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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
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三条と新野

 畳の上に敷かれた布団の中で、新野は目を覚ました。

 障子を透けて陽光が部屋に満ちていた。

 あくびまじりに布団を出て、目をこすりながら障子を開ける。

 縁側の向こうに小さな庭がある。

 そこで座って日光浴をしている龍王がなんとも光景にそぐわなくて新野は脱力した。

(おはよう)

「ああ、おはよう」

 縁側に座って大きく光る太陽を見上げる。

「平和だな……」

 畳の部屋にも布団で寝ることにもひどく懐かしさを覚えていた。

 まるで現実に返ったかのようだが、龍王がいる時点でそれは空想に過ぎない。

 そういえば、と新野はぼんやり思う。

 以前の新野にとっての現実――地上の世界を思い出すこと自体が久しぶりだった。

 ぽかぽかと陽を浴びているとまた瞼が重くなってきそうなので、無理矢理立ち上がり着替えることにした。

 用意されていたのは綿でできた藍染の上下。紐で縛るのは甚平に似ている。

 不慣れな格好にそわそわしながら、布団をたたんで部屋を後にする。

 新野が泊まったのは三条の屋敷の一番奥の間だった。

 少し背の高い長屋、といったふうの木組みの家が、新野の泊まった離れと外廊下で繋がっている。

 砂利の上を一段高く伸びる廊下を渡り、母屋に移動する。

 その間も目は家をぐるりと囲む庭に向いていて、地上では見たことがない、色とりどりの背の低い植物を眺めていた。

 椿の葉に似て光沢があるが木それぞれが色が違う。花は咲いていないが葉の色だけで十分華やかだった。

 その不思議な植物が赤い一群になったところの向いが、炊事場だ。

 井戸が庭にぽつんとあって、小さな畑の跡が残っている。

 盛り高くなった土は根を抜いた跡があって、土はぱらぱらに乾いていた。

 おそらく二年前に植えていたものをとっぱらってしまったのだろう。

 家の主である三条が不在になっても、ロクや村の住民が定期的に掃除を行っていたという。

 そのため三条の不安は外れで、龍王も新野も一晩お世話になったのだった。

 からん、と涼しい音がして、新野はひょっこり縁側から一段下りた広間を見た。

 そこは床がなく地続きで、岩が敷き詰められている。

 からん、からんという音はそこにいた三条の足音だった。

 下駄を履いて炊事場を行き来している三条は新野に気が付いて爽やかに破顔した。

「ああ、おはようございます。よく眠れましたか」

 そう聞いてくる彼はたすきがけに腕をさらして額の汗を拭いた。

「ああ、ぐっすり。布団で寝るの久々だったけど、なんかこう、幸せを感じるんだよなあ~」

 喜びを伝えると三条も嬉しそうに微笑んだ。

「では朝餉の準備をもう少しいたしますので、隣の部屋でお待ちください」

「ああいいよ、俺も手伝うし。てかお前それで汗だくなの?」

「これは、御見苦しくて申し訳ありません。習慣というか、合間をぬっては体を動かしてしまうもので」

 恥ずかしそうに笑う三条の近くには、木製の棒が立てかけられていた。

 ちょうど彼が振るっていた槍と同じくらいの長さだった。

「ずっと眠っていて、体もひどくなまっていたので。昨夜はそれで充分に動けませなんだ。そうだ、新野様もあとで鍛錬にお付き合いください」

 きらきら輝く目に新野は後じさりした。

「い、いや俺は……」

(なになに、朝ごはん?)

 そこに尾をひきずって龍王がぬっと現れる。ナイスタイミング、と新野は思うが、

「いいえ、鍛錬でございます」

「いや朝ごはんにしよう?!」

 そこは全力で主張をするのだった。


 龍王もいるので部屋には入らず、縁側に座って朝食をとることにする。

 握り飯に海苔に漬物に味噌汁。

「うわあ、ものすっごい懐かしい献立」

(ちょうだい、ちょうだい)

「自分で食えよ。鞍も外したんだから、もっと小さくなったら?」

(あ、そっか)

 ここにきて思いついたのか、冴龍はみるみるうちに質量を小さくしていく。

 存在が霞がかると次にはぽん、と新野と三条の間にヒトの半分くらいになった龍王がちょこんと座った。

「その大きさだと龍王とか嘘みたいだな。なんの威厳もないよ」

 新野はからかいながら握り飯を龍王の口吻に押し付ける。それをそのままあぐあぐと食べるのに龍王は夢中だった。

「よく食べるこって」

(だってお腹がすいてたんだもの)

 早い速度で飯をたいらげていく龍王を新野は呆れて見る。

「王は私たちとは違いますから」

「俺達って、テュラノスとってことか?」

「ええ。我々の空腹感は生き物のそれとは違うらしいのです。生きるために食事をとるということが我々には本来必要ないこと。しかし王は生き物ですから」

「たしかに。そういや時間たっても腹減ったりしなかったな。美味いのはわかるのに、不思議だねえ」

「しかし腹が空かないからといって、食事をとるのを忘れてしまえば、それこそ最早幽鬼かなにかの類です。だからこうしてヒトと同じように食事をとる。虎王が、私に課したことのひとつでした」

