5月18日:試して合点
第二章、開幕――!
なんとかお正月中にもう一本ー……
――川底から奇襲する。
私の近くによって来たからだ。
魚でも取りに来たのか、鎧をつけた熊のようなモンスター。
だけど、脇の下とか、腹部とか、間接部とか。
鎧にありがちな弱点は露出しているし、……弱いモンスターだ。
レベルが違う。
拳士の理想の一打必倒。
足場が悪いので踏み込みはしっかりと。右の貫手で帷子じみた毛皮を貫いて、臓腑を抉れば、熊は血を吐いて倒れる。
遠距離攻撃もなし、大きいわりに、私でも一撃で倒せる程度の強さしかない。
多分、現実で会えば死を覚悟する。けれど、この世界でなら。
『特技』を――そう、普通に殴るより効率がよくないはずのものなのに、何故か大きな効果が出る不思議なものを使うまでも、ない。
「――ん」
血にまみれた手を洗い、軽く水気を払って、川から出る。
普段であれば風邪を引きかねない――まあ引かないけれど――けど、この世界は便利なもので、このくらいならすぐに乾く。
防具の損傷治癒……に、近いものだと思う。
死体はしばらく放っておけば消える。
針金にも似た毛も帷子のような皮も束ねた鋼線じみた筋肉も鉄骨がごとき骨も、すべてだ。
さすがにあれだけ筋張った肉は食べたくない。
というか、上手く剥ぎ取れないし、煮ることもできないし。
無駄にするのは勿体無いところではあるけど、どうしようもない。
それよりも、優先するべきコトができた。
草の音、足音、それからにおい。地に手を触れれば振動もあった。
自信があるみたい、と思う。
少し大きい。この熊と同種かもしれない。
これだけ情報があれば、寝ていても、百メートルまで近づけることはない。
だけど、寝ている間に近づかれるのも腹が立つ。
この身体に慣れがてら。
不必要な脂肪のついた身を絞りがてら。
殺そう。
「…………」
ふ、と、いくつかの顔を思い出す。
たれ目で変な格好をした男の人、奇妙丸さん。
ココアのような肌色の双子の人、シャルさん。
不気味な笑いの人、ズンダさん。
変な人、クレスケンスさん。
居合使い――侍がいるなら多分ああいう人だったのかもしれない。はりつめた気配が少し残念だったけど、多分私よりも――得物の不利を抜いても――強い、私より十年は長く鍛練している金ヶ崎さん。
あの人たちと夜営したときは、ここまで気を探らなかった。
他人が近くにいて煩わしいとは思ったけど。
「……ん」
次は上から襲ってみよう。
せっかく森の中――私の名字、流派の名を冠する場所にいるわけだし、地形は活かさないと。
お爺様が言っていた。
風林火山、と。
●
――さて。
ちょっと落ち着いたので、実験である。
魔法の鞄に入れたるは、剣、薬、食材、その他もろもろ。
●
「ちょわー! とわー!」
「ぶっははははっははははははは何それチャンバラ!? ちゃんちゃんばらばら!? すげー!!!」
「……〈キャストオンビート〉ォ!」
「やるかコラ来いよ〈従者召喚:八脚神馬〉!!!」
●
「……どうよ?」
「結論、すごく、胃が異次元。ねじ切れる、無理」
「ポーション五本イッキは無理か……」
●
「玉ねぎ切ったら泣きたくなるのか――」
「――のはずだったけどさ、うん、包丁入れたらゲルってなるとは。違う意味で泣きそうだぞこの」
●
「ああ、いい天気だ……」
「おう、奇妙丸。現実直視しろよ、なんだこの似非ピカソ」
「お前こそなんで木が腐るんだよ彫刻刀入れたらよお」
●
「これはアレだ、料理と一緒か?」
「料理だけじゃなくて、生産全般ができねえ、と?」
「かもしれない、が。塩かければ塩味にはなるから……料理ができないんじゃなくて、簡単な加工ならできるってか……?」
「塩をかける程度はできる……武器の持ち手に布巻いたらそれごと格納はできるくせえな」
「塩をかける、レベルの加工ならできるのか? んー……」
●
「うっおおおお流石にレベル九十――!」
「待て置いてくな死ぬわっ!? ――ぬあー!!!」
●
「このポーションとポーションをイッキしたら胃がダンスしたんだっけ」
「これとこれとこれもだぞ」
「……最初から混ぜたらどーなるんだろ」
「ははは、……爆発オチか?」
「ははは、……いや、まっさかあ、そんなありがちn――
