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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
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暴虎馮河に燃える者

 男はしばらく天井を見つめていた。

 わっと喜ぶ少女の声に目がゆっくりと動き、上体を起こす。

 今にも飛びつこうとしている少女を少年がおさえている。

 男は新野を見て、龍王を見て、少年少女に振り返った。

 二十代半ばの外見、深い藍色の髪と瞳。凛々しいながらも穏やかで物静かな印象を与えてくる男だった。

 にこりと男は笑む。

「ヤサ、ガシ。そなたらがこの方たちを連れてきてくれたのだな、ありがとう。おかげでこうして、目覚めることができた」

「ユハタ様! ほんとうに良かったです!」

「ヤサが無理矢理やったんだ、俺はなんもしてないよ。ユハタ様、二年も眠っていたんだよ」

「二年……」

 男はわずかに目を見開いた。

 しかし次には、少年を安心させるように微笑む。

「そうか、その間守っていてくれたのだな。そして今こうしてここにいてくれて嬉しく思う。……しかし二人だけで森を出歩くのは感心せぬ。なにかあっては遅いのだから」

「はあい」

「ごめんなさい……」

 うなだれる二人に小さく息をついてから、男は新野に向き直る。

 まっすぐのびた背中や所作全てが、新野にない空気を醸している。

 たとえるなら茶道や剣道にある、静かながらも引き締まった雰囲気だ。

 思わず新野も姿勢を正す。

 男は会釈をした。

「失礼いたしました。この度は我が身を救って頂き、誠にありがとうございます。こうして徴を取り戻すことができなければ、私はあの夢に溺れつづけていたことでしょう」

「いやいや……。あ、あの、あんたが三条纈さん、虎王のテュラノスで間違いないんだよな?」

「はい、いかにも。未熟ゆえ、ご迷惑をおかけいたしました。重ねてお礼を申し上げます」

「いやいいってそんな! まいったなあ、初めてだこういう人と喋るの……」

 どこか気恥ずかしく新野は頭をかく。

「ま、じゃあ改めて。俺は新野っていいます。新しい龍王のテュラノスになって、虎王に会いたくてここに来たんだ」

「虎王様に……」

(ねえ纈、久しぶりだね)

 首を伸ばして、龍王は嬉しそうに鼻先を男――三条に向ける。

 三条も口元を自然と綻ばせた。

「はい、龍王様。こうしてまたお会いできて、感無量にございます」

(でも虎王がいない。君から気配も感じない、いつも一緒だった君たちなのに。いったいなにがあった、この二年、いや二年前から君は寝ていたんだったな)

「……」

 三条は目線を下げて、重い沈黙を返す。

 そしてしばらく考えた後、立ち上がった。

「村へ来ていただけますでしょうか。お話したいことがございます」


 支度をしている三条を待っている間、新野は龍王とともに小屋の外、巨木の根元にいた。

「なんか訳ありっぽいな」

(うーん、気になる)

 ぐるぐると低く唸る龍王の向こうに、新野は森の景観にそぐわないものを見つけた。

 金色の像だ。半楕円状の金の柱と、その中に片手を上げた男の像。

 それが森に半分埋まった形でななめに突き立っている。

 苔が生えているところから見て、随分長い間そこにあるようだ。

「あれ、これ見たことあるような……」

(それじゃあ地上から落ちてきたものなんじゃないか?)

「落ちてきた……、あ、そうかこれ。ドゥシャンベのものだ」

(ドゥシャンベ?)

「はじまりの地」

 背後から声をかけられる。

 着替えた三条と子供たちが小屋から出てきたところだった。

 その格好は和装だが、細部が新野の知る日本のものと少し違う。

「三条さん、日本人……なんだよな?」

 三条はかぶりを振る。

「纈、で結構です。新野様は本名殿をご存知ですか?」

「俺のことは様付のくせに……。ああ、ちょっとは知ってる」

 釈然としないまま、反論は諦めた新野は頷く。

「本名殿がその像を見て、ここバルフをはじまりの地と呼んでいました、それに新野様と同じことを私に問われた。……私はここバルフの生まれです。名は父から授かったもの、なので日本人――というのはおそらく私の父がそうであったのだと思います」

「なるほど」

(はじまりの地ってなに?)

