場か。

 というか、テンションの高いやつであるなあ。


「〈冒険者〉様――ええと」

「シャル=ロック、シャルでいいぜ」

「いえいえそんな恐れ多い!」

「え。……いや……」


 しゅばっ、と引かれて、両手を体の前で振って、首を振って、更に言えばつま先も動いて動いて、徐々に後ずさりされている。

 なんだこれ、ここまで引かれるようなこと言ったか俺。ちょっとショック。

 無意識に視線がそれた――のを察知したのか、少年は引いた距離を一気につめてきて、


「ああ、いや、そのですね! 〈冒険者〉様は大変強大ですのでっ、僕程度がお名前を呼ぶなんてことは恐れ多いのですよ!」

「言葉を尽くされても困るんだが……」


 ふー、と息を吐く。悪気がないことはよく分かった。

 頭痛がしてきそうではあるが、こういうリアクションの〈大地人〉がいることも確かだ。いい加減慣れねばなるまい。


「わぁーったよ、俺のこたぁシャル様って呼べ」

「分かりました、シャル様!」


 いかん、背筋に怖気が。


「いや、やっぱ駄目だ、この際呼び捨てだ、呼び捨てにしろ」

「えっ、それでは不敬です!」

「俺が嫌だ」

「ですがしかし!」

「分かった、シャルさんだ、さん付けで。いいか、これ以上妥協しねぇ」

「むっ……ううん。分かりました、シャルさん」


 先にキツい要求をして、本来の要求まで引き下げる――なんて小手先のテクニックである。

 少年の心苦しそうな目が痛い。

 それそうになる視線を維持したまま、言う。


「……さ、案内してくれないか?」

「っはい! ただいまっ!」


 ぴゅん、と頭を下げて、こっちですと駆け出す少年。

 切り替えが早い――鳴いたカラスがもう笑った、ってところか。

 コンパスは俺のほうが広い。

 普通に歩いても、小走りの少年に追いつくことも容易だった。


「な、少年。聞きたいことがあるんだが」

「はい! ばあ様のお家まではもうすぐです!」

「ちがう、そこじゃない。――俺の前にも、……ここ一週間くらいで、〈冒険者〉って来てるのか?」

はい(・・)、今、いらっしゃいますが、なにか……?」


 辿り着いている(・・・・・・・)

 そして、いる(・・)


