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15歳の誕生日の日、私は父に連れられて都内の霊園に車で向かっていた。母親は弟と前に来ていて、予定のあった私は父とこうして後日墓参りにくることとなったのだった。終戦記念日を過ぎたまだ夏の暑い日、太陽は朝からかんかん照りだった。
カーナビが目的地付近と告げると、助手席側の窓からいつもの霊園が見えた。最後に来たのは去年の夏だったはずだ。入ってすぐにある十台分ぐらいの駐車場の空いていた奥のスペースに父がバックで車を停めると、私は麦わら帽子を深くかぶって外に出た。とたんに蝉の声がさっきまでより一層うるさくなり、直射日光がワンピースから突き出た腕や足に浴びせられた。私はあわてて鞄から日焼け止めを取り出し、家で塗ってきた場所にもう一度入念に塗りなおした。それから、自分より背の高い父でできた日陰をうまく利用しながら坂を上り、ふと気づけば目の前に東京湾を一望できた。その時、たまたま近くの木の上に登って遠くを見ている少年に気がついた。私は少年があんまり高い所にいるので心配になり、父に先に行ってもらうように告げて木の下まで行った。声をかけると少年はチラとこっちを見た。
「危ないよ、一人で降りられる?」
「当たり前だろ」
少年はTシャツ短パンで、木の下にはサンダルが脱ぎ捨てられていた。私が声をかけたのを振り払うかのように、少年はもっと高い細い幹に足をかけた。
「危ないよ」
私の声にもう反応してくれない。
「よー、そこで何してる」
声の方を振り向くと、がたいのいい四十代ぐらいの男性がそこにはいて私と同じに少年の方を見上げていた。
「おりてきなって。先生がアイスおごってやるから」
「アイスなんかいらん」
「父さんの墓の前でききわけのないこと言うな」
少年は、その言葉を聞くとおとなしく木を下りてきた。
「ほら、心配掛けたんだからお姉さんにも謝れ」
少年は私を睨めつけるように見て軽く会釈をした。
「すいません、こいつ目を離すとなにするかわからないもんで」
「いえ、私も子供が木登りしてるだけで、少しおおげさだったかもしれません」
「本当にね」
そういうと少年は勢いよく石段を駆け下りていった。
「すいません、あいつも前はああじゃなかったんですが」
「前?」
「二年ほど前に父親を失って、それからちょっと様子が変わったんですよ」
「よくご存じなんですね」
「なにしろあの子の教師をしておりますから」
「じゃあ、先生っていうのは本当に先生だったんですね」
「ええ、あの子の父親とは同級生で、それで仲が良かったもんで前から知ってはいたんですがね。」
相手はそこでしばらく黙りこんだ。私はちょっと迷ったが、胸の内にある疑問をぶつけることに決めた。
「どうしてお亡くなられに?」
「交通事故です。トラックにはねられて、病院に連れていく間もなく即死でした。」
「それじゃあ辛いでしょうね、あの子も」
「口には出しませんが、私にはわかります。あれは憎んでますよ」
「憎む?」
「トラックの運転手です。私も会いましたが、悪い人じゃないんですがね。不注意が惨事を起こしましたね。あの子もあってるんですが、口もききませんでした」
「そうなんですか」
それから私はその人と別れて父の後を追った。途中、そこらじゅうにある墓を見ながらその一つ一つにさまざまな死に方があるのに改めて気付いた。なかには少年の父のような不遇な死もあるのかもしれないのだ。