少女の願い
幼い二人の子どもの視線は混乱に満ちていた。
「龍王……? 邪龍王じゃなくて?」
「ああそうだ。邪龍王が敵って言うなら、俺たちは味方だぞ」
「味方……?」
しゃがみこんで子どもたちの目線に合わせる。
しかしそこには猜疑心しか見えない。
そりゃあそうだ、と新野は思う。
本名が突然新野の前に現れて、「味方」発言をしてきた時、新野も猜疑心以外のなにも感じなかった。
どうやってこの子どもたちを納得させるか考えている時、ふと少女の腕に目がいった。
「あ、お前ケガしてるな」
「え?」
少女の腕には擦り傷が出来ていた。
「悪い、俺が倒した時のだろ。大丈夫、動くな」
ほぅっと新野の眼に淡い光が灯る。
背中からゆっくり虹色の翼が現れて、その羽先が少女の方向にゆらゆら揺れた。
少女は肌に温かい風を感じる。
傷がみるみるとふさがっていった。
「ヤ、ヤサ……!」
「治っちゃった……」
少年は青い顔をして少女を心配するが、少女は手品を見たかのように感動していた。
「ごめんな」
素直に謝る新野を少女はじっと見つめる。
これで味方と納得してくれるとは新野も思っていない。引き続きどうするか考えようとしていると、
「わたしも、ごめんなさい……」
「え?」
「ひどいこと、言って」
おずおずと謝罪する少女に驚いたのは新野だけでなく少年もだった。
「ヤサ! なに言ってんだ!」
「だ、だって。傷治せるんだよ? それならユハタ様の傷だって治せるでしょ?」
「ばか! ユハタ様の名前を出すな!」
「いいの! もうこれしかないじゃない!」
口論を繰り広げる少女はぱっと少年から離れ、新野の腕をとった。
「お、おいちょっと」
「あの、お願いします! し、信じますから、龍王様は裏切り者じゃないって信じますから、どうかユハタ様を助けてください!」
必死にそう言う少女の目には涙がたまっていた。
答えにつまる新野の横から龍王がぬっと顔を出す。
(ニイノ、行こう)
「は? なんだよ急に」
(早く行くんだ。このお嬢さんに連れて行ってもらおう)
鼻先で新野の背中を押す龍王。小さな唸り声と聞こえる言葉から伝わる不安と焦燥感。
「どうしたんだよ?」
(ユハタ様っていうヒト、知っているかもしれない)
「なんだって?」
(虎王のテュラノス。三条纈。きっと彼だ)
「知らないぞ! よそ者を連れて行って、どうかしたら……!」
「いいよ。どうせみんなもなにもできないもん。ガシはみんなに言っていいよ」
「ヤサ! なに言ってるんだ、そうしたらお前も罰を受けるに決まってる!」
「二人でこっそりユハタ様のとこに行ってるでしょ、それがばれちゃったらどうせ怒られるよ」
足元で少年と少女が口論を続けていて、新野はほとほと困っていた。
「おいおい、そのユハタ様が虎王のテュラノスなら俺も早く会いたいってのに」
(どうにも決着がつかないねえ)
しかし少女のほうが優勢だ。少年はだんだんと反論できなくなってきている。
少女はさっきまでの泣き顔はどこへやら、決意を秘めた表情で新野の手をとった。
「もういいよ、急がなくちゃ。行こう、龍王様」
「いや、俺が龍王じゃなくて……、ってそれよりおいていくのか?」
「だいじょうぶ。村はそんな遠くないし、ガシなら一人で帰れる」
「いやでも……」
少女に引っ張られて一歩踏み出す。少年に振り返ると泣きそうな顔。
本当はついて来たいのだろう、ぎゅっと弓を握り締めている。
新野は面倒だと思いつつも、
「おい。いいのか、お前この子を守るんだろ?」
新野に声をかけられて少年ははっとする。
「大人顔負けの弓じゃんか、俺が悪者だった時、倒せるのはお前だけだぞ」
「……お前、おかしなことをしてみろ。後ろから射るぞ」
「わかったよ」
一歩離れたところから、睨みながら少年がついてくる。
少女はそれを横目で見た後、自分でも気づいていない程度に口元をほころばせていた。
少年の後ろから龍王がついてくる。
こうして不思議な一行は一路森の中を進んだ。
そして十分くらい経つと、奥に山小屋が見えてくる。
「なんで……? 俺達が歩いてる時はこんなのなかったぞ」
龍王の尾の跡にも出くわさず、森は新しい道へと出たらしい。
首をひねる新野の手をひきながら少女は、
「これは昔から村を守る結界なの。村の者以外が歩くと、同じところをずっとぐるぐる回っちゃう」
「ぐるぐるか……」
「森の一番大きな木。それが結界をつくってくれてるんだって」
近づいた小屋は簡素な造りだった。
そしてその隣に立つ、巨木の影に入った時、新野は誰かに眼前で手を叩かれたような感覚を覚えた。
それはまるで夢から覚めさせる合図のような。
「な、なんだ」
(結界の効力から抜けたのかも。ほらニイノ、あれ)
龍王が振り仰いだ先を見る。
巨木の幹に森の中でも見た爪痕があった。ただしこれは十字に切り裂いてある。
(ここが結界の中心だ。さっきのは一番外側の印だったんだろうね。そこから僕たちは結界につかまって、彼女の言う通りぐるぐる回っていたわけだ)
もしこの少女たちに出会わなかったらと思うと、新野は少しぞっとした。
「ねえ、お願い。ケガを診て! 村のみんな、誰にも治せないの」
少女は強く手をひいて、新野を小屋に向かわせる。
少し高い床まで登って入り口にかかるのれんをくぐった。
中は薄暗く、ひんやりと冷たい。
一室の奥で布団に横たわっている影がある。
「村の大人は、近づいちゃいけないって言うの。でもユハタ様はね、私たちが赤ちゃんのころからたくさん遊んでくれたんだよ。結界だって、きっとユハタ様が作ってくれたし、怖い龍だって、何匹も倒してくれてたんだから!」
「ヤサ、静かにしろ」
興奮する少女を少年に任せ、新野は小屋の奥へ入っていった。龍王も首だけぬっと中に入れる。
摘んだ野花が枕元に置いてあった。
青白い顔の男が布団をかけて寝ている。
新野と同年代だろう、男は静かに眠っている。
息をしているか気になってしまうほどに、深い。
「このヒト、どうしたんだ?」
新野の問いに、少年が身を震わせながら答える。その震えは恐れではなく、怒りだった。
「二年前に、村から裏切り者が出て、龍がたくさん攻めてきた。その時ケガを負われて、ずっと、眠ってる」
「ねえ、ユハタ様を助けて……?」
小屋の中の冷たい空気が、新野の心にも染みようとしていた。




