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獣のテュラノス  作者: sajiro
トロントの森/飛燕の王のテュラノス編
64/147

暴行幼女

 紅蓮の甲冑をまとった少女は、振り上げた新野の腕を蹴り後方に着地した。

 両足と腹部、背中にはその鎧は無く、大胆に肌をさらした衣装。

「……!」

 脇腹に熱湯をかけられたような激痛が走り、新野は表情を歪めた。

 心臓の位置を直線で狙ってきた手刀を、反射的にかわすことはできたがかすめてしまった。

 脇腹は赤黒く焼きただれている。

「ブ、ブラウ!」

 名を呼んで視線を交わしたのは一秒に満たない。

 ブラウが飛び出す。

「はあ? なに勝手に動いてんだあ?!」

 少女の腕から真っ赤な炎が沸き起こる。まるで意志があるかのように炎の大蛇がブラウの全身を包み込んだ。

 しかしなんの被害もなくブラウはその中を走り抜けた。

 不可視の膜が、彼の全身を防護していた。

 恐怖にすくんで固まっていた子どもたちをブラウが強引に連れ出していく。

 その背中を見送った少女は、ゆっくりと新野に振り返る。

「ナメたことしてくれるじゃねえか……」

 こめかみに血管を浮き立たせ、怒りの凝視をしてくる少女に、橙の燐光に包まれた龍王のテュラノスが対峙した。


 その光景を、飛翔するカラスの一羽が見下ろしていた。

 カラスの視界はそのまま、古城の奥、豪奢な椅子にだらりと座る男に共有されていた。

「ヒヒ、釣れた釣れた。おい神子」

「なによ? てかあんた私の話聞いてた?」

 腕を組んで憤懣やるかたない神子は片眉を吊り上げる。

「ア? 聞いてねえよんなつまんねえ話。それよりおい、面白え奴が来てるぜ。俺も行こっ」

 語尾に音符でもつけそうな軽い口調で、鴉の王は玉座から立ち上がる。

「は、なに? なんか来てんの?」

「火龍だよ火龍。ん?」

 立ち止まった男は、別の視界をのぞいているのだろうが、神子からは宙に目をさまよわせている危ない奴にしか見えない。

「ヒャハハ! 龍王のテュラノス、あいつは本物の馬鹿らしい。火龍相手に手ェ抜いてやがる。こりゃ死んだなあ……」

 愉快気に笑ったかと思えば、急に沈静して呟く。

 神子はその呟きから状況を想像し、理解して走り出した。

「なんだよおめえ、助けにでも行くのか?」

 鴉の王の嘲笑を無視して、神子は窓から飛び出した。


 少女の蹴りを冴龍の手甲で弾く。

 蹴りに伴った紅い炎は、手甲の下の肌を焼く熱さを残していく。

 舌打ちして腕を振り、新野は再度少女に対し構える。

「んー……」

 燃え上がるような赤毛をかいて、少女は首をかしげた。

「なんか思ってたのと違うな、まだ全然しょぼいじゃねえか。おいお前さあ」

 予想外に気軽に声をかけられて新野は当惑した。

 有無を言わさず襲ってくるとばかり思っていたので返事をしないままでいると、少女は関係なしに続ける。

「カテリナのこと倒した時の力出ねえの? そんな弱かったらあいつがやられるはずねーんだけど」

「カテリナ?」

「白銀龍の女のことだよ。お前がボロボロにしたおかげでまだ寝てるが、てーよりあの後大将にお仕置きで半殺しにされたせいだけど。ま、あいつエムだから喜んで寝込んでるよ!」

