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隊長さんちのわんこ《ミシェル》  作者: 芳賀さこ
第三章 感情に振り回される同居人
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その7

 クッションが効いた椅子に腕組みをする男、フェリックスの眉間のしわが更に深かった。

 隊長室の窓を眺めてため息を一つ。

 原因は各部隊の警衛隊長が集まる定例会議で、しかも遠方であるため二泊三日のホテル滞在となる。毎年この時期と承知していたが、今年はミシェルがいたのですっかり忘れていたのだ。

 脳裏を横切るのは、来たばかりのミシェルが嵐の夜に怯えていたあの夜。あれから、帰れないときは必ず家に立ち寄るようにしている。

 体は高校生くらいでも、独りにしておけない。それに、彼女が一人と知れば寄ってくる男どもも心配だ。


「だったら、ミシェルも連れて行けばよかろう?」


 天の声かと思ったら、ドアに寄り掛かったマシューがいる。


「どこで聞きつけた?」

「何年、お前さんの下にいると思っているんだ?」


 マシューは隊長室にずかずかと入ってくると、勝手にコーヒーを注ぎ始めた。いつものことなので、フェリックスも気にせず自分の分も催促する。


「女連れはまずい」

「女って言っても姪だろ?」

「そうだが、連れて行っても相手してやれない」

「お嬢ちゃんだって大人だ。時間潰しはいくらでも知っている」


 フェリックスは軽く唸って黙り込んでしまった。

 こりゃ、ミシェルがお嫁に行くとなるとひと波乱あるぞ。

 娘でもなく妹でもない彼女を、目に入れても痛くないほど可愛がるフェリックスに盛大なため息をついた。



 

「美味しくなあれ、美味しくなあれ♪」


 夜を迎えて、ミシェルは鼻歌まじりで料理の仕上げに入る。先程、フェリックスからもうすぐ帰宅すると電話があったのだ。よほど遅くならない限りは、部隊を出る前に「かえるコール」をするようにしている。

 玄関のドアが開いたので、コンロの火を止めて出迎えた。


「お帰りなさい!!」

「ただいま」


 あれ? 何かあったのかな?

 ここ数か月ずっと一緒にいたから、少々の感情の乱れも察するというものだ。


「お風呂、湧いてます。先に入りますか?」

「ああ」


 言葉短めに返事して鞄をミシェルに手渡すと、自室へ着替えに行ってしまう。

 結局、定例会議に彼女を連れていくかどうか答えは出なかったので、フェリックスは浴槽に深く沈んで考えを巡らせていた。


 いつもより長めに彼のバスタイムに、ミシェルは酒の肴に手早く一品増やした。少し元気がない時は酒の量も少し多くなる。

 だから、フェリックスが料理の並んだテーブルを見た時口元が緩んだ。

 ミシェルのやつ、感づいたか。


「たいちょーさん、ワインとビールどちらにしますか?」

「どちらに合う?」

「ビールです」

「なら、それにしよう」


 持ってきてくれた缶ビールを開けようとしたら、ミシェルが横取りして彼にグラスを差し出す。


「お前も飲むのか?」

「違います。そのまま飲んでも風情がないのでグラスにどうぞ」


 風情とかどこで覚えたんだか。

 フェリックスが小さなことで悩んでいる間に、ミシェルは確実に成長しているのだ。

 二人「いただきます」と声を揃えて、食事が始まる。急きょ作ったとは思えないほどつまみは美味く、彼女の予想通りビールも進んだ。

 