●
「〈キャストオンビート〉! 〈セルフ・リーンフォーシング〉!」
「〈従者召喚:鋼竜鳥!〉」
「〈オーバーランナー〉、〈ヘイスト〉! 〈スウィフト・スライド〉、〈エンチャント・バルムンク〉!」
「示せ、〈輝ける魔道の杖〉ッ!」
「おおおおおお、〈パルスブリッド〉おおおおお!」
「魔道を表せッ、〈輝ける魔昇気〉ィッ!」
●
「十からキングの階段革命――!」
「三から六階段革命返し!」
「八から十一、階段革命返し返し・八切りイレバッ、ジョーカー・二の三枚出し! 五! 上がりだッ!」
「……そろそろ不毛だなこれ」
「……おう、うん、負けたからってナニ言ってんだこいつ」
「引き裂け〈従者召喚:大動竜〉!!!」
「苦しめ〈キャストオンビート〉からの〈ナイトメアスフィア〉ッ!」
●
……色々あったなこの一週間。思わず遠い目。
毎日爆発したりさせたりである。
「まあ、無理なものは無理……って結論もでたが」
製造関係はほぼアウト。
シャルと俺で、紙に書いてまとめた――
「って字きたねぇなお前」
●
「来いや〈従者召喚:快活な幽霊蜘蛛〉!!!」
「あっ、それは、ここでそれはまずっ、やめっ、――あー!!!」
●
しばらく書類を見ていたシャルだったが。
得心したように、頷いた。
「実際、俺とお前で字のきれいさ違うな」
「おう、……体の影響かもな」
ぐるぐる簀巻き。
上に座られながら言う。
屈辱的だが、暴れると全身が切れるのでしゃーないのである。
「体の……あー。まあ、指の形とか、確かに……」
す、と、シャルは光に透かすように手を掲げる。
褐色の、細い指だ。
元の手指と似てはいるが、うつくしいかたちをしている。
……いや、これで持ち主が俺でなければ。惜しいものである。
「お前の字が、なーんか元よりきれいなのもそのせいか……?」
「他になにかあるか? ……この世界の影響ってか? なんでもこの世界の――〈大災害〉の影響って考えるとか、陰謀厨にもほどが、あ、駄目だって人体そっちに曲がるようにはうおいたたたたた! クソがぁー!!!」
「ははは。……さて」
シャルが立ち上がると同時、糸がほどける。
シャルの都市・森林用乗騎――〈従者召喚:快活な幽霊蜘蛛〉は既に送還されている。
〈大動竜〉と同じく、馬や鳥では上手く対処できない場合――また、拘束手段が必要なときのための乗騎であるが、まあ、まさかあんなのになってるとは。
〈大災害〉――リアル化、と呼んでいた現象の結果だろうか。
「くそ……覚えてろよ……」
「スッゲー……初めて聞いたぜそれ」
反撃しないのは、〈幽霊蜘蛛〉の規制時間が過ぎているからである。
森の中ではアレには勝てない。
「〈大災害〉。……か。なんだな。リアル化よりは――希望があるか」
「言葉だけだけどな」
「それが重要なときもあるだろうさ」
「確かに」
色々な呼び方があった。
俺達と同じように、リアル化、あるいは現実化……逆に、ゲーム化、エルダーテイル化と言ったやつもいる。
転移、大転移、漂流と、ワープしたって言い方もあった。
どちらにも共通する思いがある――これは、俺達が望んだことじゃない、ってことだ。
空想したことが一度もないとは言わない。
例えば仲間がいる。努力は強さとなって現れる。金だって、生きていくだけの金額ならちょいっと稼げる。
ああ、俺はそこまでの空想はしなかったが。〈大地人〉から搾取して、遊んで生活する――ってことも、できるか。
正直バカだと思うが。
極論、俺だって〈黄泉平坂〉や〈ホクスン〉をゾーンごと買い取ってしまえば、遊んで暮らせることだろう。
〈富豪〉の能力――〈大地人〉職人の強化を用いて、レシピ・資材の譲渡によるパワーレベリング。渡した金はその場で回収だ。
モンスターがポップする場所を限定しての効率狩り。
桃の支配も磐石だ。
維持費以上に稼ぐビジョンはある。
やろうと思えば、いくらでも悪用はできる。
だが。それは外から見れば、悪だ――プレイヤーは現代日本人の感覚を持っている。
それは奴隷制に他ならない。
どんなきれいなお題目を並べようが、引き換えの保護を与えようが、道具扱いしている事実は変わらない。
確かに、〈大地人〉を人間とは思っていないやつらも一定以上いる。
