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獣のテュラノス  作者: sajiro
トロントの森/飛燕の王のテュラノス編
66/147

弱肉強食

「どうした? 顔が青くなってんぞ」

 きひひ、と笑うそれはまるで悪鬼だ。

 少女を食え、などと平然に語る男。

 いや、おそらく違うと新野は思う。

(俺がまだ、ニンゲンぶってるだけ……?)

 何度も見てきた、捕食し口で肉を裂き、飲み込みまた獲物を捕らえる。

 動物園でだって毎日ある光景。

 動物にしたら当然で日常的な行動だ。

「いたって簡単だろ? もうすぐ神子が用意する、それを食うだけだ。哀れんだり同情したりする段階はすっ飛ばしていいんだぜ、ほら言うだろ? 死人に口なしって、その分お前も罪悪感ってやつを感じないんだろ?」

 弱きの肉は、強きの食なり。

 自分の場合はそれとは違う、しかしこのカラスの王が求めているものがわかった。

 強き者。強くなって邪龍王を倒す際の戦力になる、龍王のテュラノス。

 狼王と同じだ、この男もまた新野に力を与えようとする。そこには新野の気持ちへの配慮など無い。

(当然だ、違う生き物なんだから)

 新野が無言でいるにも関わらず、カラスの王は流暢に続けた。

「本来王からもらう因子だけどな、お前の王はあらかた前のテュラノスにくれちまって、冴龍以外はほとんどもって無い状態なんだよ。だから敵から頂戴するしかない」

「……なに言ってるか、全然わかんねえよ」

 空気が割れる音がした。

「めんどくせえ奴だな」

 今まで陽気に笑っていた男の声色が氷のように冷たくなった瞬間。

 男の青い眼がぐっと距離を縮めてきた。

「なあお前、強くなりたいんだって? 残念だけどなあ、お前にそんな明日はねえんだよ。虫は象に敵わない、鳥は銃に敵わない、ヒトは龍に敵わないんだよなあ。だったらどうする? ――答えろ!」

「そ、そんなの……」

 圧迫感に必死に耐えながらも、新野は首を横に振った。

 答えることはできない。

 男の言葉をすんなりと受け入れてしまえば、どうなるかわかっていた。

「いやいや答えろよ。お前、弱いんだろ? 弱くて守りたくてもそれが叶わなくて嫌だから強くなりたいとかぬかしてんだろ。なあそれってどんな気分なんだ、ちょっと前向きになれていい気分だったりするのか、実際は一歩も動いてないのに、なにもしてないのに。なあ答えろって、どんな気分なんだよ」

「…………」

「おいなんなんだよそのツラは、イジメられてますみたいな顔しやがって。しらけるぜ。俺は親切にお前の要求に答えてやってるのに。それがいざ難しいからって、やらないつもりか? もっと簡単にいく方法はないですかってことか? ひでえ欲張りだな、はっ、笑える。チョー笑えるよお前」

 地面に座っている新野を、男ははるか高みから見下ろす。

「お前はあのガキがヒトじゃなくて豚の形をしてたら食えるんだろ」

「……!」

 思わず反論しようと顔を上げた。だが言葉は出てこない。声だけが喉でつまる。

 カラスの王はそんな新野を侮蔑の眼差しで見た。

「ヒューマン気取りが、同族愛にもなんないぜ。あれはお前と同じ地上人でもねえし、お前を食う気でいたんだよ。冴龍もとられたら、お前の次の龍王のテュラノスは裸で戦えってことになるな」

「次、の」

「ああそうだ、これ以上強くなれねえってんなら、龍王に食われろ。食われてお前の冴龍の因子を返すんだな。それがずっといいぜ、次のテュラノスに俺達も期待するし」

 食う。

 食われる。

 想像すると、龍王が泣きながら新野を食おうとしていた。

(悲しそうだ。それはダメだな……)

 頭の中が一瞬霞がかった。

 自分がエンリを食う、ということは一時的忘れた。

 自分が食われてしまうことも、はなからどうでもよかった。

 ただ龍王に自分を食わせてはいけない、ということだけ考える。

 龍王のテュラノスにとっての一番避けたいことが、自らの王が傷つく事態であったからだ。

「俺は……俺が、食わなくちゃいけないのか」

 実際声に出して言うとずんと重みがのしかかってくる。

 恐怖に身がすくむ。

 カラスの王の眼がまた子どものように輝いていた。

「なあなにも、お前だけじゃねえんだよ」

 ころりと声色は慰めるように変わり、男は隣にしゃがんで新野の顔をのぞく。

「ここのテュラノスがみんな食われてるのはもうわかってるよな」

 新野は沈黙して頷く。

「お前もその気持ちはわかると思うぜ、テュラノスってのはそうできてるらしいからな。敵に敵わないとわかれば王に身を捧げるんだとよ。でも神子のガキだけは違う」

 少女の名前が出て、久しく耳に届いていなかった戦闘音が新野の耳にも響いた。

 火龍と渡り合っている燕王のテュラノス。

「二年前の戦いの後、あいつだけがテュラノスのまま残った。他はみんな死んだか王に食われたが、あいつだけはそのままだった。なんでかわかんねえだろ」

 新野はカラスの王の青い眼をようやく見返す。その眼は実に楽しそうに光っていた。

「あいつが食われるのを拒んだからだ。テュラノスが拒むってことは、それが王にとって良くないってことだ。あいつは自分の成長のほうが有効だって判断したんだ。まあそれは正しかったな、お前が出てきてまた邪龍王と戦うことになって、あいつがしたことはなんだと思う?」

