5月10日:話の段
だいぶ間が空きました……
筆が滑らなければ次回で1章終わりな感。
まぶしい。
なにかがまぶしい。
あと、なんか寒い。
なんかねーか、と身体を動かすも、なにもない。
「う゛ぉー……」
なんか。
なんかないか。
と、動いていたら、落ちた。
「ぐぇっ」
…………衝撃で、脳が少し起きた。
寝てたらしい。
起きよう。
「んぁー……」
身を起こして、伸びをする。
尻の下には毛布が丸まっている。
光は強い。昼の光だろうか。
脳みそが片側に寄ってるような感触がある。
寝すぎであろう。
脳の重さからして、十二時間くらいだろうか。
寝ていたいところではあるが。
それでもさすがに、起きようって気分になる程度には、寝たらしい。
「あーと……」
天井を見上げて三秒。
顔でも洗おう。
「よし決めた洗おう……」
ぐってり立ち上がり、脱ぎ散らかした服を踏み越え、厚い木扉を開く。
部屋を出ると、まったく同じタイミングで隣の扉が開いた。
ふらふらと出てきたのは、褐色率八割くらいの人影だ。
普段はまとめて肩口に流している銀髪をぼさぼさに。
どんよりと曇った碧眼が俺を見た。
「おー。あー、おはよぅ……」
「……おう……」
ぺたぺた裸足で、そいつは俺の横を通り過ぎていく。
いやしかし、二次元好みと三次元好みは違うのか、それともアレが俺だと分かってるせいか、あんな格好でもさっぱり――
「……ん?」
三秒考えた。
あれ。
あいつ、
服着てなくねえ?
「……ばっ、ちょっ、おまっ、なんてカッコだバカっ!? パンツ一丁――あ、俺もだ!」
そうだった。
寝る前に着替えるのめんどくさいけどそのままじゃ寝られねえとか脱いだ覚えが。
「……お? うっわ、俺、リアルより筋肉あるじゃん、すげー、さすがセルデシア」
「あ、うん、おう。そうなんだよな――いいィイから服を着ろボケェ!!!」
「あああ!? ――真裸じゃねえか俺ェ!? 俺もか!!! 猥褻物陳列罪!!!」
「そりゃあテメェだボケナスがァ――!!!」
反射的に出る右ストレート。
なんせ俺である、俺を殴るのに容赦がない。
特に寝起きの俺は物理的衝撃でこそもっとも目覚めるって分かりきっている。
拳はほぼ同時に放たれ、しかしスタイルの都合上手足の長いシャルの方が先に届き、しかし、
「おぶっ!」
「ぐぁぶっふう!!!」
ごっ、と飛んだのはシャルの方だった。
「いっ、いてて、髪挟んだ、くそが!」
口汚いやつである、が、どうして一方的に吹っ飛びやがったのか。
筋力値――物理ダメージを与える能力は、シャルの方が上だったはずだ。
現実的に――リアル的に考えたときに重要な体重差だが、これもあまりないだろう。俺は、男としては少し……少々……背が低く、シャルは高めの身長だ。目線はほぼ並ぶ。
男女の身体差はこの世界でもあるのかもしれないが、そこまでの威力差は出ないだろう。
なんでだ、と三秒ほど考え、納得した。
「……ああ、そうか、装備分でか」
思い浮かべた数字は装備補正込みのものだった。
シャルは狐尾族――筋力よりは魔力に重点を置いた種族である。
職業の傾向が同じなら、バランス型の人族である俺の方が素の筋力は高――
「おっらぁああああああああああああああああ!!!」
「ぐぶわっはぁ!!!」
――とか考えていたらドロップキックがやってきた。
「てっめえぇええええええ朝から上等だごるぁアアアアアア来い〈穿孔角馬〉ッ!」
「はっあああああ!? てめぇそのボサ髪トリートメントすっぞおるぁアアアアアアアアア〈キャストオンビート〉ッ!!!」
●
「……何やってるんだイ?」
「「反省」」
玄関先。シャルと俺、ダブル正座でダブル音声。
シャツとズボンは情けで着させてもらえたのだが、代わりに首から『私たちは暴れて迎賓館とか色々ぶっ壊しました』『顔を合わせると喧嘩する馬鹿二人です』なんて看板を下げさせられている。
ひとしきり殴りあったあたりでハザク氏がやってきてこの有様である。
温厚ないい人――と見える人ほど、怒ると怖いというのがよく分かる実例だった。
まあ、ストレスが溜まっていたのかもな、とは思う。
「……そういうことナラ、今は、俺はなにもできないかナ……マッサージが必要なら声をかけてくレ、結構得意だったんだヨ」
「おう……」
それジャ、と去っていくズンダ。
それを二人で見送って、はー、とため息を吐く。
そろそろ足が本気で痺れて感覚がない――そんな時、ふと、シャルが声を出した。
「――そう言えばなんだが」
