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隊長さんちのわんこ《ミシェル》  作者: 芳賀さこ
第二章 ちょっぴり大人になった同居人
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その9

 改めて見渡すと、クリスの周りには素性の知らない者達が多すぎる。結局、まともで平凡なのは彼だけかもしれない。

 俺、よくやってられるなあ。

 クリスが気を揉んでいる最中、湯気の向こう側にいる三人は暢気にリゾットを味わっていた。鍋の底も見えてきた頃に、ミシェルがフェリックスに向き直る。


「そうだ、たいちょーさん。お庭を借りてもいいですか?」


 ミシェルの突然の申し出に、何をする気かとフェリックスは怪訝げな顔をした。


「構わんが、今度はなんだ?」

「お花を植えてみようかなって。春になればこの家も華やかになるでしょう?」


 春まで一緒にいられるのか。

 何気ない会話に、約束を見出したフェリックスは少しほっとする。


「花は腹の足しにならん。野菜を作れば手伝ってやるぞ」


 マシューが提案すると、彼女は人差し指を頬に当てて考える仕草をした。


「野菜ですか? それもいいですね」

「だろ? 休みの日に早速買い揃えるとしよう」


 目を剥いたクリスも負けじと名乗りをあげた。


「ミシェルちゃん!! 花がいいよ!! それなら俺も教えてあげられるし」

「そうですね。お花もいいですよね」

「隊長殿の健康にはやっぱり野菜だ」

「野菜では隊長の心が和めません。ここは花壇にするべきだよ!!」


 マシューとクリスはミシェルを挟んで火花を散らした。火種を作ってしまったミシェルはおろおろして、引き合いに出された隊長に助けを求めると

 

「両方すればいい」


 妥協案が出たところで、マシューとクリスそれぞれの休みの日に花壇と菜園を作る約束をした。 



 晩餐がお開きとなり、フェリックスが運んだ食器をミシェルが洗う流れ作業に取り掛かる。


「やっぱりみんなで食べると楽しいですね」

「楽しかったか?」

「はい」と答えて、慌てて否定した。


「たいちょーさんと二人の時も楽しいですよ!!」

「急になんだ」

「いえ、その、たいちょーさんと二人で食べるのがつまらないと勘違いされているかと」


 フェリックスは最後の皿をキッチンに置くと「はあ」とため息をついた。


「前も言ったが、お前は気を使い過ぎだ。せめて私の前では楽にしなさい」

「どんな風にすればいいでしょうか」


 首を傾けたミシェルの髪が揺れる。子どもの頃より長くなったそれは前にも増して艶やかだ。


「遠慮するなということだ」

「なるほど。了解です」


 周りにいる大人達が軍人だらけのせいか、女の子なのにこの言い方である。フェリックス自身、十数年軍人をしていると身体に染みついてしまうものだ。 

 こんな環境で育つミシェルを不憫に思うが、だからといって彼が女性としての幸せを教えられない。

 だったら、もっと様々な人と触れ合えばいい。そのうち、人を大切にする気持ちが芽生えて恋愛へと変わる。

 そしたら、その者と人生を歩むよう背中を押してやればいい。容易いが、踏み切れない自分がいる。

 彼女が犬だから? それとも私自身が淋しいから? 今更だ。独りは慣れているはずじゃないか。

 自問自答に嘲笑する。


「たいちょーさん?」


 いつの間にか押し黙ったフェリックスを覗きこんだ。


「ミシェル」

「はい」

「アランとは会っているのか?」


 ふとミシェルの食器を洗う手が止まり、彼を凝視した。

 

