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獣のテュラノス  作者: sajiro
トロントの森/飛燕の王のテュラノス編
71/147

フォレスト・ファイター

 本名が歩き始めた、という動作でしかわからなかった。

 次の瞬間新野の足元が爆ぜた。

 爆音が森を振動させ、地面がびりびりと揺れる。

 本名の前方の木々は、足元から降り上がった衝撃で半壊。

 空中に木々が根をさらして跳んで行く。

 それにつかまって、新野も宙を跳んでいた。

 額に龍王のしるしが開かれる。それとともに冴龍の装甲が身を包み、新野の双眸は橙色に染まる。

 針のように細くなった瞳孔で見下ろした世界で、本名のしるしの浮かんだ瞳がこちらを見上げていた。

 息を飲む速さだ、初撃がどう繰り出されたかわからない。

(それが視えない限り勝てない!)

 新野の必死な視界で、本名の姿がかき消えた。

 一瞬後、新野の脚に白い角が絡みついている。

「や……!」

 気づいたと同時にぐんと体が滑空する。

 勢いを持って地面に叩き付けられた。

 肺から無理矢理息を吐き出されて、視界が明滅する。

 背中の奥で地面が陥没して、土砂が体を覆う。

 連続して頭上に現れる影。

 本名自身が地を蹴って、新野の腹めがけて飛び降りてくる!

 落下による加速の蹴りに加え、脚に角が巻き付き先端は槍のごとく尖る。

 当たれば円錐状になにものをもくり抜くほどの威力をもつ突きが、新野を襲う。

 しかし身をよじった新野が、左手を振り上げた。

 透明の膜が本名の突きと衝突する。

 火花が槍の切先で散り、本名は反転、地に降り立つ。

 すかさず体を起こし、新野は立ち上がる。

 全身が粉々になったような激痛に苛まれるが、同時に癒しの力も感じる。

 集中すると特に痛みを覚える箇所から優先して回復が行えることも学んだ。

「なるほど、冴龍の守護に超回復か。それは面倒だ」

 また本名が一歩歩き出した。

(来る――!)

 今度は目を見張る。相手の動きに集中する。

 コマ送りのごとく流れる光景は、本名の目にもとらえられない速さのそれを捉える。

 背負う靄が一瞬で角になるが、五本の槍はまるで鉤爪のごとく地面をすくい一気に払う。

 刹那、爆散する森。

 どっと木々と土が宙に砕かれ吹き飛ぶ。

 防御していた新野も衝撃で足場を失う。

(宙はやばい! またつかまる!)

 予想どおり本名から今度は一本に収縮した白い角が雷速で伸びてくる。

 完全に吹き飛ばされている真っ最中の新野に逃げ場はない。手や足の届く範囲に木もなにも跳んでいない。

 いやただひとつある。足場の代わりになるものが。

 ジグザグの軌道で新野に届いた角に、新野は腕を伸ばした。

 つかもうとした手先で角が変幻自在に曲がる。右腕をとられる瞬間、左手でその先をつかむ! 

 本名の驚きが伝わっているように角がびくりとはねた。

 そのつかんだものを思いっきり投げるように振り上げ、すかさず離す。

 反動で地面に急速落下しする新野。着地から間断なく地を蹴り、森の中に走り込む。

 全速力で駆ける木々の合間から本名の位置を探る。

 その後ろから角が追いかけてくる。

「…………っ!」

 冴龍の脚甲である新野に匹敵する速さだ。こちらは疲れがある分やがては追いつかれる。

(この角は一本だと長い距離動けるが突き刺す力はない。枝分かれするとパワーがすごいが長い距離には使えない。速さじゃ勝てないし、俺は長い距離の攻撃はできない、てことは……!)

 直線上で追尾してくる角を無視して、新野は直角に曲がった。

 地上ではまともにケンカすらしたことがない新野だ。戦闘において作戦もなにもない、今できることは考え始めることだけ。

 そこから導きだされるのは、攻撃を当てられる距離までつめること、その一点のみ。

 強敵におそれもなく、真っ向から立ち向かった。

 ただしなんの考えも無いわけではない。角は枝分かれできない距離まで伸ばされているし、先端は背後にある。つまり今の本名は武器を持たない状態のようなものだ。

 すれ違いざまに一撃を当てる。軽く自動車も追い越す速度で走っていることに自覚もなく、新野は駆ける。

 木々が開いて、一瞬で本名に迫る。

 眼鏡のレンズすら見える距離で、額のしるしがほのかに光った。

 新野の踏み込んだ地面から、つららが逆に生えるように、一瞬で水晶の柱が斜めに生える!

 過ぎ去る視界。何本も発生した水晶が本名を貫く。

 かと思ったのに、それは新野の目の前で粉々に砕かれた。

 本名の腕が閃いて、距離をとろうとした新野の襟をとった。

 とっさに新野は身を反転する。

 本名の手を全身をねじって振りほどき、地面に真横から転がった。

 すぐさま体を起こして本名を視界に入れる。

 その背中からはもう一本、枝分かれした、鹿の角が出現していた。

 その角に砕かれた水晶が森には溶け込めず不恰好に生えている。

「鹿の角は、二本と決まっているだろう?」

 眼鏡の位置を直す男の背中にはもう一本も戻ってきていて、鳥が両翼を広げるように何本にも枝分かれした鹿角が広がる。

 動きも止められ、力は勝り速さは拮抗する相手の武器にふたつ囲まれた新野が厳しい表情になった。

 その時、上空を滑って行った影から羽音が落ちた。

 二人の意識の片隅がそれに持っていかれたと同時に、

 片刃の剣が本名の頭上から降ってきた!