圧倒的な力の格差がある、別種の存在である認識は、俺も含めて持っている。
だが、別種だからどうした、という人間もまた存在する。
ドラえもんにだって、ゲゲゲの鬼太郎にだって、鉄腕アトムだって、アンパンマンにだって、人格を認めうるのが、日本人だから。
……と言うか、人間じゃないのは多分俺達の方じゃなかろうか。設定的には、〈大地人〉の方が先に存在していたはずだし。
ともあれ、そんなものを奴隷にしていては怒るやつらは確かに存在する。
彼らは支配者の邪魔をするだろう。
争いとなれば時間を消費するし、勝てたとしても腹立たしくもなるし、邪魔されていた間の生産はまず止まるだろう、資金、資産面でも損がある。
考えを改めて受諾したとしても、一度固めたシステムの再構築には時間や資金といったコストがかかるし、正義の味方さんが調子にのって悪と化す場合もあるわけだ。
いいことをしている人間は強い。お題目は人を纏める。人間は集まって地球を支配している。自明ってやつだ。
そういう――想像力がない。
なにより、彼らとは商売ができる。
支配は効率が悪――
「コラ」
「んがっ」
「おい俺。今めちゃくちゃ悪いこと考えてだろ」
「考えてねえよ……途中から方針転換したよこの野郎……」
「女郎だ。――ったく。あーあー、人がトイレにもやっと慣れてきたなーってとこで、悪事を考えるなんてなーっ、幽霊蜘蛛に慰めてもらおうかなーっ」
「ぐぬぬ」
反撃できねえ。
……ま、確かに、思考がそれた。
〈大災害〉は、災害だった、と。どうしようもないことだったと、大多数が捉えているってことである。
「とりあえず今日のところは戻ろうぜ。いいとこだろ」
「まあ……なあ。……新しい商売も見つかってねぇしなあ……」
自分の無能っぷりに腹が立つ。
自分が倍になったからって、大した意味はないのだ。
四+三、みたいな足し算が百個あり、一問あたり五秒で解けるとしよう。
現実では単純に五〇〇秒かかったが、今は半分、二五〇秒でこなせるだろう。
現実では単純に二倍の時間がかかったわけだが、今は処理能力において同等の、信頼できるもう一人がいるわけだ。
さて、では、とても難しい、ひらめきを必要とするようなパズルがある。
これを解くのに必要な時間は、一人でやる半分になるかというと、そうではない。
作業効率が二倍になったからといって。作業能力まで二倍になったわけではないのである。
俺は俺だ。
所詮――というほど自虐はしないが、しかし、自分が万能とは口が裂けても言えない。
桃だけで食っていくことは可能だし、状況を変える一助にはなっていると信じたいが、それでも、もう一つ、二つ、手を打ちたいところである。
……日は南中。
ここは〈ホクスン〉から少し樹海に入った辺りだ。
使ってみてわかったと言うか、仕方ないとも言える欠点が、〈車輪の歌を奏でるトイ・ボックスにもあった。
トイ・ボックスは、〈秘宝級〉馬車だ。客席その他と同時に貨物室も備えている。容積については破格と言うほかない。
しかし――確かに、馬二頭で引く程度には大型ではあるが、貨物室の入り口扉は、そう大きいものではない。
荷物の積み降ろしは、それなりに時間がかかってしまうのである。
特に今回は大きな資材を持ってきた。町中を移動しながら降ろす手はずになっている。
マーケットから入れる分には、アイテムボックスの操作ですむのだが。
その間の暇潰し兼実験で、こうして限界バトルただし俺の背骨の可動域、が発生していたわけだが。
ひとしきり抵抗したせいか、小腹がすいた。
歩きだしながら、桃を取りだし、食う。
相変わらず美味い。桃が主食とか健康面では不味い気もするのだが――バッドステータス:糖尿とかは御免である――まあその辺りは〈冒険者〉の肉体を信じよう。
それに、まあ。飽きない味だが、ハンバーガーとか、米とか、その手の塩味が欲しくもある。
さっさと桃をかじりつくしたシャルが、種とか皮とかを捨てつつ言う。
「んー、しかしアレだな、桃の木って芽出ないもんなのかな」
「芽でいいのかね……〈黄泉平坂〉が特別なのかもしれんなー。……ま、芽が出ないことは逆に喜ばしいさ、俺以外には」
「独占か。独占禁止法に引っ掛かるぞ」
