できること
何度打ち合っても結果は全て同じ。
目の前に立つ三条に、新野は肩で息をしながらずっと思っていた。
なにがいけなくて、どう改善をしたらいいのか。
何度も挑み転ばされ突かれ、痛い目にあってもすぐ回復してしまうのでまた挑戦する。
時間はあっという間に過ぎて陽が傾いてきた。
「ずうっとやっているのだな、暑苦しいことこのうえない」
汗がにじむ視界で振り返れば、集会場にロクをはじめ数人の村の住民があがってきた。
「飲め」
「ありがとう」
ロクは冷水の入った筒を新野と三条に渡し、床に座る。
笑顔で受け取った三条は一息に飲むと、たすきを解いて裾を正した。
鍛錬は終了したようだ、新野も水を飲みながらまだ考える。
「葵、私は皆と少し話して帰る、先に戻っていてくれ」
「ああ……」
歯切れの悪い新野から棍を取り、
「とりあえず、葵にこれは合わないようだ。扱いやすい別のものを決めたほうがよい、防御があまり性にあっていないようだから、回避に専念できるよう軽く短いほうがいいかもしれぬ」
「おお、そっか」
三条の具体的な提案に新野は少しほっとした。自分一人だったら次にどうしたらいいかもあまりわからなかったから。
「それじゃ、ありがとな」
了解して一人集会場を帰る頃にはかがり火が順に点けられていった。
星のない夜道を新野はもの想いにふけながら歩く。
今まで喧嘩もほとんどしたことがない、部活動に精を出したこともない。
運動能力は常に並。天才肌ではなく理論的なほうなので、今回も考え込んでしまう。
慣れない事柄に突き当たった時、それを乗り越える方法として新野はいつも「模倣」を選んできた。
より上手いヒトのものまねをまずしてみるのだ、そしてだんだんと自分のものにしていく。
今超えるべきは三条の武力。
それに立ち向かう中、新野はどんなイメージもわかないことに苦しんでいた。
突きをくらう時、相手の動きが視えているのに避けることができない。それはとても苛々する。
「うーん、強い奴のイメージ、イメージかあ……」
頭に浮かんだのは狼王や本名など。しかしそれは模倣できる気がしない、彼らは癖が強すぎてとてもじゃないが真似などできそうにない。
もっとなにかないか、と自分の記憶を思い返していて、新野は足を止めた。
暗い夜道、人通りはない。しんと静まり返っている。
(まるで殺人現場みたいだな)
しかしそこにはむせかえるような夏の血の匂いはない。
凶器を握った男もいなければ、被害者の女が髪を散らして倒れていることもない。
そんな過去の場景が頭に浮かんで、新野の口端はわずかに上がった。
「ふふ、なーんてな」
頭を軽く振って気分転換をする。
そこに闇の中から背中にひたりと触る感触が落ちてきた。
(ばあ! びっくりした?)
顔の横から首をにゅっと出したのは龍王だった。
「全然。てかお前の気配はいつでも感じるし、テュラノスなめんなよ」
(なんだ残念、面白くないな)
「なんだとコノヤロウ」
小さくなった龍王の頭を小突いて新野は笑う。
龍王はその笑顔を肩に乗ってのぞきこみ、
(新野、辛い時に笑うクセは、僕を心配させるだけだぜ)
「は……」
軽い口調で言われた言葉に新野は一瞬息をするのも忘れた。
確かに今、自分の気持ちを殺すためにわざと笑っていたかもしれない。それは最早癖になっているので自覚するのも難しいことだった。龍王に言われなければ自分が辛いと思っていることさえわからなくなっているくらいに。
「そう、だな……」
新野は笑顔をやめて、伏し目がちにとぼとぼと歩く。
自分の感情を看破されることは恥ずかしく、情けない気持ちになるものだった。
「いや、でも……ありがとよ」
(ん? なんでお礼?)
「だって地上では、そんなの誰も気がついてくれないんだ。他人のことなんて、そう見れるわけじゃないから。なんて、こんな話するのも普通はしない」
(そんなことはないさ。ただ新野がしてこなかっただけ)
「……そうかな」
(それより新野、稽古はどうだったの?)
「稽古って。いやそれがさあ……」
明るい調子の龍王にひっぱられるように、新野は先刻までのことを忘れ鍛錬について語った。
話終えた頃家に到着した。
(――ふむ。つまり新野に合った武器がなにかってことか)
「速く動けて軽いのがいい、つっても俺そんなん想像できないけどな。地上で見る刃物って包丁くらいだし」
台所の土間を抜ける際包丁を目の端にとらえる。それを握って亜龍に対峙する想像が働いた。
「間違いなく即死だ」
(懐に入るまでに何撃か受けてしまうだろうな。そういえば新野、はじめて会った時もボロボロだったっけ)
「笑うな馬鹿。あの時は相討ち覚悟だったからいい、でもそれじゃこれからは駄目だろ」
(ヴァンサントの時のは? 大きすぎるか)
「あんなでかいの持ってどう動いたらいいかわかんねえよ、鳥類の王との槍の時もそうだけど、お前がいたから使えただけだ。俺が一人で戦えるように考えないと」
新野は縁側に腰を据えて一息ついた。
「せめて纈に心配されないくらい。じゃないとあいつが満足に動けなさそうだろ」
足をひっぱる自分しか想像できず、新野は唇を噛んだ。
立ち上がり庭に立って意識を集中する。額にしるしが浮き上がった。
黒のコートを脱いでイメージをすると、コートは収縮して一振りの剣になる。
「狼王の牙と同じように、状況に合わせて武器を作るのもアリだと思ってたけど、それじゃ駄目だって今日の鍛錬でわかった」
ひらりと新野の肩から龍王は空に飛ぶ。新野は剣を軽く振った、それは重く何度も振りぬけば疲れてしまいそうだ。
「纈が言うように、もっと反射的に動ける武器を決めとかないと。軽くて、短くて……」
手の中で剣が姿を変えていく、刀身は短くなり、その分軽くなっていく。
(もっと好きに考えるといい)
「好きに?」
(それは君の想像なんだから、重さとかだってそうだ、既存のものに合わせなくっていいんだよ)
「…………」
剣は再び形を変える。
刃と柄の境が無く、橙色一色の形になる。重さはほぼ無く、大きさは肘から先程度のもの。それを二振り、両手に構える。剣とは呼べない、大振りなナイフといっていい。
(うん。イメージを限りなく簡略化して重量を失くすほうに想像力を寄せたんだね)
「よし、じゃ付き合ってくれよ」
(ふふん、いいだろう)
肌の上で新野の服も構造を変えていく。首や心臓、部分だけに装甲が出来、動きが制限されないものへと変じる。
庭にずん、と降り立ったのは新野よりひとまわり大きい黒龍。
二足と尾で立ち上がって、龍王が対峙した。




