5月9日(3):その名を呼ばう
ネカフェにこもって書いたせいか、文章のノリが違う気がする……
毎度サブタイトルに悩みます。
――どう考えても、ヤバいやつだ、と思う。
俺は、俺を、信頼している。
なぜか、俺であるはずなのに、俺と違って、多少脳筋だが、騎乗の腕は確かであるし、いざとなれば大抵の所を突破して脱出できると確信している。
だから、桃を食っても追えないと分かったときにも大した心配はしなかった。むしろ俺たちの方が事故らないようにしねぇとな、と考えたくらいだ。
それが、なんだ。
「パルパルパルパルパルパルパルパルパルパル!」
急に背筋がぞわぞわしだして、きっとやばいなんて言い出して、無理して地面をぶち抜くなんてのを唐突にやりだした俺は、なんだ。
どう考えても、ヤバいヤツじゃねぇか。
ストレートに一直線。
地面を天井を、ぶち抜いてまっすぐに。
「パルパル――ズンダ、クレスケンス!」
「はいはい、っト!」
手応えが岩になったので、三歩引き、半裸に任せる。
半裸は巨大な鎚を持ち、ズンダは太い短剣を持っている。
「ウフーフ!」
がん、と鎚が短剣――杭としてのそれを地面深くまでぶちこむ。
がん、ごん、がっ、と岩が割れたので、杖の先端をぶちこんでまた連射。
頭上には数階層分の穴が既に開いている。
地下深くまで延びるダンジョンで、〈ディテクト〉の効果も発揮しづらい地形だが、醜女が――デカいのが出現する分、天井は高く、実は階層数はそう多くない。
また、データの関係上、マップは蛇行しつつ回転し、螺旋階段じみた構造になっている――床の下には天井がある。その構造は変わっていない。
まっとうに探索していては、倍ではきかない時間が過ぎるだろう。
先ほど、入った直後、半裸が斧を天井に食い込ませたこと。また、それを〈パルスブリッド〉で掘り出せたことからの発想である。
「ん」
と、見張りのナギサが声をあげた。
狐耳がひくひくと動いている。
まあ、こんだけパルパルしてれば見つかりもするか。これまでの階層の厚み的に、そろそろだと思うが。
キツいだろうが、なんとかナギサに抑えてもらって――と、思ったところで、
「ちょうどいい」
ナギサが頭上を、ぶち抜いてきた天井を見上げた。
まさか、と思い、回避に入る。
同時、醜女が天井から落ちてきた。
「うわ」
ほじくった穴に巨体がハマる。
醜い肉が、穴を広げ、――衝撃が、足元まで穴と亀裂を広げた。
反応が早かったのは、ナギサと半裸だ。
「〈デモリッション〉!」
「〈重爆踵〉」
鎚の縦回転の降り下ろしと、同じく縦回転、爆炎のエフェクトをまとった踵が、醜女を更に打ち込む。
亀裂は致命。
床が崩落する。
同時、醜女が爆散し、虹色の泡が舞う。
「くぉっ」
思わず腕で顔を庇う。
浮遊感――足元まで崩れていた。
腕を払うと、砕けて落ちる岩の隙間から、広い広い、広間が見えた。
「――――っ!」
そこには、アンデッドに囲まれるヒカズと、黄泉の女王と――倒れたシャルがいた。
――瞬間で脳が沸騰する。
「て、め、えええええええっ!」
落下ダメージが発生しうる高度だが、そんなことには構っていられなかった。
〈パルスブリッド〉、〈パルスブリッド〉。
左右の杖から分割連射。
邪魔な岩を砕き、狙いは女王――としたいところだが、シャルに襲いかかろうとしているクソどもだ。ドリコーンが威嚇しているが長くは持つまい――と連射したのだが、
「うお」
反動で浮く。
反動は確かにあった。光弾がブレないように、いつも構えていた、が。まさか――だ。
ともあれこれで、脆い俺がいきなりダメージを負うってことはなさそうである。
だから、
「死ねコラ……!」
反動を得るように憂いなく連射し、既にして倒れたシャルより、先に落ちていく三人より、俺に目を向けさせる。
無様に羽ばたくように、軌道を修正。だん、と着地。
シャルを跨ぐように、消えかけのドリコーンを背に。
落下中に、半裸やズンダ、ナギサの落ちた方向は見た。
ナギサとヒカズが合流。半裸とズンダもそう遠くはないし、すぐに合流するだろう。
