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獣のテュラノス  作者: sajiro
トロントの森/飛燕の王のテュラノス編
74/147

lizard 

「な」

 新野は宙に全身を吹っ飛ばされながら、回転する視界の中、

「なんでこうなった……!!」

と憤りの声を上げた。

 続いて落下へと移行する体。

 そして急に暗転。

 頭は湿気のある空間にすっぽりうもれる。

「うぐもぐもお~!! (なんでじゃあ~!!)」

 じたばたともがく新野の頭は、白い巨大な蜥蜴にぱっくりと食まれていた。



 時はほんの数分前にさかのぼる。

「そののんべいども見とけ!」

 とさながらヤクザのごとく罵倒を置いて、新野はブラウを連れ龍王たちと別れた。

 トロントの森は老若男女を問わず、動物種すら問わず、すべての者が楽しめるテーマパークであるらしい。

 その中でもヒューマン向けの、新野もどこかなつかしい、地上の遊園地に似た空間に出た。

 クラシックなつくりの観覧車や小さいジェットコースター、自動人形がねりあるく遊園地。

 子どもじみた音楽が流れ、人混みでごった返すその場に圧倒される。

「うわ、なにこれ……!」

 初めて目の当たりにしたそこが、予想以上の華やかさと人気っぷりで新野は唖然とする。

「ニイノ、こっちだ!」

 呼ばれた先でブラウがするすると進んでいく。

 すぐに離されてしまいそうだ、目移りするのをこらえて新野は後を追う。

 楽しそうな家族、子どもたちの笑顔が横を流れていく。

 まるで夢物語の中にいるようだ。浮足立っている雰囲気に新野は疎外感を覚える。

 地上でも遊園地なんて片手で数えるほども行っていない。

 本名の「地上へ帰る」誘いを断った新野には、きっともう行くこともできないだろう。

(楽しそうだな……)

