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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
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フー・アム・アイ?

 背中に感じた視線に新野は素早く振り向いた。

 刹那、木陰に隠れる影を走り追う。

 それにすぐ追いつき新野は小さな腕を握り込んだ。

「やだ! 離して!」

 暴れるその小さな体を地面に押し倒して抑え込んだ。

「動くな!」

「いやあ! 殺さないでえ!」

「はあ?!」

 ばたばたと動く足に顔を蹴られていると、抑え込む影に陽が差してよく見える。

 ぎょっとした、肩や腰をさらけ出した服装のそれは少女だった。

 うつ伏せになった少女は首をよじり、涙のたまった目で新野を睨み上げた。

「裏切り者め! 離せ!」

「う、うら?」

 思いもよらぬ罵倒にあっけにとられる。十代半ばの少女はなおも暴れるが、新野の腕力にはびくともしない。

 だが次の瞬間、新野は頬に熱を感じた。

「あつっ……」

 頬は小さく裂け、血がにじむ。

 足元で地に刺さっているのは、矢。

「その子を離せ、さもなくばその脳天に次は突き立てる!」

 頭上から声が降って来る。

 声はあたりを反響し、矢の主の姿は見当たらない。

 その声は殺気で満ち、少女が身を固めるほど真剣だった。

 だがその本気の声に新野は相好を崩す。

「はっ、やってみろ! 俺はそれくらいじゃ倒れないし、なによりこっちには――」

 新野の背後から大きな影を背負って龍王が合流する。

「龍がいるんだぞ! そっちこそ出て来い、さもなきゃお仲間がどうなるかわからんぜ」

(君、いつからそんな悪者になった)

「う。うるさい……」

 龍王のつぶやきに苦い顔をしながらも、緊張した空気の中相手の出方をうかがう。

 今にも、その額めがけて矢が射られるのではないかという圧迫感に耐える。

 やがて真横の木陰から姿を現したのは、少年だった。

「子どもか……」

「出てきたぞ、ヤサを離せ」

 少年は凛とした声で新野に告げる。

 少女と同い年くらい、つまり自分よりひとまわり小さいはずの子どもの豪気さに感心する。

 しかし弓を握るその手が小さく震えていることに気が付いて、新野はそっと少女から手を離した。

「ガシ……!」

「ヤサ、大丈夫か? 俺の後ろにいろ」

「うん」

 駆け寄ってきた少女を背中に隠し、少年はきっと新野を睨む。

 その助け合う幼い二人を見て、新野は肩から力を抜いた。

「なんか……敵じゃないみたいだな」

(そうだよ新野、怖がらせているだけだ。君が怖い顔をするからね)

「ちょっとお前はだまってなさい」

 龍王の鼻先を軽くはたく。冴龍はふるふると頭を振った。

 その一挙一動に過剰に少年と少女は怯え後ずさりをする。

(あ、なんかごめん)

 あわてて龍王が頭を低くする。謝罪とともに低い鼻声がするが、それが更に彼らを怯えさせた。

「ほら、黙ってろって」

(これは傷つく……)

「あー、なんだ、悪かったよ。いきなりつかまえたりして。それにこいつも謝ってる、怖がらせるつもりじゃなかったんだ」

 相手を気づかいながらなるべく穏やかに話しかけるが、少年の厳しい目つきは変わらない。

「お、お前何者だ……」

「えーと、それはこっちも聞きたいんだけど。ああいやいや、俺たちは今さっき外から来たんだ」

「そ、外から? 島の外から?」

 少年は目を見開いた。新野は神妙にうなずく。

 困惑している少年の後ろに隠れる、少女に新野は声をかけた。

「あのさ、さっき俺のこと裏切り者って言っただろ。あれってどういう意味なんだ?」

「……」

 少女は少年に窺いをたてるが少年は首を横に振った。

 黙る二人に新野はそっと息をつく。

「わかったよ、話してくれなくていい。だったらお前ら以外のヒトに会わせてくれ」

「む、村に来るっていうのか!」

 声を荒げる少年に新野はもろ手を上げた。

「いやいやそんなつもりじゃない、ただ俺たちはヒトを、いや獣か? 探してるんだ、虎の王って知らないか?」

「虎……!」

 その言葉が決定打だったように、少年は愕然とした。

 そして流れるように弓に矢をつがい、切先を新野に向ける。

「お前はやはり、敵だ……! 邪龍王の刺客め!」

「邪龍王? 俺達が?! 待て待て!」

 制止の声と同時に矢は放たれた。

 硬質の音が響く。

 地面に転がったのは、その矢だった。

 もろ手を上げたままの新野が眼を開く。橙色の虹彩が鮮やかに輝いていた。

「危ねえな……」

 新野の首は黒く濡れ光る鱗に包まれていた。装甲を首もとだけ発現させ、獣の骨でできた矢じりはあっけなく弾かれた。

 少年も少女もぽかんとする。

 新野は装甲を解き、いつもの眼に戻るとゆっくり立ち上がった。

 龍王が心配してその首に鼻先を押し付けてくる。問題無いとそれを撫でた。

「邪龍王の刺客だって? 馬鹿言うな。龍王だ、間違えるんじゃねえぞクソガキ」

(……だから悪者だって)

