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獣のテュラノス  作者: sajiro
トロントの森/飛燕の王のテュラノス編
65/147

百世不磨の群鴉の王

「か、神子……!」

「黙ってて! 今それどころじゃない!」

 新野の声にかぶさるように叫んで、神子は急速に、飛んだ。

 公園中を流星が幾重に飛んだ、それくらいの速度で飛ぶ燕王のテュラノス。

 新野にはかろうじて動いているのがわかる程度で、残像すら見えてきた。

 それが全て炎の少女に向かっている。

 少女の全身に、風が通るたび裂傷が走る、鮮やかな血しぶきが舞う。

 交差するそれはまるで暴風の中のようで、しかし致命傷に至らないのは少女がそれを全てすんででかわしているから。

「あああ! うっぜえなこの野郎!」

 少女は青筋を立て前傾姿勢をとった。

 背後に立ち上がったのは、真紅の鱗に包まれた尾。

 おどろおどろしく燃え上がる炎の中で、紅き龍の尾が溶けて崩れてしまう。しかしそこから現れたのは、真紅の十字槍。

 少女はそれを勢いよく引き抜く。

 振り上げた槍の先で破砕音。新野の前に地を滑って神子が出る。

 その二の腕から滴るのは確かに鮮血だった。

「ひっさしぶりだなツバメ女! 相変わらずちゃちでくすぐったい攻撃してきやがるっ」

「エンリ、あんたは相変わらずうるさくって、その声大っ嫌い」

 笑うエンリと呼ばれた少女と、髪を流す神子。対峙する空気はあまりに刺々しく、新野は声すらはさめずにいた。

 にらみ合う少女の膠着を解いたのは、上空から騒ぎ立て現れたカラスの群れだった。

 何十羽ものカラスが舞い降り、新野の横を豪風となって駆け抜けていく。

 台風は一瞬にして過ぎ去る。

 衝撃につぶっていた目を開けると、そこには男が一人立っていた。

「は?」

 真っ白のシャツに濃紺のジャケット、赤い紐ネクタイ、そして極め付けに目をひくのはビロードの紅い幕。

 ボロボロではしがちぎれてはいるが、重そうな外見は健在のその幕が、男の後ろで浮遊している。

「おい、初めましてだなこのやろう」

 しゃがみこんでニヤニヤした顔のまま、男は呆然とする新野の顔をのぞきこむ。

「汚ったねえツラしやがって、羽は大層なわりにお前は貧弱そうだなあ」

 犬歯をむき出しにして笑う男の眼は青色で、黒髪の中前髪の一房だけが白い。

「おい聞いてんのか?」

 唐突に頬を叩かれた。しかもまったく力加減がなっていない、新野は思わず男に向かって歯をむいた。

「痛い!」

「……ヒャハハ! そりゃすまん!」

 なにが可笑しいのか男は笑いながら立ち上がる。

 その後ろに赤い影。

「いただきィ!」

 男の背中から胸を貫き、十字の刃が新野の眼前に迫る。

 そのまま新野の脳天をも貫こうとする刃を、肌色の手が止めた。

 体ごと回して、ぶちりとちぎれた音ともにエンリは大きく投げ出される。公園の端の茂みに突っ込んでいった。

「ヒヒ、悪りぃけど俺はくれるもんは持ってねえ。俺はいただく側だ、ボケカス」

 十字槍を無造作に地に投げ捨てた男の手は、真っ赤に染まっている。

 手だけではない、貫かれた胸もそこから真横に槍を抜き出した胴も、肉片はぶら下がり骨は飛び出している。そして滝のごとく流れる血。

 口の端からもそれを溢れさせて尚、男は愉快気に口を歪めている。

「あ、あんた狂ってんのか?!」

「アァん?」

 訝しむ男に駆け寄った新野の翼から、温かな光がこぼれる。それを浴びた男は面喰らった後、どんと新野を突き飛ばした。

 新野が愕然とする前で、男に向かってカラスが数羽衝突していく。

 男の体は揺れるが、突き刺さったカラスがその体に飲み込まれていった。

 異常な光景は数秒で終わり、男の体は元の通り、なんの欠損も無くなっている。

「おいおい俺を殺す気かてめえー」

 ニヤニヤしながら底冷えのする視線をぶつけてくる。

「は? お、俺があんたを? 違うだろ、俺はあんたを助けようと」

「いらねー。相手を考えろアホ」

 ぶっきらぼうに拒絶されて新野は尻餅をついたまま言葉を失う。

 その顔を男は面白そうに笑った。

「ああもううっざいつってんだろおがあ!」

 茂みを吹き飛ばし紅い少女が立ち上がる。その足取りからは火花が散っていた。

「カラスの王……!」

 歯ぎしりをするエンリの、怒りに染まった双眸が男を見上げる。

 ぞっとする迫力だが男は頓着せず足元の槍をブーツで踏みにじった。少女の怒りが憎悪へとシフトする。

「てっめえ……! ぶっ殺すぞ?!」

「やってみろチビィ。たかが火龍が、やれるもんならな」

 エンリの迫力を凌駕する雰囲気を、男は影に背負って嗤った。

 今までの勢いを下火にして、エンリは悔しそうにする。

 その少女にも一目置かれる男の呼称に新野は顔を上げて神子を見た。

 神子はうんざりした様子でうなずく。

「これ、カラスの王」

「え? 俺か、これって俺かよおい」

