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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
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激突

 短い呼気とともに本名が一足で間をつめる。

 白い霧が一瞬にして形を変え、本名の片足を包み込んだ。すねに鋭利なギロチンが形成され、そのまま左から強烈な胴回し蹴りを黒葵龍へと叩き込む!

 シビノの両足が地面を踏み割る。硬質音が発生し、かざした片腕がなんなくそのギロチンを受け止めた。黒い袖の上で、蹴りの威力はまるで無かったように消え失せる。

 シビノは片手を捻る。とたん抗えない膂力に、本名の全身が回転する。たった少しの龍の挙動に、右の樹木へ横向きの重力で叩きつけられる。破壊された樹を突き抜け何本も巻き込み森の中へ本名は落ちる。

 本名の軋んだ肺から呼吸が漏れた。

 倒木をまたぎ悠然とシビノは歩み寄って来る。

「ほらほら、寝てるとすぐに死んでしまうぞ。テュラノスさん♪」

 愉快な声とともに膨大な圧力が放たれる。それに耐え本名はすぐさま起き上がった。

 前方でシビノが横薙ぎに腕をふるう。

 なんとなしの動きに、本名の直感が警報を鳴らした。

 シビノとの直線的軌道を回避するため、本名は跳んだ。一瞬間前、彼がいた地面一帯に黒点が出現する。黒くて手の平大の穴。その模様が無数に空間を覆う。

 刹那、黒点が内側へと凝縮し、空気もその場の全ての物質も巻き込み圧壊。無音の衝撃の後、半球状地面や樹木が綺麗にえぐりとられている。

「……!」

 驚愕する本名の進行方向へシビノは追撃する。腕を振るった方角へ黒点が次々と発生、破壊していく。

 それを避けた先、本名の顔面に黒点が一拍遅れて現れる。

 避けられない、と確信して龍がにやりと期待に笑った。

 が、鹿の角が木に張り手をかまし、その衝撃に本名は吹っ飛び地面を転がる。

 黒点は白い霧ごと空間を圧縮させる。がテュラノスは傷一つなく立ち上がる。

 シビノは舌打ちを放ち距離をつめようと動くが、ぞっと背中を襲った気配に身をよじる。

 斜めに倒れたシビノの体を、雷のごとく走る角が背後からかすめていった。

 ぴんと伸びた白い突撃槍。本名の背中から伸び大きく森を迂回してシビノの背後をとっていたのだ。

 今度は本名が舌打ちを放つ。

 二人は同時に地を蹴りお互いに距離をとる。


 そんな鬼気迫る衝突を狼王はらんらんと輝く眼で見守っていた。

 しかし次にはばっと後ろを振り仰ぐ。

 とん、と木の枝に降りたの黒い獣がいた。一頭と一羽。

「お前、たしか新野の知り合いの」

 樹上の獣はしなやかな体を伸ばし揺るぎなく枝に立っていた。

 黒い豹――ティカは猫科特有の瞳を森の中の戦いに向けている。

 その背中には大きなカラスがとまっている。カラスもまた戦いから目を離さない。

「鴉王に頼まれてビデオ係か?」

 狼王の揶揄に豹はつまらなそうに欠伸をした。

「五月蠅くて眠れないだけだ、あんたたちのせいでな」

 ただの動物が、狼王に対してこんなにも不遜な態度をとることは珍しい。狼王は鼻白みながらもティカから興味を失くしまた二人の激突へと目を戻した。

「おい、あれはなんだ。人間か?」

 しかし意外にも質問をされてまた豹を見上げる。

 ティカはけして戦いから目を離さない。狼王は同じく観戦しながら答える。

「いやああれはれっきとした龍だ」

「ヒトに見えるが」

「匂いは全然違うだろう、龍王と同じだ。存在する姿がふたつあるだけのこと」

「どっちが優勢だ」

「俺に聞くんじゃねえよ。まあ、奴さん、どうやら重力を司るらしい、あの本名でもこりゃ苦戦するだろうな、面白い」

 にやにや笑う狼王にティカはふんと溜息を吐いた。

 黒豹は尾を不満気に揺らしながら、しかしテュラノスと龍の争いをじっと見つめていた。


 シビノの追撃より速く本名が動いた。常人の目にはどう動いているかとらえられない神速が一撃必死の打撃を放つ。

 木を間にはさんで腕から白い無数の槍がシビノを襲う。

 黒葵龍はそれを全て受ける。体内の重力密度を変換した彼は鋼の高度を誇る体と化している。

 角が息つく暇もなく打撃を浴びせ、本名はその真横からもう一本の角を凝縮させる。

 枝分かれの無い純粋な一本。それにより濃く、硬く、シビノの鋼の体すら砕けそうな鋭利な三角錐が出来上がる。

 たわめた膝をいっきに伸ばし、全身のバネを乗せた一撃。

 狙うは首の一点!