 一本飲み終えたところで、ミシェルが切り出した。


「たいちょーさん、何かあったんですか?」


「実はな」と言い掛けて、二本目を冷蔵庫へ取りにいく。


「来週、出張が入った」

「しゅっちょー?」

「二、三日家を空ける」


 すると、ミシェルの表情がみるみる沈んでいった。


「……たいちょーさん、お家にいないんですか?」


 ああ、だから言いたくなかったんだ。そんな顔をするのは目に見ていたからな。

 きっと、彼女の脳裏に嵐の夜の出来事が蘇ったのだろう。それは見事なトラウマとなってミシェルの心に傷を作ってしまったようだ。


「わたし、一人で留守番できます!!」


 自分の表情に気付いたのか、わざとらしく明るい声を出す。


「なんてったって、番犬ですから留守はしっかり守りますよ」


 番犬と言っても、今のミシェルは尻尾を巻いてプルプル震えている状態に違いない。

 やはりこんな様子では置いておけんな。


「もし、何かあったらクリスさんやマシューさんを呼びますから」


 この台詞に、フェリックスの眉が跳ねた。一抹の不安はマシューはともかく、クリスやアランにある。誰もいない家にあの連中を呼んだら、子羊を狼の群れに放り投げるようなものだ。

 クリスは部下だけに信じているが、理性を失くしたらただの男である。アランに至っては、要危険人物だ。


「ミシェル、お前も行くぞ」

「え? 行くってどこへですか?」


 突然の申し出に、ミシェルは目を丸くする。


「旅行の準備をしておくように」

「……全然お話が見えません」


 ミシェルの台詞が引き金になり、完全防御のフェリックスに何を言っても無駄だった。あんなに悩んでいたのが嘘のようにすんなり決断して、一段と料理も美味く感じた。



 夕食の片付けはフェリックスがすると譲らないので、手持ち無沙汰のミシェルはノートをテーブルに広げた。


「旅行でいる物はなんでしょうか?」

「二日分の下着と服くらいか。洗面道具はホテルに常備してあるから、そんなに持っていかなくても大丈夫だ。足りないものがあれば現地で買えばいい」

「そんなの勿体ないですよ。持っていける物は準備します」

「構わんが、あまり大荷物になるなよ」


 明確に伝えなければ、普段使っている物一切合切バッグに詰め込みそうだ。


「ホテルは同じ部屋にしてもらう。その方が安心だろう?」

「はい」

「とはいっても、ほとんど部屋にいないから一人も変わらんのだが」

「でも、たいちょーさんが近くにいらっしゃるんですよね?」


 頷くフェリックスに、ミシェルはほっとした様子で笑顔になる。


「だったら大丈夫です。ところで、どんな所ですか?」

「この街より少し田舎かもな。それなりに見て回れる場所もあるが、あまり出歩かない方がいい」


 食器を洗い終えたフェリックスが、ソファーにいる彼女の隣に座った。


「たいちょーさんは行ったことがあるんですね」

「毎年この時期にある。つまらんが任務だから仕方がない」

「ふふふ」

「何が可笑しい?」

「仕方がないなんて、クリスさん達が聞いたらがっかりしますよ」

「どうして?」

「だって、たいちょーさんはいかなる場合も全力で任務遂行するって尊敬していらっしゃいましたから」

「皆、買いかぶり過ぎだ」


 噂だけが独り歩きして、いつの間には自分は『聖人君子』として担ぎ上げられそうな勢いだ。


「それだけ、みんなたいちょーさんのこと好きなんだと思います」


 いかにも彼女が考えそうだと、フェリックスは酔い覚ましのコーヒーを飲みながら苦笑する。


「お前もか、ミシェル」

「へ?」


 首を巡らせばダークグリーンの瞳に見つめられていた。やがて、一気に体中の血が昇りたちまち上気する。


「え、えっと……」


 まともに彼の顔が見られず俯いてしまった。ポンと頭に手が載ったので見上げると、フェリックスがカップを片手に立ち上がった。


「急ぎの仕事があるから、先に休んでなさい」

「……お休みなさい」

「お休み」


 フェリックスの部屋のドアが閉まる音がすると、ミシェルは大きく息を吐いてソファーに寝転ぶ。さっきまで彼が座っていたせいかまだ温かく、まるで膝枕をされているようだった。

 

 

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