片手は連射を続けつつも、もう片手でシャルを担ぎ上げ、ドリコーンの背に乗せる。
「行け!」
ぶる、とドリコーンは一瞬躊躇したが、消えかけの身を鑑みてか、突進を開始した。
サイドステップで射線を開け、進行方向に連射連射。
真横の白骨の剣を腕で防ぎ――斬れないと分かっていてもぞっとした――ノックバックで道を開き、スタンで動きを止め、ドリコーンの突破を助ける。
「〈オーバーランナー〉!」
最中に、俺とドリコーンに分割のバフ。ドリコーンの方は、それを受け、一気に跳躍――ズンダ達のところにシャルを届けた。
そして、そんな移動力のない俺は、至極当然、醜女に道を塞がれ、囲まれた。
「へっ、へへへ」
おおお、とかヒカズが叫んでいる。
待ってロ、とズンダが頑張っている。
半裸の笑い声も聞こえないし、ナギサも俺に障壁を飛ばしてくれている。
……いつもこれだ、直前の思いつき、特に、カッとなってやることは、やっぱり駄目だ。
既に死んでいるシャルを優先して、被害を拡大してしまった。
ま、アイテムで復活させればどうにかなるかもしれんが、俺自身は、コトここに至っては、死に戻りしかあるまい。
流石に、こうなってはレベル九十が五人――シャルが復活したとしても、六人では厳しい。囲まれすぎだ。
俺を救出に来ると、いよいよマジで脱出が不可能になる。
こうならないように、囲まれないようにするのがダンジョンの要訣だ。
原因作りやがったシャルとヒカズは後で説教だ。
へへへ、と笑い、じゃあ、と向き直る。
白骨の群れの向こう。
女王は、御輿の上で苛立った声を出した。
「何を、笑っておる?」
「いや、なに。やっちまったしな」
杖を構える。
二挺の杖。これは装備の力で、ゲームアバターの力で、俺が自由に使えるが、リアル化してなければ使えなかった力で、俺自身の力ではないかもしれないが――
「もうなにやってもいいってことだ、ばばあ」
――腹のたつヤツを殴るには、いい力である。
「――貴様」
「〈キャストオンビート〉――〈フォースステップ〉、〈ヘイスト〉」
勝手にキレだすババアを視界に収めつつバフ。
「〈セルフ・リーンフォーシング〉」
詠唱速度向上、速度向上――そして、自己限定スーパーモードに入る。
リアル化してから、使うのは初めてだが――
「――ヒャッハー!!!」
――空気が美味い。体が軽い!
金色の光があふれ出す。
「〈パルスブリッド〉!」
詠唱時間はほぼ皆無。
反動も利用しつつ下がり、引っ掻き回しに入る。
そう、俺とて『シャル=ロック』であったのだ。俺自身、カイティングと突撃の達人ってやつである。
四体の醜女が担ぐ御輿が動き始める。
ぼっちプレイにおいて最も避けるべき、しかして必ず起こる包囲戦。
それを切り抜ける方法はいくつかある。
一つは自身を中心とするような広範囲殲滅。〈妖術師〉の専門分野で、〈付与術師〉である俺にはちょっと荷が重い。
二つ目は突破。一方向に集中し殲滅脱出するか、速度で突破するか、耐久で突破するかはともかくとして、これも敵の密度的に現状難しい。
俺が選ぶのは、三つ目である。
バックステップを刻みつつ背後を見れば、醜女が張り手をクレているのが見えた。
覚悟を決めつつ足を止め、正面を見やる。
止まった俺に対し、白骨どもはきちんと狙いをつけてきている――狙い通りである。
杖を背後に。更に、軽く跳躍し、張り手に足を合わせる。
「んがっ!」
衝撃。
ダメージと同時、前に吹き飛ばされ、追撃のように来ていた骸骨の剣を回避、御輿へと肉薄する。
STGで言うところの切り返し。
自機に対して狙いをつけてきた弾を一方向に移動することで回避する、そんな基礎の応用。
移動中に速度を変え、弾の密度を変化させ、速度をもって『切り返し』、再度自機狙い弾を回避できるようにする手法だ。
まあ、今回の場合は応用の応用、気合避けと被弾抜けも絡めた無理な切り替えしだが、成った。
……リアル化していくつか変わったことがあるが、最たるものは物理法則の適用だろう。
ゲームであれば二頭立てだった馬車も一頭で引けないこともなくなった。