「たいちょーさんがアランを嫌いならお友達をやめますよ?」

「お前のプライベートまで口を挟むつもりはない」


 これまで助言してきたフェリックスがつけ放す言い方をしたので、ミシェルの表情がたちまち曇る。


「今のお前に必要なのは人との関わりだ。多くの人と接して自分の目で見極めろ。傷つくこともあるが、それが判断材料になる」


 突然核心迫る言葉に、彼女の瞳は不安げだ。


「迷った時は、たいちょーさんが相談に乗ってくれますよね?」

「私を基準にするな。自分で決めなければならない」

「でも、これまでいろいろと教えてくれました」

「最低限の常識だけだ」

「でも……」


 ミシェルが食い下がると、大きな手が頭に乗った。見上げたフェリックスの表情がわずかに和らぐ。


「ところで、家庭菜園と花壇を作るんだったな」


 重々しい空気を断ち切るように、フェリックスが話題を変えた。


「あ、はい。あさってマシューさんがお休みなので、ホームセンターに連れて行ってくれるそうです」

「モーガン軍曹は、ああいったのは得意だ」

「クリスさんもお休みが取れたら手伝ってくれるとおっしゃってました」

「程々にな」


 部下達に釘を刺しておかないと、ミシェルに気に入られたいがために噴水付きの庭園をこしらえそうな勢いだ。

 それにしても、ミシェルが来てからこの家も随分変わった。赤い歯ブラシとかオレンジ色のスリッパなど、無機質な部屋に彩りが加わってきている。

 こんな生活も悪くない。

 そう思えてくるのは、今がほんのり温かい暮らしだろうか。



 

 マシューは早速オフの日に、ミシェルを連れてホームセンターにやって来た。店内は、平日にも関わらずガーデニングや日曜大工を趣味とする人達で賑わっている。

 広い店内と多様の品揃えに、ミシェルの好奇心は止まらない。つい小走りになる彼女をマシューが呼び止めた。


「おいおい、ちゃんとついて来ないと迷子になるぞ」


 慌てて戻って来たミシェルが手を握ってきたので、マシューは驚いて細い目を見開いた。


「初めての場所に来たら、たいちょーさんが手を握ってくれるんです」


 この時、マシューは豪快に笑い飛ばさず「そうか」と小さく笑っただけだった。その違和感に、ミシェルは気付いたが触れてはいけない気がして黙っておく。

 

 その後、マシューとミシェルは菜園に必要な肥料や道具を買って店の外へ出た。敷地内には所狭しと花や野菜の苗が並んでいる。

 ミシェルは瞳を輝かせて、苗の名前を一つ一つ唱えていった。


「ブロッコリー、キャベツ、人参……」

「種から育てるのが醍醐味だが、手っ取り早く苗を植えよう」


 マシューが幾つかポットを選んでかごに入れていくと


「マシューさん!! マシューさん!!」


 ミシェルの大声が売り場一帯に響き渡る。客達がクスクスと笑うなか、マシューは頭を掻きながら隣に並んだ。

 細い指が差した先には、可愛らしい赤い果実の写真がある。


「苺だな」

「いちごって『ぱふぇ』の上に載っているアレですか!?」


 ミシェルは、じっと苗を見つめるとごくりと喉を鳴らした。


「なかなか売っているやつみたいにはならんが、観察するにはいいかもしれん」


 喜んで仲間入りさせるかと思いきや、手にした苗をまた元の場所に戻してしまう。


「どうした?」

「い、いえ、あの……」


 もじもじするミシェルに、マシューはピンときた。

 ははあん、予想外の出費だから遠慮しているんだな。

 実は、フェリックスから「あの子がやりたいようにさせてほしい」と頼まれていたのだ。だから、マシューは苺の苗を三つかごに入れてレジへ向かう。



「マシューさん!!」

「心配しなさんな。これは俺の奢りだ」

「でも……」

 

 暗い表情のミシェルに片目をつぶった。


「もちろんタダでやるわけじゃない。実がなったら俺にも少し分けてくれりゃいい」

「もし、ならなかったら?」

「そんときゃ、隊長殿にたかるさ」


 二人は顔を見合わせて笑った。




 

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