前向きな戦意
三条は虎にむかって身を乗り出した。
「那由多殿、亜龍の動きを教えていただけませんか。昨夜長首龍が斥候にやってきましたが、襲撃までどのくらいあるのでしょう」
那由多と呼ばれる大きな虎は、隻眼を輝かせる。
『迎え撃つ気か纈、相変わらず豪胆な奴だな、敵であるわたしに聞くとは!』
「勘違いをなさらないでください」
ふるふると首を横に振り、三条はそばに置いていた棒を握り水平に突き出した。
「教えていただけないのであれば、力ずくで聞き出すほかありませぬ」
そう告げて好戦的に笑ってみせる。新野は隣で冷や冷やしていたが、那由多は上機嫌に笑った。
『それは困るな! 友と戦わねばならないとは、我々も数奇な運命ではないか』
すると急に虎は真面目な声色に変わった。
『ロクは元気か、よく遊んでやった子どもたちは』
「みな健やかでいます」
『それは十全だ。驚かせるのは悪いから、帰りも隠れて出るとしよう』
図体にしては素早くしかしゆったりとどこか余裕のある動作で那由多は立ち上がる。
出ていこうとする那由多を三条は揺るぎのない瞳で見上げている。
『――いつとは明言できないな。長首龍と甲角龍、あの兄弟がどっちが先陣をきるかでもめている。しかし龍どもはみな飢え、星装龍が死んだことでさらに荒れているだろうさ、短気な奴らだ三日とはもつまい』
よどみなく話しながら、那由多は縁側を降り庭に音もなく着地した。そして振り向いてひたと三条を見据える。
『纈、元気そうでなによりだ、これは間違いなく本心だ。聞いて頂けるかはわからぬが、虎王にもそうであったと伝えよう』
「那由多殿……」
『次はいつ会えるのか……、いや、戦場で会ったとしても我らの友情に変わりはない! 龍王殿、葵も次に会う日まで纈をよろしく頼むぞ!』
快活にそう告げた那由多の姿がすうっと風景に溶けていき消えた。現れた時と同じように。
後に聞けば虎の眷属の能力で、迷彩は藪だけにとどまらなかったようだ。
「熱いヒトだな」
「はい」
新野が言うと三条は嬉しそうに破顔した。
そして数秒黙考し、三条は龍王と新野に向き直る。
「亜龍との決戦になるやもしれませぬ」
しんと空気が静まる。庭からは平穏な鳥の声と村の生活音が入って来る。
三条は目をわずかに伏せ言葉を選んでいるようだった。
おそらく新野と龍王がこれからどう行動するかを聞きたいのだろう、と新野は予想する。
そのうえで三条が新野たちにも参戦を頼むか、戦場から去れと言ってくるのかはわからないし新野にはどうでもよかった。既に新野の心は決まっていたのだから。
「俺は思うに……虎王は纈を巻き込まずに亜龍や邪龍王と敵対するつもりなんじゃないかな」
新野のその意見を聞いても三条は驚きはしなかった。彼もそう思ったことがあったのだろう。
「独りで事態を収拾しようって、思ったんじゃないかな」
「だとしても、私は納得できかねる」
「そうだよな……」
新野が肩を落すと、困ったように三条は微笑んだ。
「私はやはり虎王様のそばにいることが自然なのだ。今のこの状態は不自然だ、たとえそれが生まれ故郷での生活であっても。そのことを虎王様にお伝えして、わかっていただければきっと、またお傍において頂ける。ずっとそう考えていた。私は自身のことしか考えていない、とても恥ずかしい人間だ……」
「いや、別に、いいんじゃねえかな」
新野があわてると三条は可笑しそうにしたが、上げた視線はまっすぐで力強かった。
「私は虎王様の真意を知りたい。私の変わらぬ信念も、伝えたいのだ」
「ああ、いいと思う。付き合うよ」
「……危険な目に合わせると思うが」
「どうせ因子の情報を手に入れるために、亜龍の住処っつー聖堂に行きたいしな。ついでに虎王にも会ってみないと。なあ?」
座布団の上で丸くなっている黒龍は同意で尾をぱたぱたと振った。
(ねえ纈、君がけっこう頑固者なのは知ってるよ。危ないからやめとこうなんて、言ってもどうせ聞かないだろう? だったら一緒のほうが怪我もしないかもしれない、僕はともかく新野なんて危なっかしいんだ、君がいたほうがこちらもなにかと安全だ)
「なんだよその打算的なの。どうせお前だってほんとは纈たちが心配なだけなくせに!」
(なんだよ新野、いつもは君がやめとこうって言うくせに!)
