5月9日(2):Cadaverous parade
遅れて申し訳ございません……次回も未定です……
※英字だとルビがうまく行かないのでカタカナにしました。
「うめえ! うめえぞォオオオオイ――!?」
かっくらう俺。
「ウフーフ、フフ、フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ!!!!!」
なんかもうやべーテンションで食い続ける半裸。
「はぐ、はぐ、はぐ、はぐ」
カニでも食べるときのように無言で、どこか小動物のように、しかし桃の皮を剥くことなく齧っているナギサ。
「おぉおおいィしィイイイイイイイイッ!」
声を裏返して、なんかもう飲むように食っているズンダ。
これはやばいぜ、〈オオカムツミ〉。
噛むたびに体に活力が沸き、生命力に満ち溢れる。
豊かな甘みは、舌どころか食道にあっても美味さを感じさせる――ああ、俺のボキャブラリーの貧弱さが恥ずかしい。
なんと言うか――美味さの余韻が消えない。
それでいてくどくない、いくらでも食える。
甘くてのどが渇きそうだがそんなこともない、この桃は汁気もたっぷりで、しかも一つ一つ微妙に、しかし決定的に味が違う!
こんな美味いもの食ったことがない! さすがファンタジー! これで桃タルトとか作ったらどうなるのかまったく想像ができない!
「くはーっ! あー、うっめえええええ!!!」
本当は、食べて、あいつらを追っかけようとしていたのだが。
ガツガツかっくらっても、黄泉の女王様がさっぱり呼んでくれないので、満腹になるまで食い続けるのであった――。
●
「――ってなことになってると思わねぇかあいつら」
「うむ、ど許せぬでござる」
水筒の水で手と口周りを洗いつつ、言う。
転移した俺とドリコーン、ヒカズであるが。
とりあえず待機しよう、という話になって、じゃあ食うか。となって、カバンの桃をかっくらい、しかしすぐに食べ尽くし。それでもまだ来ないので、ぼーっとしてるわけなのだが。
「……どーしたもんかね、これ」
〈黄泉平坂〉最深部――黄泉の国は、岩と死骸だけの場所だった。
ひたすらに広い広間。中心から少し外れた場所に一本〈オオカムツミ〉の木があるが、入り口のものと比べて回復速度が遅い。
散らばる死骸と言ってもフレッシュでない――と言っていいのか分からないが、とりあえずあるのは白骨の類ばかり。
スケルトンの類いとして襲ってくるかと思いきや、そんなこともなく、ただただ不気味なだけである。まあ桃食ってる間は全然気にならなかったのだが。
光景がゲーム的だからだろうか。
動く死体――腐りかけのゾンビやらは、映画じみていたし、この光景も、リアルで準備できないこともないんだろうが、肉もすべて削げ落ち腐る場所ももう無いような白骨は死体の実感がない。
方策として取りうるのは、一、待機、二、動く、の二択か。
こういう場合待機一択――と言いたいところだが、
「来ぬでござるな」
「だな」
正確な時間は分からないが、十分ではきかない時間が過ぎている。
あいつらだって、怒り、ほっとこうぜ、なんて案が出るかもしれないが、しかしマジでほっとこうとはしない、……はずだ。
それが来ないってのはなにかある。
「えーと……」
遠い記憶――奇妙丸として、俺はこのダンジョンに挑んだことがある。
たしかレベル80になったばかりの時期、野良PTに参加した。
当時それなりに有用だった〈製作級〉装備の素材のいくらかがここ(と、フジ)で入手できたからだ。
結果としてそれなりに儲けがでた……はずだ。とりあえず今はそこじゃなくダンジョン内のことだ。