「いや、こっちまで誰か来てるのかなって思ってさ。二週間くらい前の事件については、知ってるか?」

「……ええ、分かります。あの後から、少なかった〈冒険者〉様も、本当に来なくなりました」

「〈大災害〉って俺たちは呼んでる」


 話しながら、脳内のギアを変わっていくのが分かる。


「ちなみにそいつ、宿屋にいなかったが」

「あ、はい。ばあ様のお家に直接――」

「ああ、そうか。なるほどね」


 口角が上がっていくのがわかる。

 ちょっとストレスが溜まっているらしい――サンドバッグ(奇妙丸)が隣にいねぇし。

 ジャンキー気味だ。


「少年」

「なんですか?」


 ちょっと意識して笑いかけると、ざざっ、と二歩引かれた。

 なるほど。

 熱を出すように、長く息を吐く。


「……わりぃ、落ち着いた。ごめんな」

「い、いえっ、そんなっ、そのっ、えっとっ」

「いーよ、今俺怖かったろ」


 ナギサの言うところの殺気――でも、出していたかもしれない。

 いかんいかんと首を振る。今、俺は一人なのだ。

 に、と改めて笑みを少年に向ける。


「……どうだ?」

「は、はぁ……ええと……お、お美しいと思います」

「…………そのリアクションはちょっと予想外だった」


 容姿を褒められること自体は嬉しいが、複雑だ。

 それに、頬を染められても、困る、困る。


「行くか」

「あ、はい」


 ……頭は冷えたが、戦闘の可能性は依然としてある。

 一応の戦闘禁止ゾーンではあるが――っつか、さっきの俺は熱くなりすぎだ。

 戦闘禁止設定すら見えてなかったとは。

 まあ、ナギサあたりなら攻撃でない制圧とかやってきそうだが。

 ヒカズもそーだったのかな、と思いつつ、ばあ様とやらの家に辿り着く。


「……ん」


 狐耳をぴこっと動かして――最近気づいたけどコレ案外動く――中の音を拾う。

 話し声がするが、こちらに気づいた様子はない。

 ……そう言えば、と思考メニューから特技を選択――尻尾を出す。

 白のレオタードは、尻尾を出そうとしたところで穴が開いた。

 ゲーム時代は尻を眺めていたかったのでしまっていたが、考えてみればしまう理由は大してない。

 座るときに面倒かな、ってくらいか。

 髪の毛と同じ色、銀色の尻尾だ。

 ふさふさとした毛並みが、我ながら気持ちよさそうだ。


「……案外動くなあ」


 尻ごとふりふりと。

 すると少年が赤面していたので、自分の格好を思い出した。

 恥ずかしいというか、あいたたた、って感じである。


「えへん、ごほん。じゃ、入っても大丈夫そうかね」

「はい、……ばあ様! お客様です!」


 んお、とか、そんな感じの声――に続いて足音。

 五感が鋭くなっているのは感じていたが、リアルじゃあ聞こえなかった音だ。

 足音から察するに――


「……背の低いおばさん!」


 ――扉が開いて出てきたのは、えらく不健康そうな、やはり狐なお姉さんでした。

 最近、長身な女性とはわりと縁があるが、まさか一八〇超えとは思わなかった。

 年は若そうだが、種族設定的に分かったもんじゃない、ってところか。

 まあ、経験もないし、こんなもんだよね。と、自分を納得させる。


「誰がお・ば・さ・ん・か。言ってみよ、〈冒険者〉殿」

「いや、すみません、ちょっとしたおふざけで」


 蓮っ葉な口調、わずかに枯れたハスキーな声だ。

 頭を下げている間に、ばあ様――いや、見た目的に姐さんにしておこう――は、少年に向き直り、言った。


「……若。あぶのうございます。無闇に一人で行動なさるのは……」


 あ、こんな村で暇だとか言ってたし偉いのかとか思ってたらビンゴだ。

 さて、と頭を上げて、一五センチばかり高い顔を見る。

 不健康そう。と第一印象で思ったが、それはクマのせいかと思う。

 髪も伸ばしっぱなしのぼさぼさで、化粧っ気もゼロ、唇が乾いているのもマイナスだ。

 においは薬草くさいというか、草のにおい。かび臭さと消毒液じみたにおいをプラス。

 開いた着物の胸元には、真っ白なさらしが見えている。

 つーか、若、の前にこの格好で出るのってアリなのか、とか思わんでもない。


「うん、……〈狐尾族〉だから、大丈夫かなって……」

「若。残念ながら、悪党である者も多くおります。たとえ――」


 そこで、彼女はちょっと耳を動かした。

 可能な限り後ろに向けるように、だ。


「〈冒険者〉……であろうとも」

「うん……ごめん」

「よろしい。では、村に帰るのだ、若」

「はい……」


 とぼとぼと帰る若君。狐耳も尻尾もしおしおだ。

 それを二人で見送って、改めて向き合う。


「お待たせした、お客人」

「いや、なに――家の中身がちょっと楽しみになってきたところだ」


 目じりがぴくりと動いた。

 化かしあいには向いてなさそうだ――俺たちほどじゃあなかろうが。

 いや、見せてきているとしたら、それはそれで怖いか。

 力量では、〈冒険者〉には及ばないだろうが、それ以外の、人間力の方では勝負になるかどうか。

 あっさり勝てそうでもあるし、喜んで不平等条約を飲まされそうな気もする。結論、よくわからん。


「面白いものでは――ああ、いや、面白いかもしれんな。おかしいやつではある」


 面白おかしいのか頭がおかしいのか、イントネーション的に後者か。


「さて、では、むさ苦しい、兎小屋のごとき、狐の巣穴のような場所ではあるが」

「おじゃまします」


 と、姐さんについて入ってみれば。

 そこにいたのは、


「うわあ」


 身長にして二メートルを優に超える。

 冗談みたいに真っ白な白衣が悪趣味だ。

 種族は人間のようだが、首は太く、ごつく。

 その白衣も、下からの筋肉で張りつめている。ちょっと体操をしたら張り裂けそうで、白衣がかわいそうだ。

 露出した肌は首から上と手だけ。その手は毒々しい紫色をしている。

 だっていうのに、顔だけは細面の優男――っつかこいつ何頭身あるんだ?