ある程度一定だったアバターの移動速度も、意思により緩急をつけられるようになった――歩く、走る、ステップ、あるいはスライディング、行動範囲は増えた。
光の弾という特性が目潰しになり、単なる硬直だった技後硬直も、反動というものを理解すれば移動手段にすらなり得た。
この世界は、未知に満ちている。だが、見知った法則が、確かにある。
飛んで、着地して、飛び込んで、無様に転がって、そうしてたどり着いたのは御輿の真下だ。
「〈パルス――ブリッド〉!」
連射、連射。
御輿は大きいが、しかし主の、王の乗り物だ。敵方はごくわずかに躊躇した――パニックムービーの類いならこのまま女王にまで襲いかかる展開かもしれないが、こいつらは(予想通り)理性はなくとも掟を持ち合わせている。
その隙に、二体の醜女、その膝裏に連射連射連射。
連続の打撃に醜女の膝が折れ、ノックバックを食らって後頭部を打つように倒れた。当然の結果として御輿が大きく傾く。
二体は御輿を担いだままなので、およそ四十五度の角度に傾く。
捧げ持つ醜女は巨大だが、こうなると白骨でも腰を折って入ってくるしかなくなる。そんな姿勢なら、スタンが利かなくともノックバックで押し切れる。
四方から襲い来るなら、対応しきれないが。ほぼ一方向からなら、片手間で対処できる。
「貴様――ッ」
ばばあの恨みがましい声。
ああ、と嘆息。
息を深く吸い込み、杖をごつりと御輿に押し当てる。
「――〈パルスブリッド〉」
光弾は、
「〈パルスブリッド〉」
発生と同時に着弾し、
「〈パルスブリッ〉」
御輿の裏を削り、
「〈パルスブリ〉」
襲い来る白骨を蹴散らし、
「〈パルスブ〉」
持ち上げかける醜女の手を撃ち、
「〈パルス〉」
魔力の流れを実感し、
「――パルパルパルパルパルパルパル!!!」
逆に御輿で潰そうとしてくるのを、連射で持ち上げ、ただただ、ひたすらに、イメージの限り高速に、撃ち続けた。
これが第三の乱戦突破手段――『乱戦を更なる混沌へとダンクする』。
小物の攻撃を十発食らうよりは大物の一発。耐久で絶えることにも似た、位置取りの妙。
潰されてHPがゴリゴリ削れていく。
しかし同時に、御輿は削れ、ヒビが入り、砕け、四散し、
「痔になりやがれ!」
「貴様ぁ――!」
叫ぶが遅い、
「〈パルス――ブリッド〉ォ!!!」
ヌギャー、とかひでえ悲鳴をあげながら、ばばあが尻に光弾をヒットさせる。ざまあ。
「ヒャッハ、あ」
と、ここでスーパーモードが切れた。
好き勝手やったがここまでのようだ。
間に合って良かった良かった、ってなもんである。
「……お、やべ」
寝転がったまま起き上がれない。
幸いにして御輿は砕いたので破片がぱらぱら落ちてくるくらいなのだが、上空から、なんだ、ばばあが。
「ぐおっふぅ!!!」
ボディにヒップアタック、しかも肉が少ないのか尻の骨がみぞおちあたりに突き刺さる感覚。
みぎゃー、とかばばあも再度声を上げていたが、俺の方は満身から力が抜け、全身に力が入らない。
今目を瞑ったら三秒で夢の世界だ。
頑張って防ぎはしたが、元々紙装甲の〈付与術師〉、HPなどとっくの昔にレッドゾーンで、穴掘りなんかに使ったせいで、MPもほぼほぼからっけつ。
ついでに言えばヒップアタックで息も抜けて、吸う力もない。
「かふ……」
まあ、ひでえ嫌がらせにはなっただろう。
さあ煮るなり焼くなり好きにしやがれ、他四人――ヒカズ以外の三人はすまねぇ、と、そう思っていたら、腹から圧力が抜けた。
女王が立ち上がったのだ。
尻の辺りを抑えつつ、長い髪の合間から俺をにらんできている。
「……許すまじ」
「……許す……マジ? ……マジで? 許してくれんのか? 心が広いな、さすが年食ってるだけあるな、……ばばあ」
「死ねェい!!!!!!!!!!!!」
――瞬間、鼓動が止まった。
「かっ、は……!?」
胸が致命的に痛い。
疲労度にはまだ底があった。
生命力すべてが抜け落ちるような感覚。
意識が消失し始める。
――最後に見えたのは、嘲笑う女王の顔だった。
●
――お。
と、目が覚めた。