桃を食って、……ワープは、たしか、PT全員が一斉にしたはずだ。
トリガー……トリガーは、PTメンバーの複数人が桃を食うこと。この場合は俺とヒカズが食った。
ああ、でも、たしか……ワープイベントが起きるとき、
「ヒカズ、声、聞いたか?」
「声でござるか?」
「そう、ワープの時。おどろおどろしいの」
「いや、……聞いてござらぬ」
「……そっか」
ゲームの時、イベントの流れはこうだ。
イベント時に合流する古来種――ヘーティルから事前に聞いていた作戦通りに、冥界の食い物つまり桃を食って、それが故に一時的にプレイヤーは『冥界の者』となり、女王のもとに呼びつけられる。
その際、……うろ覚えだが、「きたれ死すべき生者、死なずに黄泉へと踏み込んだ粗忽者どもめ」……なんて言葉が聞こえてくる。
女王の元へと呼び出されたプレイヤーは、惨事の無意識な煽りによって超激怒、ヘーティルとともに追いかけられる……という流れである。
そのあとは追いかけられつつ、幾度か途中で戦闘したりして、さっき桃を採取した広間でラストバトル。
惨事野郎は役に立たないし結構面倒なクエストだったはずだ。
PT登録をしてなかった、なんてこともないよな――と、メニューを開いて確認するが、やはり、そんなことはなかった。
うーんむ、と唸り、視線を外しかけたところで、ここ数日全く意識していなかった項目に目が行った。
「――念話あるじゃねぇか!」
「おお、念話でござるか!」
念話。
ゲーム内の、遠隔ボイスチャットである。
すっかり忘れていたが、こんな機能もそう言えばあった。
登録した相手にしかかけられないという弱点があるが、
「……登録した相手にしか……?」
念話ページを開いてスクロール。
うん、と頷く。
「メンバー登録してるか?」
「しておらぬのでござるか?」
「うん」
「…………さて、ここにいてもどうしようもなさそうでござる、動くといたそう!」
「……お前もか……」
ぼっちの弊害ここに極まれり――フレンドリストに登録するって癖がない。
考えてみれば、リアルの俺のケータイも似たようなもんである。
「向こうからかかってこないってことは、向こうも登録してねぇな、こりゃあ……」
「そうでござろうな」
白骨が散らばる周囲を見やる。
ゾッとしない話ではあるが、死に戻りも視野にいれる必要がある。
さっきまで楽に進めたのは、六人いたからである。
例えば、仮にもう一度〈迎える醜女〉が出てきた場合、ドリコーンでカバーしきれるのは、精々二体まで。それ以上はヒカズの回避力がいかに高くとも被弾するだろう。
平野であればノーダメージも狙える相手だが、本当に地形が悪い。
長期戦になれば、ミスの数も増えるし、MP消費も激しくなる。俺のMPは未だ潤沢だし、しばらくは持つが、ヒカズのMPは持たないだろうし、桃のMP回復効果でもカバーしきれないだろう。
可能な限り戦闘は回避する必要がある。
となると、二人乗りが出来ない――いや、リアル化した今なら出来ないこともなさそうだが、ドリコーンは微妙か。
んー、と手持ち召喚生物を脳内でリストアップするも、地下でマトモに戦えそうなのはいない。
仕方ない。と、諦めた。
ドリコーンに跨がり、方向を見定める。
――死に戻りも、視野にいれつつ。
無為に終わることだけは、なしにしよう。
「ヒカズ。敵の少ない方向に、行こうか」
「ふむ? ……奇妙丸殿のような特技を――否、そう言うことにござるか」
ヒカズも理解したのか、柄に手をかけ、位置を調整し、草鞋の具合を確かめ始めた。
方向は奥側――下がって行く方。
ここまで来たら、目的は達成する。
