その11
「君がミシェルちゃんに付き纏っている坊やか?」
「ミシェル。このオジサン、誰?」
子ども扱いされたくないアランと警衛隊の中では若手のクリス、互いに微妙な年頃の二人が皮肉の報酬とともに火花を散らした。漂う殺伐とした空気を知ってか知らずか、ミシェルはにこやかに彼等を紹介する。
「こちらはクリスさん、たいちょーさんと同じ軍人さんです。クリスさん、彼はお友達のアラン」
「クリス・オレガレン少尉、コールダー隊長の補佐をしている」
階級を聞いても一般人のアランにはピンとこなかった。それに今のクリスは、ジーンズに茶色の革ジャンというラフな格好で威厳がない。惜しからずは、軍服を着ていなかったことだ。もっとも、威厳は格好ではないのだが。
アランはアランで、新たなライバルの登場にうんざりした。フェリックスよりは手強くなさそうだが油断ならない。
「ミシェル、予定がないならランチ行かない?」
「ごめんなさい。クリスさんとお買い物の途中なんです」
「悪いねえ。今から彼女の家に行かなきゃならないんでね」
申し訳なさそうに断る彼女の側で、勝ち誇った笑みを浮かべるクリスが癪に障った。だが、ミシェルの次の台詞でクリスの笑みが凍りつく。
「よかったらアランも来ませんか?」
「え? いいの?」
「ちょっと、ミシェルちゃん!?」
想定外の場面にクリスが焦った。
「みんなでやれば花壇も早く仕上がりますよ」
「そうだけど……」
渋る彼に、ミシェルはぐいと身を乗り出す。上目遣いにアヒル口、フェリックスをも黙らせるあの顔に、クリスも出かかった文句をぐっと飲み込んだ。
ミシェルと二人で花壇を作りたかったのに、フェリックスが家で待っている。ただでさえ二人きりになれないのに、この上アランまで連れてきたら……、いや何よりも上官の反応が怖い。
「さあ、お買い物をしましょう!! たいちょーさんが待ってらっしゃいますよ」
鼻歌交じりで行くミシェルの後ろを、男二人不機嫌な態度でついていった。
「ただ今帰りました!!」
リビングに入ってきた三人に、案の定フェリックスは眉をしかめた。
『何故、連れてきた!?』とか『ここは集会所じゃないぞ』など、そんなオーラを感じたクリスは敢えて目を合わせないでいる。
「お買い物の途中で会いました。一緒に花壇作りを手伝ってくれるそうです」
そそくさと庭に向かうクリスと嬉しそうに荷物を持つミシェル。「お邪魔します」とアランが続いたので、今更『帰れ』とも追い払えずフェリックスは渋い表情で招き入れるしかなかった。
花壇はマシューが準備してくれたので、苗を植えるだけである。
「初心者には球根がお勧めだよ」
袋から取り出した物体に、ミシェルは鼻をひくつかせた。
「玉ねぎみたいな匂いです」
「まあ似たようなものだけど、これなんか色とりどりで華やかだろ?」
クリスが球根を包んでいたパッケージを見せると、尊敬と羨望の眼差しが向けられる。
「クリスさん、お花詳しいんですね」
「いやあ、それほどでもないって」
よしよし、モーガン軍曹に一歩リードしたぞ!!
隣でほくそ笑むクリスに、面白くないのはアランである。花などこれまで興味もなかったので話についていけなかった。
「要するに植えればいいんだろ?」と移植ごてで乱暴に掘り出すものだから、クリスから小突かれてちょっとした騒ぎになった。
その様子を部屋から眺めていたフェリックスも、自分一人が蚊帳の外で面白くない。
楽しそうにしやがって。
だったら庭に下りて輪に加わればいいのだが、性格と年齢が邪魔をして素直になれなかった。すると、外にいたミシェルと目が合った。
にこりと笑って手を振る彼女に、フェリックスが軽く手を上げて応える。
あんなこんなでやっと花壇も完成して、殺風景だった庭も一気ににぎやかになった。と言っても、春になるまでお預けだがそれだけ楽しみが増えるというものだ。
「お二人とも部屋に上がって下さい。今、お茶の準備をしますから」
ミシェルが小走りで部屋の中へ入っていくと、既にテーブルに準備されている。
「たいちょーさん、ありがとうございます!!」
「あとは?」
「わたしが焼いたクッキーはどうでしょうか?」
「いいな」
ミシェルとキッチンで会話する上官は職場にいる時よりも表情が柔らかい、クリスはそんな気がした。
そして彼女が一番の笑顔を送るのは、この人なのかと若者二人は複雑な心境だった。
「早く作業が済んでよかったですね」
「約一名、予定外の人員だったけど」
クリスがちらっと見やるが、アランは無視してミシェルに向き直る。
「ミシェル、今度の日曜日遊びに行こうよ」
「今度……ですか?」
ミシェルもフェリックスをちらっと見やった。彼がアランに対していい感情を持っていないのは薄々気付いている。
軽く頷いたフェリックスに、ほっとして「はい」と返事をした。その様子にクリスはまた焦る。
「隊長!!」
「なんなら、お前も約束してもいいんだぞ」
「えっ!? いいんですか!?」
思い掛けない言葉にクリスは身を乗り出した。上官の気が変わらないうちに、と慌てて次の休みに会う約束をこぎつける。
「今度はついてくるなよ」
「そっちこそ」
クリスとアランが肘を小突き合っているのを見て、フェリックスはため息をついた。
二人が帰り、片づけをするミシェルに視線をやる。今の彼女はどこからみても人間の娘で、部下と男子高生が想いを寄せるほど美しく成長もした。
本来なら、恋をして結婚して……と女性としての幸せを歩むのだが彼女は犬である。一体、この先の人生をどう考えているのか心配になった。
「ミシェル」
「はい」
「お前はこれから先どうしたい?」
「これから先ですか?」
リビングから向けられる真剣な眼差しに、ミシェルはタオルで手を拭いてやって来た。
「お前はいつまでここにいる?」
すると、彼女の顔が青ざめて泣きそうな表情に変わる。
「ご迷惑……ですか?」
「え?」
「わたし、何か気に障ることをしましたか!? だったら、謝ります!!」
元々転がり込んできたのは彼女の方で、フェリックスの好意に甘えている現状も理解している。だから彼が出て行けと言えば従うしかないのだが、別れたくない一心でミシェルは必死に懇願した。
フェリックスは、誤解を招く言い方だったと罰悪く頭を左右に振った。
「いや、そういう意味じゃない。私の言い方が悪かった、すまない」
ミシェルの隣に座って頭を撫でて宥める。
「決して迷惑とは思っていないし、これからもここにいていい。私が言いたかったのは、お前が自分の意思でここを離れたいと思った時に足かせになるのが嫌なんだ」
「足かせ?」
「二人に誘われた時に私の顔色を窺っていたな? この間も言った通り、お前自身が決めなければならないことが山ほどある。その時に私を基準にするな」
しばらく間が空いて、ミシェルがこちらを見上げた。
「わたし、たいちょーさんよりいい人はいないと思います。寝起きが悪くてちょっとだらしないけど、素敵でカッコいいし」
上げたり下げたり批評するミシェルに敵わないと苦笑した。




