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獣のテュラノス  作者: sajiro
孤独のバルフ/虎王編
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序曲

 鞍の調子はすこぶる良好。あぶみをしっかり踏んで新野は横ぎる颶風に頬をさらす。

 鳥の大群の中心を新野を乗せた龍が飛ぶ。

 力強く風を打つ黒塗りの翼。光沢ある鱗に包まれた勇壮なる獣。

 龍王、冴龍は以前新野がまたがった、馬より一回り大きいサイズよりもさらに一回り大きな姿で飛翔する。

 首から尾先まで並ぶ青白い背鰭が、風にさざなみ涼やかな音が鳴っていた。

 冷たい奔流を正面から抜け、雲から出ると視界がいっきに広がった。

「あれか!」

 青空に鎮座するそれに新野は目を見開く。

 想像とはかけ離れていた。たしかに空飛ぶ島だ、しかしそれはまるで、

「なんだあれ、甲羅……?!」

 鬱蒼とした森がこけのように見える。緑の山が浮遊していて、それが亀の甲羅に見えた。

 巨大なひとつの山が冗談のように天に浮いている。

(そう、あれがバルフだ。古き名は、堅固な亀ママバルカ。もとは火龍がすみかとしていたらしい)

「火竜が……って待て待て! それって昔は火龍がほんとに生きてたってのか?」

(そりゃそうでしょ)

「なにを当たり前のように……。くそっ、お前ほんと知ってること全部俺に話せ馬鹿!」

(馬鹿とはひどい!)

 罵倒を浴びせた後新野は再び島を見上げる。

 その一角から、点の連なった影がわらわらと染みだしてくる。

「ちょっと……なんだあれ……」

 血の気が引いていく新野とは真逆に、周囲の戦士たちがごうごうと咆哮を上げはじめた。

(さあ、きたぞ)



「あーもー、大丈夫かな……」

 トロントの森の中。

 さわさわと木陰が揺れている。

 バルフに近づくため、北風にのって移動したトロントの気温は低くなっている。

 肌寒さを覚えながら神子は自らの膝を抱いた。

 水晶の箱が陽光を反射している。

 その箱の中に座る赤い髪の幼女。

 火龍の因子を抱く敵、エンリの胸に今や槍は刺さっていない。

 しかし眠るようにその目は閉じている。

 槍が刺さっていた時の苦悶の表情は消えていた。

 槍の中の火龍に龍王が通話を試みた結果、因子を取り出すことはできないが、ある程度のその行動を抑制することはできたらしい。

 因子ごと休眠させているが、効果は永遠ではない。いつそれが破れるかも判然としていない。

 エンリが目覚めた時対処するのは神子の役目だ。

 横には白く巨大なトカゲが寝そべっている。

(白いのは退屈。遊ぼうよ)

「ダメよ。そんな時じゃないんだから」

 神子の腕を尾先がつつく。それをやんわり払う神子はエンリから目を離さない。

(ねえニーノは? 白いのは暇だ)

「わかったわよ。お兄さんたちは今大変なの、いっしょに待つのよ」

 なおもつついてくる尾をなだめるように撫でて、神子は言葉とは裏腹に白蜥蜴と同じく溜息を吐いた。

「ぜったい戻ってきてよね……」



 鳥には出せない翼を叩く音。

 それが無数に聞こえてくる。

 カラスの王率いる鳥の大群がその行軍を止める。

 バルフから行列になって現れた群れの影も、空で相対して横に並んでいく。

 その雄雄しさに、新野は息を飲んだ。

 龍だ。

 まぎれもなく、全てが龍。

 一頭一頭姿形が違えども、巨大な翼を背負っているところは同じだった。

「これが、龍の亜種……」

(この城壁を抜けて、僕たちはバルフへ)

 龍王の静かな声が聞こえる。

 城壁。たしかにそうだった。

 対峙する龍たちの圧力をひしひしと受ける。それはとても高く、厚い。

 カラスの王が、開戦の声を上げていた。


◆◆◆


 そのどこか上空で龍と鳥がぶつかっている時。

 ザルドゥ首都。

 倒壊した家屋がそこかしこにあるにも関わらず、街の住民たちはそれには慣れっこな様子で相も変わらず生活している。

「だから、ナワバリヌシがこんな僻地にいられるといろいろと困るのです、街の中心街に来ていただけませんか」

 スーツ姿に眼鏡をかけた女性の提言に、狼王は欠伸を返した。

 ぼさぼさの髪をかいて、至極面倒そうに青銅色の狼の体毛から体を起こす。

「帰れ。あんたの話を聞いていたら眠くなってきた」

「待ってください! まだ話は終わっていませんよ。急にヌシらしく行動してきて、労働局を廃止するとか警察を解体するとか言い出したかと思えば、そんなようでは住民が困惑いたします」

「お役所仕事ご苦労様。イエロウ、送ってやれ」

「ま、待って……!」

 女は大きな黄色の狼に背中をつつかれ飛び上がる。そしてそのまま追い立てられるように、109の最上階を後にした。

 再度欠伸をして狼王が青銅の毛に背中をあずけたと同時に、壁の穴からブランカが現れる。

 どしり、と白い巨体が降り立ち、寝る体勢の狼王を見て鼻を鳴らす。

 狼王は薄目を開けて、ブランカに嫌そうな顔をした。

「お前も小言か。あの姉ちゃんの言う通りにして、街に住んでみろ。三日と経たずザルドゥを破壊したくなるだろうよ。あんな窮屈なところは性に合わない」

 ブランカは何度か瞬きをして、諦めたようにその場に丸くなる。

 その時カラスが一羽、穴から床に降り立った。

 ブランカがすくっと立ってカラスを迎えに行く。

「神子からか」

 白い狼の鼻先で、カラスは全身を震えさせていた。

 その体も羽も傷だらけである。そして伝えるべき内容を伝え、気を失った。

「治療してやれ」

 そばに控えていた闇色の狼、ジャイアントがその鳥をくわえて階下に降りて行った。

 ブランカの視線が狼王を貫く。

「ああ、わかってる。カラスめもっと慎重に飛んでくるべきだったな」

 狼王がよっこらしょと立ち上がった。

 その双眸は楽しそうに輝いている。

「カラスのあの傷……。途中で黒葵龍にでもつかまったんだろうな。なのに殺さず俺のところに流した、この情報を信じられるか、とでも言いたげだな。バルフか……」

 ブランカが狼王にすり寄る。その暖かな体毛を撫でながら、狼王はにやりと笑った。

「ヌシは一時休業だ。少し出かけるか」

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