カーニバル
「到着!」
「火龍ってどれ……あれ?」
ブラウとロットが息をきらせて現場に着いた時、剣呑な雰囲気に二人は目を丸くした。
新野と龍王が睨みあっている足元には、赤い少女が昏倒している。
「あんたらなにやってたのよ」
仏頂面の神子が振り返る。
「いやガキ共の保護者が見つからなくて……それよりなにがあったんだ、こりゃ」
「火龍はあのとおりだけど、その処遇で対立中よ」
「なんだ、終わっちまったのか」
残念、と落胆するロット。神子はそんな彼に嘆息する。
その時視線を感じる。森の中からだった、神子を見ているのではない。隣、そうロットとブラウを気にしているようだった。
神子はあたりを見回すが最早気配はない。
一瞬のことだったが気になって、カラスの王にも目線をやる。
すると彼は訳知り顔でにやりと笑った、今の目線がなんだったのかわかっているようだった。
「あんたらなんか目つけられたかも……」
「なに?」
「なんでもない」
今はこの二人組よりも、龍王と新野が気がかりだった。
神子にしたら、火龍は危険だ、動けないにしてももっと力をそいでおくべきだと思う。
しかし今目覚めたところであの槍は生半可な衝撃では抜けないだろう。それに神子と新野だけでなく、今はカラスの王も龍王もいる、エンリに勝ち目はない。
他の天魔が来たり、邪龍王がやってこないとは限らないが。
ともかくのんびり意見を対立してもめている場合ではないのだ。
そうわかっているはずのカラスの王が、無言で成り行きを見守っていることが神子には最も奇妙なことであった。
不服だったが問いかける。
「ちょっとあんた、なにたくらんでの? あんたにしたらさっさと新野のお兄さんに火龍を食わせたいはずでしょ」
カラスの王は横目で一瞥してきただけ。
「食わせる?」
驚きの声を上げたのはブラウだった。ロットも興味深げに聞いている。
やや面倒そうに神子は口を開けた。
「わたしたちテュラノスは想像力を具現化するけど、全部が全部いいわけじゃないの。燕王のテュラノスはいくら想像したって龍の装甲になれないし能力も使えないみたいにね」
「ああそりゃ、そうだよな」
「かといって自分の獣に関わることならなんでもいいってわけでもない。もともとその能力を具現化するにあたって、王がテュラノスの想像――願いを叶える因子を持っているかどうかによるわね。たとえば狼王のテュラノスがフェンリルを想像するでしょ、そのフェンリルの因子を狼王が持っていれば能力となって現れるわけ」
「なんか、わかったようなわかんねえような。因子ってなんだよ」
「それはわたしもよくわかんないけど……、知識ってふうにも言えるんじゃないかな。ともかく、龍王はもともといろんな龍種の因子を持っていたけど、ほとんどをお兄さんの前の代のテュラノスが能力にしちゃったからもう無いのよ。だから現存する龍の因子、天魔のものを奪わないとお兄さんの能力は増えないの」
邪龍王のテュラノスと自称した女をロットとブラウは思い出す。白銀龍の因子を使い、煌びやかで強力な装甲を纏っていたはずだ。
「その奪うってのが、食うってことなのか」
「そう、こいつが言うにはね」
親指でカラスの王を指す。ロットとブラウは猜疑心でカラスの王を見る。
「あ、こいつカラスの王よ、一応。痛い!」
骨の折れる音が小さくした。
今まさに神子の親指をあらぬ方向に曲げた男が、トロントの森のナワバリヌシであると聞いて、二人はどう受け取ろうか迷っていた。
逆になんの迷いもなく少女の指を折った男は、ふと上空を見上げる。
曇り空にはカラスが三羽ほど旋回していた。
「…………」
「なにすんのよこの……!」
涙目で見上げる神子は、カラスの王の顔を見てはっとする。
続けて上空を見て事態を知った。
「侵入者だわ」
「うわ!」
森の中から一羽カラスが踊り出る。それは新野と龍王の間を跳び抜け、エンリのそばに降りたった。
「なんだこのカラス」
「やべーなもうこれ。ヒヒ、やばくなってきやがった」
「銀、なに?」
龍王が訝しむ。
カラスの王ことシルバースポットは愉快気な眼で新野と龍王を見る。
「閉幕だ、もうしめきっちまえ。ぐだぐだやってんの見るのもおもしれーけどな、付き合ってられなくなった」
「誰かがトロントの森に侵入ってきたの。誰かはわかんないけど、このタイミングってことは味方じゃなさそうね」
「鹿の王だよ」
するりとカラスの王から放たれた言葉に龍王はぽかんとした。
「え、鹿の王……? ならいいじゃない、いやあ懐かしいなー」
昔を思い出すような眼をする龍王に、神子は沈んだ顔をする。
カラスの王はあからさまに嘲笑をする。
「馬鹿かお前。もう味方じゃねーんだよ」
「え? ……どういうこと」
「今はそんなんどうでもいいんだよアホ。わかってんのはな、あいつ――鹿の王のテュラノスは火龍をぶっ殺して龍王のテュラノスを奪う気でいるってことだ。ヒヒ、やべえだろ、あいつは一度決めたら頑固だかんな、しかも本気で来やがる」
だからな、と告げた後、カラスの王は笑いをふっと消した。
「さっさと火龍を食わせろ。さもなきゃその火龍、隠しちまうぞ、ばらばらにな」
エンリの近くに降り立ったカラスに次いで、空からまた二羽カラスが舞い降りてきた。
三羽のカラスは、エンリの近くをうろつく。一羽は少女の肢体に登った。
鋭利なかぎづめが少女の柔らかい肌を押す。
エンリは気を失っていて身をよじりもしない。
黒いとがった嘴が、閉じられた眼の近くをつつく動作をした。
それによってカラスの王の意図を知った新野はぞっとする。
鹿の王とやらに殺されないためにも、カラスの王はこの火龍の少女を保管する気なのだ。
何羽いるのか定かでない、無数の眷属たちの腹に分けて。
龍王とテュラノスは見つめ合う。
新野は龍王が折れることを願う。
龍王もまた新野が断念することを望む。
「あー、奴さんのほうが早えな」
森から電光石火の速度でその場を横断したものがあった。
鹿の角を模した、幾重にも枝分かれした雷槍。
その切先がエンリの脳天にまばたきより早く届こうとする。
カラスの断末魔があがる。
黒い鳥がだらりとぶら下がり、鹿角がそれを振り払う。
カラスの王の足元に鳥の死骸が跳ね落ちた。
エンリへの一突きを身を挺して守ったカラスは、無残に胴に空洞を開けている。
カラスの王が相好を崩して見た、森の影から新野も見たことがある男が一人、静かに現れた。
「本名さん……」
龍王が信じられないといった様子で、呟く。