 郷愁と羨ましさに、目線が落ちた。

 と同時に誰かに思い切りぶつかった。

「なにすんだゴラア! ……ってニイノかコノヤロウ!」

 一瞬ブラウかと思ったが、語調の荒さに訂正する。

「ロット、お前こんなとこにいたのか」

「おうそうだけど? ってそんなことよりてめえどうしてくれんだ俺のクッキーミンスター!」

「は? なんて?」

 彼は握っていたものを新野に突き出した。アイスクリームのコーンに見える。ただし肝心のアイスが不在。

 そして二人の足元にいた。爽やかなブルーとチョコチップが、地面で炸裂している。

 ぶつかった拍子にアイスがお亡くなりになったようだ。

「あ、ごめ……」

 正直なんだアイスか、と思った新野の前で、ロットは肩を震わせている。

「お前俺がどれだけ……どれだけこいつを買うか悩んだかわかってんのか!」

「いやすまんまるで知らん。金ないのか? いくら?」

「5セント」

「やっっっす!! 迷うなよそれくらい!」

「はあ?! 馬鹿言えよ!」

 反論するロットの気迫さに新野は押され、黙り込む。

 その後もロットの5セントがどれだけ貴重かをえんえんと聞かされるが、どうやら地上とは違う金銭感覚の話題のようで今一意味が不明だ。

 セントの価値が地上と異界では違うということだろうか、と悩みはじめた新野の頭を誰かが小突く。

「真面目にそいつの相手すんなよ」

「あれ、ブラウ」

「探したぜ、こっちだって言ってんのに追ってこないし。こいつはどうせバカなんだから、相手しなくていーんだよ」

「てめえ! ミントアイスを馬鹿にする奴は許さねえぞ!」

「ミントアイスは嫌いだし馬鹿はお前だ」

「うるせー!」

 再び一人騒ぎはじめるロット。

 その罵倒の嵐に耳をふさぎたくなるが、なんとか新野は話を戻す。

「それよりも、蜥蜴だかなんだかがいるんだろ?!」

「ん? ああそうなんだよ、俺それ見に来てさ。てかお前ら無事でヨカッタなー、おかえり」

「今さらか!」

「だからニイノ、こっちだって言っただろ。あれ見ろあれ」

「あれ?」

 ブラウの指す方向には、豪奢なメリーゴーランドがあった。

 人混みの中でもはっきり視認できる二階建てのものだ。

「ん?」

 その尖った屋根に新野は目をこらす。

 橙と赤の派手な縞模様の一部が白い。丸くて平べったい、動かないので見落としがちな巨大蜥蜴がはりついていた。

「んな! なんて堂々と! それにしては全然騒ぎになってないな。メリーゴーランドも普通に動いているみたいだし」

「てか気づいてないみたいだな」

「そーなんだよ。俺が来た時からああでさあいつ、全然動かねーでやんの。まあこんな楽しいところであんなんいても、正直気づかねーわな。上なんて見てる暇ないぜ」

 ロットの言い分に新野は頷く。

 園内は遊園地に夢中な人々しかいない。

 巨体とはいっても、動きもせず存在感の薄い蜥蜴に気が付くことはまずないようだった。

「パニックになる前になんとかしよう」

「ええー、めんどくせえよ」

と言ってロットは大剣を抜いた。

 抜き身の、凶悪的な刃渡りを誇る愛剣がぎらりと輝く。その光りに周囲の人々が声をあげていく。

「え、なにあれ?」

「撮影かなんかか」

 小さい声が周りから聞こえてくる。

 新野とブラウが止めに入る前に、ロットは大きく地を蹴った。

 人々の頭を軽く飛び越え、メリーゴーランドの下まで跳ぶ。

 大きくざわついた聴衆を尻目に、ロットはもう一度跳び、白蜥蜴の眼前に降り立った。

 恐怖よりも興味深くつぎつぎに視線が集まる。

 ブラウが舌打ちを放ってロットと蜥蜴を見上げた。

「ロットの奴、まさかここで暴れる気か?!」

「そのまさかに決まってるだろ、あいつのことだ」

 白蜥蜴がのっそりと体を起こす。それだけでロットは見上げるかたちに。

 好戦的な笑みを浮かべるロットにむかって、蜥蜴は鋭い呼気を発する。

 明らかに機嫌の悪そうなその音に、しかし新野は目を丸くした。

 胸をそらした蜥蜴と相対したロットが、切先を持ち上げる。

「まっ」

 新野が制する声を出すのとロットが屋根を踏みしめたのは同時だった。

「待ったあー!」

 全力の叫び声と破砕音。

 ロットの振り上げた刃を黒龍の鱗が弾き返した音。

「ニイノ! なにすんだてめ!」

「待てロット! こいつ、その、悪い奴じゃないんだ!」

「はあ?!」

 いっそう騒がしくなった周囲に頭を抱えつつ、ブラウもロットの横へ降り立つ。

 二人の前に立ちはだかり背中で蜥蜴を守るかのような新野は、必死に弁解した。

「こいつこんなだけど、まだ子どもで、黒蜥蜴とはぐれただけみたいで……」

「まさかそいつが言ってるのか?」

「ああ! そうだ、まだなにもわかってない、どうして自分がここにいるかも、なにをしたいかってことも」

 鋭い呼気とともに新野に届いたのは、小さな男の子の声だった。

 背後からもう一度聞こえてくる。たしかにそれは蜥蜴の声のようだった。

(気持ちよく寝ていただけ、なんなの)

「ほ、ほら!」

「いやわかるかよ!」

「そ、そっかテュラノスにしか聞こえてないんだった。とりあえずこいつは危なくないんだ、ロット剣をしまえ!」

「マジか? そんなんで危なくないとか信じられねえ」

「ほんとだって! くそ、こらお前もなんか言え!」

 歯がゆさから思わず蜥蜴を叱咤する。間近で蜥蜴の眼球が動き、新野をとらえた。

(なに、なにか言ってるこの小さいの)

「小さいの……って俺か。たしかにお前よりは小さいけど。それよりお前ここでなんで寝てたんだ」

(だってなんだか、楽しそうだったから。黒いのを追いかけてきたけどもういない。一人はさみしい)

 蜥蜴はそう言って目を短い間つむった。

 寂しい、と告げるその声が空気にしみこんで儚く消えていく。

 声とともに心情までも届いたのか、蜥蜴の孤独さが新野にもまざまざと伝わってきた。

「黒いのってのは黒蜥蜴のことだろ。もういないってのはなんなんだ」

(知らない。追いかけてきただけ。もともと黒いのは白いのに興味はない。でも白いのは一人はいやだったから追いかけた。でももういないから、ここで寝ていた)

 白蜥蜴は諦念したように息をついて、そらしていた胸を下ろした。

「そうか、寂しいだけなんだ……」

 新野の落ちた声にロットは沈黙し、剣を下ろす。

 はたから見たら新野の独り言だが、気落ちした様子は演技に見えなかった。

「なるほどなるほど」

 腕を組み、ロットはうんうんと頷く。

「つまりあれだな? そいつはさみしいだけだと」

「まあ今そう言ったな」

 ご高説ぶって語るロットにすかさずブラウがつけたす。

「黒蜥蜴だっけ、そいつとはもう別れたと」

「まあそうだろ、現に一匹でこんなとこいるし」

「つまり遊びたいと!!」

「すげえ飛躍した!」

 かっと開いたロットの目が、きらきら光っている。

「いいぜ、この俺様が遊んでやろう!」

「あーすげえ、こいつ本物だ、本物の馬鹿だ」

「来いシロ! 俺が遊びというものを教えてやろう!」

「勝手に名づけた!」

 再び剣を構えたロットが大きく一歩踏み出す。

 体制を低くして蜥蜴の間近に滑り込みそのまま袈裟懸けに振り上げた。

 両刃の剣の腹が蜥蜴の顎にぶち当たる、その寸前新野の装甲が再び間に入る。

 重い衝撃が全身に響く。

 歯の根元まで振動が響いたようだ。

「な、なにすんだロット……!」

「だから遊ぼうって言ってんだ、ろ!」

 再びすくうように振り上げられた大剣が新野に当たり、新野は白蜥蜴の腹へよろけた。

(なんなの)

「さてなあ! こいつはお前と遊びたがってるみたいだけど」

 乱暴な仕打ちに苛立ち新野は口角を上げ刺々しく告げる。

 しかし白蜥蜴はそれを聞いてのっそりと上体を起こした。

(遊ぶ? 白いのと?)