 しかしそれを放つと同時に打撃の雨を受けているシビノと目が合った。

 まずいと予感した時本名の足が突然重たくなり、体の重心がぶれた。

 威力を失った突撃槍はなんなく黒葵龍にがっしりとつかまれる。

 槍が霧の姿に砕けるよりも早く、本名は抗えない膂力にまたも投げ出される。

 と思ったがそれが出来なくてシビノは眼を見開いた。

 突撃槍の柄尻が、無数に枝分かれしていて根っこのように地面に突き立っていたのだ。

 本名は渾身をもってシビノの力に抗った。そしてそれは一瞬だったが、その一瞬がシビノに隙を生んだ。

 打撃を起こしていた左の角が急激に形を変え、シビノの胴を包み込み捕縛する。

「またこれか! 二度も効く、か――?」

 挑戦的な黒葵龍の眼は相手を見て怪訝とした。本名はシビノを見ていなかった、いつの間にか取り出した小さな本、メモ帳を見ていた。

「なんだ、それは?」

 情報収集が趣味と自己紹介した、好奇心旺盛な龍は瞬間戦闘から頭を離していた。

 するりと本名の口から言葉が流れる。

「すなわちお前はヴァルハラにあり、レラズの若芽をむしって食べる。その枝角から零れた雫が大河となって――」

 シビノを見上げる本名の双眸は煌々としるしを発現させていた。

「なにもかも飲み込むのだ。エイクスユルニル」

 間延びした警報のような鳴き声とともに、その巨体は突如頭上に現れた。

 巨大な雄鹿は横に広がる枝角をばさりと振るう。色とりどりの花、葉、果実を生らせた角の無数の先から、雫がぱっと散った。

 神々しい虹が空にかかり、跳ねる雫が舞う美しさは誰しもの眼を奪う。

 それがぱたりと頬に落ちた直後、シビノは肌を焼く激痛に悲鳴を上げた。

 どっと豪雨がシビノに降り注ぐ。

 その全ての雫がなにもかもを溶かしつくす狂気の大河。

 強烈な酸性雨のスコールに目も口も焼かれ黒葵龍は現状もわからず叫ぶこともできず地に堕ちた。

 全てがわからなくなり意識はとうに飛び、ただ痛いと、肌はなくなり骨が浸食され自分という存在はこの雨に全て流される、そんな極大の苦痛に黒葵龍は支配された。

「……はっ!」

 しかしそれは、永遠に続くと思われた喪失感は我に返ったと同時に消え失せた。

 いったいどのくらい我を失っていたのかわからないほど、シビノは疑問で頭を埋め尽くされている。

 気づけば地面にうずくまっていた。

 視界にある自分の手の平は肌がしっかりとあり、傷一つない。

「げ、幻覚……?」

 どっと全身にかいた冷や汗だけが現実のものだった。

 冷たい地面の感触がよみがえり、遅れて森の音が耳に充満する。

 目の前に立つ足を見上げれば、本名がいた。

 どうやら幻覚に襲われたのはほんの一瞬らしい、場所も変わっていない、本名の息はあがっていて手にはメモを持ったままだった。

 しかしその一瞬に、シビノは完全に意識をもっていかれていた。幻覚であったと思い知るや否や、安心して長い息を吐く。

 そして乾いた笑いが口から漏れた。

「び、びっくりしたわ……」

 シビノからは戦闘中の圧力が消え、黒い翼がしゅるしゅると力を失うかのように腰に納入されていく。

 本名は相手の敵意が消失したことを悟り、同じように息をついて眼鏡を取り出した。


 二人の争いがひと段落したのを、狼王とティカも見ていた。

「なんだつまらん、あの龍油断しすぎたな」

 冗談めいて狼王は肩をすくめるが、樹上のティカはひっそりと息をのんでいた。

 息をもつかせぬ切迫した速度の応酬を目の当たりにして、ティカは自身が高揚していることを自覚していた。

 狼王はそんな豹の様子には気づいていたが触れず、本名とシビノへと歩み寄る。

 戦いによって何本も倒れた木をまたいで、シビノの横にあった倒木に腰を据える。軽く拍手をして、シビノへと声をかける。

「気は済んだか? 好き放題したようだが」

「ああ、まあな。心臓止まるかと思ったが、なかなかに真に迫っていたよ」

 そう告げる龍の表情はまだ固い。

「それはよかった、それじゃあこれからの話をしようか」

 疲弊した龍に元気満タンの狼王が迫る。今まさに勝利をおさめた鹿王のテュラノスも圧迫するように傍に立っている。

「黒葵龍。あんた俺達と、これからどうなりたい?」

 狼王は口端を上げたまま、龍の顔をのぞきこんだ。

 シビノはその愉快そうな視線を受けて苦笑する。

「とりあえずはそうだな、仲良くしようじゃないか」

 狼王は労うように龍の肩を叩いた。しかし本名は無言でシビノを見下ろしている。

 その冷気をともなう視線をシビノは観念したように見上げた。

「鹿はすまなかったな。謝罪しよう、元気になったら本人にも。鹿王にはお前から伝えてくれ」

 本名は眼鏡を指で押し上げた。

 狼王がうんうんと頷き、「さっそく仲良くしているじゃないか」と言って笑んでいた。

「ああそれと、とっておきの情報があるといっただろう?」

「ん、なんだそれ」

「彼にはいらんと言われたが、まあよしみで聞いてくれ」

 狼王も本名もシビノを注視する。それをみとめてからシビノは切り出した。

「バルフというところに龍王がいるようだが、邪龍王の住処の入り口もそこにあるぞ」

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