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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
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変幻自在のチャム・アップ

「だがちょっと待った!」

「断る」

 にやりと笑った次の瞬間には必死の形相で制してきた黒葵龍へと、本名は飛び出した。

 白磁の鉤爪を男の左右から薙ぐ。

「だから、待てと……!」

 男は飛び上がり鹿の角を回避。

 しかし交差しぶつかりあった爪は爆散し、白い霧の姿に戻る。

 宙の男を霧が包み込む。

「うぐ!」

 霧は再び手の平の形になり、巨人の両手が男の胴体を握り込んだ。

「ままま待て、話をしよう!」

 胴を締め付けられながら男は慌てふためる。

 その声すら掻き消そうと本名は全く容赦なく力を込めていく。

「……! ……っ、!」

 男は苦悶の声を上げるが既にそれは声にならない。

 あと少し力を加えれば、枝を折るようにこの男の胴をぼきりと折ることができるだろう。本名は自身の角へと命令を下す、より力を込めろと。

 その命令が下されようとした時、男の口元がにやりと笑んだ。

 一瞬不審に思う。

 刹那、本名の両肩がずしりと重くなった。

 肩だけではない、全身が、その場の空気全てに加重がかかる。たまらず膝をつき、男を見上げる。

 鹿角も落ち、男の足が地面につく。

 握る力は落としていないので、男の苦渋の表情は変わらないが口元は愉快気に笑んでいる。

 加重は更に倍、増して本名は息を強制的に吐き出される。最早呼吸も不可能な上空からの重さ。

 本名の重さに耐えきれず地面に亀裂が入る。

 内臓がつぶされる苦痛に抗い、本名は更に男を握り潰そうとじろりと見上げる。

 対する男の瞳孔は線のように細くなり橙に輝く。本名にかかる加重はこの男が原因であることは間違いない。

 その対抗する殺意の間に、一陣の風が介入した。

 振り下ろした大太刀の刃が袈裟懸けに斬ったのは男の胴。つまりそれを握る本名の角だった。

 角は斜めに断たれ形を保てず霧散する。

 男は地面に着地し、同時に本名に降り注いでいた重さも消えた。

 勢いのまま地面を削り滑って止まった狼王。手には赤い柄の大太刀。

「なに我慢比べしてるんだ馬鹿かお前ら」

 正三角形の頂点の位置にそろう三者は、それぞれの動きに警戒して体を固める。

 まず黒葵龍の男がふうと息を吐いた。

「いやいやわしは待てと何度も言ったぞ、用件も聞かず殺しにかかってきたら反撃するのが世の常じゃろう」

「それはもっともだ」

「黙れ狼王、龍を目の前にしたらやることは一つに決まっている」

「それも納得だな」

「なんだお前、わしの仲間ではないのか。てか狼王なのか、こんにちはー」

「違うに決まってるだろ。……なんだこいつ」

 狼王は男を指差し本名に答えを求めるが、本名は男から目を離さず狼王を無視した。

 代わって男は自分から名乗り出る。

「二回目だがまあよし。わしは黒葵龍のシビノという。よろしくな」

 明るく笑うシビノを狼王は無表情で見返した。

「黒葵龍のテュノラスはいつの間にか代替わりしていたんだな」

「ん? そうなのか?」

 シビノが首をひねるので、狼王は訝しんだ。

「なんなんだ、お前?」

「だから黒葵龍だ。シビノという名は代々黒葵龍の族長をつとめる者の号で、個体名は別にあるがな」

「族長? なにを言ってるんだ?」

 今度は狼王が首をひねる。

 その二人の会話に本名は顔には出さないが苛立ちをつのらせていた。

「不毛だ。これがなんであろうと邪龍王のテュラノスならば殺す、それだけだろう」

「いやあ待て待て、そうでもないようだから捨て置けないんだ」

 本名の低い声に狼王はにやあと意味ありげに笑う。

「お前にはわからないよな。……こいつ人間じゃないぞ」

 言われた言葉に本名は一瞬思考を止めた。

「……どういう意味だ」

「人間の匂いじゃないんだ、甘ったるい――龍王に近いやつだな。だから、テュラノスじゃないってことだ」

「ははは、ばれたか」

 シビノは腰に手を当てからからと笑った。

 本名の殺意が不可解な出来事に少し緩んでいく。

「だから言っているだろう、わしは黒葵龍のシビノだと。狼王、お前はあれか、王がテュラノスを食ったというやつか」

「…………」

 シビノの問いに狼王は憮然とする。意に介さずシビノは続けた。

「わしもまあそんなだ。わしは黒葵龍の因子として少女のテュラノスに入れられたが、ちと自我が強すぎてな、少女の存在を結果的に食ってしまったらしい。そしたら、まあこういうことだ」