どうやら眠ってしまっていたらしい。
両手を枕に、突っ伏すような姿勢だ。
「……ぐ」
耳が痛い。
説教食らったからとかじゃあなく、単純に、周囲に音があるからだ。
それは光と音で自己主張に余念がないもの。
『俺は面白いぜ』と、囁き語り叫ぶものたちの住処、――ゲームセンター。
……いくら十数年来の付き合いだからって、ちょっと。我ながら、神経が太すぎやしないだろうか。
寝起きが悪いことは自覚しているが、さすがにこんな環境で二度寝はしたくない。というかさすがに無理。
それに、俺が突っ伏していたのは筐体だ。ヨダレでもたらしたらまずい。
いやはや、こんな場所で寝落ちとは。
よっぽど疲れてたのか――今何時よ、とケータイを取り出して、あ、とこれまでの顛末を思い出す。
「……夢だったってか?」
服装を見下ろすも、まあ、フツーの服――その辺で買ったドレスシャツにテキトーなジャケット、スラックス、足元は素足のサンダルだ。
家にあるものをテキトーに掴んできたような服装――いつもの服装である。
当然杖なんて持ってないし、頭に気の抜ける帽子も乗っていない。
現実の、妙神・大可でしかなかった。
「……んー」
よく分からんが、まあいい。
変でしかも長い夢を見ていたっつー話であろう。
しかし、寝落ちをするとは。〈エルダー・テイル〉のやりすぎだろうか。
「自重するかね、さすがに……」
ぼやいたところで、
「生活リズムの崩れは健康の乱れを呼ぶよ、君」
背後から、声が聞こえてきた。
え、と振り返れば、どこかで見たような女性がいた。
二十代半ば、と言った年頃だろうか。
美人である。どこかシャルに――夢で見たもう一人の俺に似ているが、ごく現実的な容姿をしている。
「えと……はい」
知り合いだろうか。
人の顔と名前を覚えるのは得意なつもりだったが、どうも脳がまだキッチリ起きてないらしい。
この場合、どこかで見た人の顔立ちが、『シャル=ロック』の顔立ちにミックスされて夢に出たのだろうか。
怪訝、困惑、その他もろもろの感情が表に出てしまっていたのか、女性はくふふと笑い、
「まだ寝ぼけているのかい? 君。――弟くん」
――そうだった。
彼女を忘れるなんてどうかしている。
彼女は、俺の異母姉である。どちらかと言えば母親似の俺――そして女性となったことでより母親の面影を濃く現していた『シャル=ロック』だが、親父に似た部分が皆無と言うわけでもない。だから見間違えたのかもしれない。
年は六つほど上だが、左の薬指に指輪はなく、つまりはまだ結婚をしておらず――まあ、昔はちょっと……憧れていた、女性だ。
俺をゲームセンターに引っ張り込んだ張本人。
「んぁー……かもしれない」
どうにも、脳がぼんやりする。
なにかおかしい気がする。
ううむ。
まあいいか。と頷いて、彼女に向き直った。
「ん」
彼女に抱きつき、胸に顔をうずめ、……泣いている女の子がいた。
肌は褐色、銀髪で、身長から察するに中学生くらいだろうか。
何がおかしいって、彼女が半透明だってことである。
――んな馬鹿な。と思って瞬きをすると、彼女は消え去った。
異母姉の方も、気づいていないらしい。なんだかんだ頼られると断れない人である。気づいていれば、俺に対する対応も変わってくるはずだ。
幻だったのか――疑問が顔に出ていたのか、異母姉はふふんと笑い、
「腕が痺れちゃったのかな?」
「ああ……うん、」
腕は確かに痺れている。
俺は『奇妙丸』じゃない――スーパーマンじゃない。
どこにでもいる、ちょっと金持ちの大学生である。
「大丈夫?」
彼女は、そっと俺に近づいくる。
細い指先が、俺の頬に触れた。
……顔が近い。
いいにおいがした。
昔を思い出す。
……そうだ。彼女は昔からこうやって俺をからかうのだ。
いくら母親は違うからと言って、やっていいことと悪いことがあるだろうに。
……そうだ、あの日はなんと、そうだ、キスまでしてきたのである。しかもファーストだとか。一線の上で反復横跳び中というか、はっきり言ってあかんよなアレ。
あの日、そう、彼女は、どうせなら君にと――どうせなら?