「なんだ?」
「ブツがないせいか若干正座しやすい」
「……良かったな手が届かん程度に離れて正座で!!!」
まったく、と口を尖らせ、シモネタを言いやがったシャルを見やる。
うーむ、とかなんかもぞもぞしているが、俺も逆の立場なら言ってたかもしれない。
そう、そう言えばだが、いろんなことを試そうと思って、まだそのままだ。
この体の限界もそうだし、ゲームとは違ってしまったことも多々ある。
試していかなきゃな――と、考えて。ふと、思い至った。
落ち着いてるな、と。
昨日までのがちゃがちゃが、嘘のようだ。
状況は依然としてよく分からない。
とりあえず生きてはいけるが、分かっているのはそれくらいで、それすらも不安があり、しかし、
「……どした? ……奇妙丸」
「……なんでもねえさ、……シャル=ロック」
だが、なんとかなるような。
そんな気が、しているのである。
●
――昨晩のこと。
「――っ、と」
膝を折って着地。
〈トラツグミの呼笛〉で呼び出した、シルエットが判然としない鳥が夜空に帰っていく。
〈トラツグミの呼笛・二重奏〉は、二体の鳥っぽい何かを呼び出すことが可能だ。
サイズ的に上に乗れないもんで、肩を掴まれたまま移動するのだが、あまり痛くないのは魔法パワーなのだろうか。
肩を見ると、多少マントがほつれていたが、このくらいならじきに直るだろう。
この手の魔法パワーに関しては後でじっくり考えよう、と心の中のメモ帳に書き加えつつ、振り返って後続を見る。
俺と同じく、鳥っぽい何かに運ばれてきたナギサが音もなく降り立ち、続いて〈巨大梟〉でヒカズ、半裸、ズンダの三人が。
最後に、シャルの〈鋼竜鳥〉が降り立った。
鋼の翼を持つ、竜の特性を持つ鳥である。
現在時刻は夜。本当なら〈漆黒大烏〉を使えればよかったのだが、鳥目だったので仕方ない。
シャルの召還生物にしては珍しく、きしゃー、きしょあー、と不機嫌そうに鳴いている。
「おっ、と、と。落ち着けって、スマン、ごめん、悪かったって、二人も乗せて悪いな、後で肉やるから、な?」
本来なら、ワイバーンバードは一人乗りである。
失礼しちゃう、とでも言いたげな目の光を浮かべていたが、きしょあ、と一鳴きし、降着姿勢をとった。
……静かになるあたり、安いのか高いのか。安いな。
ともあれ、ワイバーンバードも静かになった。
「よし、全員来たな――」
正面にはいびつに組み立てられた〈護法の天幕〉。
結界はまだ生きている。間に合った。戻ってきたのだ。
警備のおっさん――神主が一人、天幕の結界内に入って見張っている。
よく見えないのか、こちらを、ぐ、と目を凝らすように見ていたが、
「――俺です、〈冒険者〉奇妙丸です! 目的を達成し、無事戻ってきました!」
言って笑みを見せると、おっさんが、おお、と、歓喜の声をあげた。
「〈冒険者〉様でしたか! よくぞご無事で……おおい、〈冒険者〉様が戻ったぞ! 誰か来てくれ!」
おっさんが声を張り上げると、天幕の中から数人――遅れて、何人かが走ってくる音が聞こえてきた。
わらわらと現れる人々。
結界を抜け、俺達の周りに集まり、おお、とか、ご無事で、とか、色々言ってくる。
おいおい俺達が偽者だったりしたらどうすんだ――とは思うが。
まあ、悪い気はしない……と思っていたら。駆け寄って来た一人が、ワイバーンバードの鞍を見て、ぎょっ、と目を見開き、続いて、次々に後ずさりした。
「す、すぐに、長達を呼んできます!」
「いえ、こちらから行きます。――そうだな、悪いけど、クレスケンス、ズンダ、シャルと一緒に残ってくれ」
「了解、見張りだネ?」
「ああ」
ウフーフ、と半裸も頷き、俺の方を見た。
残す三人は防御、生存、脱出能力を考えての人選だ。
ここに連れ帰る前に話はしているが、、激発しないとは限らない。
「いつ戻ってきてもいいよう、宿の準備なども整えてあります。ですが、……そのう、」
「いや、そのつもりです。彼女はここで待機、」
と言葉を続けようとしたところで、同じく神官姿のおっさん――ハザク氏が現れた。
近くに詰めていたのか、それでも少し息を荒らげながらの、素早い登場である。
「おお、よくぞ戻って参……どなたですか、彼女は?」
ん、と振り返り、米俵かなんかのようにワイバーンバードに乗せられた簀巻を見る。
んー。と向き直り、まさか、なんて顔をしているハザク氏を見る。
どう言ったものか。まさか戦利品と言うわけにはいかんし、まあ無難に言おうとしたところで、
