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隊長さんちのわんこ《ミシェル》  作者: 芳賀さこ
第七章 怪しまれる同居人
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その1

 フェリックスは黙って待っているが、ミシェルは「あの、その……」と歯切れが悪い。

 以前も似たようなことがあった。ついでに、年頃の娘は秘密の一つや二つ持っているとマシューが言っていたのも思い出した。


 人間と関わって世界も広がり、他人に話せない秘密くらいあるだろう。

 だからこそ、自分だけには打ち明けて欲しい。ミシェルが犬という非現実的日常を受け入れているのだから、どんな告白されても今さら驚きはしない。

 そんなフェリックスの気持ちを知る由もなく、彼女は俯いて固まっている。

 時期尚早だったか。

 フェリックスはベッドから立ち上がると、ミシェルは怒らせたかと慌てた様子で引き留めた。


「たいちょーさん!!」

「気持ちの整理がついたらまた話そう。今夜は遅いから寝なさい」


 怒っていない証拠に、慣れない笑顔を見せて彼女の部屋を出る。パタンとドアが閉まると、ミシェルは大きなため息をついた。

 また言えなかった……。

 せっかくの機会を逃した意気地のなさに、ミシェルは肩を落としてベッドへ潜りこんだ。



 あれから数日経ってなお、ミシェルはバイトと家事の掛け持ちで忙しい。

 

「リゼットさん、買い物行ってきますね。遅くなったらお昼ご飯、お先にどうぞ」


 きまって朝九時四十分に家を出るミシェルを、リゼットは呆れつつソファーから見送る。

 あれでバレてないつもり? 次はどんな言い訳かしら。

 ある時は買い物、ある時は奉仕作業、様々な言い訳もそろそろネタも尽きる頃だ。ミシェルのバイトは数回にわたる偵察で確認済みだが、当人は周囲にばれていないと思い込んでいる。

 

 フェリックスは気付いているのだろうか、ふと疑問が湧いた。それこそ警衛隊長の彼が、この程度の嘘を見抜けないとは思えない。

 リゼットにとっては、ミシェルのバイト事情などどうでもよかった。この件で二人の関係がこじれてくれれば、こちらにもチャンスがあるというものだ。

 


 ミシェルの秘密。

 フェリックスは、待機室にある自分のデスクでこればかり考えていた。というのも、部下達の会話が耳に入ったからである。その内容は娘を持つ父親の悩みだった。反抗期だの思春期だの、特に男親には理解に苦しむ言動ばかりだという。

 ミシェルには縁がないが、リゼットを見ていたら頷ける。


「やっと落ち着いたかと思ったら、今度は『彼氏に会ってくれる?』だってよ」

「そりゃたまらんなあ」


 娘が幼い者は気楽に笑っているが、『明日は我が身』の該当者は苦い顔だ。そして、フェリックスも同じ心境である。

 まさか、ミシェルに男がいる!? 

 かつて『アラン』という男子高生が、ミシェルに好意を抱いてひと騒動あった記憶が蘇る。

 最近、夕食の支度も手間取っているようだし、誰かと秘かに会っているのか。

 いくら頭で否定しても、胸のざわつきは治まらない。たまたま前を通りかかったクリスを呼び止めた。

 

「なにか?」

「ミシェルなんだが」


 彼女の名前が出るとクリスの顔が引きつり、これまでの言動で粗相がないことを祈った。


「変わった様子はないか?」

「は?」

「一緒にいたら気づかないこともある。オレガレン少尉なら、些細な変化も見逃さないと思ったんだが」


 些細な変化ってなんだろう? 髪を切った? それはないか。

 しばらく考えて目立った変化はないと告げた。持ち場へ戻るよう指示すると、首を傾げながら去るクリスがいきなり血相を変えて走ってきた。


「まさか、ミシェルちゃんに男が……」

 