「ここに法律はないぞ」
「まあ――あ、〈大地人〉のは?」
「……あるかもしれねえ、いや、あるかな」
「次回聞くかー」
「だな」
俺のせいで町長がサヨナラ! したら寝覚めが悪い。
死刑とか禁固とか、〈大地人〉に縛れるこの身ではないと分かってはいるが。
ルールに則って正しい行動を。――じゃないと敵ができるし、誠意の意味が薄れる。『あいつは何をやって来るか分からない』なんて、そんな評判は邪魔ばかりである。
歩くうちに、〈ホクスン〉が見えてくる。
今回持ってきた資材は、町の防備を固めるための資材の類いだ。
これも、実験の一つだった――まさかバリケードを作るのが関の山とは。俺達のみならず、〈大地人〉も、まともな建築は不可能だった。
バリケード作りなら手数。要塞化は〈大地人〉に任せるほかない――
「――ん?」
すでにバリケード作りに入っている町人たちの中、妙に整然とした部分があった。
才能がある。少なくとも、今の俺達に比べれば
何かやり方があるのか、と思った瞬間だ。りんりん、と耳元で音がした。
「っと……念話か」
名は――
「お、ハゲだ」
「ハゲだって? いたっけあいつ?」
軽くアイコンタクトしつつ、通話――ああいや、念話に集中する。
表示名はブーゲンハーゲン――数少ない、俺の友人。
少し気取った話し方をする〈エルフ〉の〈詩人〉、禿頭のハーモニカ野郎だ。
細長い、という印象の強いエルフであるが――ズンダとかそうだった――背は低く、可能な限り太く。そんな造詣をした変わり者だ。
元は〈ホネスティ〉に所属しており、その時分、助っ人として参加したレイドで同じPTに入った縁である。
現在はフリーだったはずだが――
『……ああ、もしもし、奇妙丸か?』
「ああ、そうだ。久しぶりじゃないか、ハゲ」
『ハゲ呼ばわりはしないでほしいね、〈テンバイヤー〉』
「……オーケー、悪かった。その呼び方はやめろハゲ」
『一言で矛盾してはいないか?』
「ハゲって呼んだことにつきましては罪悪感を感じつつも事実なのでそれはそれとして怒ってるだけですハゲ」
『最悪だな! だから連絡したくなかったのだが……!』
耳を寄せてくる――顔を寄せてくるシャルを押しのけつつ――ぬぐぐと唸りつつもシャルは諦めようとしなかった――、はっはははは、と笑う。
『ん、誰かいるのかい?』
「ああ、まあ、――な?」
ふと思い至る。
やばくねーかこの状況。
ふとシャルを見ると、目がマジだった。
ブーゲンハーゲンは、俺の数少ない友人といえるプレイヤーである。
いつもつるんだりはしなかったが、詩人が必要だったり、逆に付与術師が必要なときは、お互い呼んでいた。
そして、シャル=ロックが〈輝ける魔道の杖〉を得る際、助力を頼んだのも、こいつである。
中身が『俺』だと、知られている。
ぶわっと汗が出た。
状況はややこしい、……ややっこしい。
だってなんだ、女装とか。可哀想だぞさすがに俺が。
「と、ところでお前、インしてたのか、……アレの時に」
『……ああ、〈大災害〉のときか。直前まで、海外にいてね。こっちにはアップデート直後に戻ってこられるようにしていたのだが、アレが起きてね。まさか樺太に飛ばされるとは。いや、幸運だったとは思うけど』
「からふと――あ、北海道の北の。アレか」
『あそこはロシアだからね。ともあれ、二週間ほどかけて〈アキバ〉に戻ってきたのさ』
「二週間、って、ああ、そうか……〈鷲獅子〉持ちか、お前は」
『そういうことさ』
〈妖精の輪〉がどうやら正常に機能しているらしいってことは分かっている。
問題は、正常に飛ばされた結果どこに飛ぶか分かったものではない、ってところだ。
記憶していた、下調べしていたとは言え、ヒカズといいハゲといい、無茶が好きな連中だ――とか。まあ。まあいい。
話を進める。
「んで……何の用だ? ハゲ」
『そう、それだよ、奇妙丸』
「ん?」
『自慢じゃないが、僕はリアルだとふっさふさなんだ』
「それがどうしたハゲ」
『語尾になってないか君。まあいいや、とにかく、君に依頼したいモノがある』
「依頼、だって?」
『ああ、オーダーは〈外観再決定ポーション〉。君が持っていれば、それに越したことはないのだがね――』
「「外観――再設定、だと……?」」
