バルフの村人たち
テュラノスはいわば獣王の奴隷。
ほぼ不死に近い体も、生前を軽く超える能力も、王の命とともにある。
王の死は自らの死。
そして精神もその隷属から免れない。
テュラノスは王を信頼する、王の為に行動し思考する。
それが大前提だと、新米テュラノスの新野も理解していた。
だから虎王のテュラノスである三条の発言は、驚きを通り越して謎に満ちたものとなる。
「自分の王を殺すとか、そんなこと思えるものなのか?」
(その前に、ありえない!)
普段ののん気な様子とは離れて、龍王は鼻息荒く新野の顔に口吻を近づける。
(だって、すごく仲が良かったんだ!)
龍王の疑問の声は、室内に荒いうなり声となって響く。
当の三条はうつむいたまま黙ってその言葉を身に受けているようだった。
「客人、少し黙れ」
そうぴしゃりと発言した声は、玲瓏で冷たい女の声だった。
新野の斜め前に座す者らしかった。
らしかった、というのは、その人物の格好によって判然としなかったからだ。
厚手の首巻が襟元を覆っていて、顔の下半分が隠れている。
そして目深に帽子を被っていて、こちらを冷ややかに見ている目は影に半分隠れていた。
声は若い女だが、その様相からは男女の判別も難しい。
「ロク、そのような言い方は」
「黙るのは貴様もだサンジョウ、のこのこ現れおって。この二年間我らがどれほどの過酷を強いられてきたか。貴様なくして龍とどう戦えばよいというのだ。そもそも貴様は……」
窘めようとした三条にぎろりと向いて、首巻の向こうからくどくどと言葉が流れていく。
圧倒されて言われるがままの三条がどんどん小さくなっていくのを新野は不憫そうに見るしかない。
「……そして戻ってきたかと思えばこのような龍を。仲間だと? 冗談もたいがいにしろ。こちとら生まれてこの方龍など敵としか思うておらん。先ほどからうなっているが、本当に敵ではないとどうしたら納得できると思う。そこな客人が龍の主かなにかか? 子どもを食わず三条を目覚めさせたからといって、そうやすやす我らの信用を得られると思うなよ」
「はい……」
「なんか、すみません……」
三条も新野も肩を落す。絶対零度の声に心身ともに極寒だ。
(なんだか怖いヒトだな)
「いいえ、龍王。ロクはこの村の首領の娘です。村人のことを第一に思っていればこそ、かような厳しい言葉をたとえ相手が龍だとしても意見せねばならない」
「なにを血迷ったことを言っておる」
苛烈に声を上げるロクに、三条はふわりと笑んだ。
「心配することはない、さきほども言ったが、こちらは龍王様とその重臣、新野様でいらっしゃる。私と虎王のようなものだ、それも御力ならば私など足元にも及ぶまい」
ざわりと村人たちが口ぐちに話だす。それは新野と龍王へ注がれた視線と同じ、期待の意をもったものだ。
「その証拠がどこにあるというのだ。わたしには小さな龍と怪しげなニンゲンにしか見えぬ。愚鈍な貴様をたぶらかし、村を襲う気ではないと何故言える」
「我ら獣王の隷属には特有の徴がある。王とのつながりの象徴であり心の臓にも等しき大事な部分だが、私のものは過去に見せたはずだ」
言って三条は首もとの爪の徴をさらす。
幾人かの村人が頷いていた。
「新野様のものもお見せ頂きたい」
「あ、ああ……」
額に集中する。すると熱とともにひし形と両翼の徴が開いた。
続いて背後に虹の翼が浮遊する。
どよどよと困惑する村人たちに新野はなるべく刺激がないよう説明をした。
「あー、これが俺の力みたいなもんで。この光、かな、当たると傷とか治るんだ。これで纈の徴を覆ってた影を消しまして、そうしたら起きたわけだが……」
言いながら拙い説明だと自覚して、新野の声は翼とともに消えていった。
その隣では嬉しそうに三条がにこりと笑っている。
「わかってくれロク。龍王様は亜龍の首領とは敵対している身、我らに加勢こそすれ襲う気など毛頭ない。私のことをたぶらかす必要など無いのだ」
「どの口がそう言うのだ。虎王にまんまとだまされた貴様が!」