どうして、そんなことを言ったのだったか。
「 ……ああ、」
そうだった。思い出した。忘れるなんて、それこそどうかしてた、だ。
「まだ、寝ぼけてるみたいだ」
ひらひら手を振って、筐体に向き直る。
そしてくっと上体を後ろにやり、ズガゴンッ、と、筐体に頭を叩きつけた。
ばぎゃあと割れる筐体。だが怪我ひとつ負わない、多少痛いが。
「っくぁおうっ……!」
「なっ……!?」
――なぜなら俺は〈冒険者〉だからである。
ゲームセンターに外の世界はない。
幸せだった空間だけで構成された歪な密室だ。
よくよく見れば、俺の好きなゲームオールスターだ。芸が細かいところだが、
「~~~~~~っアホかあのばばあ!!! どうせ作るんならもっと真面目にやりやがれ!!! 雑オブ雑!!!」
彼女はもういない。
二十代半ば、なんて年頃になる前に死んでいる。彼女が死んだのはもう六年以上前だ。
そもそも、彼女が異母姉だと知ったのは、ずっと後のこと。
彼女の葬式で、である。
「ど、どうしたんだい? 弟くん」
「胡蝶の夢っつー話はあるけどよぉ……こりゃあねぇだろ! こりゃあよぉ! 六年が夢だったってか? ――アホか! 頭突きで筐体壊せる人間がいるか!!!」
彼女が弟と俺を呼んだ事実はない。
このゲームセンターにこれらのゲームがすべて同時にあった時機はない。
そもそもこのゲームセンターはもう潰れている。
彼女が結婚しなかった過去は存在しない。
結論はひとつ。
幻だ。
考えてみれば、イベントでヘーティルが女王をキレさせた後、ヘーティルはイベントで倒れ、何とか蘇生するも、力が抜けて戦えないとかで余計な行動を一切しなくなる。
脱出後にごちゃごちゃ言ってた覚えもある。
イベントで、イベントキャラに使った攻撃が、このリアル化で拡張されて俺つまりはプレイヤーにも使われたって話だ。
「ああ、こんな雑なものなら、あのヘタレのヘーティルだって起きる、蘇生するだろうさ!」
異母姉を睨む。
クソ親父に、ゴミ爺に嫁に出されて、心臓麻痺で亡くなった彼女を。
いつだって飄々としていたけど、大切なことを教えてくれた人だった。
よく俺をからかってきたけれど、同時に、大事にもしてくれていた人だった。
ふふんと笑って、困ったことをなんでも解決してくれた人だった。
いつもの表情の中に、わずかに困惑と、悲しみが透けて見える。
だがこれっぽっちも心苦しくない。
……俺に金さえあればと――自分の幼さと、無力さを、心底悔しく思ったことがある。
だがそれはもう取り戻せない、過ぎ去った過去。眩しすぎる思い出の日々、だ。
だから、そう。
これはクソのような幻であり。
これはクソのようなまやかしであり。
これはクソのような、俺の甘えであろう。
手をかざし、腹の底で力を練る。
杖はないし、MPもない。リアル化してから使ってもいない。
だがまあその辺は気合だ。
「〈ディスペル――マジック〉!」
発動――手から拡散した魔力が、ウィルスじみて世界を侵食する。
ばきん、と世界がひび割れる。
書き割りじみたゲームセンターの向こうは無明の闇だ。
体ごと意識が浮上していく。
――眼下。割れた世界の向こうで、姉さんが手を振っているのが見えた。
甘えだ、と思いながらも、手を振り返した。
●
「ぐ……っ!」
そうして、現世へと帰還した。
寝起きは快調、そして最悪。
腹の底がぐつぐつ煮立っている。
〈セルフ・リーンフォーシング〉の影響か、あるいは一時的にでも死んでいたからか、――〈衰弱〉状態で、体に力が入らない。
おそらく、呼吸が止まっていたのだろう。
かび臭いはずの地下の空気がやけにうまい。
「げふっ……こふ……」
だが立つ。
ナメた真似をしてくれたばばあには応報が要る。
だから、もう一人の俺を、呼ばないと。
立ち上がらないと。
あいつを、俺を、シャル=ロックを、呼ばないと。
視界がかすむ。
くらくらする。
膝が震えている。
足が折れそうだ。
だが、立つ!
しっかり息を吸って、叫ぶ!
「――シャル=ロック!」
「――奇妙丸!」
同時、呼び声が聞こえてきた。
〈ディスペルマジック〉がなければ起きたかどうか。
俺より先に寝ていた分、少しねぼすけだが、まあ俺だし誤差の範囲内か。
「寝坊したみたいじゃあねぇか!? 俺が起こしてやんなきゃどーなってただろうなぁオイ!」
「うるせぇ、やっぱオメー俺じゃねえだろマジで! ノータイムで脱出かコラ! ちょっとは迷っとけよ!」
「一瞬でキレろよそこは! 雑だったろすげぇよぉ!」
叫びで、俺が起きたことに気づいたのか。
