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隊長さんちのわんこ《ミシェル》  作者: 芳賀さこ
第六章 大いに悩む同居人
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その2

 フェリックスが一日ぶりにわが家へ帰ると、そこにはマシュー、リゼットと騒々しい面子が揃っていた。


「なぜ、お前達がここにいる?」

「わたしは婚約者だもの。当然ですわ」

「俺はミシェルに招待されたぞ」


 文句の一つでも言おうとしたが、隣にミシェルが来たので飲みこんだ。以前、部下達と食事をして「みんなで食べたら楽しかった」と彼女が嬉しそうだったのを思い出したのだ。

 リゼットのことで気苦労も絶えないだろうから、ミシェルのささやかなわがままを聞いてやろう。


「オレガレン少尉も呼んでやれ」

「そうだな。仲間外れにしたらあとが面倒臭い」


 マシューは、胸ポケットから携帯電話を取り出して操作する。


「お疲れのところ、ごめんなさい」


 ミシェルが謝ると、フェリックスは頭を撫でた。


「隊長様、わたしには?」


 なに言ってるんだ!? そんな目で彼女を見下ろした。


「その呼び方はやめろ」


 部隊でも家でも「隊長」の肩書きでは心休まる暇がない。


「ミシェルだって呼んでるわ」


 思わぬ反撃に、フェリックスが視線を移すとミシェルは悲しげな表情だ。


「『たいちょーさん』って呼ばれるのは嫌だったんですね」

「別に嫌ではない」

「本当のことをおっしゃって下さい。わたしは気にしませんから」

「だから……」

「わたしはダメで、どうしてミシェルはいいのよ!?」


 リゼットが口を挟んだせいで、事態は余計ややこしい方向へ流れる。

 