凛と指摘されて、三条は目を丸くして固まる。ロクはわずかにしまった、と罰の悪そうな雰囲気を出す。
おりた沈黙は数秒。
「そこまでにしないか」
と発言した者がいた。
村の入り口で見た男だ。少年少女の頭に容赦なく拳骨を落としていた男は、大きな背中を丸めて独り言のように続ける。
「客人よ、あんたはバルフについてなにも知らないのか?」
唐突の問いに、新野はしきりに頷く。
「そうだよな。村があることもきっと知らなかったのだろう、知っていて、もしもロクの言うように村を襲う気だったならユハタを目覚めさせないだろう?」
「なに……」
「龍とも戦えるユハタがいたら邪魔だろうしな。俺だったら、回復する力でもって村に取り入ってみせる」
ロクは黙りこむ。男の言うことがもっともだからだろう。
「このバルフが異界の地から世界に産み落とされてはや何十年。龍はそのころから島にいたが、村を――人間を襲うようになったのは、数年前からだ。ユハタが虎王に出会ってからはうまく隠れて生きることも、村をでかくすることもできるようになったが。ユハタのいないこの二年で、村人は半分になった。俺達もロクも痛感している。ユハタがいなければ龍にはかなわないと。だからユハタの言葉を俺達は信じるしかない。そうだろう、皆の衆」
男が振り仰ぐと、他の村人たちも頷いたり同意の声を上げた。
「ロク、首領が倒れてからお前はよく頑張ってくれている。だがユハタが戻ったのだ、一人で気張らず新しい世代で支え合うべきだろう」
「……そんなことはわかっている」
ずっと組んでいた腕を、脱力するようにロクは解いた。
三条は眉を寄せる。
「本当に、すまなかった。ロク……」
「そうと思うのなら、二年分働いてみせろ」
ロクの返答に三条は破顔する。ロクは気恥ずかしいのかふいっと目をそらした。
「本題に戻るぞ! 貴様が言う通りそこの龍と客人が力のある奴だとして、虎王とどう戦う」
「それは……」
(えへんえへん!)
議題が方針を取り戻しかけた時、邪魔するように龍王が咳払いをした。
長く龍に苦しめられてきた村人たちはぎょっとするが、ロクはなんの気負いもなく龍王にも苛烈な言葉を放つ。
「五月蠅いぞ駄龍! 我々は人間だ、人語で話すことができないのなら隅で寝ていろ!」
(な、なんて横暴な……)
涙ぐむ声色に新野と三条は苦笑するがそれも村人たちには伝わっていない。
「なんだ、なにか意見があるとでもいうのか?」
(あります!)
「ないのなら寝ていろ、二度言わせるな」
(ありますって! 新野ぉー!)
「はいはい……」
泣きついて来る王の近すぎる口吻を押し返して、新野は嘆息する。
「俺の王サマが言うに、纈と虎王は仲が良かったみたいだな。それがどうして討伐、なんてものになっているのか全く納得できないらしい。説明してくれないなら加勢も満足にできない、とのことだ」
「貴様、やはりなにも言っていないのか。まだるっこしい」
ロクの剣呑さにも三条はうつむいたまま答えない。
「そもそもみんな戦支度しているけど、話し合ってすぐ実行するってのか。俺達はさっき着いたばかりだってのに」
「いや、それは違うぞ客人よ」
「違うって?」
「もうすぐ陽が落ちる。したらば亜龍の群れが襲撃にやってくるという、村恒例の行事のようなものだ。毎日というわけではないが、襲ってくるとしたら日没後と決まっている。陽が出ている間は島の周囲を徘徊し外敵に備えているが、そちらに収穫がなければ夜こちらを襲う。今までは我々でもなんとか相手ができる小物だったが、それは星装龍の狙いが虎王やユハタだったからであって、その星装龍ももういない。まして虎王に相当する、龍王なるものがこの場にはいる」
(そんな、僕がいるから?)
「いや、お前だけじゃねえだろ。俺も、それに纈ももうここにいる」
「そういうことだ。ならば備えなければならない、これ以上犠牲を出すつもりなどないからな」
「犠牲って、村人がだよな」
「この二年で半分になったと言っただろう。龍の収穫だ、我々は、龍の文字通り餌なのだからな」
亜龍はヒトを喰う。
ロクの発言に、新野は面喰らった。