 少女は吹き出し腹をかかえて笑っている。

「大将……邪龍王か」

「てめーらはそう呼んでるらしいな。こっちからしたらお前の王さまが邪だけど。でさ、強くなれねえの? あたしはてめえと戦いたくてここまで来てやったんだが」

 少女の言うことに新野は返答できずにいた。

 白銀龍の装甲をした女。カテリナを倒した時の力はあれから引き出せずにいる。突発的な感情によるものだったのか、とにかく今の新野はあれ程の力を出すことはできない。

 黙っていると少女はにやりと笑った。

「あ。そ。じゃいいや」

 一歩踏み出す。それに合わせ、少女の背中から這い出てきたのは赤い鱗に覆われた龍の翼。

「ピンチになったら強くなるかもじゃん? やってみようぜ」

 とん、と軽く跳んだ少女の体は、新野の視界に一気に迫ってきた。

 反射的に振り上げた腕を宙で避けて、そのまま少女につかまれる。

「なっ……!」

 ぐるりと腕を支柱に少女は回り、腕ごとねじられる。

 肩が悲鳴を上げる前に新野も体を回した。

 双方に回転して相殺させたが、少女の口元は笑ったまま。翼が軟体動物のごとく新野の腕にからみつく。

 収縮した翼に締め上げられ、腕からおかしな音がする。

「ぐあッ! この……!」

 新野の双眸が橙に輝くと、少女はぱっと新野から離れた。

 直後地面から巨大な水晶の柱が突き立つ。

 再び地を蹴った少女は新野の背後にまわりこんだ。

 目はそれを追うが体が追いつかない。左腕はあらぬ方向にねじれぶら下がっている。

 激痛に支配される頭を振りたい衝動にかられる。それに意識をとられている新野に少女はとりついた。

 背中から腕をまわされて抱きつかれた状態になる。

「は……?!」

「一緒にアツいことしようぜ」

 可愛らしく囁いた後、新野の視界は真っ赤に染まった。

「うわあああ……! ……!」

 足元より立ち昇った業火が新野の全身を包み込む。

 叫びはすぐに消えて喉から灼熱が入り込んできた。肺が蹂躙されていく痛みに意識が飛ぶ。

 窒息死するはずがテュラノスの体はそれを許さない。

 炎に包まれたまま少女に足を蹴られ、新野は地面に倒れ込む。

 依然悲鳴を上げているが焼けた喉から声は出ない。

 熱さと死への本能的な恐怖とでわめく新野の額に龍王のしるしが現れる。

「お? 来た来た! 来たかこれぇ?!」

 興奮して少女が叫ぶ前で、火だるまになった男はうずくまった。

 その背中から、孵化する蝶のごとく柔らかい翼が生まれていく。見たこともない、こぼれんばかりの虹色の光に包まれている。

 その光は温かく、当たる少女の心にすら入り込んできた。ぬるま湯につかる気持ちよさ、どこか懐かしい感覚、言いようのない安心感。そんな感傷が胸の中を充満させる。

 陶然としていた少女がはっと我に返る。

「んだ今の……?」

 光が降り注ぐ、すると炎は静まり消えた。そこには黒ずみになりかけている体が転がっている。

 うつぶせに倒れているそれは意識を失っているようだった。

 黒い塊からは、汚れのない美しい翼が立っている。

「これがこいつの戦う力ってか? ……なめてんなマジで」

 低く呟くその声には怒りがこめられている。

 そしてその怒りのまま新野の頭を蹴り上げた。

 抵抗なく焦げた頭は揺れた。

 翼はゆらゆらと陽炎のごとく揺らいでいるだけで少女に対してなんの反応もしてこない。新野は昏倒している。思い通りにならない状況に少女は舌打ちを放った。

「ったくなんだよコレェ! こんなとこまで来てこれっぽっち? つまんねえつまんねえ!」

 何度も新野を蹴りつける少女の右手に火が灯る。

 怒号とともに再度新野の全身を燃やそうと腕を振るったが、火が新野を包んだ直後、虹色がやさしく発光する。

 炎は跡形もなく消えていた。

「…………」

 自分の能力が掻き消されたことに驚きつつも、同時に新野の姿が先刻よりも回復していることに気が付く。

 能力を操る本人の意識が無いのに、この翼は機能を果たしていた。

 少女は無言のまままた新野を燃やそうとする。虹の光に消されても尚続ける。

 何度かそのやりとりを続けると、新野の姿は元の状態まで戻っていた

 地に伏せたままうめく新野の体を足で仰向けにして、少女はその胸を思いきり踏んだ。

「うげ! が……は」

 無理矢理覚醒させられ新野は新鮮な空気にむせた。

「ねえ起きた? じゃやり直そっか」

 目覚めた新野の顔をのぞきこみ少女はあどけなくにっこりと破顔する。

 新野の前髪をつかみ上げ、上体を起こさせた。

 意識が判然としない新野の腹部に少女のつま先がめり込む。

 咳き込む新野に容赦せず何度も執拗に蹴りを入れ続けていく。

「おいまだか?! いつやり返してくんだ? サンドバックさんよお!」

 強力に蹴り上げられ新野の体は吹っ飛んだ。

 公園の砂場に背中から突っ込む。

 残虐な笑みを浮かべたまま少女はのろのろと歩いて新野に近寄っていく。

(痛い)

 砂に顔を半分埋めた状態の新野は近づく足音をぼんやり聞いていた。

(立たないと)

 なんとか指先に力を入れ、砂をつかむ。

 全身が軋んだように悲鳴を上げている。すると背中からふんわりと温かみが降りてきて痛みがひいていく。

 振り上げた少女のかかとが、殺意とともに砂に落とされた。

 爆発とともに砂が舞い上がる。

 転がって避けることには成功したが、脚がしびれて新野は立ち上がることに失敗した。

 だがようやく頭が動き出した。目は彼女をとらえた。

 少女が距離をつめてくる、それを新野はじっと見つめた。

 振りかぶった少女の腕が向かってくる。その拳を見つめながら、頭をひねって回避する。

「お?!」

 痺れた足で立つがバランスを崩して倒れ込み、少女に体当たりする形になった。

 その新野の頭をつかみ少女の膝が顔面を襲ってくる。

 それを手でつかみ、

「おお!」

 感嘆する少女の体を軽々と放り投げた。

 地面と平行して吹き飛ばされた少女は宙で身をかわし、電灯に着地する。

 投げた新野のほうが息が荒い。

 しかし少女は嬉しそうに笑う。

「いいねいいね、だんだん燃えてきたんじゃないの?」

 しかし次には眉をひそめた。

 唐突に上空から降り立った影がある。新野と少女の間に降り立ったのは神子だった。

 燕の黒い翼が羽打つ。

「なんだてめえ……邪魔すんなよ」

 荒い呼吸で膝をついたままの新野をかばうように、神子は怒る少女に立ちはだかった。

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