女王や醜女が俺の方を見る。
おそらく、シャルのほうが起きたのを見て驚愕してたんだろう――更に驚愕したばばあの顔は、ひでぇもんだった。
はははと笑う。
ざまあみろ、それと今からもっとざまぁしてやる。
「〈従者召還:集撃蜥蜴〉!」
シャル=ロックはカイティングを得意とするのだが、場合によってはそれが不可能な場合もある。
カイティングするべき相手が、殲滅失敗や挑発の誤爆でターゲットが跳ねることがあるためだ。
そのための対策――驚きのレベル二十対応。その上、馬でも鳥でもない。
しかしながらその効果のために、わざとそこで抑えている一体。
一般に使われる前衛系従者――例えばゴーレムなどとは違い、自ら挑発特技を使うことはない。
だが、召還した瞬間、周囲のヘイトの集積する能力と、死亡時に一定範囲のプレイヤーにそのヘイトをばら撒く能力を持っている。
本来であれば、ボスなどの強力な単体攻撃の対象をそらすための従者だ。一発きりの身代わりと言い換えてもいい。
ヘイトをばら撒く能力、と言うのが効くもので、漫然と使えば、平坦になったヘイトによってターゲットがあちこちに跳ね回るという難点なのだが、位置取りによってヘイトをタンクに再集積したり、あるいは俺に集中させることもできる。
上位のものとなれば、範囲攻撃の範囲を狭めたりする能力を盛っていたりもするのだが、俺の場合は早く死んでもらいヘイトを集積することが目的なので、耐久力は低くていい――低くなければ困る。
そんな従者を召還して、そしてシャルは、俺の考えと同一の一手を打った。
「――〈入れ替え転移〉!」
――瞬間、
「「ぐおっふう!!!」」
ひゅぱっと。
パラボラトカゲと俺が入れ替わった。
なお転移場所はシャルの掲げた手の中、つまり空中約二メートルの高度である。
押しつぶす俺、押しつぶされる馬鹿。押しつぶすほうも尻とか背中とかに鎧が食い込んで痛い。あと乳はデカくても持ち主次第というのがよく分かった。
くけー、と、俺がいた場所で、トカゲが悲しい声を出しながら切り刻まれる。合掌。
……できるかどうか、わかりはしなかったが。
できるだろうと、確信があった。
俺と俺は、同じものであると。
きっと、魂は同一だから。システムを、きっとごまかせると、思ったのだ。
立ち上がり、シャルに手を貸す。
「へ、へ。やってみたらできるもんだな」
そう言って、シャルはぐいと目元をぬぐった。
なんともセンシティブなやつである。
「は。てめえ、本当に俺か? ――泣き虫」
「あ? お前も今から泣き虫になりてぇってか? オーケー大歓迎だよ冷血漢、眼球ミンチにして汁こぼさせてやるよ」
「いいから手伝うでござるよ――!」
「「あ、悪い悪い」」
言葉が合って、二人で顔を見合わせて、
「「っく、は、へへ、ははははは!」」
笑った。
「〈マナチャネリング〉! ――オーケーだ、後でぶちのめすぜ、シャル」
「〈従者召還:八脚神馬〉――ま、後でな」
意思が一致する。
とりあえず。
あのばばあは、ぶちのめす。
「っしゃ、行くぜスレイプニル!」
「〈キャストオンビート〉! 〈ヘイスト〉、〈アーマーエンハンス〉、〈オーバーランナー〉!」
正直、負ける気がしなかった。
「貴様らぁ……!」
ばばあが忌々しげにこちらを睨んでくる。
そうそう、と、〈トラツグミの呼笛・独唱〉を手放し、〈二重奏〉一本に。
食らっても即復帰する自信はあるが、その時間ももったいない――一刻も早くあのばばあはぶちのめしたいし。
それに、ああいうのを真っ向から打ち破ってこその仕返し、復讐ってものだろう。
アイコンタクト。スレイプニルに先駆けて駆け、ズンダの横に並ぶ。
「おっト」
「ちょっと任せろ」
「了解だヨ、俺が守ル」
「ありがとうよ、――〈プロテクトカース〉」
「死ねぇいッ!」
詠唱で発生するのは不可視の防御壁。
予想通り、あのイベント攻撃――仮に〈死の言葉〉としておくか、それが俺に向けて飛んできた。
食らってみての感想だが、〈死の言葉〉はおそらく精神属性の継続ダメージ攻撃だ。
ゲーム時代はイベント攻撃だったので確定したわけじゃないが、体感としてはそうだ。
表示的にシャルのHPはゼロになっていたが、こうして蘇生した俺のHPは、僅かに削れているって程度だ。シャルの方は、六割を切っている程度。
それまでの戦闘、寝坊した分ダメージを多く食った、って程度のダメージである。
『末期の幸せな夢を見せつつHPをスリップさせる』とかそういう効果なのだろう。もしかしたら付随効果もあるかもしれないが、そこまで行かなかったし、そこまで行かないので知らん。