「黄泉の女王様に、謁見しに行こうじゃねえの」
ボス前は、敵が少ないのがお約束である。
●
幸いにして、と言うべきなのか――あるいは、誘い込まれているのか、雑魚敵にエンカウントすることもなく、俺たちは最深部に到達した。
ドリコーンから下馬して、周囲を観察する。
岩室であることは変わりないが、鬼火じみた灯りがあり、部屋の中央には、祭壇じみて数段高くなった場所がある。
その周囲には醜女――〈奉げる醜女〉、女王の取り巻きになる強化醜女――が、四体跪いている。
そして祭壇の中央には白い――白骨でできた玉座があり、その後ろには壁はなく、代わりに蒼白い渦がある。魂の流れか、と直感的に理解しつつ、玉座に座る女性を見る。
数体の醜女に傅かれる彼女は、着物を着崩し、真っ白な――アルビノのように色素がないのではなく、単純に血の巡りがないような――肌をさらしている。
着物の柄は毒々しい紫。そして、三メートルはありそうな黒髪を体に巻き付けている。
わずかに見える腕や肩口には骨が浮き、皮下脂肪なんてのがほとんどついていないのだろうと分かる。
肌の色と合わせて、病を得ればすぐに死にそうであるし、死にそうな病からなんとか回復したばかり、にも見える。
儚くもどこか奇妙な艶もあり、廃墟じみた……退廃的な美しさのある美人である。
半分伏せたような目は視線をこちらに向けているが、虚空を見るようだ。
しどけない――はしたない、と言えるような姿勢なのだが、性欲が動かないのは、さて、相手が人外の類いだからか、その危うすぎる美貌のためか、あるいは俺が体に引っ張られているからか。
最後のだけはごめんだが、ともあれ。
「黄泉の女王……様、か?」
「……さようぞ、〈冒険者〉」
「ええと……お初にお目にかかる、シャル=ロックです」
「金ヶ崎ヒカズござる」
自己紹介だけして、ヒカズは下がる。
おい、と視線を送ると、任せたでござる。と一礼が返ってきた。
まあこいつに任せたら、ゲーム時代と同様の――ヘーティルと同じように煽りだしそうな気もするので、良しとしよう。
……しかし。どう話を切り出したものか。
幾つか候補はあったが、最も気になるところから話を始める――切り込む、ってほど鋭くはないが。
「俺たちを……呼んだのは、何故でしょうか?」
そう、俺たちは呼ばれた。
そして、後続は呼ばれていない。俺とヒカズが特別な部分は桃を食ったことだけで、仮に別のやつが食ってたらそいつが呼ばれたことだろう。
そこになにか意味があるはずだ。
……まあ、まさか、分断して少しずつ倒そうとしてるとは思いたくない。こうして話ができる以上、害意があるわけではない――少なくとも今すぐのそれはない、と思いたい。
勿論、怒らせたらヘーティルみたいに襲いかかられるだろうが。商売じゃねえが、誠意を見せることが重要だろう。
「……あやつの気配が消えた」
「……あやつ?」
質問には独白のような言葉が返ってきた。
少し躊躇いつつ、おうむ返しする。
思い当たるところはあるのだが、その名を口にしていいものか。
幸いにして、女王は眉をフラットにしたまま、言い直してくれた。
「ヘーティル、よ」
「ああ、ヘーティル……さん、ですか」
余りにも平坦な声――動揺しつつも、頷く。
迷った末にさん付けにしたが、どうやら感に触れることはなかったらしい。
地雷原でも歩いてる気分になりつつ、言葉を続けた。
「彼は、……数日前から、眠りについているようです……他の〈古来種〉たちと同じく。なぜ眠っているのかは、分かりませんが」
又聞き情報を言うと、ほう、と女王は僅かに口端を歪め、