「うるさい」


◆◆◆


 柔い風が吹く穏やかな昼下がり。

 それにすんすんと鼻を動かしてから、狼王は口元をほころばせた。

「おやおや、なんだか面白いことになってるじゃねえか」

 横で白い狼が怪訝とする。狼王が109の穴から飛び降り、そのまま壁を蹴る。

 ヒトならざる脚力でザルドゥ首都の街並みを跳んで行く。

 道行く人々が気づくこともできないうちに、狼王は白塗りの屋上に降り立った。

 真白のシーツが何枚も風に揺れている。

 洗濯物の間を抜けて屋上の扉に手をかける。鍵がかかっていたが力任せにねじって開けた。

 階段を降り、患者や職員とすれ違い目当ての病室に入る。

 部屋の奥で話し込んでいる二人に何食わぬ顔で歩み寄った。

 眼鏡の男がぎょっと振り返る。

「貴様……!」

「ああ、気にするな。こいつの連れだ」

 破顔して声をかけたのは眼鏡の男――本名の話し相手である患者に向かってだ。

 手近の椅子を引いて、本名の隣に並んで座る。

「で、なんの話だったかな」

「あんたも新野のご友人かい?」

「ああ、もちろんだ」

 八重歯を見せて気さくに狼王は笑う。

 その屈託ない笑顔に患者の男はなんの疑いもなく嬉しそうにつられて笑った。

 本名がじろりと眼鏡の奥でにらんでくる。

「なんのつもりだ」

「全くせっかちな奴だな、俺を待たずに始めようとしてただろう。新野の話か? 俺も興味がある――聞かせろ」

 狼王は本名の肩を叩いて笑うが、言葉尻にはすっと笑みを引いて本名の目をのぞいていた。

 患者の男はそんな二人の剣呑さに気がつがず、

「しかしさすが新野だな、もうこんな世界に慣れちまったのか。友達をこんなに作るなんてなあ。いや、あんたらもそうか」

「ええ、まあ……」

 隣にいる存在を苦々しくも思いながら、本名は男の言葉に同意する。

「あんたらも渋谷と落ちたクチかい?」

「いえ。私はカナダです」

「俺はアメリカだ」

 男は目を丸くした。

「それはずいぶんと……」

 その二つの土地が混沌と化したのは、渋谷が落ちるよりも何年も前のことだ。

 男は二人をしげしげと見やる。

 二十代後半かそれ以上か、それくらいの年齢に見える彼らは、男にしてみたらまだ若かった。しかしその人生の大半をこの混沌の世界で過ごした計算になってしまう。

 その人生を思っただけで、男からは我知らず溜息が出ていた。

「おいおっさん、さすが新野だな、ってのはどういうことだ?」

「おっさん……。新野もだいぶ失礼だったが、どうやらあんたもらしい」

「はは、友達は似るものさ」

「……まあいいさ。新野はな、なんでもすぐ慣れちまう。あんまり驚いたりしない奴だった」

「確かに。受け入れる早さは並じゃない、ただし度量があるといえばそうでもない」

 本名のあけすけな物言いに男は吹き出す。

「その通りだ、園でも動物が死ぬなんてしょっちゅうだが、死んだことに驚きはしないのに、死んだことに納得ができない奴だった。あれはきっと、理性と感情がせめぎ合ってるんだろうな」

「理性と感情?」

「俺が思うにね、新野の理性は麻痺している部分がある。で、感情がそこを補ってきたんだ。ヒトであろうと、あがいているように」

「なんだそりゃ」

 狼王が早速訳が分からないと首をひねる隣で、本名は眉根を寄せた。

「その、理性が麻痺した原因を貴方は知っていますね」

 本名の声色が真剣味をより帯びたことで、男はぴんときた。

「そうか、あんたあの事件について聞きたいんだな」

 本名は頷く。

「ええ、彼の名前を聞いて……。地上の報道はこちらでもある程度見ることができるので」

「お? なんだその事件ってのは」

 狼王が愉快気に身を乗り出してくるのを、本名は不愉快そうに一瞥した。

 男が低い声で答える。

「俺も知った時はえらいことだと思ったよ。……"処刑人"なんて言われて、人気もあったそうだ。恐ろしい話だよ、ただの連続殺人犯だろうが」

 不穏な単語に狼王も口をつぐむ。

 窓から吹き込んできた風がゆったりとカーテンを揺らしていた。

 うららかな陽気など冷水で掻き消してしまうような言葉が男から続いていく。

「その犯人は何十人もの人を殺し、しかし普通に生活をしていた。そしてある時警察に自首して、ようやく凶行が世間に知れ渡ったわけだ。学業も運動も優秀で、人に好かれる好青年がまさかの凶悪な殺人犯。俺もテレビで見て驚いてたもんだよ、どう見たって人を殺しそうな顔じゃなかったからなあ」

「おいおい、それがどう新野とつながる」

 狼王は少し棘のある声で男につめよる。

 狼王が知るに、新野は優しくいようとするヒトだった。

 脆弱でちっぽけな自覚をしていても、それを打破しようとあがく男だった。

 猪も狼も、誰にも死んで欲しくないと夢を見ている若者だった。

「その処刑人の名前が、新野まもる、だ」

 隣からそんな事実が告げられても、狼王は余計に苛立ちを覚えるだけだった。

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