同じようなことを言って口論を始めた一頭と一人に三条は目をぱちくりとさせ、次には声を出して笑った。
虎の去った家ではそれから朝食の準備を始めたのだった。
朝食を終え、村が狩りや畑仕事に精を出す頃、新野は久しぶりにいつもの黒い洋装に身を包んでいた。
三条に連れられて村の中心地、集会場に入る。
板張りの床に裸足で上がる。大きな龍王でも入れたほどの広い建物だ、地上の小学校の体育館を思い出す。天井はそこまで高くはないが、新野が四人は縦に並べそうなくらいには高い。
他にヒトがいないがらんとしたその空間に、たすき掛けに袴姿の三条が進んでいく。
そのしゃんとした背中に新野は嫌な予感がした。
三条が壁にかけてある棍を手にとった時その予感が的中していることを確信した。
「では、はじめようか」
にこにこと人の好さそうな笑顔の男が長く重そうな武器を両手に持っている。
「一応聞くけど、なにをでしょうか……」
「もちろん、鍛錬だ」
「やっぱりか……」
溌剌とした返答にがっくりとうなだれる新野に三条は意気揚々と解説した。
「ここぞという時に動けるかどうかは普段の鍛錬からくるのだぞ。戦場において行動はほとんどが反射的なものだ、頭でとらえ考え行動することなどほぼできぬ。積み上げた結果が出るものと思えば、この時間全てを費やしても足りぬと思うたほうがいい。志半ばで悔やむことがないようにせねば」
「はあ、そうですね……」
「背筋を正せ!」
唐突に張り上げられた声に驚いて新野はびしっと直立する。
その胸に棍の先を向け、三条は構えた。
とたん見えない圧力が胸を押してくる錯覚を新野は覚える。
三条は本気だ、新野は目を見張り全身を緊張させた。
「星装龍を討ち取ったからといって慢心になられては困る。腕に覚えがあろうと、何が起こるか未来が視えるわけではあるまい。龍王の隷属よ、いざ勝負!」
ウソだろ、と声を上げる余裕などない。
穏やか極まりない青年がまるで別人のような闘気をたちのぼらせている。
それは最早鬼を相手にしているようだった。
新野はすぐさま同じく棍を壁からひっつかみ鬼に対峙した。
初動で派手に、龍王のテュラノスは床に沈められた。
打った背中が激しく痛む。
「立て! もう一度!」
熱い声に促され立ち上がった瞬間、身を低くした三条の襲来。足を蹴りさばかれ床に受け身もとらず転ばされる。
「いった……ッ!」
鼻を打って嘆いている頭上から殺気、横転すれば床を棍が打ち付ける。
避けなければ頭蓋に突き立っていたかもしれない、ぞっとする。
「油断をするな!」
「くそっ!」
素早く身を起こし怒号一声棍を三条に向かって力強く払う。
が、半歩下がった相手の前でむなしく空振り、力を込めた分戻りが襲い。
そこにずん、と突きが入り、新野は胸の衝撃とともに後ろに吹っ飛んだ。
壁に背中を打って、息が一瞬できなくなる。
たまらず膝と手をついて咳き込む新野。
それを厳しい目で見ていた三条が、ふうとひとつ息を吐いた。
気まずい沈黙が流れる。
新野は愕然としていた。
全く攻撃が当てられる気がしないのだ。そして避けられるイメージも無い。
はあはあと新野の息は荒いが三条は少しも乱れていなかった。
「俺……」
なにか言おうと思ったが、なにを言っても情けない言葉になりそうで新野は口をつぐみ壁に背中をあずけて座った。
この世界に来て何度か戦いの場面に出合い、星装龍を倒した時、たしかに新野は自信を感じていた。
しかし今それが音をたてて崩れ去っていく。
自分はただ、強大な龍王のテュラノスという力に頼っていただけなのだと知った。
それがなければこんなにも弱いのだとがっかりしていた。
「それは違う」
しかしその心中をまるで見透かしているかのように三条がやんわりと否定する。
新野が使っていて、今は床に放られている棍を三条は拾う。
「潜在的な能力が高いのは真実なのだから、あとは使いようだ」
励まされても新野は憮然としていた。
「なあもしかして、俺がこんなダメってわかってて鍛錬鍛錬って言ってたのか?」
自然と疑うような声色で問うと、三条は苦笑する。
「普段の身のこなしである程度」
新野は大きく溜息をつく。三条は困ってしまったようだが、新野がすぐに立ち上がったことにほっとした。
「ちゃんと先生になってくれるんだよな?」
「私でよければ。ともに最善を尽くそう」
三条は新野に棍を与える。それをしっかりと新野は受け取った。
集会場からひときわ大きな、打ち合う音が響いた。
通りかかったロクは集会場の周りを囲む植垣に、頭から突っ込んでいる男の尻を見下ろしていた。
「なにをしているのだ……?」
「……鍛錬」
尻の返答は少し涙声だった。