「少し黙ってろ。今はミシェルと話している」


 はい、そうですかと大人しく引き下がるお嬢様ではなかった。大きな目を吊り上げてフェリックスの腕に掴みかかる。


「このオジサンだって『隊長殿』とか言ってるじゃない!!」


 とんだ流れ弾に、マシューが肩を竦めた。


「こいつは俺の隊長だから仕方ないだろう」


 上官を『こいつ』呼ばわれする時点で説得力がない。それはリゼットに充分伝わったらしく見事にスルーされた。


「だったら、なんて呼べばいいの!? ハニー? ダーリン?」

「どっちも却下だ!!」


 フェリックスが吐き捨てると、ミシェルがいつもの癖で、「たいちょーさん」と言いかけて口をつぐんだ。


「お前は今まで通りでいい」

「ねえねえ、わたしは!?」


 リゼットの甲高い声が耳元で響き、フェリックスは顔をしかめる。

 これだから、女は面倒だ。

 過去の交際相手にこんなタイプがいたのを思い出しげんなりした。部下に協力要請の目配せをしたが、首を左右に振って拒否される。


「リゼットさんに申し訳ないので、やっぱりわたしも……」

「そうよ。ここは平等に扱うべきよ!!」


 家事も全部ミシェルに押しつけて、なにが平等だ。

 ビシッと言えばリゼットも考えを改めるるかもしれないが、またミシェルが変に気を回すのは分かりきっている。

 人がいいのか、いや犬か。などと、暢気に思っていると、リゼットが爆弾を落とした。


「フェリ様♡」

「ぶはっ」


 華美な呼び名に、マシューがたまらず吹き出した。


「まるで王子様みてえだな、コールダー隊長。ぶははは」


 随分がらの悪い王子様だと、笑いが止まらない。憮然とするフェリックスには悪いが、ミシェルはちょっびり羨ましかった。

 フェリ様か……、いいなあ。わたしも呼んでみたいなあ。


「ダーリンかフェリ様、どちらにする?」


 どちらもご免被りたいフェリックスはますます不機嫌だが、リゼットはそんな彼にお構いなしで一歩も引かない。

 不穏な空気がリビングに漂いかけたその時、不意にカーテンが風で大きく靡いた。窓際にいたマシューの顔面を直撃して、これが思いの外痛かった。


「皆さん、お待たせしました!!」


 クリスがリビングに躍り出たが、殺伐とした雰囲気ににこやかな笑顔が引きつる。突然庭から登場するサプライズは見事すべり、三人の冷ややかな視線を一斉に浴びた。


「や、やだなあ。皆さん怖い顔して、どうしたんですか?」


 クリスがたじろいでいると、リゼットと目が合う。


「ねえ、そこの人」

「俺?」

「ほかに誰がいるのよ!! 聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「フェリ様とダーリン、?あなたはどちらがよくて?」

「は?」


 状況のわからないクリスが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「いい加減にしろ」


 怒鳴る上官とにじり寄る女性、答え次第でどちらも呪いそうな目力である。

 神様、俺なにか悪いことしましたか? みんなに楽しんでもらおうと思っただけなのに……。

 クリスが返事に困っていると、ミシェルが動いた。


「リゼットさん、一緒にお料理作りましょう」と、彼女の腕を取りキッチンへ引っ張る。


「ちょっと!! 今、大事な……」

「たいちょーさん、お腹が空いていると思います。リゼットさんの手料理を食べれば、機嫌が良くなるかも知れませんよ」


 こそっと耳打ちすると、リゼットの表情が緩んだ。


「一理あるわね。なにをすればいいの?」

「じゃあ、野菜を洗ってもらえますか?」

「わかったわ」


 ミシェルの機転で二人がキッチンに入ると、ようやくリビングに平和が訪れる。それを見届けて、マシューがソファーに深く体を預けた。


「やれやれ。自分で蒔いた種をミシェルに刈らせるなよ」

「私は蒔いていない」


 フェリックスとマシューの会話に、クリスは首を傾げるばかりだ。

 隊長が花壇に種を蒔いたけど、ミシェルちゃんが間違って摘んでしまった……ってことでいいのか?

 まったくの勘違いである。


 

 いろいろと騒動はあったが、五人は無事食事にありつけた。料理の最終確認はミシェルがしたので間違いはない。

 マシューとクリスが帰る前に食器などを片付けてくれたので、ミシェルはソファーでゆっくり寛げた。

フェリックスも隣に座りコーヒーを飲む。シャワーを浴びたばかりの彼は、濡れた黒髪は艶やかで体からボディソープのいい匂いがした。

 リゼットがシャワーを浴びている、つかの間の二人きりの時間。


「寂しくなかったか?」と訊かれて、ミシェルは頷く。


「リゼットさんと一緒だったから」

「あれでも役に立つんだな」


 意地悪な言い方に、彼女が苦笑した。


「リゼットさんに優しくしてあげてください。たいちょーさんのために頑張っているんですから」

「そんな風に見えんがな」


 またカップに口をつける。窓を開けているので、爽やかな夜風が心地いい。たった一晩なのに、一週間ぶりに会った感覚だ。


「ほかに変わったことは?」


 ミシェルの胸がドクンと脈打つ。リゼットの父親から貰った礼金をはやはり隠してはおけない。


「昨日、リゼットさんからお金を受け取りました」

「父親からの礼金か?」

「はい。生活費として半分だけ頂くことにしました。もちろん、残ったらお返しするつもりです」


 断った自分とリゼットの板挟みで、従順な彼女はさぞ悩んだに違いない。だから、「そうか」と一言だけで責めははしなかった。

 横にいるミシェルをしみじみ見つめる。

 クッションを胸に抱いて蹲る姿は幼かった頃と少し変わった。例えば、長くなった栗色の髪とか大人っぽい横顔。

 彼の視線を目の端で感じたミシェルは身動きできずにいた。口から飛び出しそうな心臓をどうにか抑えたが、その代り犬耳が頭から飛び出てしまう。

 そしてパタパタとこちらへ近づくリゼットの足音に、ミシェルは大いに焦った。



 



 


 



 


  


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