大群を抜けろ
空に浮いた島から続々と異形の獣が現れてくる。
カラスの王が甲高い声を断続的に上げると大群が呼応して速力を上げた。
ぐんぐん高度を上げる大群に対峙し奇声を上げて龍の群れも向かってくる。
大群と大群が真っ向からぶつかった。
翼と翼が衝突し、鳥と龍がからみあう。
次々近くの鳥たちが衝突していくなか新野を乗せた冴龍も突き進む。
個体の大きさは鳥が負けているが、数としては勝っている。
目のはしで一頭の灰色の龍に、何羽もの屈強な鳥たちがとりついていくのが見える。
鳥と龍の闘争の声と断末魔が周囲には充満していた。
新野は青い顔で龍王の首の鱗を見つめる。
(気分が悪いのは、俺の気持ちだけじゃないはずだ)
闘争を本意としない、慈悲と同情のつまった自分の王の感情が入り込んできている感覚。
狼と猪の闘争を思い出す。
あの時と同じ無力感が今も胸を占めていた。
「いいのか! これで!」
新野は風に逆らって声をはりあげた。
(いいや、よくない! だから!)
「なに?」
豪、とひときわ強い風が吹く。
冴龍は二足で立つように胸を大きく反った。
(さあここがこの闘争の中心地だ! 新野、君の力を解放しろ、虹の翼を!)
「なんだって?」
(癒しの翼だ、今ここでそれが必要だ!)
さあ! という声に気圧されて、事情の呑み込めない新野も表情を固くする。
その額に光が灯り、ひし形と広がる両翼のしるしが現れる。
橙色に輝く新野の双眸が開かれる。
刹那、テュラノスの背中から柔らかい翼が虹の光とともにこぼれる。
それが波打った時、波紋となって光の輪が空を飛んで行った。
虹は円になって空間を通り過ぎ、彼方で淡く溶けて消えた。
一瞬だったがそれが通り過ぎた時、戦闘は止んだ
誰もが自身を通過した光を感じたからだ。
そして次には鳥たちが驚きの声を上げる。
歓喜の声を上げ、折れ欠けていた翼を再びはためかせるものが続出した。
(よし! いいぞ!)
龍王の喜びに新野は口を開ける。
「いやいやこれじゃ、鳥だけじゃなく龍も回復しちまう。また元通りにしただけだろ!」
(いやよく見てみろ!)
鳥たちが群がる龍はぴくりとも動いていない。
それを無残にもくちばしが襲っていく。
「龍が死んでる? てか食ってるぞ……」
(伝説のようなものさ、龍の肉は永遠の命と若さを与えるってね)
「人魚の肉みたいだな」
むさぼる光景に目を細め、新野は低い声で呟く。
そこへカラスの王が旋回して現れる。
『馬鹿野郎かてめえは、何度言ったらわかる。俺まで殺す気か?』
「なんの話だよ」
『一度ならず二度までも、確信犯か!』
巨大な嘴を新野に向けて開く王の怒りの理由がわからない。
龍王がひらりと舞ってその鴉から距離をとる。
(新野、龍王のテュラノスは例外で王を殺せる、それは知ってるね?)
「ああ、テュラノスは王を殺せないけど龍王のテュラノスは別だって聞いた」
(それだよ。例外なく、それが癒しの効力だとしてもベクトルが向いている以上は攻撃とみなされる。能力の波長自体が他の王には害なのだから。だから君の力はカラスの王にも龍の亜種にも有害なんだ)
「龍の亜種にも?」
龍王が長い首をもたげる。再びバルフから龍の大群が現れてきていた。
『そら来た! 次の餌どもだ!』
カラスの王が突撃せよと鳴く。再度鳥の大群も翼をうち上空へ上がっていく。
龍王も続く。
風を切る中に龍王の声が続いた。
(龍の亜種は、邪龍王の因子だから。そして因子とは龍の記憶。全てはるか過去に現実に生きていた龍たちの、幻想なんだ)
「因子が生きていた龍? てことは今までの白銀龍とか、火龍とかも?」
(そう。邪龍王のテュラノスの因子はほぼ、僕の因子だけどね)
「はああ? 意味わからん!」
(僕から奪った力で僕を攻撃する。最高の意趣返しといっていい、あいつがやりそうなことだ。それであいつ自身の力では、このバルフを守っている)
「だからバルフには、なにかあるってことか。それこそ因子を取り戻す方法も!」
勝ち合わせた戦場の最中に突入して、龍王が吠える。
それに呼応して新野の額が光る。
虹の翼がぬらりと現れて空気を溶かす波が現れた。
そうすれば龍の亜種たちは抜け殻となって鳥たちに蹂躙していくだけだった。
カラスの王はそのたびに離れていたところから戻って、群れを睥睨している。
「鳥たちは龍の死骸を食いたかったわけだ」
(怖いことだけどね。でも所詮幻想だから、因子は生き物じゃない、食べてもそれはただのまやかしだと思う。でもこれで安全に進める……いや、それは甘いか)
龍王の口端が上がっていた。龍の様相では表情が乏しいが、それはきっと獰猛な笑みだったのだろう。
新野の虹の光が届いていたはずの距離から、こちらへまっすぐ飛んできている龍がいる。
今までの亜種とは違う。
その巨躯は新野に合わせて小さくなっている龍王よりも、三倍はある。
鳥どもには全く興味を示さず、その龍は新野たちの真上で止まった。
そして雲のない青天に向かって、朗々と咆哮を上げた。
輝く青紫の鱗が全身を覆い、たくましい四肢と翼で浮遊している。
長い胴から生える翼は計六枚。体のいたるところが激しく明滅している。
まるで堕ちてきた空の星々を全身で受け止めたようだ。
美しい姿なのにその咆哮は金属が激しく打ちあったときのような甲高さで、聞き苦しく脳天に響く。
大勢の人間の悲鳴が重なっているような声。
(星装龍、ヴァンサント!)
龍王の猛る声に新野の全身が震えた。
畏怖だ。
強敵を前にして人間である新野の本能的な恐怖が働いた。
同時に獣である龍王の高揚感も体の中を駆けた。
対峙する龍の目は感情の無い、混沌と濁ったものだった。
純粋なる殺意のみで構成されたもの。
逃げたい衝動と、それに勝る意欲。
(新野! 行くぞ!)
「おお!」
龍王の咆哮に、新野も鞍を握り締めて応答する。
ヴァンサントは翼を翻し、二人へと滑空してきた。
◆◆◆
ザルドゥ首都が彼方に見える森の中。
樹上の枝に座っている者の手から、カラスの首が離された。
おかしな方向に曲がった首のまま、カラスはとさりと地に落ちる。そしてもう飛び立つことはない。
「口が堅い。いい眷属をもったな、カラスの王とやらは」
幹に背を預けるその男は愉快気にくつくつと笑った。
短髪の髪も成人男性の外見にしては輝いている目も明るい橙色をしている。
衣装は全て漆黒。
「しかしまあここにいるのは間違いないようだの。狼王とは仲が悪いと聞いていたはずだが……」
男は枝の上で立ち上がって、ザルドゥ首都に目をやる。
楽しそうに口元をゆるめて、ひょいと飛び降りた。
「さて鹿の王、いやそのテュラノスか。わしの可愛いトカゲちゃんを殺ってくれた礼くらいは、しなくてはな」
鼻歌まじりに男は森の中を歩いていく。首都の玄関口、ブルー・セイリオスを抜け109の鼻先へとその歩は向かっていた。