 こいつもクマがひどい。

 思わず顔が引きつったところで、ウインドゥが出た――名は〈アムバ〉、職業は〈暗殺者〉/〈毒使い〉――レベル九〇、諸族は〈ロデリック商会〉。

 そいつは、筋肉質っていうかもうマッスル、な体躯で、優雅に一礼して見せた。


「ドーモ、アムバです」

「ドーモ、シャル=ロックです」


 いつでも、戦闘に入れるようにだけは、しておく。

 紫の肌――これ自体は、ありえないことじゃあない。

 ジョークアイテムで肌色変更アイテムは確かあったし、サブ職によっては外観が変わる――〈裸族〉〈吸血鬼〉なんかが好例だ――こともあるからだ。

 だが、手の色だけが変わるなんてことは、滅多なことじゃあありえない。

 要因として思いつくのはいくつかあるが、紫、そして〈毒使い〉となるとあれしかない。

 〈毒手〉。アイテム画面では壺、実際に装備すると手が紫になり、毒が指先から滴り落ちるエフェクトが発生する特殊な武器だ。

 そしてこいつはそれを、抜刀している――構えている。

 〈輝ける魔道の杖〉を出しても、一歩遅れるか。

 屋内という環境もまずい。

 (シャル=ロック)のスタイルはいいが、流石に眼前の肉襦袢ゴリラの手足の長さには適わないし、騎乗もできない。

 インファイト型のビルドに素の速度では勝てない。

 腕力そのものも俺より間違いなく上だ。

 魔法職ってくくりでは高い方だが、俺の火力は杖の能力によるものだ。

 そのうえで毒ときたら、これはもう、オーバーキルとしか言いようがない。

 ――戦闘禁止エリアでなければ、詰んでいた。

 せめて屋外か、会議室くらい広ければ、ってところか。


「君も〈アキバ〉からかな?」

「ええ」


 頷いて、勧められるまま椅子に着席。


「〈外観再決定ポーション〉を求めて?」

「そうですね」


 どうくるかなー、と身構えてはいた。

 いたが、その反応は、ちょっとばかり予想外だった。

 ぐわし、と紫の手で手を握られて、明らかに危ない瞳で詰め寄って、叫ばれた。


「――素晴らしい! 早速協力者が見つかるとはね!」

「待て待て落ち着け話が早いし顔が近くて主に大胸筋がキモい! 」

「そうだぞ、アムバ殿。婦女子にその距離はいかん」

「おっと……失礼」


 す、と彼は再度椅子に座り、両手を広げ、こう言った。


「改めて自己紹介させていただこう、私はアムバ。控えめに言おう――マッドサイエンティストだ」







「結論から言えばわしは知らん」


 開口一番。

 お茶を――色つきのお湯を出してくれた姐さんが言う。


「わしの母がそれを作ったが、今わしが作ることはできん」

「作ることは、不可能ですか?」

「不可能よな。レシピがない」


 レシピ。

 アイテムの生産に必要な三つの要素のうちの一つだ。

 素材。生産可能サブ職。レシピ。どれも欠けてはならないものだが、欠けの深刻さで言えばもっとも根深い。

 たとえば、『薬師』が『薬草と水』を使って生産することで『HPポーション』ができるとする。

 自分が薬師でないなら、眼前の姐さんとか、薬師である誰かを頼ればいい。

 薬草と水がないなら採取すればいい。

 だが、レシピがなければ、そもそもそのアイテムの存在すらわからないかもしれないし、何を採取していいのかも分からない。また、薬草と水があっても、生産に踏み切ることができない。

 テキトーに合成してみる、って行為は、できないのである。

 簡単な、初球のレシピであれば〈大地人〉に教えてもらえるし、それなりのものなら店でも買える。クエスト――あるいはレイド報酬になっていることもある。

 〈外観再決定ポーション〉のレシピが買えたり、あるいはクエスト報酬になっていればいいのだが、そんなクエストはなかったし、〈ノウアスフィアの開墾〉で実装された可能性も低いだろう。

