侵攻 1
風がおどろおどろしいと思うのは新野にとって初めての経験だった。
起床してその違和感に気が付きすぐさま庭に出ると、村のほうが騒がしい。
通りに出るとせわしなく村人が移動している。
(新野、おはよう! 行こう!)
緊張感のある声で律儀に挨拶をして、龍王が目の前を飛んで行った。
走りながら見上げた空は、灰色の厚い雲に覆われていた。
「葵!」
三条が手を上げているそこは集会場で、入り口は村人であふれていた。
「すまない、説明をしている暇はなさそうだ」
「いいよ、これみんな避難してるんだな」
その集団をロクや集会の面々が誘導している。
「中に入れてるのか?」
「ああ、地下通路があるんだ。狭くて長いが結界の中心地まで続いている。戦闘に向かない者たちはここを通ってもらう」
「そりゃ安心だ」
三条だけでなく誘導をする村人たちも武装しておりものものしい雰囲気に染まっていた。
その雰囲気にそぐわない、小鳥の声があたりに響く。
色とりどりの小鳥が三条の上空から降りてきた。
――ユハタ、ユハタ。
「あ、あの鳥」
「偵察を頼んでいたんだ。お前たち、どうだ空の様子は」
三条の肩や頭にとまった鳥たちは矢継ぎ早に報告していく。
――タイヘンタイヘン、門ガ出てるヨ、龍ガ来る、たくさん来る。
「門って?」
「亜龍が出現する穴のことだ、そこを通って奴らの住処大聖堂から攻めてくる。今まで夜にしか襲撃が来なかったが、今回は違ったようだ」
「飯を食らう必要がないからだろう」
ロクが低い声で吐き捨てた。
「最早島の外の飯を待つ必要もない、こんなにここにあるのだからな。避難は我らに任せろ」
「ああ。葵」
振り返った三条のまっすぐな瞳に、新野は背筋を正した。
「一緒に行こう、亜龍を迎え撃つ」
「おう!」
新野が強く拳を握りしめたのを見て、三条は新野の肩を軽く叩いた。
「あれから鍛錬していたのだろう? 期待をしているぞ」
頷きながら、新野は固く決意していた。
まずは自分の身を守ろうと、そうでなければこの虎王のテュラノスは必ず助けに来てしまうだろうから。
「行くぞ、葵!」
「ああ!」
(僕もいるからねー!)
三条の首横に交差する爪痕のしるしが浮かび上がる。
新野の額にひし形と両翼のしるしが花開く。
龍王の小さな体は突如膨れ上がり、黒い両翼をはばたかせた獰猛そうな龍へと変わった。
「でかいと邪魔だからまだ小さくていい!」
(……ごめんなさい)
バルフ上空。
ぎゃあぎゃあぎゃあと非常に騒がしいのはカラスの集団の声。
黒い大群が空を覆い尽くす中、ひときわ大きなカラスが甲高く鳴いた。
「亜龍は何班かに分かれてそれぞれ村を目指しているようですヌシ様!」
「ここから見て門が三つ、村を前方と後方から。もう一つは結界地に向けてのようですね~」
大眷属であるフギンとムニンが飛翔する中心には漆黒の六枚羽に三本足、鴉王が悠々と空を飛んでいる。
「フウン……」
巨鳥の王は愉快気に眼を細める。
龍王と新野をバルフに落とした後、トロントに戻っていたが、監視からの報告で亜龍の動きをつかんだ鴉王は再びこの空に舞い戻っていた。
「そりゃあ面倒なことじゃねえか。あっちにはテュラノスと龍王しかいねえ、バラバラになれねえなら二つは突かれることになる。ヒヒヒ楽しくなってきやがった」
「ヌシ様どうするの? 見捨てる? 見捨てちゃう?」
「うるせえぞムニン! ヌシ様の思考の邪魔をするんじゃねえよ!」
「フギンこそうるさいよ~」
二羽が口論をはじめる横で、鴉王は身を反転させた。
「めんどくせえなあ、だがしかしやられっぱなしな亜龍てのもいいだろ?」
王が浮遊する島へと進路を決めたことに、フギンとムニンは慌てて後続する。
カラスの大群が滑空を始めようとした時、鴉王は視界の端、遠方からこちらに向かってきている気配を察知した。
「おっと。それよりこっちが先か」
急に停止して再び浮上。
大群がぴったりと付き従う。
鴉王は向かおうとしていた方角、新野たちのことを一瞬気にしてすぐに目を離した。
村の後方、新野たちが向かった先とは真逆の方角にて、森に突如歪みが発生する。
空に小さな亀裂が入り、そこから無理矢理体をねじこんだかのようにずるりと出現したのは、鱗に覆われた飛龍の群れ。
新野が騎乗した龍王より一回り小さいが、人よりは大きな龍たちが金切声を次々に上げる。
翼を開きどっと龍たちは村へと進み始めた。
先頭の一体が木々の隙間を抜ける。その鼻面に葉に隠れて、ぴんと張られた縄が引っかかった。
同時に振子となって現れた丸太が龍の横腹を殴打した。
飛翔していた龍が衝撃で木々にぶち当たる。そこに更に何本もの丸太が振りぬかれていく。
先を円錐状に削った丸太がついに龍の鱗の無い腹に突き当たり、青紫の血が大量に噴出し絶命した亜龍の亡骸は木に縫い付けられた。
後続していた亜龍たちが騒ぎ立てる。死んだ同胞の横をすり抜けようと飛んだ龍がしかし別の罠にかかり断末魔を上げた。
その断末魔は森を走る新野の耳にも届いた。
「今のは?!」
「村の後方を突いた龍が罠にかかったようだ」
「後ろってやばいだろ! 正反対じゃないか」
「いざとなれば村のロクたちが応戦する。二年もの間襲撃に耐えてきたのだ、心配するな」
「するに決まってんだろ! 普通のニンゲンが龍と戦うなんて」
「どのみち奴らを率いている将を倒さねば、有象無象はいくらでも湧いて来る。私たちがしなければいけないことはわかるな、葵」
「……亜龍ってどのくらいいるんだ」
前を走る三条はしばし黙考した後、急停止し藪に身をかがめた。
新野もすぐさま後ろにつく。
眼前の光景に新野は息を飲んだ。
空間に割れ目が入り、そこからつぎつぎと亜龍が出てきていた。
その数にして三十、まだ続いている。
「ロクたちが十二人、そして私と葵と龍王様。対して相手は、おそらく百はくだらない。ロクたちには危険になったら避難しろと言ってあるが……」
新野は緊張が違う感情になっていっているのを感じていた。
高揚と焦りと冷静さが混ざった複雑な感情は、頭の中をクリアにしていく。急がねばならない状況に気分がすっと冷え、冴えていく。
空の不気味な亀裂は、最後に巨大な影を生み落して、景色に溶けて消えた。
「だが葵、私たちは運がいいぞ」
新野は隣の三条の声が、少し跳ねるのを聞いた。
地上に落ちた大きな龍は、他とは全く違う形状をしていた。
光沢ある外皮は硬質で、そのぶ厚い殻に覆われた丸めの巨体の先には体半分もあろうかという一本角が生えている。
「やはり正面衝突を選んだか」
(甲角龍アラントス!)
ゾウの足に似た、太い四本足でその龍は立ち上がった。
角の下の、らんぐいの牙が並ぶ口腔が裂けるように開く。
よだれを飛ばし、亜龍の将は出撃の咆哮を上げた。