 きょとんとしたのとほぼ同時に男は容赦なく神子の頭を平手ではたく。

 すぱーん! という音にぎょっとしながら新野は声を上げた。

「お、おい! 一応女の子なんだからそんなに」

「一応?!」

「うわあすいませんごめんなさい!」

 擁護した少女から悪鬼の面構えで迫られて、即座に平謝りする態度に、カラスの王は声を出して笑った。

「おもしれえなこのニンゲン。頭は悪そうだし馬鹿みたいに弱そうだけどな」

「ああそうね、ほんとそう。助けるんじゃなかった!」

 カラスの王にも神子にも散々に言われうなだれる新野の前で、神子は再びエンリと対峙する。

「ま、でもこいつだったらしょうがないか」

「おう、さくっと殺しちまえ」

「はは、こ、殺すって……」

 とたん神子とカラスの王に怪訝と見つめられて、新野は困惑する。

 神子は肩をすくめひらひらと手を振った。

「ああ、そっかごめんね。そうだった、お兄さんはそういう感じだったね」

「え、なに? そういう感じって」

「ねえわたし、今からこいつのこと殺しちゃうけど、いいよね?」

「え?」

 半笑いで問い返すが、神子はどこか同情めいた表情で新野を見下ろしている。

 カラスの王は何事もないような顔。

 紅い少女は固まっている。その顔は憤怒のもの。

 それを見て新野は思い出していた。

 群れる動物の中で、怪我や病気により弱小個体がいるとする。

 その弱小個体が優位個体に追い詰められた時の光景を。

 優位個体は群れ生活のために足をひっぱる個体を殺すことがあるが、弱小個体もその運命に抗おうと決闘において、全力で威嚇し牙をむくのだ。

 その様子と少女の様子が重なった。

 だがエンリは自分が弱小個体などとは微塵も思っていないだろう。

 怒りに肩を震わせ、神子を睨む。

「誰が、誰を殺すって……? 逆だろうがよ、か弱いか弱いツバメちゃん。二年前ぴーぴー泣いてばっかで、お仲間が殺されていくのを見てるばっかりだったお前だ、死ぬのは!」

「そう、そうね。あの時はほんとにそうだった、わたしが弱かった。だからこそエンリ、あんたをここでぶっつぶして、証明させてよ」

 神子の鎖骨の間に光が灯る。逆巻く風と二対の翼、飛燕の王の隷属である証。

「泣くのはあんただかんね。十二シーアー! 包围我バオウェイウォー!」

 神子の翼が光の粒となって崩れ、それが高速に彼女の周りを飛翔する。

 ひとつの光がぱっとその輪を離れ、カラスの王の足元から十字槍を拾い、少女へと投げた。

 その重い衝撃を受け取ったエンリは、苛立たしそうに舌打ちを放つ。

 両手で握り、水平に槍を構える。

 刹那、長い髪が奮い立ち、少女の体が目に見えるほどの赤い熱気を纏った。

「あたしは火龍の因子を持つテュラノス、てめえなんぞに負けるわけがねえんだよ! そのなめきった顔ぶっ潰して、ぐちゃぐちゃにしてやる……!」

 ぎらぎらと輝く双眸が赤く発光した。神子は同時に横っ飛びにかわす。

 地面から炎の柱が燃え立つ。

 肌を焼く熱さに新野は思わず目をつぶる。

 しかし続く連続した破砕音にすぐさま目を開ける。

 鳥の飛翔よりも早く神子が移動する。自身の燕の光を踏み台にして、予測不可能な動きでエンリを囲む。

 それを全て素晴らしい槍さばきで受けたエンリが、怒号一刀、神子が着地した瞬間を狙って突きを放つ。

 業火を伴った十字槍の突き。

シー! 做我的盾ズオウォダドゥン!」

 一斉に十の光が神子の前に集中し、盾となって業火と刃を跳ね返す。

 反動でよろけたエンリへ神子が指を差した。

五十ウゥシー! 以连续射击イィリアンシュシェジ!」

 細い指先が示す対象へ、細かに分裂した光が弾丸となって射出される!

 連続して絶え間なくエンリを襲い、噴煙が立ち込める。

 その噴煙の先でわずかに動いた影。神子は小さく悲鳴をあげて後方へ跳んだ。

 彼女の袖が燃えかすになって、地面に落ちる。柔肌に煮沸する火傷があり、修復の蒸気があがる。

 射出が止み、晴れる噴煙からは、全身に殴打されたような痣をたたえたエンリ。こちらも修復のため蒸気があがる。

 傷を受けながらも、二人の眼はそれぞれの闘志で輝いていた。

 間近で繰り広げられる戦いに、新野は息を飲んでいた。

 手を貸そうにも、逆に邪魔になるであろう、それほどの集中した空間だった。

 見ている分には、双方五分五分の力に見える。

「お前はあんなふうにできんの?」

 不意にカラスの王に問われる。真意の見えない、それでいてこちらの心を見透かすような瞳は直視し辛い。

 できそうにない、と心は告げる。

 顔色から読み取られたか、カラスの王は鼻で笑った。

「簡単に強くなる方法がひとつある」

 それは新野がはるばるカラスの王に会いに来て聞きたかった問いの答えだった。

 しかし「簡単に」というフレーズが疑心をもたらす。

 恐々見上げる新野の目を、カラスの王の細めた眼が見つめ返した。

「龍同士、食えばいいのさ」

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