「それは重畳……く、ふふ。そうか、そうであったか。――〈冒険者〉よ、聞け」
「は、はあ」
なんか厄介事の気配がビンビン来ている。
勘はあまり鋭い方じゃないが、分かる。女王様、すげぇ悪そうな顔をしてる。
「ヘーティルを、殺してこい」
「…………っ」
ほらやっぱりー! と叫ばなかった俺を俺は誉めたい。
……〈冒険者〉なら、『一回休み』で済む。〈大神殿〉で復活するだけだ。
だが、〈古来種〉は、どうだろうか。
イベントで元々〈古来種〉だった亡霊と戦うこともある――死ぬ。と、考えるべきだろう。
それは。ちょっと、嫌だ。
殴られたら殴り返すことは吝かではない。
人が殴られているのを見たら殴ってでも止める。
人が殺されそうになっていたら、かなりキツい止め方をするだろう。
理由があれば暴力を振るえる――のが、俺である。
だが、殺人は、嫌だ。
だってそれは、暴力を越えている――なんて言えばいいのか分からないが、取り返しがつくことはできても、それは取り返しがつかない。
……と、そこまで思考して、それをどう言おうかと一瞬だけ迷った。
その反応だけで十分だったのだろう。
女王は着物を引き上げながら立ち上がった。
「囀りがにぶるゆえ。頼んで、聞いてもらおうかと思うておったが」
言葉に、ヒカズが鯉口を切る。
思い切りよすぎであるが、正直その判断は間違ってないと思う。
理解してしまった。
こいつ、俺たちを、殺す気らしい。
「千の死のひとつとなれ」
――祭壇がほどける。
岩のように見えていたそれは、複雑に絡み合ったミイラだった。
ミイラの群れはその絡み方を変え、御輿のようになり。御輿は、四体の醜女に担がれた。
……そうだそうだ。思い出した。こんなイベントだったな、これ。
「ヒカズ、乗れッ!」
「否!」
ドリコーンに飛び乗りながら叫んだが、ヒカズは同じく叫びで否定してきた。
その左手はちょいちょいと動いている、と思っていたら、その足元で光が発生した。
先程まで草鞋だった足元が、高い一本下駄になっている。
そして、
「Gruuuuu」
その頭から、耳がはえてきた。
〈狼牙族〉――その種族特性。設定上、感情が高ぶると狼の気質を発現するというもので、ゲーム的に言えば移動力や攻撃速度の上昇がかかるものだ。
「そうそう引けはとらぬでござる」
「へえ」
一本下駄は、速度バフでもある着替えか。
ドリコーンの最高速度はそう早くもないので、足並みも揃うだろうか。
「その身、真に不死なるものへと変えてくれる……!」
「やなこった、――ばばあ」
瞬間、醜女が発進した。
俺たちは振り返り、背を見せて駆け出す。
「……って、うっおわ」
入り口を塞ぐように、ぞろり、と白骨が沸き上がっていた。
ヒカズに声をかける。
「攻撃待て!」
〈輝ける魔道の杖〉を抜刀、光刃を発動。今回は急ぎなので無言で意思発動である。
光刃を巨大化させ、――行けるか、と思いながら、片手一本に持ち替える。
「〈輝ける――魔昇気〉ッ!」
普段は緩く弧を描く振り抜きの軌道。だが、今回ばかりは、鋭く振り上げ、振り下ろした。
飛んだ光刃は、『A』のような形で白骨たちの正面に激突し、吹き上がる魔力と化す。
着弾した光刃は白骨から吹き上がり連鎖的に被害す。
中央から割り開く。ゲーム時代にはあり得ない多段ヒット。
白い白い白骨は、眩しく白く染め上げられ、光の中で虹の泡に還っていく。
アレで成仏したかは知らないが、ともあれ道は開いた。
その間も進んでいた俺たちは、虹色の踊る入り口を抜け、通路に入る。
「名付けて〈輝ける魔壊煌〉――」
何て言ってる間に背後から左右から上下からボコボコと音。