夢の造りは雑だったが、ヘタレなら引っかかる……と言うと、俺がヘタレみたいじゃねーか、ヘタレだな、後で見るも無残にしてやる。
と、考えているうちに、ぎし、とプロテクトが軋み、抵抗し、――割れた。
まあこの類の防護呪文は――得に精神・暗黒系は〈施療神官〉が専門だ。
だがまあ、〈付与術師〉でもできないわけじゃないし、それに―― 一枚で足りないなら、もっと、もっと。
「もう一丁――〈ブーステッドアーム〉」
対象は胴装備〈ダンザブローズベスト〉。
現実で言う佐渡でのクエストを達成することで入手可能な〈製作級〉装備。
こまごまと能力を持つ優秀な装備で、低い確率ながらも魔法攻撃にスタン効果を付随させるほか、幻惑系、つまりは精神攻撃に対し耐性を持つ。――それを強化した。
本来の用途ではない。そのためか、ベストがぷちぷちと千切れていくような感触がある。
だが、不可視の死の呪いは、
「そして〈ディスペルマジック〉!」
三段目、対抗呪文――連ねた方策によって、雲散霧消した。
イベント攻撃であればデータが設定されていないから防御できなかっただろう。
だが、今の〈死の言葉〉はそうじゃない。
必殺の攻撃ではあるかもしれないが、それは何も対策をしていなければ、だ。
データがあるなら防御もできようってモノである。
〈死の言葉〉を無効化されたばばあは、歯をむき、美貌を台無しにしている。
半分勘だが、あれはもうこない。
何度も使えるようなものであれば、ゲームでも戦闘中に使ってくるはずである。
規制時間そのものは短いかもしれないが、そもそもの使用回数に制限があるタイプの攻撃と見た。
その証拠に、ばばあの顔色と言ったら、白とか青とか通り越して土気色だ。
一発なら余裕もあるのかもしれない。二発目はもうギリギリで、三発目なんて使っていい技じゃないのだろう。
勢いで無理して連射したせいで、疲労が目に見えるほどに溜まっている。
「行け、ありゃ多分もう来ねぇ!」
「オーケーっ!」
指差し示せば、スレイプニルが、頭上を飛び越えていく。
巨馬は風をまいて突撃。死体達が群がるが、光刃が煌き、その度に白骨が崩れ落ち死体が切り飛ばされ醜女が撥ねられ、道が開く。
ゲーム時代から変化したことはいくつもある。
ゲームで可能なことはこちらでも基本的には可能だが、あそこまで自在に駆けることはできなかったし、この〈ブーステッドアーム〉の対象拡大なんかも不可能だった。
当然のことながら、〈キャスリング〉で術者以外が入れ替わるなんてことは不可能だった。
この手のゲーム外の現象を、理外の力とでも呼ぼうか、と思って、
「さあ、――魔道を啓け、〈輝ける魔道の杖〉!」
とか叫んでるアホを見てやめることにした。
ちょっと中二病過ぎませんかねこの俺。
あちゃー、とか見守る先で――範囲内にいる内に〈キーンエッジ〉なんかを付与しつつ――シャルが、大上段に杖を構えた。
〈輝ける魔昇気〉のモーションと似通った、しかし更に杖を高く掲げた構え。
「――〈輝ける魔刃閃〉!」
縦一閃。
本来であれば地面に放たれ、衝撃波を噴出し、緩やかに進みながら薙ぎ払う装備時限定の必殺技が、本来とは違う形で振るわれた。
一体目。直近の白骨に触れた一撃は、跳ね返るように衝撃波を噴出しようとして、後続の光刃に押し返される。
結果として、光刃の軌跡が、一直線に突っ走った。
地面を砕き、白骨を割って、死体を切り拓いていく中に、四体の醜女――近衛、〈捧げる醜女〉が割って入るが、
「ぶちぬけやぁああああああ!!!」
本来範囲攻撃として振るわれるそれが集中したダメージは計り知れない。
一枚、割り込むだけで精一杯だったのか、背中から真っ二つ、
二枚、十字にした腕で受け止め、一瞬止めるも真っ二つ、
三枚、張り手で迎撃するも、腕を割り開かれ横に下ろされ、
四枚、女王を庇うように抱いて防御するも大きく背の肉を削られ、虹色の泡に還っていく。
「なっ……貴様ッ……!?」
突然真っ二つになり消失した取り巻き達、呆然とする女王――その喉首に。
光刃が、突きつけられた。
「さて」
死体が止まる。女王の危機に、戻ろうとするも、それがまずいと分かってもいるのだろう。
さっき俺がやった時もそうだったし。やはり、理性はないが掟はある。
女王本体は柔らかい――ボスとしてのHPはおそらくゲーム的なもので、周囲の醜女達+御輿のものだったのだろう。
見た目は完全に人間――〈大地人〉だ。
考えてみれば、ゲームの時も、女王は被弾した時ダメージを負う描写がなかったはずである。
