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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
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目覚める

「お願い、ユハタ様を助けて!」

「よし、できるだけやってみる」

 少女の願いに頷いて、新野は横たわる男を見下ろした。

「ままままずどうしたらいい?」

(いや落ち着けよ君)

 非常にどもって手と視線を右往左往する新野に、龍王がかっと口を開けて突っ込む。

「いやだって俺医者じゃないし、いつもあの力使う時無我夢中なんだよ、改めて使うとなると、なんか」

(自信ないのか)

「うぐ……。と、とりあえずその傷ってのを確認しなきゃだよな」

 少女が新野の横から男の布団をめくる。

 着流しを着た男の体はどこかが欠損しているふうでもない。

 しかし首に広がっている黒い痣が目立っていた。

「これか……」

 その痣に手を伸ばした時、新野の脳裏を一瞬で駆けた光景があった。

 手を宙にとめたまま、新野の動きが止まる。

 少女と少年が遅れて異常に気が付いた。

(大丈夫、纈と話しているだけ。ってわからないか)

 静止した新野に少年少女が慌てる前に、大きな龍は間に強引に首を入れて間延びした声を上げた。


◆◆◆


 轟々と燃え盛る山の中、軽装甲だが確かに甲冑に身を包んだ男が走っていた。

 新野はその視界を借りている。

 以前狼王のテュラノスの視界で見た夢と同類のものだ。

(ここは、バルフか?)

 滑る視界の中でははっきりとわからないが、視界の主はおそらく三条纈と龍王が言った男だろう。

(虎王のテュラノスか……)

 荒い息を吐きながら三条は走っている。

 鋭敏な感覚が拾った音が教える、右方からなにかが向かってきている。

 三条はぐんと速度を増した。

 地響きが徐々に大きくなってくる。

 木々をなぎ倒し、ついにその音の原因が姿を現した。

 森を倒壊し、勢い余って地面を滑りながら、その長い獣が三条の背後に轟音とともに現れる。

 大蛇と龍が混ざった巨大な化け物。

 三条に肉薄するのは、新野より頭ひとつ高い上背の三条を一飲みできそうな平たい頭。

 発声器官を持たないのか、長い舌を出し入れしながらその龍は双眸だけをぎらぎらと輝かせている。

 長大な胴体をひきずり森を蹂躙し、三条へと追いすがる。

 しかし慌てることも振り返ることもなく三条は澄み切った瞳を前に据えて走る。

 ぴんと気の張った感覚が常に三条の中にはあった。

 それはなんの濁りもなく、透明で、新野はそのイメージを受け取りながらこの男がいかに愚直な性格をしているかわかった気がした。

 三条はひた走る。

 この先にいる自らの王のもとへと。

 枝や藪が甲冑の届かぬ頬を切り裂いても、はあ、はあと息だけこぼして三条は進む。

 その後ろで、長大な龍がその体を一瞬たわめた。

 一瞬だとしても、その後の加速ははかり知れない。

 ごうっと大蛇が三条に向かって飛び出した時、

「虎王様!」

 三条もまた、跳んだ。

 足元から地面が掻き消えた。

 森の中、唐突に現れた断崖絶壁。

 なんの迷いもなく、地の端から空へと三条は跳んだ。

 追っていた龍の首が伸びてくる。

 長い体を地面に残し、ヒトの首より太い牙が三条の足へと届く。

 その一瞬前、三条の頭上から大きな影が飛び越えてきた。

 顎関節を外し、目いっぱいのばした牙へと、その肉球は着地した。

『誰の許しでこれを狙うか、蛇め』

 蛇龍の眼前に迫るのは、真っ青な虎。

 全身、快晴の空よりも深い夏の海よりも青い、ただ青い虎が、純白の牙をぬっと突き出す。

 三条は落下する中、虎の牙が眼球を突き刺し砕く音を聞いていた。

 のたうつ蛇の頭から軽い動作で離れ、青い巨大な虎は落ちる男に並んだ。

『貴様も貴様だ、のろま。俺が呼んだら早足で来ぬか、愚図め』

 猫科特有のするどい双眸で迫られながらも、三条はふわりと微笑む。

「遅くなり申し訳ありませぬ、我が王」

 言って、その青いうなじの毛につかまると、虎は空中を蹴って上空へ躍り出る。

 見えない壁を蹴るように、じぐざくに空を跳んで、断崖の向こう岸へと降り立った。

 この青い虎が虎王であること、その虎王を心底三条が信頼していること。

 新野はたった数分見たこの景色だけで、それを嫌というほど感じていた。


 急に視界が暗転する。


 意識だけが落とされた。

 今まで見ていた夢は掻き消えていた。

 暗い空間で新野は背後に立つ男に振り返る。

「三条、纈さん?」

 男の存在には影がかかっていた。ただでさえ薄暗い空間の中、三条は溶け込みそうなほどに存在を希薄なものにさせている。

(…………)

 ここは三条の意識の中だろう。

 テュラノス同士は共鳴する。

 それがどんな形であれ、新野は今眠りから冷めない三条の内側に潜りこんでいるのだ。

 三条の表情は影になって見えない。

「こうして眠っているのも、あんた王と離れすぎて回復できないでいるんだな?」

 新野の問いに、今度はほんのわずかだがぴくりと反応がある。

「俺はあんたを助けてほしいってお願いされたんだ」

(助ける……?)

 気迫も気力も無い小声が耳にとどいた気がした。

(あなたは……?)

「俺は龍王のテュラノスだ。あんたは虎王のテュラノスだろう?」

(龍王、様……!)

 遠くからさざ波がやってくるように、空間がクリアになっていく。

 薄闇が足元から消えていこうとしている。

 ゆっくりだが確実に、三条の意識が起き上がっているように。

「俺が外からあんたを呼ぶから、起きる気があるのなら、今すぐ起きろ!」

 空間の目覚めを促すため、新野は三条に向かって声を張った。


◆◆◆


 はっと我に返る。

 少女と少年が急に動いた新野に驚いた。

 それにも、近くの龍王にも構わず、新野は眠る男を再度見下ろす。

 新野は額に熱がともるのを感じた。

 ひし形の文様が額に出現。そこから花開くように一対の翼の文様が開く。

 龍王のテュラノスのしるし。

 ぬるりと背中に虹の翼が生まれ出る。

 少女と少年はそのこぼれる光に息を飲んだ。

 小さな小屋の中が万華鏡の輝きにあふれる。

 翼から漏れる温かい光が三条の首の痣へと落ちていく。

 すると黒い痣は陽光に消え去る影のごとく、ゆっくりと小さく剥がれ霧消していった。

 その痣の下から現れたのは、交差する爪の切り裂いたような文様。

 虎王のテュラノスのしるしが蒼く輝いていた。

「ユハタ様……!」

 少女が感嘆の声を上げた。

 眠っていた男の目が、うっすらと開いたから。

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