「これは――死体が復活してござるな!」
「見りゃあ分かる!」
手綱を操り細かく距離を開け、槍のリーチを持つ杖を振るい伸びてくる手を切り払う。ヒカズも鞘で殴り一閃で切り飛ばし、遅れたと思った瞬間には突撃系の特技で追いついてくる。
女王が追いかけてくる速度は、そう早くない。
担ぎ上げられてえっさえっさと運ばれてくるのだ。
取り巻きには、桃をぶつければスタンさせることもできる。
彼女が追い付いてくるのは、こうして復活するゾンビどもに足止めをさせるからだ。
〈魔昇気〉の規制時間はそう長くないが、しかし連発できるほどでもない。
前方――壁のように組み上がる骨の壁は、さて、どうしたものか。
突破にかけるしかないところだが――
「――燃えてきたぜ」
俺の機動力とは、逃げるためだけにあるわけではない。
カイティングと同時に、隙を見計らってのヒットアンドアウェイもするし。
モーションを封じるため、突撃して雑魚どもを割り開くこともある。
そしてユニコーンとドリコーンは、突撃に向いた召喚生物でもあるのだ。
「ヒカズ、突破する! 乗れ!」
「承知!」
並走し、モーションに入る。
この技は、一切敵を倒せない。これは不殺の業。
構え、宣言する。
「〈神武不殺〉」
刃を持たぬ、杖という武器の真髄。
命までは取らぬ、制圧の業――ゲーム的に言えば、一定時間、トドメをさせなくなるかわりに〈杖使い〉の特技が強化され、クリティカル率が大幅に上がり、また、HPを一にした敵は強制的にスタンとなる効果の自己バフだ。
まあ、この杖、光の、とは言え刃があるが。あと、既に相手は死んでいるが。さらに言えば、これでトドメをさせなくとも、仲間がトドメをさすもんだが。殺さないったら殺さないのである。
モーション終了を見て、ヒカズが背後に乗る。
「ドリコーン!」
ぶるるとドリコーンは意思に応え、その角を輝かせる。
嘶きと共に、周囲から土くれが集まり、角を巨大化させていく。
その名通り、ドリルのように。土属性魔法の応用、である。
「〈螺旋角突進〉――」
そして、
「――〈神武・旋空〉!」
強化された〈杖使い〉の特技、〈旋空〉も同時に発動させる。
頭上で振り回す杖は波動を纏い、竜巻となって、周囲の壁となっていない白骨を死体を亡霊を散らす。
ドリコーンの突撃を遮るものはない。
ぶるる! と力強く嘶いて、――ぶち抜いた。
「ヒャッハー!」
積み木に蹴りを入れたがごとく、白骨がカポーンとすっ飛んでいく。
ヒャハハー叫びながら駆ける。
もう目の前を遮るものはない。復活するアンデッドどもを踏みつけ踏み越え、女王の力の及ぶ復活範囲を抜ける。
ドリコーンに拍車をかけ、ひたすらダッシュ。
そして『呼ばれた』広場に出て、そして、
「――わあ」
「おお」
こんなんもあったなー、と、妙に冷静になる。
そこにいるのは、醜女である。
――ここにいる醜女は四種。
比較的浅い階層に出現する、物理型の〈迎える醜女〉。
まだ今回は会っていないが、魔法型の〈唱える醜女〉。
近衛兵とでも言うべき女王の取り巻き〈捧げる醜女〉。
そして最後。一際巨大な体躯をほこる〈妨げる醜女〉。
身長は五メートルにも届こうか。耐久力は群を抜く。
そんなのが四体ほど、広間の出口を守るように立ち塞がっている。
……時間制限さえなければ、俺ソロでも倒すのは容易い。だが、
「やるしかないでござるな」
「だな」
……できればヒカズは温存しておきたかった。
攻撃力が高いのもあるが、最大MPが低いってのに、湯水のごとくMPを使う――継戦能力が低いためだ。
まあ、今こそ奥の手の切り時、だろう。