「……戦利品です!!!」
馬鹿が、ふふん、と笑って、白皙の女――女王を、紹介した。
●
――まあつまり、自棄になっていたようです。
そんな風に、ハザク氏へと語りを始める。
「彼女は、伝え聞くに、死を司る存在になってしまっただけの女。だけ、と言うにはスケールの大きな話ですが。
とは言えその権能は、少なくともこのヤマト全土に及ぶものです。
ヤマト全土の死を――転じて生命を感じることもできた。
まあ、よく知った人物のだから、というのもあるのでしょうが。
ヘーティルの生命を感じられなくなった彼女は、黄泉に彼が来るのを待っていましたが、遅いことに疑念を覚えたらしいのです。
霊として留まっているならそうとも感じ取れる。しかし、彼は生きておらず、しかし死の世界に来ない。
そして、自身は自分からは外に出ることができない――黄泉の国に、縛られている。そのため、人を呼び込むことにした。
人里へとアンデッドを向かわせ、〈冒険者〉が来るように。
俺たちはまんまと呼び寄せられた。
そしてヘーティルを正しく黄泉に呼び寄せるための手駒にされかけたのですが、まあこれは置きます」
〈ホクスンの町〉の外れ、結界範囲外の木こり小屋。
そこに案内されて、軽く拘束した――しなおした――黄泉の女王を背後に置きつつ、の話である。
既に深夜。日付も変わった頃合いだが、流石に明日に回すわけには行かない話題でもあった。
女王は何かを言いたげではあるのだが――特にヘーティルに対して――口出しすることもなく、ぬううと唸るのみである。
観察のため、視線を女王に向けたまま。彼女にも聞かせるように、言葉を続ける。
「〈古来種〉と連絡を取れなくなった件については、彼女の感覚に答えの一端があるのだろうと思います。
生きていないが、死んでいない。
――なんらかの封印状態にあると考えるのが妥当でしょう」
「それは、このところの異変と……」
「関係がない方が不自然ですね」
女王は、む、と声を出した。
異変。リアル化については、彼女にも心当たりがあるのだろうか。
視線はハザク氏に向けたまま。うむ、と彼は頷き、言った。
「そうでしょうな。……そして、ひとまずの安全は確保できた、と?」
「女王を連れ帰って来たのもそれのためです。彼女の能力――死者の支配が及ぶ範囲は広いが、樹海を覆うほどではない。
この町周辺については今晩中に。朝を待って、飛行生物で樹海を回り、黄泉の国へと戻させます」
生態系とか変わりそうだが、ひとまずそれは置く。
今、俺と、護衛・監視に控えているナギサ、ナイトメアで警戒にあたっているシャル以外のメンツは仮眠をとってもらっている。
回るのは他三人の仕事になる――とは、先に言ってある。
ナギサの方も切れ長の目を伏せがちだ。眠いのだろう、俺も眠い。だが、この話はすぐにでも通しておきたいところなのである。
「生け捕りにした理由の、一つがそれです」
後付けだが。
俺の方は、……今にして思えば、そう、殺す気。だった。
会話ができるような相手をだ。
自分は、殴られたら殴り返す人間だ。
より強く殴り返すための我慢はするが、殴り返さない選択肢はない。
だが、一度冷静になった。シャルのせいで、だ。
それは少し、勿体無い、と感じてしまった。
生かしてしまったのはシャルだが、そこから殺すのは、俺には無理だった。
殺すことでどうなるか分からなかったのもあるが。
なにより、利益に目が眩んだのである。
無尽蔵に、とは言わないが、アキバの食事の一端を担える桃の産地だ。
管理者がいるなら。その責任を問うなら、管理者にやらせるのが一番効率がいい。
「元々、俺たちの目的は、この町の利権と、〈黄泉平坂〉の桃についてでした。
利権についてはまた話させていただく――都度交渉するとして」
ハザク氏は、直截すぎる言い方にか、苦笑を浮かべた。
「そこは長と話し合っていただきたい」
「ええ、安心価格にはします。……あなたに話すのは、お願いの面です。
桃を運んでくる者たちの保護をお願いしたいのです」
「保護を? 運んでくる、者たちとは?」
怪訝な表情を浮かべるハザク氏へ、更に言葉を投げる。
「ええ。これから、死者が桃を運んできますので」
「……ん?」
「死者が、桃を、運んできますので。〈冒険者〉に攻撃を控えるよう伝えてほしいのです」
「……んん? ……お待ちを。つまりこう言うことですか――死者が桃を運んでくるので保護を願いたい」
「はい」
「その死者とは黄泉の国の者ですか?」
「はい」