隣から、シャルが同時に呟き、――思わず、といった動作で天を仰ぎ、嘆いた。
「そ、そういえばそんなアイテムあったなぁ! うっわ忘れてた……! 使っちまったよ昔!」
『君が商売の種を忘れているとは……』
「いっぺん黙れっ!」
んごすっ、といい音がして、シャルの顔面が地面にめり込む。
打ち下ろしの右である。〈冒険者〉の体ってすげー。
『えっ? な、なにっ? すまない、なにか――』
「っああ、なんだ、その、すまんな!!! なんでもねえ! 馬鹿が馬鹿やっててなぁっ! ちょっと切るぜアキバついたら連絡すらぁっ!!!」
念話終了ッ――と同時に、シャルが起き上がる。
やるかこら、と距離を密着状態においたまま、眼クレると、シャルは目線をそらした。
「……すまん、ありがとう、今、冷静じゃなかった」
ひどく、ばつが悪そうな顔で、シャルは言う。
「やっぱ、なんだわ。俺、お前が、うらやましい。その体が」
一歩距離を取られた。
あ、とも、う、とも取れるような口の形で、と言葉を探すように、シャルは目線をさまよわせ、
「トイレとか風呂とか、慣れたけどいまだに恥ずかしいし、この格好も、寒いとか暑いとかはないんだが、〈アキバ〉の街中だとなんかいやな感じがするし、トイレなんか近いし、どっかこっかの違和感は、いまだに抜けないし、って、なんだ、はは、うん、弱音だったな」
早口で言い切って、きびすを返して、肩をすくめる。
「言いたいこと溜まってたみたいだ、変なこと言ったな。止めてくれてありがとうな、知り合いにこんなのバレたくはねぇし、止めてくれてありがとう」
混乱しているのがバレバレだ。
動揺してうっかりしゃべってしまって、どうしようもないってところか。
俺ってこんなやつだったのか、って気分になってくる。
「……俺がやんなきゃ、誰がやるってんだ」
俺が俺を見捨てたら、誰が俺を助けるのか。
震える背中に背を向ける。
俺だったら、見られたくはない。
「んでだが。改めて考えるとまずいようでまずくない」
「……おう」
ハゲの性質を思い出しつつ、整理するように言う。
「あのハゲはしつこい上に入念だ。これを断ったら断ったで探りを入れてくる、どころか、下調べはたぶん終わってるな。
〈大災害〉ってワードも出してきやがった――帰ってきたばかりとか言ってたのにな。
お前に触れてこなかったのが不自然ではあるが、考えてみればあいつと――シャルでプレイしたのは、杖の時だけ、それも奇妙丸が頼んで、だ。
覚えてなかったって可能性もなくはないが――」
年月で言えば七ヶ月くらい前になるか――俺がたまたまフレンドリストの一番上で、シャルが一番下だから気づきませんでしたとか――まあ普通、落ち着いて念話機能を思い出したら、フレンドリストを上から下まで眺めるだろう。
どうしてそんな不自然があるのかは分からないが――
「――何かある。何かは分からないが」
「じゃ、ついに出たって、か?」
「ああ、――都合がいい」
やっと、次なる商売の種が見つかった。
振り返れば、シャルも同じく振り返り、強い目を見せていた。
ぐ、と拳を突き合わせ、言う。
「クソみたいなイベントのクソみたいなキャンペーンアイテム!」
「しかしていまや需要高騰、株価上昇ストップ高!」
「「次の目標は――〈外観再決定ポーション〉!」」
→5/19
●〈虎伏絶倒帽〉
奇妙丸の帽子。〈秘宝級〉。
なんとも気が抜ける虎のぬいぐるみじみた帽子。
あらゆる攻撃に固定ダメージをプラスし、低確率でスタン効果も付与する。
多段攻撃を使う職業なら使い出はあるが、あまり強くはない。
特徴は、帽子であるためほぼ全職・全種族で装備が可能なこと。
人間男性の付与術士が装備できるなかでは、効果が高いものである。
●〈素手〉
正確には装備ではない。ナギサのメインウェポン。
硬いものを殴ると、痛いものは痛いが、対象の硬度に関わらず、ダメージ計算に則ってダメージは入るようだ。
モンクなら素手を強化するパッシブスキルも存在するが、まあ忘れていいものである。
一応、装備耐久度が存在しないというメリットはある。
また、《大災害》以後は、掴んだり引っ掻いたりといった、手としてのメリットが……まあ、うん、ねえな。基本。




