人間がいたみたい
どうやら竜の時間感覚はかなりあいまいらしい。初めて外に出てから一体どれくらい経ったのか良くわからない。季節とやらも、この世界では――すくなくとも私の棲んでる場所では――あまり変化しないようで、私の知る限り5月くらいのほのぼのとした日がずっと続いている。
身体は大きくなった。というのも、最近では洞窟のさけ目が小さすぎて外へ出るのに苦痛になってきたのだ。始めはあんなにスムーズに出れたのに。ちょっとさけ目を崩して広げようかな。
外へ出て一番最初に食べた、あの小さなすみれ色の花はもう小さすぎて食べれない。うう・・・。
前はあんまりたくさん飛べなかったけれど、身体が大きくなったおかげで翼も、飛べる範囲も大きくなった。ついでに冒険心も。
いまではちょっとした散歩がてらに空を自由に飛んでいる日々だ。洞窟の近くにいくつか大きな湖があり、そこに咲く花はとても美しくてすんごく美味しい。私の最近のトレンドは日向ぼっこをしながらその湖でゴロゴロすること。お腹が減ったらすぐにお花が食べられるし、湖はキラキラ澄んでいて飲み水には困らない。私の楽園だ。
でも、ひとつの湖ばかり行くとお花が私のせいで絶滅しちゃうので、ちょくちょく色んな湖を渡り歩いて(飛んで)るんだけどね。
ある天気のいい日のこと。いつも通り湖で日向ぼっこをしていると、森の中からガサガサと音がした。たまに小さな動物が顔を出すことがあるけれど、私は別に食べたいと思ってないので無視している。でもその日、聞こえてきた足音は私が無視できないくらい大きなものだった。
ぬっとでも言うように森から現れたそれは、なんと竜だった。鋭く金色に光る瞳をチラッと私に向けたかと思うと、フイッと私を無視して森から出てきた。
体中緑のうろこで覆われ、鋭い2本の角が頭からのびている。がっしりとした身体には無数の傷が走っており、堂々としたその姿に私は圧倒された。緊張してピンっと身体が固まって動けない。だって、だって、相手のほうが大きいんだもん!! 私の2倍くらいはある。
私が警戒する中、竜はのっそのっそと湖のほうへ行くとバチャバチャと湖の中へ入って行った。荒っぽく水面に顔を突っ込むと、上げた口の中には数匹の魚が頭としっぽをダラーンとしていた。
ゴクンとその魚を丸呑みする。私が見守る中、緑の竜は魚をしばらく捕り続け湖の中にはもう魚がいないんじゃないかと私が思い始めたころにようやく止めた。
満足した様子で湖から上がってきた竜。じっと見ている私をまたチラッと見たかと思うと色とりどりの花畑の上にドカッと横になった。しばらくすると、ぐーぐーといびきが聞こえる。どうやら寝たらしい。私の花畑が・・・。
でも、攻撃してこないと分かって安心する。私はちょっと離れた場所で眠る竜を見つつ、せっかくの日向ぼっこを思わぬ人(竜)に邪魔されて気がそがれてしまった。なので、その日は早々に洞窟へ帰ったのだった。
それから少しして、気まぐれに私がその湖へ行くと何故かまだあの竜がいた。また丸まって寝ている。それを空から眺めながら、お気に入りの場所を取られた悲しさに少しだけ恨みが生まれた。
仕方がないから新たな新天地を求めてちょっと旅に出よう。
私はそう思って果てしない森の上を飛んだのだった。
*・*・*・*・*
太陽が少し西へ傾いたころ。私は森と森の間、山のふもとに小さな“何か”を見つけた。それは人間たちの住処だった。
確かに人間だ。私はこの世界にも人間がいることにビックリした。なぜなら今まで人間の「に」の字も見たことがなかったから。
村くらいの大きさのそれをよく見ようと、私が遥か頭上を旋回すると下の人間たちがワーギャーとパニックになるのが分かった。竜として言うとその反応が支配欲(たぶん竜の本能)をくすぐってお・も・し・ろ・い。
でも、元人間の私からすればちょっとかわいそう。なので近くの山頂へ降りてちょっとだけ観察することにした。
その日からものすごく面白かった。日々、人間たちが森の木を伐り家々を作り生活が整っていくようすは見ていて飽きない。私は朝起きるとまず湖でご飯を食べたあとすぐに人間たちの住処まで飛んで、日夜観察することを繰り返した。
人間を発見してから、私の生活はガラリと変わってしまった。
やっぱり私も人間だったんだなあと人間たちを見てそう思う。だって、もう私は花と同じくらい人間を見ることにハマっているんだから。これぞまさに人間観察。
私は日々、村が大きくなっていくのを見守った。けれどそんなある日、私は遠く離れたところから一匹の黒い竜が、人間たちの住処にやってくるのが見えた。そいつは人間たちの住処に着くと突然、空から炎の息を吐きだし逃げ惑う人間たちを好き勝手に襲い始めたのだ!!
私は怒った。せっかく見つけた人間なのに! それに、私の新しい趣味をまた別の竜が邪魔するなんて許せなかった。前にお気に入りの湖を他の竜に取られた恨みがあったため、私は我慢できずに飛び出した。
何してくれてるんだコノヤロー!!!
空中とび蹴りを黒竜にぶちかました。よほどビックリしたのか、叫び声をあげてこちらを見る。
こっちは見ず知らずの竜に、2度も趣味を邪魔されてるんだ! ガルルルッ
私がうなり声を上げると、黒竜は鼻からボゥッと火を吐いた。相手も邪魔されてイラついているのだろう。鋭い牙を見せて黒竜が襲いかかってきた。私も負けじと口から炎を吐いて攻撃する。
トゲが突きだした黒竜のしっぽが私をめがけて振るわれる。身体と身体がぶつかり合う音と2頭の竜の、耳を壊しかねない咆哮が森中に響き渡った。
まさか、あの恐ろしい竜が自分たちの真上でケンカをしているだなんて、人間たちには信じられなかった。日々、山に棲まう竜たちにおびえる生活をしていた人間たちは、あの黒竜が襲ってきたときは「死」を覚悟した。だが、どこからか白竜が現れ黒竜と戦いはじめたため人間たちは強者の戦いをただ呆然と眺めるしかなかった。
しかし、あのどちらが勝ったとしても、その牙はまた私たちに向くに違いない。それに私たちは何もすることが出来ない。人とはなんと弱い生き物なのか・・・。
絶望の顏をした人間たちは自分の頭上で竜たちの勝敗を見た。どこからともなくやってきた、白竜が黒竜を追い払う姿を。
そしてまた覚悟する。あの白竜の鋭い瞳がこちらを向き、その恐ろしい巨大な口から炎の渦を吐く瞬間を。
だが、白竜は脅える人間たちには何もせずどこかへ去って行った。人間たちは白竜の姿が遠くの山へ消えたのを見たあと、爆発したように歓声を上げた。