 鹿角が二本とも反応するほどの急襲。

 振り上げた角に剣が突き当たり、マズルフラッシュのごとく光が一瞬その場を支配する。

 その瞬間を逃さず、本名の眼前に再度水晶の槍が襲い掛かる。

 地面から生えるより、砕かれた水晶が再生するのは速かった。

 森の中に破砕音と衝撃が木霊した。


 新野の隣に重く着地した彼が、立ち上がる。

「ブラウ!」

「いいところで間に合った!」

 にやりと笑う味方の出現に、新野はつい顔を綻ばせる。

 しかし緊張したブラウの横顔。

 同じように対峙する者に目線を戻す。

 そこには、水晶の切先を最早人間技ではない反射速度で避けた男が体勢を戻していた。

 彼の着用していた眼鏡が、足元に落ちている。

 本名は目の横の小さな裂傷を指先でなぞった。

 赤い血が滲んでいたが、ゆっくりと修復される。

 無言で眼鏡を拾いあげる。ヒビの入っていたレンズが割れて地面に落ちた。

 その用途を成さない眼鏡をかけた男に、新野もブラウも息をつめる。

 静謐が森に戻っていた。が、殺気はさらに膨れ上がっていた。

「想定外だな」

 眼鏡のブリッジを上げた男の声は、低い。

 その声だけで感じた。

 今までとは違う。目の前に立つ男が全く異質の存在になったような。人間の形をしていたはずなのに、もうそうではなくなったような。

 本名の片手が動く。

 新野もブラウもびくりと体を反応させたが、その手は本名の胸へと動いた。

 胸ポケットから取り出したのは、小さなメモ帳のようだった。

 二人が疑問に思う前に、それを開いて本名は言う。

「ロンアーツ口伝四十二の三。生は水と星より生まれ出で、よって肉は肉に還り血ははるか彼方の海へと下る」

 瞬間、光。

 視界が真白に染まったのは、自身を覆う白い靄のせい。

 感じる前に全てが終わった。

 靄は体の器官から中へ侵入し、新野とブラウの血と肉と内部から破壊した。

 口内に血が逆流してきて、咳とともに嘘のようにあふれてきた。

 たまらず膝を折り、手を地面につく爪という爪から出血してきて、眼球の隙間からも血が滴る。

 叫ぶことも痛みに嘆くこともなく、全身が冷たくなっていく。

 なのに耳に届く、いやに涼しげな足音。

 本名の横にひっそりと白い大鹿が並んでいた。

 風景に溶け込めず浮彫になっているような、輝いてすら見える純白の獣。

 こんな状態でも目を奪われる立派な角の先まで白い。

 自分の血が届いて、汚れてしまうのではと心配すらしてしまうほどに綺麗で汚れを知らなそうな。

「私の王はわがままでな、いつも新鮮な知識を欲しているんだ。能力を使うのにもこうして読んだことのない一節を読み聞かせなくてはいけない。さて……」

 新野は本名の見下ろしてくる視線を感じながら、地面を握った。そうでもしないと意識が闇に飲まれそうだった。

「圧倒的に武器のないお前の実力はわかったか? 能力を一つ解放しただけでその様か。それではすぐ死んでしまうだろうな。考えは、変わったか?」

 聞いている意味はなんとかわかった。言っていることは本当にその通りだ、新野では本名に勝てない。新野の手数がことごとく駆逐された。

 それでも否定の意思を表現する。必死に首を振るが、実際は小さく震えただけだった。

 だが本名を見上げることができた。その視線は固く鋭い。

「…………頑なだな。助っ人は虫の息だが」

「!」

 新野は横を見る。血の海に倒れているブラウの赤に濡れた姿が見えた。

「回復力もない生き物はそうなるだろうな。お前の弱さが招いた結果だ。その道を行けばこの先何度も出くわす光景だろう」

 新野の瞳が揺らぐ。それを本名の言葉が後押しする。

「友人か? お前の存在は敵だけでなく友も殺すらしい」

 そうだ。テュラノスでないブラウが来たところで、この結果は目に見えていたはずだ。

(なんで、来た)

 昏倒寸前の頭で思う。

 死にに来たようなものだ、と。

「テュラノスでもない命をあといくつ散らす気だ? 弱者は邪魔だ、お前も邪魔だと言っている」

 そうだ、と頷く。

 弱者は、テュラノスでない者は戦いに参加するべきでない。

 だから強くなろうとこの地に来た。

(強くなりたい)

 ブラウもそう思っていたのに、今はあっけなく死のうとしている。

 新野にふと、思いつきが舞い降りた。

「嘘だろ、まさか……」

 まるでその新野の発想を肯定するように、ブラウの指がぴくりと動いた。

 ブラウはこうなる結果を分かっていて新野の救援に来たのではないか。

 本当に単なる思い付きだったが、すぐに新野には確信へと変わっていた。

「ブラウ、お前死ぬ気か……?」

 友人の死を恐れていない、むしろ立ち向かうような行動に合点がいく。

 死んで、新野や本名と同じ強さを得るつもりなのだと。

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