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隊長さんちのわんこ《ミシェル》  作者: 芳賀さこ
第五章 大人初心者の同居人
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その9

 フェリックスが出勤すると、ミシェルとリゼットの二人きりになった。リゼットは相変わらず我が家のように振る舞っていたが、ミシェルはぎくしゃくした空気の中にいた。


『なるべく二人きりになるな。恐らくあれこれと訊いてくるはずだ』


 遅れてきたリゼットの目を盗んで、フェリックスがそう囁いたのを思い出すと頬が熱くなる。耳元で響く低い声と息がくすぐったいやら恥ずかしいやら。

 ミシェルの心臓が早打ちするのを感じると、慌ててアレが出ていないか頭をまさぐり確認した。

 よかった、犬耳はないみたい。リゼットさんに見られたら大変だから気をつけなくっちゃ。

 ほっと一息ついたところに、リゼットの尋問が始まる。


「あなた、何歳?」

「えっと22歳です」


 リゼットの食器を下げる時に訊かれて、フェリックスに言われた通りに答えた。語尾に「多分」と小さく付け加えたのをリゼットは聞いていない。


「ふうん。わたしと一緒ね」


 ミシェルは、曖昧な笑みを返して食器洗いに取り掛かった。


「隊長様と暮らしてどのくらい?」


 首を巡らしてカウンター越しに見るリゼットに、手を止めて指折り数えた。


「半年……でしょうか」

 

 もう、そんなに経つんだ。

 言葉にすると、月日の流れを改めて実感する。


「仕事は?」

「仕事……ですか?」


 打ち合わせにない質問に、ミシェルは瞬きを二回した。あれこれ悩んでいると、リゼットの苛立ちが募りつま先が小刻みにリズムを打つ。


「家事も仕事に入りますか?」

「まあ、入らないこともないけど。……ちょっと待って、洗濯もしているの?」

「はい」

「もちろん、二人別々よね?」

「いいえ。一緒にした方が光熱費もかからないので」


 リゼットが目を剥いてにじり寄ったので、ミシェルはのけ反った。


「あんたねえ、いい加減にしなさいよ!!」


 さっきまでの上品な態度が一転して『あなた』から『あんた』に格下げされて、「ごめんなさい!!」と反射的に謝ってしまった。

 なぜリゼットの怒りを買ったかは謎のままである。


「ちょっとばかり可愛いからって調子乗ってんじゃないわよ」

「そんな!! わたしよりリゼットさんの方がずっと可愛いです」

「当たり前でしょ!!」


 リゼットの蔑むような目つきに、ミシェルの心が折れそうになった。

 たいちょーさん、どう接していいかわかりません!!

 どこまでも自己中心的な彼女に、もはや打つ手なしのミシェルは心の中で助けを呼んだ。

 

 

 

  一方、フェリックスは出勤したその足で作戦部長の元へ向かった。用件はもちろんリゼットのことである。ただでさえ強面なのに、傍若無人な彼女を押しつけられて不機嫌極まりない。


「見合いの話は断ったはずです」

「いやあ、実はだね……」


「実は……」と続く言葉にいいことは一つもない。そして、案の定言い訳じみた説明が始まった。


「彼女の父親が、事業拡大のため地方へ長期出張することになった。しばらく留守にするのだが、一人娘を置いていくわけにもいかんだろう」


 フェリックスの表情がだんだん険しくなるにつれて凄みも増してくる。部長は彼が怒らないうちにと自然と早口になった。


「だったら、彼女も連れていけばいいでしょう?」

「その間、君の元で花嫁修業をしたいと本人たっての希望でな」


 見合いも拒否しているのに、花嫁もあったものではない。軍人でしかも、あの警衛隊長となれば安心だと彼女の両親もすっかり信用しきっている様子だという。


「冗談じゃない。私が皆になんて呼ばれているかご存知ですか?」


 年下の部下に鋭い視線を向けられて、作戦部長はたじろいだ。冷淡で強面な容姿でひと癖ある連中を束ねる『冷血鬼隊長』、それがフェリックスのあだ名である。あまり気に入っていないが、この際有効活用させてもらうとしよう。