 いい感じに詰んでいる。

 が。

 設定上、レシピなしでそれを作った者は存在するはずだ。

 それを作る前に、レシピなんてないのだから。

 最初が神か悪魔か〈大地人〉か、それはともかくとして。


「……と、ここまで話したあたりで、シャル殿よ、お主がきたわけよ」

「……〈アキバ〉では、少量ながら生産されているようですが?」

「母が売り飛ばしたのであろうよ。余所にレシピを売ることはままあったゆえな」


 生産可能である以上、レシピは存在する――それは道理だ。

 道理だが、銀行の職員に聞いても入手先は教えてはもらえなかった。

 ダメだった時のことを考えつつ、質問を続ける。


「……そのお母様と会うことは?」

「もう死んでおるよ。知識と一緒に墓の下よな。元々あれは、偶然の産物であったとは聞くが」


 ……リアルで八年前のクエストってことは、この〈セルデシア〉世界では、九六年前ってことになるわけだが。

 この姐さん何歳なんだろうか。ちょっと気になるが、いや、だいぶ気になるが、そこは置いておこう。


「偶然の――?」

「うむ。母がたまたま見つけた薬草を捕まえて秘術をくわえたところ、〈狐尾族〉が化けた姿のままになるという薬となってな」

「〈狐尾族〉は化ける際、なりたいものを思い浮かべるという。これは、〈外観再決定ポーション〉と一致するね。なりたい自分を思い描けば、ほら、この通り」


 むきっ、と力こぶを作るアムバ氏。

 ……こいつ、どうやら〈外観再決定ポーション〉を使ったらしい。それでこれかと思うと涙が出そうだが。

 そっと視線を外しつつ、質問を続ける。


「その薬草とは?」

「分からぬ」

「あ、はい」


 まあそんなことだろうとは思った。

 諦めず質問を続ける。


「その薬草を見つけてきたら、作れますか?」

「分からぬ。わしの知っている術の中に、母が使ったものと同じものがあればあるいは」

「その秘術は、誰でも使えるような――いや、教えていただくことは可能ですか?」

「商売道具ゆえ、おいそれと教えるわけにはいかんな」

「そうですか。ちなみに、その術……時間がかかるものですか?」

「ものによる」


 ……こういうとき。

 俺はやはり、俺なのだと――奇妙丸とルーツを等しくする人間なのだと、実感する。

 言葉は、対価があれば教えると、そう伝えてきている。

 っつか、さっき母親はレシピ売りとばしたことがあるとか言ってたし。それについての言葉に、不快感は感じなかった。

 彼女も、対価さえ貰えれば、別に薬を売ることくらいは問題なさそうだ。

 さらに、質問を続ける。


「お代はいくらになりますか?」

「……ふん。不快よな。小娘。わしが受けると決めてかかっておるか」

「ええ、だって、作る気もないならこうまで答える人じゃあなさそうなので」

「ふん」

「モノは用意します。山を総ざらいだってしましょう。日々の業務が滞るなら、薬の準備は俺が行ってもいい。勿論経費は俺持ちです。

 ――あなたには、失われた秘術の再現に励んでほしい」

「それについては、僕も手を貸そう――目的は同じだ」

「ありがとう」


 変態、と心の中で付け加えつつ、アムバに一礼。

 姐さんに視線を戻せば、ふうう、と姿勢をだらけさせていた。