「ああ、地上で初めて大穴が開いたのが、「混沌」ができたのがその都市だったんだ。よくニュースでやるんだよ、それでこの像も知っててさ」

「にゅーすとはなんですか?」

「ええー……、なんといいますか」

 小首をかしげる三条を見上げ、新野は目をつむった。

 説明できなくはないが面倒だなあと思っていると、ぴちち、と鳴く声とともに三条の頭に小鳥がとまった。

「ああ、お前たち。元気にしていたか?」

――ユハタ、ユハタ。

 一羽を皮切りに、さらに何羽かが続いて来る。

 さえずり一様に三条を取り囲んでいく。

「ユハタ様は鳥にも好かれるのね、すごい」

「動物と会話ができるんだぞ」

 少女は羨ましそうに、少年は我がことのように自慢げに新野に解説をしてくる。

 三条と同じく鳥の言葉を聞くことができる新野は苦笑した。


 村を目指して再び森に入ろうとした時、三条は不意に空を見上げる。

 そして新野たちを振り返った。

「なんと……お見事でございます。星装龍を討ち取るなど」

「よくわかったな?!」

(虎王はとくに鋭敏な感覚を持っててね。一度知った気配をどこまでも追えるんだ)

「私は微力ですが。亜龍は変わらずこの島を覆っているのですね。しかし星装龍がいなくなったとあれば、敵方の勢力図も大きく変わるというもの」

「ヴァンサントってそんな大物だったのか」

「バルフの亜龍を統括する兄弟の、長兄です」

「てことはまだあんな弟が……」

 やはりまだ戦いの兆しはあるようで、新野は今一度気を引き締めた。

 しばらく歩くと森に傾斜が生まれ、大きく盆地になっている景色と出会う。

 その深い底に、緑の中に隠れて木組みの家屋が集合しているのが近づいてわかった。

「あ、おとーちゃんだ!」

 少年少女が駆けだした先、村の門の下あたりに立っていた男がこちらに気がつく。

 がっしりとした大きな体が子どもたちに駆け寄り、

「おとーちゃ、見てみてユハタ様が――ぎゃ!」

二人の頭に容赦ない拳骨がお見舞いされた。

 鈍い連続した音の後、二人は頭を抱えてもんどりうつ。

「この、馬鹿野郎たちが! いったい薪拾いにどこまで行きやがった! 今日という今日はただじゃすあまさんぞ!」

 激しい叱責に子どもたちは身をすくませ、新野も地上では見ない苛烈な様に驚いていると、三条がすっと手を割って入れる。

「な、ゆ、ユハタ?!」

「遅くなって申し訳ありません。この子たちのおかげで、戻ること相成りました」

「それは、よか……」

 男は喜色満面に三条の肩を抱いたが、それで後についてきていた新野と黒龍の姿にも目がいった。

「り、龍だ!」

 男の怒号一発、村の至るところから人々が飛び出してきた。

 女が少年少女をひっつかんで奥に走っていき、弓を装備した男たちが一斉にこちらに矢を向けてくる。

 龍王は逃げるように後ろに下がって木陰に全然隠れていない巨体を隠そうとした。

(うわわ、僕は悪い龍じゃないって言ってくれ新野!)

「言ったところでどうなるよこれ!」

 両手を上げて安全性をアピールしてみるが、それが伝わるのかどうかすら疑問だ。

 村人たちは緊張して臨戦の構え。

 しかしそこに、ぴしゃりと三条の声が落とされた。

「この方たちは御味方だ!」

 矢と新野の間に立ち、まっすぐな目で三条は村人たちを見る。

 大きな声に気圧されて、体をのけぞる者すらいた。

 新野はごくりとつばを飲む。

 数秒静謐が訪れる。

「ユハタが言うなら間違いない! ほら、皆弓を下げろ!」

 唐突に少年少女に拳骨を食らわせた男がそう叫んだ。

「すまなかった客人! 我々はいつも龍に怯えているものでな、許してくれ!」

「は、はあ……」

 快活に男は言って、三条にしたように新野の肩を抱いた。

 豪快に笑う男に揺らされながら、とりあえず新野はほっと胸をなでおろした。

 他の村人もようやく安全だと思ったのか、息を吐いて空気が緩んでいった。


 新野は案内された建物の中に座っていた。

 木張りの床に高い天井。

 何重にも組まれている天井柱が壮観だ。

 そして隣にはやや窮屈げな龍王。

「しかしここでかい建物だな、お前も入れるなんて。入り口でダメかと思った」

 この建物の入り口は扉を全てスライドさせれば龍王も楽々通れるつくりだった。

 この大広間ひとつのみの、おそらく集会場に使われているここは村の中央に建てられていたが、この建物までの道幅も龍王が通れるほどに広かった。

(きっと虎王や眷属が通れるようにってことじゃないかな)

「なるほど」

 入り口外のかがり火が灯される。

 室内もまだ陽が入るが、行灯が灯されていく。

 ゆらゆら揺れる火を見ていると、三条が現れた。

 また恰好が一新されている。

 それは藍色と青と鮮烈な赤に塗られた、共鳴の夢で見た軽装の甲冑だった。

 額には鉢巻を巻いている。

「なんだよその物騒な格好」

 新野が目を丸くしていると、どやどやと続けて入ってきた村の者たちも同じように戦衣装に身を包んでいた。

「ちょ、ちょっと……」

 困惑している新野の横に三条が据わり、面と向かっていずれも体格のある男たちが座っていく。

 穏やかではない雰囲気のなか、三条が口火を切った。

「それではこれより、虎王討伐の作戦を話し合う」

(虎王、討伐?!)

 新野が驚愕する前に、龍王が驚きの声を上げていた。

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