 作戦部長は、泳ぐ目でこの場を取り繕うと必死だ。


「君の家には姪がいるそうじゃないか。彼女と同じ年頃らしいから話も合うだろう」

「ええ、まあ。なぜそれを?」


 ミシェルの話題を振られて、フェリックスは歯切れ悪い返事をした。


「君と一緒にいるところを見掛けたんだよ。恋人かと思ったが、あとで姪だとわかってね」


 恋人と間違えたとしたら、女子高生の頃ではなく恐らく現在の姿であろう。だったら、郊外のショッピングモールへ買い物に行った時か。あれだけの買い物客と人目を引く美女だから見つかってもおかしくはない。

 周りの目に彼女はどう映っているのか不安だったが、また成長したミシェルの記憶が上書きされているのは、昨夜のマシュー達の態度で知り得た。

 どういうことだ。こんな出来過ぎた展開を素直に喜ぶべきか。

 突然、ある青年がフェリックスの脳裏に浮かんだ。ミシェルと同じ瞳を持つ金髪のあの青年である。この場面でなぜ彼を思い出したのか疑問だが、今度こそ会えば解決するかもしれない。

 

 しばらく間が空いた。急に黙ってなにやら考えこむフェリックスに不気味ささえ感じる。


「コールダー大尉。君の言い分もわかるが、ここは私の顔を立てると思って引き受けてくれないか?」

「これは命令ですか?」

「いや、個人的な頼みだ」

「なら、断固拒否します」


 これ以上の話し合いを無用と踵を返すフェリックスに、背後から思い掛けない台詞を投げられた。


「君の私生活に干渉する気はないが、事情はあるとしても若い男女が一つ屋根の下にいるのはいらぬ誤解を受ける。それでなくても、君は隊長で部下達の見本となるべく人間だ」


 みなまで言わなくても作戦部長の言いたいことは見当がつく。つまり、二人きりの男女はまずいが、二人の女と一人の男なら問題ないと言っているのだ。これまで数々の浮世を流してきた君なら上手くやっていける、と。

 最後は「よろしく頼むよ」と懇願する有り様だ。お陰で、こちらはリゼットという爆弾を抱えることになった。



 結局大した解決にもならず、フェリックスは深いため息をついて自分の持ち場に戻る。自己中心的なリゼットと従順なミシェル、どう考えてもミシェルに負担がかかるのは明らかだ。こうしている間も無茶な要求に応えているかと思うと気の毒でならない。


「隊長、あの子どうなりましたか?」


 隊長室で頬杖をついて書類を眺めていたら、クリスがそっと訊いてきた。


「しばらくうちで預かることになった」

「ええっ!?」


 至近距離で驚かれて、鼓膜をやられたフェリックスが顔を顰める。


「ミシェルちゃんはなんて?」

「まだ伝えていない」


「隊長、もしですよ」とクリスが神妙な表情で身を乗り出した。


「あの子と結婚したらミシェルちゃんはどうするんですか」

「結婚はせん」

「だから、もしもの話ですよ。あ、そっか。ミシェルちゃんの方が先かも」


 一瞬フェリックスの胸がズキッと痛む。

 ミシェルが結婚!? 有り得んな、あいつは……。

 彼女は、犬というにはあまりにも綺麗になり過ぎた。半年間育ててきた少女が大人になり、いつしか自分の元を離れていく。

 育ててもらったのは私の方かもな。

 精神的に成長したのは彼かも知れない。


「これも『もしも』なんですけど、ミシェルちゃんの相手が軍人だったら隊長は許しますか?」


 鋭い一瞥が物語っているので、クリスはがっくりと肩を落とした。




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