人間になったみたい
それからというもの、人間の姿を手に入れた私は時々気が向いたら国へ行くようになった。目的はもちろん、花だ。お祭りが終わって国中から花がなくなったいま花屋から堂々と盗むのは気が引けた。なので洞窟に咲いている白い花を持っていって交換してもらうのだ。最初、花屋と思う店の店員――太ったおばさんだった――に白い花を見せたら、目を丸くして何か興奮していた。早口で私に何か尋ねてきたけれど、私は人間の言葉なんて分からないので全部首を傾げていた。それを見ておばさんは諦めてくれたけれど白い花の代わりにお金をくれた。
いやいや、違うよ。お金じゃないんだよ。私はお花が欲しいんだよ。
食べたい花を指さしてお金を返すと一本だけくれた。何かおつりみたいなものをもらったけれど、いらないなあ。持って行った白い花の数が足りなかったのか、はたまた指さしたお花が高級なものだったのか。ものすごく美味しかったからきっと後者に違いない。
それからというもの、私は両手いっぱいの白い花を持って花屋を訪れるようになった。花屋のおばさんはその度にとても喜んでくれる。なに言ってるか分からないけれど。おばさんは段々、私が珍しい花が好きだと分かったのか色々な花を勧めてくれるようになった。とても嬉しい。
でも、この姿は元が花だけに枯れるころになると使えなくなってしまうので、あまり長時間お花屋さんにいれない。私は花をもらったらすぐに帰らなくちゃいけないのだ。毎回さっさと帰ろうとすると、おばさんに必ず引き止められるからすごく心苦しい。ごめんね、おばさん。
人間と触れ合う生活をしているとまるで人間になったみたい。姿形は人間だから文字通りなんだろうけれど、その気持ちが私の心を満たしていた。
*・*・*・*・*
私はマリー・ゴースト。花屋を営んでいる。私の花屋はこの国でも有名で私の大切な宝物だ。
数年前から、たまにとても不思議な女の子がうちの花屋にやってくる。その女の子は毎回、抱えきれないほどの貴重なケダツクウドの花を持ってやってくるのだ。竜の生息する森の奥、しかも洞窟にしか咲かないとてもとても貴重な花。それを、こんな年端もいかない少女が毎回両手いっぱいに持ってくることが不思議でしかたがない。
高貴なお方への花束にも使われるその花を、どこで見つけたのか聞こうとしても首を傾げるだけ。どうやらあまり話をするのが得意ではないようだった。お金はいらないようで、いつも他の花――しかも異国の珍しい花――と交換してすぐに帰ってしまう。色々と言いたいことがあるのに・・・。
容姿も不思議な女の子で、白い髪と肌、服もいつも白のワンピースで、彼女が白い花を持っていると同化してしまうようだった。だが、瞳だけはとても鮮やかな青色をしている。どんな青い花の色にも重ならないそのきれいな、少し人間離れした瞳を見ていると一瞬どきっとする。
あの女の子は何者なのだろうか?
彼女が持ってきた白い花を見ていつも考える。「白」はこの国の象徴的な色だ。なにしろかつて二度もこの国を竜から守ってくれた、伝説の竜の色だから。「白」は神聖な色。「守護」の意味もあり、この国の母親は子どもにお守りとして白色のものを持たせることが伝統になっている。
だから、白に染まったあの女の子は決して悪い子ではないと思う。
あの子のおかげで、ケダツクウトの花を買ったお客さんがすごく喜んでくれたり、5歳になられた王子がお祝いに飾られたケダツクウトの花をとても気に入られたり・・・。そういうことを話してあげたいのに、すぐに帰ってしまうからいつも話そびれてしまう。
今度、彼女が来たらまた引き止めてみよう。そうしたら、次こそ話を聞かせて上げられるかもしれないから。
しかし、それから何年経ってもあの女の子は消えたかのようにピタリと来なくなってしまった。
*・*・*・*・*
王子が大きくなった。私が遠くから“それ”を見たのはたまたま偶然だったけれど、人間だったころの成長スピード(時間の感覚)を思い出すと、王子が生まれてから少なくとも5年は経っていることになる。その年月は、私が国へ通い出してから現在にいたるまでの年月とまったく同じ。なにが言いたいかって言うと、そろそろあの花屋のおばさんに怪しまれる頃だってこと。
あの人間の姿は元が花だけにあれ以上年をとらない。5年以上通っているのにあの日のまま。なんて不自然なことになるのだ。
なので、私は城を元気に駆け回る王子を見てから国へ通わなくなった。次に国へ行くとしたら、王子が老いて亡くなる頃かな? その時くらいになれば、人は私の存在を忘れているだろう。100年くらいはあっという間だったから、きっとすぐなはず。いや、やっぱり少しの間でも高級な花が食べられないのはちょっと辛い・・・。
刺激のない平凡な日々がやってくるかと思ったら、意外とそれは破られた。私の元へ王子がやってきたからだ。