 目元に手をかざし、隠すような姿勢だ。


「一つ聞くが」

「はい」

「お主らは何故、そんな忘れられたようなものを求める?」

「思い出されたからです」


 答えると、指の間から見える姐さんの目じりが不快そうに一度震えた。


「状況が変わったから引っ張り出そうって話です――それを必要とする人が増えた」

「……不快。不快よ、小娘が……」

「そうでしょうね」


 だが、


「人に頼むときに嘘を言うのって嫌なので」

「それで……失敗したら、なんとする」

「ごめんなさい次は上手くやろうと思いますやり方は変えないけど、ですよ」

「開き直りよるか」

「性分なもので」

「小娘が」

「正確に言えば、違うんですがね」

「……ふん。〈冒険者〉に……狐尾に見た目の年齢で言うても、無駄か」


 ……そっちじゃあなくて、娘、って方が間違いなのではあるが。

 まあ、見た目は娘か。仕方ないところではある。


「……薬草は、オウジの西――〈オクタマ山林〉にある……かもしれん」

「ん」

「間抜け面をさらすな、小娘」


 よいか、と姐さんは一息、


「ここしばらく、ほとんど〈冒険者〉が来ぬ。お主は先ほど抜かしおったな、業務が滞るなら、と」

「ええ」

「モノを持ってこい。買うてやる。その上で、お主らが勝手に取って持ってくるなら、ああ、それに対する手間くらいはかけてやろうさ」

「……ありがたいです」

「仕事の一つゆえな――それでは、待っておるぞ」


 頷き、立ち上がる。

 オーダーは薬品類、また、その材料の運搬。達成時に追加材料持ち込みでボーナス、ってところか。

 トイ・ボックスを借りられる状況じゃないのがやや痛いが、幸いにして財布には余裕があるし、俺には機動力がある。

 後は購入先だが――と視線を向けると、ややキモ、あ、こいつよく見たらイケメンだ――だいぶキモい白衣野郎は反応した。


「それじゃあ、商談しようか、アムバさんよ」

「商談ね……素晴らしいよ、君。解剖したいくらいさ」

「……それだけは御免こうむる」


 言いながら、外へ。

 最後に、姐さんは、聞き捨てならないことを言った。


「……やれやれ。千客万来よな……」




 ●




「〈ロデリック商会〉もため込んでやがんなあ」


 アムバから渡されたリストを見つつ思う。

 紙の先には、夕日に朱く染まるギルド会館。

 テキトーな屋上で、監視しつつの物色だ。


「……いっちばんイージーなのは、あそことの交渉なんだがなあ……」


 もう一度行ってみたが、それ(入手先)はお答えできませんの一点張り。

 ついでに〈アキバ〉で預けた金を何故〈ススキノ〉とかでも引き出せるのか、とかも聞いてみたが、その辺の設定関連のことは、答えてもらえなかった。

 〈供贄〉――だったか。

 銀行設備など、公的機関を運用する〈大地人〉の一族。

 こうしてリアル化した以上、何らかの魔法的な裏があるんだろうが、よくわからん。

 ともあれ、こうして見ている限り、どこかから材料を運び込む様子はなし。おそらく作られていないから当然ではあるが。

 出入りしていたのは食事を運び込む業者、紙などの消耗品を運び込む業者。消耗品の方は特別なものを運び込んでいる様子はなかった――金を握らせて中身を見せてもらったが、いつもこんなんだ、とか。