「あ、ああ……。え?」

(遊びたい! 遊びたいよ!)

「えええ?!」

 眼を見開いて、蜥蜴は俊敏に体を揺らす。

「お?! なんか乗り気じゃね? そうだろニイノ!」

「いやそうみたいだけど……」

 突然の興奮と激しい動作に後じさる新野は急に視界がブラックアウトした。

「あれ?」

「え……ぎゃはははっは!」

「ニ、ニイノ!」

 困惑する新野に聞こえたのはロットの爆笑とブラウの狼狽。

 続いて胴に硬いものが巻き付いた感触、その後急激な浮遊感。

 回復した視界は空をうつしていた。

 蜥蜴にくわえられ尾によって上空へと放られたのだ。

「なんでやねん!」

 そして新野は白蜥蜴のリリース&キャッチボールという遊びに付き合わされることになった。

 途中からロットが白蜥蜴にパスを送ったりもしていた。


◆ 

 

 ぺっと吐き出されて屋根の上に投げ出された新野を、ブラウは跳び退って大きく避ける。

 肩から上を唾液まみれにされた新野が声のない悲鳴をうめきながら起き上がった。

「く、くさっ!」

「ぎゃはははは! ニイノ、やべえ! まじでやべえよ!」

 ブラウはどんどん距離をとり、ロットはひたすら笑っている。

 最早怒りも湧かない新野へ、白蜥蜴が嬉々として歩み寄ってきた。

(遊び楽しい。さみしくない)

「それは、よかったな……」

 膝と手をついた体制のまま、新野は呆然とそう言うしかなった。

 その時白蜥蜴の頭に一羽のカラスが降りる。三本足に白いポイント、鴉の王だ。

 腹立たしいことにカラスは一度新野にとまる素振りをしたが、唾液に躊躇して蜥蜴へとうつってみせた。

『よう、楽しそうだな』

「どこかだ……! 今さら出てきやがって、どうせ見てたくせに!」

『もちろん。しかしこいつぁ、鹿の王が殺していかなかったのも、その必要性が無かったからだったようだな』

 外見とその巨躯から危険そうに見えるが、この白蜥蜴に凶暴な性質は無いようだ。それは新野が一番わかっている。何度もくわえられたが、傷つけられることはついぞ無かったのだから。

 むしろロットの剣による打ち上げのほうがよっぽど痛かった。

『さあてこいつ、どうするかね』

 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていそうな声で鴉は足踏みをする。

 ぴり、と空気に亀裂が入る。無慈悲に蜥蜴を傷つけそうな相手を新野は睨みつけた。

 その雰囲気をものともせずロットは快活に提案する。 

「ここで飼えよ! 芸できんじゃん、なんなら客と遊べばいいだろ」

「いやそれはダメだろ」

 二人の発言に、カラスは肩を揺らして笑い、飛びあがった。

『ヒヒ、まあそれもいいかもな』

 旋回した後その場を去っていく。

 ぽかんと見送る新野。

 あまりにあっけないが、なんの気兼ねもなく放たれた提案がひとつの命を救った瞬間だ。

(どうした、まだ遊んでいいのか)

「あ、ああ。ここにいていいってさ。これからは遊んでもいいし、ここで寝ててもいいらしい」

(それは、嬉しい)

「そうだな、きっともうさみしくないんじゃないか?」

 蜥蜴は全く変わらない表情で何度か眼をしばたいた。

(ありがとう、ありがとう。楽しかった)

 眼を細めるそれは、笑っているようだった。

 それを見てほっとして、新野はロットに向く。

「ロット、ありがとう。お前のおかげでこいつ死なずにすんだのかも」

「は? なに言ってんだよ、俺はこいつを斬ろうと思ったのに。止めたのはお前じゃんニイノ」

 愉快気にロットは笑った。

「そうだぞニイノ。こいつはそのトカゲがどうなろうとどうでも良かったと思うぜ。心配してたのはお前だけ。全くお前って、そんなのと話し合いで解決できると思う時点でこいつと同等の馬鹿だよ」

 呆れ苦笑するブラウに新野は首を振った。

「いやそれは、俺がテュラノスだから。声が聞こえるからだよ」

「そっか。じゃあ俺達もそうなるかねえ」

「やっべー! 超面白そう!」

 不意な発言に言葉を失う。

 しかし目の前の二人は破顔した。

「待ってろよニイノ、すぐ追いつくからな! そしたらまた遊ぼうぜ!」

「まあそう心配しねえでさ、味方が増えるってくらいで思ってろよ」

「…………ああ」

 この二人が同じテュラノスになればたしかに、新野にとって心強いことこの上ないだろう。

 しかしどこか寂寞感が胸をつまらせるのも止められない。

 この翌日、二人はそれぞれの王のもとへと発ち、新野とは別れることになった。

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