「いいから早く、教えろ」

「ヒヒ、そう苛つくなよ。あいつがな、王を食ったんだ」


 

 光りにより加速した蹴りをなんなく槍柄で払われて、神子は地面を滑る。

 ちらりと見やったのは新野とカラスの王。

「なに吹き込んでんの、あの馬鹿……!」

「あたしを前によそ見してんじゃ」

 近い位置で聞こえた声にはっとする。

「ねえよッ!」

 降り上がった豪炎の穂先が迫る。咄嗟に背を反り、顎先を熱がかすめた。

 そのまま後方宙返りして着地、相対する敵を睨み上げる。

「そうだった、まずはあんたをどうにかしなきゃだった」

「はん! やってみろ!」

 エンリは再び槍を真横に掲げる。

 足元が響く。神子が跳んだ直後、地面が赤く煮え火柱が立つ。

 避けた先でも地面が赤くなっている、着地した瞬間に火が吹くだろう。

 周囲に展開していたツバクラメが一斉に背へ戻り翼へ変換。飛び立とうとした時、エンリが地を蹴った。

 腰だめに構えた槍とともに、炎の噴射で加速した少女が突進してくる。

「くぅ……!」

 宙で身を返すがわずかに遅い。

 十字槍が神子の腹へ到達する。

「ははは! 死ねえ!!」

 エンリの歓喜極まった声が響いた。

 公園を囲む森へとそのまま突っ込み、しかし火龍の突撃は止まない。

 衝突した相手が燃えカスになるまで槍の先端へと炎を送り続け、さらに速度を上げていく。

 しかしがくんとその速度が遅くなる。

 十字槍を握る、赤い鱗に覆われたエンリの両手も重みを感じる。

「あ――?」

 訝しんだ時、炎の向こう側に流星が見えた。

 周囲から流れ込んでいく光が、星に見えたのだ。

 それが流れ込むと重さも一段と増していく。

 そしてついに、集まった光が形を成すのが見えた。

 槍の先端より先から、逆噴射が起こったように、エンリの両腕は唐突に弾かれた。

 その両腕は、何重にもねじれ、エンリは我が眼を疑った。鱗は散々に散り、出血おびただしい。

 弾かれ両腕を上げた状態の彼女は気づく。

 溢れる光の奔流から見えるもの。

 それは十字槍。火龍から生み出されたはずの刃がこちらに向いている。

 反転した自らの槍が腹へと射出されるのを、エンリは見送るほかなかった。

 

 傷は焼けるように痛く熱く、エンリは血がにじむほどに歯を強く噛む。

 木々をなぎ倒し、仰向けに倒れる彼女に刺さった槍が、天に向かって突き立っていた。

 あえぐエンリの横にふわりとその少女は浮遊した。

「秘剣燕返し、なんてね」

 無邪気に言う彼女を、エンリは血を吐きながら睨みつける。

 しかし全身に力が入らず、言うことを聞く眼力くらいでしか憎しみを表現できない。

 神子の背負う翼は形状を大幅に変え、纏う衣装にも光が星となってこぼれていた。

 星は輝くたびに硬質さを想像させ、神子を守護している。

 背負う翼は細長く、鳥というよりも戦闘機のそれに近い。

 腰後ろには噴射口か巨大な筒が光となって現れている。

 エンリはぜいぜいと荒い息を吐きつつ、その姿を見上げていた。

「ヒントはあんたたちよ。獣の因子を身に取り込む。生憎うちの王は小さくて戦闘にも長けないからね、因子にして一緒にしてやった。わたしのほうが我が王の力を有効活用できるからね。王身一体って言えばいいかな」

 淡々と言葉を投げ、神子はおもむろに手を上げた。

 その手に星々が集まり、それは剣の形状となって浮遊する。

 明確な殺意の表れだった。

「ちょ、待て……」

 エンリは身じろぐが、槍は腹を貫きその身を地面に縫い付けていた。

 火に強い火龍の装甲が、いったんは槍の熱量に溶けたものの、驚異的な再生力によって槍が抜けないほど頑丈に修復されている。

 はりつけの少女へ、神子は剣の切先を向けた。

「馬鹿言わないでよ、二年前鳥類のテュラノスをたっくさん殺したのはどこのどいつ? お姉ちゃんたちを王に食わせたのは、どこのどいつよっ!」

 怨嗟に淀んだ目が、火龍を見下ろす。

「ねえとりあえず知りたいんだけど、あんたもわたしたちと同じく肉片残れば再生するの? だったらどこを、残されたい?」

 その双眸をのぞきこむのは、闇の洞をのぞくのと同義だった。

 なにを言っても最早これから起こることは変わらないとその眼は告げていた。

 エンリは火龍の因子を飲み込んでから忘れていた、恐怖をまざまざと思い知っていた。

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