 監視も暇な時間を有効活用してみようってだけに過ぎない。


「……マジで空中からぽんって生まれてるのかもなあ……」


 レシピを売ったって話も、こうなれば怪しい。

 あそこはあきらめた方が無難だろう。

 あそこと交渉するなら――もっとクリティカルななにか。鬼札(ジョーカー)を用意するほかない。

 ちゃっと見つかれば苦労はないが。


「……ん」


 りんりん、と耳元で音。

 念話だ。

 ウィンドゥには、奇妙丸の名がある。


『ハロー』

「ハロー」

『調子はどうだ?』

「糸口くらいは。明日から奥多摩だ」

『奥多摩――〈オクタマ山林〉か』


 〈オクタマ山林〉。

 奥多摩――〈霊峰フジ〉の北東側、一応東京だが、クッソド田舎、と言っていい場所だ。

 珍味とされるキノコとか、変なモンスターとか――〈アキバ〉に最も近い秘境。

 現実で言う奥多摩のほぼすべてが山林と化しているあたり手抜きを感じないでもないが、そう強いモンスターが出るわけでもない。

 足で行くには遠いが、レベル三〇もあればソロでもなんとか歩けるような場所である。

 〈大地人〉であろう姐さんの母でも、なんとかなる範囲だ。


『こっちは、引っ掻き回してはいるが。……イマイチ読めないな。素直に誰かから買って縁切りも視野に入れてる』

「ほーん。っつか、それじゃダメなのか?」

『それじゃあつまらないだろ、ってな。性転換したわけでもなし、我慢しろ――って感じだ』

「ルート的には生産を狙う感じか?」

『ああ、今はハゲと別れてギルド会館の監視中だ』

「……お前もか」

『お前もか……』


 あー、と一息。

 向こうはそんな状況か、と納得しながら、こちらの現状を話す。


「俺の方は、今、〈ロデリック〉のと協力中だ」

『〈ロデリック〉? 大丈夫そうか?』

「まあ。アレは頭がいいバカの類だな」

『そうか。まあ、注意しろよ』

「誰に言ってる」

『俺が俺に』

「アッハイ。これ以上ない注意力だこと、ってか」

『ともあれ、お互いやることはやろうや』

「ところでハゲは?」

『ハゲには聞き込みさせてる。向こうに自由に動かせるのは面倒だが、なに、俺も自由に動いてるからな』

「盗聴は?」

『ゾーン一個買って壁ちょっと抜いて監視中だ。四次元なゾーンだから、『糸電話』は少なくとも使えん』

「なら大丈夫かね」

『ああ。お互い腹の探り合いだな――こっちが分かってることもバレてるだろ、たぶん』

「注意しろよ、俺って交渉とかにむいてねぇからな」

『ただ叩きつけるだけ――か、俺もそう思うよ』


 上から攻めたてる。資金力(ぶつりょう)でぶち抜く。相手の要求をすべて満たす。

 それが俺の交渉だ。

 相手を正面に捉えるその能はそれなりにあるとは思うが、繊細な事柄には向いていない。

 それは、俺という個人の弱点だ。


「……交渉ができそうな人材とか、どっかにいないもんかね」

『俺の金を預けるに足る人物か。そういうのは欲しいところだがなー』

「見つかれば口説いとくか」

『俺もそうする。……作戦の変更はなしだ』

「オーライ。独自に動け――ってか」

『ああ。後は』

「ナメたやつはぶちのめす」

『オーケー、オーケー、分かってるじゃあないか』

「さすが俺――ってな」

『……今度から念話で話すか、手が出ない』

「……こっちはサンドバッグいなくてややイライラなんだがなあ……」

『うわ、こわっ……戸締りしとこ』

「張り倒すぞ」

『ははは。……じゃあな』

「おう」


 通話終了――その間も、ギルド会館に動きはなし。


「さて」


 立ち上がれば、もう夜の風を感じる。

 明日からは山の中だ。

 死ぬことはないと思うが――


「腹の探り合い、だわなあ……」


 奇妙丸がハゲを疑っていることは分かっているだろうが。

 俺がこうして独自に動いていることを、向こうは察知しているだろうか。それならそれで、陽動にはなるが。

 (シャル=ロック)(奇妙丸)の関係性を知っているのだろうか。切り札となりえる情報だが。

 ……不自然のピースは数多くある。

 もうすぐ見えるものもあるだろう。

 北西。

 夕闇に、〈オクタマ山林〉が霞んでいた。










→5/22

●〈騎士の手綱+〉

 シャル=ロックのアイテム。〈制作級〉。

 乗騎と、騎乗者の能力を上昇させる手綱。

 主に速度と旋回半径、物理攻撃力と、騎乗能力(振り落とされない)を強化する。

 物理系調教師向けのアイテムだが、もちろん〈ファンタズマルライド〉で騎乗するときにも有効。

 プラス付き――強化済みであるため、そんじょそこらの〈秘法級〉アイテム並みの能力がある。

 地味ながら、これがないとシャルの戦力は大幅にダウンする。


●〈雷護の薄絹〉

 シャルの胴装備。〈魔法級〉ローブ。

 高い雷耐性を持つ。……だけの装備。

 一応それなりの魔法攻撃性能上昇効果もあるが、焼け石に水。

 期待しているのは性能ではなく服として身を隠す性能である。

 もっと言うなら単なるおしゃれ装備。

 さすがにレオタード姿は恥ずかしいらしい。


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