「引いてもらおうか、女王様よ」
槍衾に突っ込んだようなものだ――さすがのシャルもダメージを負っている。残りは更に半減して三割弱。
その状態でやるにしては甘い判断だが、しかし、実際止まっているのだから結果オーライ。
仮に動き出した時、俺達も回復薬をがぶ飲みしつつ追っていたが、戻ってこれるかは、さて、半々と言ったところか。
追い詰めて肉薄さえしてしまえば、回復薬が持てばどうにかなる。
桃をかじる俺を中心に、省エネで進んでいたヒカズ、ウフーフ笑ってまだまだ元気いっぱいの半裸、護衛をするズンダに、反撃の蹴撃を繰り返していたナギサ。
ヒカズが全力を出せば一気に迎えにいけそうだが、〈マナ・チャネリング〉の規制時間もある。
もう少しだけ桃を食わせてほしいが。美味いし。
「あとはまあ、話、聞かせてもらおうか」
ぐ、と女王はうなり、ゆっくりと手を横に。
すると周囲を取り囲んでいた死体たちは崩れ落ち、灰になって消え去る。
ふー、と一息。
シャルは一度髪をかきあげ、言った。
「勝者らしく。要求、通させてもらうぜ。それが一番、あんたの悔しがる顔が見れそうだ」
それから、シャルは振り返った。
目が合う。
俺よりも甘く、感情的で、多少脳筋で、楽観的で、褐色肌で、銀髪で、巨乳で、泣き虫で、ああ、でも、だけど――
「ふふん、」
シャルは笑う。
笑みは、彼女に、異母姉に。
――陽逢さんの笑顔に、よく似ていた。
→5/10
●〈黄泉平坂〉
〈霊峰フジ〉中腹に存在する、Lv70対応ハーフレイドダンジョン。
〈死霊が原〉の前段階となるダンジョンで、〈古来種〉ヘーティルの依頼を受け、進入することになる。
〈オオカムツミ〉という素材/食材/投擲アイテムを駆使して攻略することになる。
オオカムツミを食すことでPT+ヘーティルは最下層まで連れ込まれ、無自覚に元恋人の黄泉の女王をキレさせたヘーティル――あだ名は〈やっぱり三次はクソだな〉略して〈惨事〉――を護衛しながら脱出することになる。
この時のヘーティルはホントにヘタレだが余計なことをせず大人しく付いてくるということで、護衛クエストとしては簡単な方。
黄泉の女王とその取り巻きにはオオカムツミを投げつけることでスタンを取ることができ、足を止められる。
追いつかれると無尽蔵のアンデッドモンスターに囲まれるため、いかに素早く突破していくかがクリアの鍵。
「実際黄泉の国って出雲にあったんじゃねーの」というツッコミをものともせず、人気スポットであるフジにぶち込む運営、COOLだね。
●〈醜女〉
〈黄泉平坂〉、その他冥府系ダンジョンの一部に稀に登場する雑魚敵。
雑魚と言っても総じて巨体。
三から五メートルほどの身長の、半分腐ったお相撲さん……といったビジュアル。
ぶっちゃけかなりキモい見た目をしている(醜女の『醜』は『強い』とかそういった意味合いなのだが……)。
総じて防御力は低いものの、体力と物理攻撃力は非常に高い。
群れを率いる小隊長的な出現の仕方をする。
〈黄泉平坂〉に登場するのは4種類。
1、浅い階層で主に登場する物理型、〈迎える醜女〉。
特別な攻撃を行ってくることはないが、その分非常にタフ。
生息数も多く、場合によっては囲まれてしまうことも。
七体これが登場とか実はわりとキツい状況だったのである。
2、中層から出現し始める魔法型の〈唱える醜女〉。
他の醜女と同じくタフ。また、デバフなど精神系魔法を中心に搦め手を使ってくる。
また、白骨の兵士やゾンビを連れていることが多い。
この体力でそれは許されない、と、攻略上真っ先に倒すべき敵とされていた。
ただし元が物理型だったためか、単体で見ると一番弱い。
3、ボスの取り巻き、〈捧げる醜女〉。
〈迎える〉のアッパーバージョン。
ムチムチ(超言葉選別)なほかの醜女とは違い、多少引き締まった肉体をしている。ソップ型。
ゲーム上では黄泉の女王の御輿を捧げ持つ役割で、野生での出現は一切ない。
〈オオカムツミ〉を投げつけるなどしてスタンさせると、転んで女王をポイすることがあるお茶目さん。
というかポイさせないと追いつかれて劇中のようにすごい勢いで囲まれる。
女王を倒すまで無限に復活するが、女王を倒した時点でクエストクリアになる。
4、ひときわ巨大な〈妨げる醜女〉。
五メートル前後の体躯を持つ中ボス。
女王に追いかけられている段階でないと出現しない。
こんなもんが複数表れるため、〈黄泉平坂〉では火力が優先されることが多かった。
●妙神・大可の服の趣味
悪い。