「保護とは……我らを、〈大地人〉を、ではなく……」
「〈冒険者〉から死者を、ですね」
「お待ちを」
うぬー、と眉間をもみ、女王を見て、今度はこめかみをもみ。それから改めて、女王に視線を向けるハザク氏。
女王は、渋々といった風情で頷いた。
「……まことじゃ。わらわはもはや死者どもに生者を襲わせようとは思わぬ」
「……左様ですか」
誤解なく伝わったようで何よりだ。
我ながらちょっと受け入れがたい提案をしているとは思う。
「……いくらか確認したいことが」
「なんなりと」
「町の安全は」
「次は殺します」
断言すると、彼は少し驚いた。
強い言葉を使った自覚はある――フォローのように、言葉を繋ぐ。
「まあ、起こらないと思っています。
そうすると、彼女自身に危害が加わるだけでなく、その目的すらも達成し得なくなるのだから。――な?」
視線を向けると、女王は頷いた。
表情は苦いまま。認めがたいが認めざるを得ない――という表情だ。
「……彼女から、俺は桃を『買う』。その利権は独占です。
その権利の代わりに、俺はあるクエストを受けました」
〈輝ける魔道の杖〉を突き付け、しかし戻させての話し合い。
メリットデメリットを提示し、即刻大筋で合意した話であるが、
「ヘーティルを黄泉の国へと連れていく――アフターサービス含め。それに関する事柄全てを解決する。
それが彼女に対する代金です」
ま、殺すってことではありませんし、殺させるわけでもありませんが、と、軽い口調で言うと、ハザク氏は眉を潜め、
「……それは、本当に?」
「ええ。以前見たことがありますよ、互いに求めあう姿を」
「……そこまでにせい、〈冒険者〉、無用な辱しめはよすがいい」
「失礼。……契約不履行のペナルティが大きいため彼女はそうしないだろう、と考えます。
あとはこちらの努力ですが、これは――」
一息。
現状の認識を、決意を込めて口にする。
「――これは、世界の異変だ。この状況は解決されるべきであり、そして、この状況の解決の道すがらに、〈古来種〉の問題がないはずがなく、よってこの問題に関する努力を怠ることはありえない。
……まあ、彼女の問題がメインでないのは勘弁してもらう方針ですが」
ハザク氏は、疲れた表情で、吐息に混ぜるように、そうですか、と言った。
「ここは馬車でおよそ一日の距離。小さな村ならまだ〈アキバ〉との間にはあるかと思いますが、黄泉の国へと挑むならここを拠点とする〈冒険者〉が大半のはず。
ですので、ここに話を通すのが一番――と、判断しました」
「……安全であるなら、もはやとやかくは言いませんが……しかし、私が保護を、と申されましても、黄泉の国へと向かう〈冒険者〉様を止めることは出来ないかと思うのですが……」
「ああ、それなら問題はありません。なにせ――」
ふ、と視線を上げる。
〈エルダー・テイル〉は世界中でプレイされている――されていたゲームである。
世界どこへでも行けるのが売りの一つで、大陸側ではシルクロードみたいな交易も盛んだったと聞く。
当然、普通のPCにそんな広大な世界を認識しきる能力はない。
世界は無数のゾーンに分かたれ、それをロードしていたわけであるが。こういう室内ってゾーンも、かなりの数を占めているのである。
視線の先には扉があり、外のゾーンの情報が先行で表示されている。
その中には、ゲーム時代には一部のゾーンにしかなかった文言――値段が含まれている。
この世界は、所有が――理論上、世界征服すら――可能である。
「――〈黄泉平坂〉、買いました。」
今度こそ、ハザク氏はひっくり返った。
→5/11
●〈オーバーランナー〉
〈付与術師〉の特技。
移動速度バフで、最高速度重視型。
奇妙丸は愛用しているが、操作の反応速度が落ち、細かい調整がやりにくくなる。
同じ速度バフでも、バランス型の〈スウィフトスライド〉の方が使用者は多い。
基本ソロなので引き撃ち用に習得している。
ログホラwikiのものをアレンジ…的なサムシングさせていただきました。
●〈従者召還:悪夢馬〉
〈召喚術師〉の特技・幻獣召喚。
体から瘴気(っぽい霧状のエフェクト)を立ち上らせる、真っ黒な馬。
バンパイアの特性を持ち、昼の間は性能が大幅にダウンするほか、回復がダメージになってしまう。
しかしそれ以外の性能は高く、暗黒・精神系耐性がある他、その魔法を使うこともでき、夜間に限り(日の光がない場所に限り)飛行可能。
シャル=ロックの夜間用乗騎。
気遣いの紳士。




