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隊長さんちのわんこ《ミシェル》  作者: 芳賀さこ
第七章 怪しまれる同居人
78/103

その10

今回はクリス目線です。

「ミシェルの誕生日は11月11日だ」


 警衛隊の待機室へ向かう廊下で、半歩先を行く隊長が振り向いてそう言った。突然降ってきた言葉に、俺は意味が分からず瞬きを数回すると


「この前、ミシェルに誕生日を聞いただろう?」

「あ、はい」

 

 この二人は、常に情報を共有しているらしく筒抜けだ。俺としてはちょっと面白くないが、取り敢えず「ありがとうございます」と礼を述べた。だからというわけではないけど、ついつい棘のある言い方になる。


「隊長はミシェルちゃんのことを何でも知ってるんですね」

「なんでもというわけではない」


 姪だし一緒に住んでいるから当然と言えば当然だけど、やっぱり気になる。たとえば彼女の少女時代とか好きな男のタイプとか……、もう少し探りを入れてみよう。


「小さい頃はどんな女の子でしたか?」


 すると、隊長はなにか言いたげな顔で俺を見た。沈黙が続いたので、ありきたりな質問だと思ったけど魂胆が見え見えだったかと肝を冷やした。

 

「今と大して変わらん」

「じゃあ、昔も可愛かったんですね」

「ああ」


 あっさり認める正直さと伯父バカぶりに呆れる。もっと聞き出したいけど質問を拒絶するオーラに、ここは大人しく引き下がった方が利口だ。なにせ、隊長に突っこめるのは怪物じみたモーガン軍曹だけである。もっとも一方的に彼が絡んでいるだけだけど。

 ふと思いついたけど、古い友人的なモーガン軍曹はミシェルちゃんの存在を知っていたのだろうか。


 待機室へ戻った俺は、ソファーでふんぞり返って座るモーガン軍曹を見つけて近寄った。


「モーガン軍曹、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」


 階級は俺が上なのに、年齢と威圧感でいつも敬語になってしまう。


「なんだ? 金ならないぞ」

「お金は俺も困ってません。モーガン軍曹は隊長とは付き合い長いですよね?」

「まあな」

「ミシェルちゃんと会ったことありますか?」


 モーガン軍曹はいかつい顔を顰めた。


「なんでそんなこと聞くんだ?」

「別に深い意味はないですけど」

「お前さんもご存知の通り、俺とあいつはそんなに仲良しじゃない。よって、プライベートを知ろうとも思わん」

 

 あのコールダー大尉を『あいつ』呼ばれするなんて、やっぱりこの人は怪物だ。


「気になるのか?」

「え?」


 モーガン軍曹は、大きな顎を撫でながら意地悪い笑みを浮かべている。


「そりゃそうだよな。お嬢ちゃんにはもれなくコールダー隊長が付いてくるからなあ」

「お、俺は別に!!」


 と否定しつつ、自分でも自覚するほど顔が火照って熱かった。狼狽える俺を、腕組みをしてこちらを見やる。


「フェリックス・コールダー、確かに強敵だ。俺の唯一のライバルでもあるな」


 この怪物に『ライバル』と謂わしめる隊長って一体……。でも、犬が好きという意外な一面もあるから話せばわかってくれると思う。多分……。


 犬と言えば、ミシェルちゃんがドッグカフェでアルバイトを始めた。子どもの頃に犬に追い掛けられて苦手なんだけど、彼女のために友人から犬を借りてまで様子を見に行った。

 長い栗色の髪を一つにまとめて接客するミシェルちゃんが可愛い。営業スマイル以上の笑顔はきっと俺だけのものだ。

 幸せな気持ちに浸っていると、誰かが脇をつついてくる。どうせモーガン軍曹だろうから無視しておこう。


「……少尉、オレガレン少尉!!」


 次第に大きくなる呼び声に一瞬にして現実に引き戻された。辺りを見回すと、隊長が隣に立っていた。慌てて敬礼する俺を、モーガン軍曹は「俺は教えてやったからな」と肩を竦めている。