 そう言って三条は一瞬寂しげに目を細める。が、つぎには空になった漬物の皿を持ってついでくると席を立った。

「……やっぱりテュラノスが王を倒すなんてこと、できないんじゃないかな。なあ?」

(ふむふむふむ、うまうまうま。もぐもぐえ、なに? んぐんぐ)

「…………いや、いいや。喉つまらすなよ」

(んむんむ)


 朝餉を終えたら片付けをして、三条が家の中の残っているものを確認している間、新野も冒険のようについてまわった。

 それがひと段落すると、家を出て村に行くことになる。

「昨夜は会えなかった、皆の者にあいさつを。是非お二方にもご同行願えますか」

「あ、ああ。もちろん。でも龍がいて大丈夫かな」

「その姿ならば問題ありますまい」

 今は新野の頭に乗っかっている龍王を見て、三条は思わずといったふうに笑った。

 雪駄を借りてだんだんと慣れてきた衣服の紐を結び直す。

 こうして和風に近い格好をするとどうしてもくすんだ金髪が浮いている気がして気になった。

「くそう、染めなきゃよかった」

「新野様、髪を染めていらっしゃるのですか?」

「そう。テュラノスになったから、もしかして一生このままかな」

「そうですね、姿形はもう変化を受け付けないようにできているようですから」

「やっぱり……」

 苦々しく歯を噛む新野は、ふと三条を振り仰ぐ。

 村の雰囲気や衣服には慣れたが、どうも慣れないものがある。

「なあその、新野様ってやめろよ。堅苦しいし、敬語も慣れないし。俺なんて全然ため口なのに」

「ため……? では、なんとお呼びすればよろしいか」

「新野でいいよ。呼ばれ慣れてる」

 新野にしてみれば、肩を並べて歩く三条とは年代も近いように思えて、どうにも敬語は使いにくい。

 ですが、と三条は言葉を濁した。

「それは家名でしょう? お名前はなんと申す」

 真面目が服を着ているようだな、と新野は思う。

 そういえば三条は村の住民を全員名前で呼んでいたように思う。村の住民どうしもそうだった。

 三条にだけ家名、苗字があるのかもしれないが、名前で呼び合うのがここでは普通なのかもしれない。

 新野は逡巡する。

 普段名乗りなれていないーー名乗らないでことたりるものを自分の口から告げるのに抵抗があった。ある理由で、新野は自分の名前を少し疎んでいることもあり、余計に口に出したくなかった。

 しかしここは地上ではない。

 理由など、ここでは通用しないのだ。だから逡巡を捨て去ることができた。

「マモルだよ、新野(マモル)

「わかりました」

 三条はひとつ頷く。

「では葵、いこうか。私の村を案内しよう」


 村を出歩いてわかったことはひとつ。

 三条は大変村人に愛されているということ。

 道を行くと、ひっきりなしに住民たちに声をかけられる。

 村の端に建つ三条の家を出て、中央の集会場まで来たが、

「大丈夫か、纈」

「ああ、なんとか。前は見えぬが」

野菜やらなんやらを既に両手いっぱいに担いでいる三条はふらふらと歩いている。

 崩さないように半分あずかると一息ついた三条の顔が現れた。

「ありがとう、葵」

「いやあ、それにしても好かれてるねえ」

「私が特別なのではない、これが普通なのだ」

 ははは、と三条は明るく笑った。

「皆でわけあって生きる。小さな村だから、ひとりひとりが家族のようにつながっている」

「なるほどな」

 だとしてもここまで全員に笑顔で迎えられるというのは、やはり三条の持てる気質のおかげではないか。

 丁寧にあいさつして、感謝の意を全力で純粋に伝えている。

 輝く陽光のような気配を惜しげもなく放出してくる三条の近くにいると、誰でも笑顔を引き出されるようだった。

 ふと、昨夜の三条が脳裏に浮かぶ。

 闇の中、肉片をぶら下げた獲物を軽々と抱え、全身を返り血で染めていた男の双眸は、たしかに闘志に燃え盛っていた。

 同じヒトではないようだ。

 集会場の入り口をかりて一旦荷を下ろしていると、見知った顔が横ぎった。

「ロク、おはよう」

「ああ、……随分と歓迎されているではないか」

 同じ住民の目からみてもやはりそうなのか、と新野は内心納得する。

 彼女のわかりにくい視線はその新野の頭に注がれていた。

「堂々と龍を連れていても騒ぎにならん理由がわかった」

(へへん、可愛いだろう?)

 胸をはる龍王の意を見抜いたのか、ロクは眉根を寄せた。

「こうあっては龍もひとひねりに潰せそうだな。それはまことに愉快そうだ」

 肩を小刻みに揺らすのでおそらく笑っているのだろう。

 新野の頭の上で早急に龍王は胸を張るのをやめて縮こまった。

 村の住民には恐ろしがられることは全くなく、不審げな目線に突き刺されることがしばしばあった。しかし三条がそのたびに龍王の紹介をすると、子どもたちのおもちゃにされそうになる始末だった。

 あれほどはじめ不信がっていたロクも今はなんの頓着もしていないようだ。

 それが全部、村人からの三条への信頼であると新野は思う。

 しかし本当は、わからない。と同時に。

 理解できない「怖さ」に新野の胸の端は少し影に隠れていた。

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