 フェリックスが上目遣いで制すると、今度は声を潜めて尋ねる。


「ミシェルちゃん、男ができたんですか?」

「私が聞いているのだが?」

「バイトしてれば、いつかはこうなると思ってました」


 突然現れた単語に、フェリックスは驚いて目の前の部下を見やった。


「待て。なんの話だ」

「ドッグカフェでバイトしているんですが、てっきり隊長公認かと……」

 

 まさに『寝耳に水』とはこのことで、唖然とする隊長に説明を続ける。


「なんでも犬の気持ちが分かるとかで、ミシェルちゃんはそこのカリスマ店員だそうです」


 このくだりで、フェリックスの片眉がピクリと動いた。隊長付で一年以上そばにいるクリスは、本能的にやばいと感じてさりげなく距離を取る。

 フェリックスには色恋沙汰より、もはやバイトの方がショックが大きかった。しかも、内緒にするほど家計は切迫した事態なのか。リゼットという食い扶持が増えてやむを得なかったに違いない。


 このあと、フェリックスは任務は黙々とこなすものの、半分抜け殻状態だった。

 



 帰宅したフェリックスを出迎えたのは、満面な笑みのリゼットと浮かない笑顔のミシェルだった。


「お帰りなさい。今日の料理はわたしが作ったのよ」


 ここに来て初めて料理をしたから、明日の天気は大丈夫だろうか。


「お疲れ……ですか?」


 フェリックスは、おずおずと訊くミシェルを一瞥した。

 疲れているのはお前の方じゃないのか?

 喉の先まで出かかった台詞を飲みこんで、自室へ入っていく。ベッドにはきちんと畳んだ服が置いてあり、悟られまいときっちり家事もこなすあたりが健気だ。


 

 夕食はクリームシチューだった。リゼットは野菜を切っただけで、市販のルーを鍋に入れて煮込むだけの作業である。


「美味しいでしょ? わたしが本気を出せばこんなものよ」


 たかが野菜を切ったくらいで、シェフ気取りの彼女に突っこむ気力もない。


「お前ももっと料理をした方がいい」

「それって、遠回しのプロポーズ?」


 リゼットに料理を任せたら、材料費にいくらかかるか分からない。失敗したらミシェルの負担が増える一方だ。


「前言撤回だ。しなくていい」

「フェリ様は恥ずかしがり屋さんなんだから」


 フェリックスが仏頂面でクリームシチューを食べる様子を、リゼットは嬉しそうに眺めている。それを見ていたミシェルは、本音を言い合う二人が羨ましいと感じた。

 今のミシェルは、心の中に疚しい気持ちがあるのでどこかぎこちない。


「ミシェル」

「あ、はい!!」


 不意に呼ばれて勢いよく返事をした。全てを見透かすダークグリーンの瞳に、ミシェルは思わず目を逸らす。


「明日は遅くなるかもしれん」

「遅いってどのくらい?」


 ミシェルの代わりにリゼットが質問すると、「わからない」と答えた。


「先に休んでなさい」

「はーい」


 ミシェルもこくりと頷いて食事を終える。




 次の日も、ミシェルはドッグカフェでバイトに来ていた。今日は夕方に誕生パーティーの予約があるので準備に忙しい。

 ちょうどその時間に帰るミシェルは後ろ髪を引かれた。リゼットはまた友人の家に泊まるし、フェリックスは帰りが遅い。


「モニカさん。わたし、もう少しお手伝いします」


 モニカはケーキの生地を作る手を止めた。


「でも、隊長さんが待ってるんじゃない?」

「今日は帰りが遅いそうです。リゼットさんもお泊りなので大丈夫です」

「ほんと!? 助かるわ!!」


 二人は急ピッチで準備を進めていると、『本日貸切』の貼り紙に気づかなかったのか来店を知らせるチャイムが鳴った。

 そして店内へ入ってくる客に、青い顔で固まるミシェル。


「たいちょーさん……!?」

 

 立っていたのは、軍服のフェリックスだった。


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