このペースで行けば、早晩枯渇するだろうが、
「ちょい任せた、ヒカズ」
「任されてござる――お頼み申す」
ヒカズは一本下駄で斬り込みに行く。
ドリコーンに、
「逃げ回れ、たまにヒカズ回復」
と指示を出し、それに近づいていく。
――〈オオカムツミ〉の木。
ゲームデザイン上何ヵ所かにあるそれは、MP回復効果も持つ。
手早く登って、ひたすら桃を採取する。
……足音が、残響として聞こえてくる。
死体の行進は、どれだけ砕かれようと止まらない。
死が、すぐそこにある。
「――居合・〈達磨落し〉……終わりにござるよ、シャル殿!」
「あいよっ!」
最後に手に取った桃をかじる。
MPが回復する実感が心地よい、端的に言えば超美味い。だが、楽しんでもいられないのだ。
「くそ、出たらめっちゃ食う! 食いまくってやる!」
「うむ、その意気にござるよ!」
ドリコーンに跨がり、再度――駆け出そうとしたところで。
白いものが、広間の入り口から飛んできた。
白骨――その頭蓋骨だ。
しかし、方向が全く違う。俺たちの方向を狙っていない。
追いつかれたか、と焦り、入り口を見た瞬間、思わず、え、と声が出た。
白骨――頭蓋骨、尺骨、大腿骨、肋骨、およそ人の身体を構成する骨が、多量に、だ。
醜女がその強力で、白骨が投石器のように、投げつけている。
飛んだ白骨は、見る先で、再度骨の壁になっていく。
「なっ……!」
「不抜・〈縮地〉!」
一瞬思考停止した俺を置いて、ヒカズが駆ける。
「ついて参られよ、シャル殿!」
「――っ、おう!」
そうこうしている間にも、骨の壁は強固になり、その周囲には白骨の防衛陣が組まれていく。
果断、と感想を抱く。
しかし、
「ヒカズ、MPは!?」
「切り抜け優先にござ、」
と、叫んだ瞬間だ。
ヒカズの周囲に、も、と醜女が沸いた。
四体。四方を囲むようにあらわれたそれは、一斉にヒカズを殴り付ける。
「うおっ……!?」
カウンターの抜刀、抜刀。追い付いた俺も攻撃に参加するも、周囲のリポップ速度が早すぎる。
「神武――くそ、ダメか! 終わった……!」
〈神武不殺〉の効果も切れた。
この状態で、
「――逃がさぬぞ」
女王と戦うのは、まずい……!
「邪魔しねぇから今すぐ許せよ」
「ならば命に従うがよい、醜女に取り立ててやってもよいぞ?」
「吐き気がするぜ。死体以上に臭うんだよ、おばはん――願い下げだ」
それでも、それは譲らない。
嫌なものは嫌だ。今生きるための方便としてそれを使うと、心の芯が、曲がる気がする。
「――そうかえ」
女王が、笑顔でいう。
「死ね」
と、言葉が聞こえた。
瞬間――鼓動が止まった。
「かっ、は……!?」
ドリコーンから落馬する。
胸が致命的に痛い。
頭や背中を打ち付けたのに、そんなのがどうでもよくなるくらい痛い。
意識が消失しはじめる。
――最期に見えたのは、崩落する天井だった。
→5/9(3)
●〈宿痾の胸鎧〉
魔法職専用という珍しい金属防具。〈製作級〉。
とあるソロ専用クエストをクリアすることで生産が可能になる。
その辺の〈守護戦士〉用鎧並みの防御力があるが、魔力がダダ下がりするため使いにくい。
ただし物理攻撃力は下がらないので、物理巫女や前衛サマナーが装備することもなくはない。
まあ、攻撃力が上がるわけでもないので、それなら別のを装備する、のが普通の人。
シャルは魔法攻撃を完全に捨てているのでデメリットなしに物理防御力を補強している。
宿痾とは、『前々からかかっていて直らない病気byweblio辞書』。
ネットゲームでもコミュニケーション障害をわずらったままの人間はいるものである。