 両手を広げ、冗談のようにシビノは肩をすくめる。

「因子がテュラノスを食う? そんなことがあってたまるか」

「龍の因子は過去の記憶からなる。わしはその記憶が形になったのかの。別格なようだ」

 なにがおかしいのかシビノは笑った。

 本名は若干呆気にとられていた自分に気が付きはっと我に返った。

 邪龍王のテュラノスをテュラノスとするのは、龍の因子である。

 その龍の因子は新野の一つ前の龍王のテュラノスが所持していたもので、元は龍王の持っていた因子。

 白銀龍も火龍も、この目の前に立つ黒葵龍も龍王の中にあった能力だということだ。

「では、お前は龍王の味方だというのか……?」

 疑いを如実ににじませた目で本名はシビノを睨みつける。

「さてなあ。わしはその龍王にまだ会ったことがないし、しかし因子であることに変わりはないから、会ってしまえば支配力が働くのかもしれぬ。逆に言えば会わねばわしは自由だ。こうして自由な体も手に入れたからの」

「邪龍王の支配力はないのか?」

「無い。もともと奴に信奉しているのはテュラノスたる人間たちだからな」

「それで、お前はなにしにここに来た」

 手の中でもてあそんでいた太刀の切先を狼王はシビノへと向ける。

 その鋭さを見つめながら、

「おお、忘れるところだった。そこの鹿王のテュラノスがわしの可愛いペットを殺してくれたからな、仕返しをしようと思っていた」

「なんだ、そんなことか」

 狼王は切先を下げ、手の平から太刀を消失させる。

「だったら好きにしろ。できるならヒトんちの庭でなくよそでやってくれると嬉しいがな」

「だ、そうだがどうする?」

 狼王は後退し、離れた位置で岩に腰掛ける。

 シビノは挑発的な目線を本名に送った。

 本名はその挑発を全く受けず、問い返す。

「謝ってほしいのか、蜥蜴を殺したことを」

「最初はそのつもりだったが、今さら謝ってもらってもなんとも思えんよ。死んだらもうそれまでだし、わしに責任がないともいえん。放っておいたから蜥蜴は邪龍王に使われ、お前さんとぶつかった時も助けにいかなかったしな」

「ならばどうする」

「んー……、仕返しうんぬんはなんかもうどうでもよくなってきたんで。むしろわしが知りたいのは邪龍王と龍王のこと。これからの身の振り方の参考にさせていただきたい」

 戦闘の起こらない流れに狼王がつまらないと嘆息した時、本名は、

「では私に謝れ」

と断言した。

「……は?」

 不穏な空気が頭をもたげる。

「いや、そこの鹿に謝れ。我が鹿の王にも謝罪しろ。私の怒りは……まだ少しもおさまっていない」

「……ほっほーう? 自分は棚に置いて、わしには謝れという。蜥蜴は死んだが鹿は生きているというのに?」

「謝れというなら謝ろう。しかし言わせてもらえば、状況が違う。蜥蜴は自ら私に挑んできた、が、鹿は違う。お前は弱い者をなぶる悪趣味な奴なんだろうな」

「いやあ、それはそれは……はは…………勝手に、決めるなよ」

 シビノが這うような低い声をぼそりと出した。

 空気に亀裂が入ったような感覚。

 重くねっとりと肌に絡むような風がかすめていくような気持ち悪さ。

 全て眼前の龍から発せられている。

「あーもー、なんかあったまきたぞわしは。空気読めない奴はこれだから困る。仲良しこよしできたはずじゃろうが、なのにぶち壊しおって」

 うつむきぶつぶつ呟くシビノの指先に力がこもり、ヒトの爪でなく鋭利なそれに変わっていく。

 ざわりと橙の髪が風に揺れ、一瞬見えた双眸はぎらぎらと獣の輝きを放っていた。

 シビノの両耳にぶらさがる銀輪がしゃらしゃらと鳴る音が聞こえる。

「そんなに黒葵龍を敵にまわしたいのなら、ご要望にお応えしてやろうではないか」

 シビノの発する声が二重に響く不可思議なものへと変じた。

 前傾姿勢をとった彼の腰から、皮膚も衣服も突き破って、黒塗りの蝙蝠に似た翼が現れる。

 ぬらりと濡れたような怪しげな輝きを放つ両翼。

 対するように本名を取り巻く霧も大きな翼のように形成されていく。

 白と黒の緊迫した対峙に、狼王だけが眼を輝かせていた。

「いいじゃないか。――用意、はじめっ」

 彼の口の中で、小さく宣言された開戦。

 本名とシビノは同時に地を蹴った。

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