「オレガレン少尉、行くぞ」

「へ? どこへ?」


 などと、命知らずの質問はしない。そう、たとえ行き先を思い出さなくてもだ。隊長付きという肩書はダテじゃない。素早く頭の中にあるスケジュール表を引っ張り出すと、必要な書類をまとめて小脇に抱えた。


 昼近くの廊下ではあちらこちらで軍人が歩いているけど、隊長の姿を見たとたん皆道を開けて敬礼する。隊長なので当然の行為だけど、ほかの士官とは雰囲気が違う。敬うというより慄いてる? そんな感じだ。女性の軍人は、すてきな隊長様を一目でも見たいが怖くて直視できないジレンマでそっと窺っている。

 

「隊長、モテますね。この色男、ヒューヒュー」


 こんなことを一言でもほざいたら、俺は軍から籍を抹消されるだろうなあ。それにしても、過去に女性遍歴は結構派手だったらしいけど恋人はいないみたいだ。今はミシェルちゃんがいるから、女性は連れ込まれないだろうけど。

 ん? 待てよ。

 いくら親戚とはいえ、妙齢な二人が同じ屋根の下に住んで大丈夫なのだろうか。片やスタイルも顔もいいミシェルちゃんで、片や体力精力ともにありそうな三十路の男。

 

《あの二人、どう思う?》

《本当に姪なのかしら?》


 ここでまた小悪魔リゼットの呪文が蘇った。もし、あの二人が血縁関係じゃなかったら……。


「私の女になるか?」

「はい、たいちょーさん♡」

「お前を抱きたい」

「はい、たいちょーさん♡」


「うわぁ―――――っっっ!! ダメだぁ――――っっっ!!」


 いくらなんでも、ミシェルちゃんはそんな女の子じゃない!! そりゃ、隊長の言うことは何でも聞くけどこの愛は間違っている!! 

 髪を掻きむしり頭を激しく振って妄想を追い出した。

 ふと、周りの異様な空気に恐る恐る顔を上げると、隊長を始めその場にいる全員が固まっている。

 あれ? ひょっとしてやらかした……?

 どうやら、絶叫したのは現実世界だったらしい。


「可哀そうに。よほど追い込まれているんだな」

「やっぱりこき使われているのか」


 このままじゃ隊長の評判がまた悪くなる。ひそひそと聞こえる同情の声に慌てた。


「違うんだって!! ちょっと考え事をしてたんだ!!」


 俺の肩にポンと手が置かれた。険しい表情の隊長だ。


「休暇をやる。少し休め」

「平気です!! だから、そばにいさせて下さい!!」

「私のことは気にするな。だから心置きなく……」

「俺のこと、嫌いになったんですか!?」

「ならんからその手を離せ」


 敬愛する隊長に嫌われたら、これからの軍人生活をどう生きていけばいいのだろうか。俺は皆の残念な視線もお構いなしで必死にすがった。



「はあ……」


 散々な一日がようやく終わり、ため息をつきながら宿舎へと向かう。あのあと、隊長をどうにか説得して休暇の件は取り消してもらった。

 こんな沈んだ気持ちを癒してくれるのは、やっぱりミシェルちゃんの笑顔だ。どこへ行けば会えるだろうか。ドッグカフェ? 市場? 彼女の自宅はリゼットがいるので避けたい。彼女は携帯電話を持っていないので連絡の取りようがないから困る。

 もし、携帯電話を持ったら一番目の登録は俺にしてもらおう。いや、どう考えても隊長が先だから二番目か。モーガン軍曹だけは絶対負けたくない。


 取り敢えずドッグカフェへ行くことにした。窓から覗いていなければまた別の場所を探せばいい。『Dole cane』の前まで来てそっと店内の様子を窺うと、ミシェルちゃんが気付いて小さく手を振ってくれた。外へ出てきた彼女がにこりと笑う。


「中へどうぞ。新作のカップケーキがありますよ」


 ミシェルちゃんの声はカップケーキより甘く俺の鼓膜を刺激した。




 

 




 




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