波乱前夜
「よし! けっこういいんじゃないかこれ?」
(うん、それはそうだけど……)
庭木の中に上半身をうずめたままの新野に、龍王は溜息を吐いた。
(なんてかっこ悪い)
「うるせえな! ……ひっぱってくれ」
(あいよ)
足をくわえられ、新野は引きずられて顔を出す。
二振りの小剣をその両手には握っていた。
立ち上がってそれを満足気に見た。直感で作り上げた己の武器がよく肌に合っている。
(軽くていいね、もっと使うにはもう一工夫欲しいところだ、敵を驚かせるような)
「一工夫ね、考えとかねえとな」
(今日はもう休んだほうがいい)
「え。まあ、そうだけど……」
すっかり夜は更けて、庭に面した縁側に立てられた行灯だけがあたりを照らしている。
龍王との練習に意気揚々としかけていた新野は、目も頭も冴えていて龍王の提案に唇をとがらせた。
「今ならぱっと思いつけそうなのに」
(それはいいと思うよ。でも体は休めたほうがいい)
「やけに押してくるな」
(那由多はああ言ったけど、僕はそうは思わない)
「……三日以内に襲撃があるってやつか?」
驚く新野の前で龍王はしぼむように小さな姿になった。ひらりと飛んで縁側に着地する。
(亜龍は邪龍王の因子だって言ったろ? あれらは僕を最大の敵とみなしていて、そんな僕を目の前にケンカして遅れるなんてあるわけがない。きっとすぐにでもやって来る)
「それって、纈たちにも言わないといけないじゃないか!」
(うんとね、纈はもうそう思っているから、今頃ロクたちと迎え撃つ算段を話していると思うよ)
「そ、そうなのか?」
(纈はいつも最悪を想定して動くからね、今夜に襲撃がないことにきっと驚いているくらいなんじゃないかな?)
だから急いて新野に鍛錬を促していたのかもしれない、と新野は言葉を失った。
「のん気でいたのは、俺だけってことか……」
奥歯を噛んで強く双刀を握り込む。
「だったらなおさら休んでいられるかよ」
(ええ、やっぱりそうなっちゃう?)
「このままじゃ俺は足手まといだぞ」
(たしかに新野の役割は大きいね。虹の翼は怪我人の回復も亜龍への決定的な損害にもなるし、なにより王を殺せるんだから)
「おいなんで急にプレッシャーを……って待て、王ってなんだよ。……まさか俺に、虎王を」
無表情の龍王に新野が詰め寄った時、物音がした。戸口のほう、暗がりに三条が立っていた。
「纈……」
三条の表情に感情の色が全く無く、静かで落ち着いていた。それが逆に新野には怖い。
「続きを、龍王様」
しんとした空気に三条の声が染みこんでいく。
(……新野が言うとおり、虎王の考えが他を巻き込まず亜龍を倒すことだったとしたら、じゃあこの二年間で動かなければいけなかったのじゃないかな。纈が起きてしまう前に。そしてその纈が起きてしまった今、すぐにでも行動を起こすべきではないか。なのに那由多からはそんな緊迫感が全く伝わってこなかった。これってちょっと変でしょう?)
「な、那由多たち眷属にも秘密にしているのかも」
(だったらはじめから纈と同じく眷属も強制的に契約を解除するか眠らせてしまえばよかった。誰にも気づかれず、それこそ亜龍に離反したことさえも秘密にすればよかった)
新野は反論の声を失った。
(纈が眠っていた虎王はその二年間、亜龍の住処とやらで一体なにをしていたのか、気になるよね)
「そこに、亜龍の住処にあるなにかに理由があるってことか……?」
(多分ね。なにかはわからないけど、ともかく虎王はさ、新野が思っているようなのじゃないかもしれないよ。自己犠牲、とかじゃないのかもよ)
「だからって……」
(ううん、だからだ。もしかして判断しなくちゃいけなくなるかもしれないよ。虎王の真の目的が、みんなに害を及ぼさないって保障はどこにもないのに、勝手に善人だって思ってたらいざという時間違ってしまうかも)
「……いざという時ってなんだよ。なんで、なんでお前がそういうことを言うんだよ!」
怒鳴る新野に、龍王は反応を返さなかった。それにさらに怒りを覚える新野の肩を三条がつかむ。
「葵、よすんだ」
「お前、纈はいいのか! お前の王が悪人かもって言われてるんだぞ! それを俺に、殺せって……」
三条は手の平に新野の肩の震えを感じる。怒りからか恐怖からか、三条はそれを静かに受け止めていた。
「私は、虎王様を信じている。あの方はきっと、皆を助けるために動いていられるのだと」
「纈……」
「だがそれは私が虎王様に付き従う身だからだ。新野はそれは、可能性の一つとして思っていてくれるだけでいいのだ」
「そ、それは……」
「優しいのだな、葵。ありがとう。だがお前に危険が及ぶのは良しとはできぬ」
肩から手を離す際にぽんと励ますように打たれて、新野はうつむいた。
「ロクたちと今後どうするか話合った。葵は私とともに行動してもらう。明日になったら説明しよう。すまない今日は、おやすみ……」
すらすらと言って三条はゆっくりとした足取りで土間へと入っていってしまった。
足音は遠くなり、虫と梟の声だけが聞こえるほど静かな時間が訪れる。
(新野……)
「……似合わないこと、言うんじゃねえよ。そんなに傷つくなら」
どかりと縁側に新野は腰を据える。おずおずと龍王が隣にくっついて座った。
新野に忠告した龍王の心情がまざまざと新野の心に触れていた。
かつての仲間であった虎王を疑え、と龍王は言う。
しかしそれは新野への心配からくるもので、龍王の本意ではないのだ。
新野が夢見た馬鹿らしいわがままな夢。
みんなが優しくて穏やかに過ごせるという夢見た場景に、この龍王も賛同していたのだ。
誰よりも虎王を信じたいのは龍王なのに、と新野は冷静になると哀しみを覚えた。
三条の揺らいでいた瞳も胸を抉る。
「……優しいって、言うな。俺はその言葉にふさわしくないんだ」
両手から剣が消えコートの姿に戻る。それを無茶苦茶に頭からかぶり漆黒の中でぎゅっと目をつぶった。
「わかってる、勝手な想像はしない。会えばいいんだ虎王に。そしたら真実がわかるんだから」
コートの中からくぐもった新野の必死な声が聞こえて、龍王はすん、と鼻をすすった。
◆◆◆
「ん」
と唐突にシビノが上げた声に狼王と本名は振り返った。
「なかなか動きが早いな。もうわしがここにいることがばれたようだ」
「誰にだ」
「白銀龍の天魔。趣味は情報収集だからな、あやつにわしの子飼いを仕込ませたといた、映像つきの盗聴器みたいなもんじゃ」
「とうちょうきってなんだ?」
「黙っていろ。それでどう動いている」
狼王の疑問を一刀両断した本名がシビノに向き直る。
シビノが少し集中するような顔つきで虚空を見つめる。
「なんかよくわからんが、空に向かっているようだな。ん、島か? あれは」
「島……鳥は見えるか?」
「おお、なにやら黒いのが飛んでいるぞ、たくさんな」
「トロントだ」
きびすを返し本名は早足にその場を後にする。
続いてのんびり狼王も歩き出す。
その二人を交互に見て、シビノは楽しそうに口元をゆるめた。
「おいちょっと待て、わしも行くぞー!」




