無視をされて罵倒をされて
地面にまいた穀物に群がる鳥たち。その光景に喜ぶ子どもたち。
そしてそのまた光景をぼーっと見つめる、新野。
「って俺は公園で時間をつぶすリストラサラリーマンか!」
「なんだそれ、やけに具体的だが意味わからん」
冷静なつっこみが横から流れて、立ち上がった新野はまた不満そうにベンチに腰掛けた。
公園の黄色いベンチに似合わない男二人が座っている姿はどこか滑稽だ。
ブラウはそれを自覚して溜息をついた。
「結局、カラスの王にいいいように踊らされているだけだな」
「うるさい! ……わかってるから、苛ついてんだろ」
新野は鳥類の王たちとの空中の出来事を、思い返して歯噛みした。
鷲の王を退けた直後、鳥類の王たちに全方位を囲まれた。
周囲からたちのぼる憤怒と殺気。
「やるってのか……?」
竜騎士は手元に戻ってきた黒槍を再び掲げる。
槍もその意気に呼応するように青白く明滅した。
龍王はその新野の静かで刺すような闘気に、むしろ止めを入れたかったが、新野の雰囲気はそれを許さない。
実力差は見せつけたはずだ、これ以上の戦闘は龍王の望むところではない。
王の意志の分身である、テュラノスならその気持ちを理解しているはず。
だが今の新野にはそれよりも、この敵分子を退けるほうが是と判断するだけの自信があった。
それは龍王にとっては、驕りとも呼べるものだったが。
「やめとけ、バカども」
その制止は意外なところから飛び込んできた。カラスの王だ。
鳥類の王たちが驚きにざわめく。
「やっぱり龍は龍、お前たちなんかが敵う相手じゃないってことだな、ヒヒ」
奇妙に肩を揺らし笑うカラス。
「わかったらもういい、持ち場に戻りやがれ」
その声は愉快さの欠片もなく非情に冷たさを帯びていた。
とたん、カラスの群れが大波がひくように動き、その場から一斉に飛び立っていく。
森中の空に帰っていったカラスたちを狼狽して見つめる王たちに、カラスの王の冷たい視線がそそがれる。
その威圧感にしり込みして、一羽、また一羽と鳥類の王たちは退いていった。
最後に鷲の王が憎憎しそうに新野に一瞥をくれて、飛んでいく。
残るはカラスの王とその大眷属の二羽。
身構える新野に対し、羽を返してカラスの王は背を向けた。
「え、ちょっと……」
「あーなんだっけ? お前オレに用があるんだったか? 今別のことしたいから、またいつかな。お疲れサマー、ヒャハハハハ!」
甲高い哄笑を上げて、カラスの王と従者は悠然と飛び去っていってしまう。
置いてけぼりな扱いにぽかんとする新野。気づけば最早追う距離ではなかった。
「な、なんだったんだ……?」
「まんまとダシにされちゃったわね、お兄さん」
神子はやれやれと首を振った。
「あいつの狙いは、鳥類の王たちの思い込みを滅多打ちにすることだったのよ、はなからね」
「思い込み……?」
「二年前のことから、鳥類の王たちにとって龍王は伝説じゃなくなった。形ある動物で、邪龍王より……弱い」
告げる神子の声は申し訳なさそうに震えていた。
「特にお兄さん、新しい龍王のテュラノスなんて特にそう。最早龍王も、龍王のテュラノスも従うべき者じゃないの。だったら利用する以外に奴らの考えにはないわけ。完全になめられてたのよ」
確かにその意識は、新野にぶつけられていた。
「でもそれを、カラスの王は思い込みだって言ったのか」
「言ってわかる奴らじゃないからね、実際お兄さんにぶつけて、自覚させた。武闘派の鷲の王を行かせたあたり小狡いでしょ? しかも先にお兄さんのパワーアップを図っておいてから」
「カラスの群れはそんな意図があったのかよ」
「そ。お兄さんの強さを引き出しておいて、万が一龍王のテュラノスが敗北することを未然に防いだのね。自分から逸らせておいて、負けさせるなんで意地悪でしょ、うちの王様」
「意地悪にもほどがあるだろ……」
肩を降ろした新野の脱力とともに、全身の装甲が霧散して宙に溶けていった。
すると上空の風の冷たさが直に感じられる。
「これでまたふりだしか……」
「私からあいつに言ってみるから。しばらく待ってて、気長に」
「気長にね……」
諦念の吐息に龍王が小さく笑っていた。
「これで三年待てってなったらどうする気だ……?」
イライラと新野はつま先でリズムを地面に打っていた。
苛立ちの原因はそのカラスの王の無碍な扱いだけでない。
なんとかカラスの王との対面にこぎつけなければいけないはずなのに、案も考えず龍王とロットはトロントの観光施設へと再び遊びに行ってしまったのだ。
とりあえず神子から推薦された宿を連絡通路としているので、新野はそこの近くの公園くらいしか行動範囲を広げていない。
(いや俺は別に遊びたいわけじゃないけどね? ただなんで俺だけこんな心配してんだ?)
遊びに対して興味が薄いブラウも一緒だが、こちらも案を考えている素振りはない。
やはり今の状況に焦っているのは自分一人だけなのだ。
そう思うととにかくいらいらしてくる。
「わあ! なにすんだよー!」
突然耳に入った声に顔を上げた。
小鳥の群れが一斉に飛び立っていく。
子どもたちがまいていた鳥のエサを、足裏で踏みつける人物がいた。
「うるっせえぞガキども!」
その目の覚めるような一喝に子どもたちは身を縮こまらせた。
「あたしはああいう、なんの恥じらいもなく施しを受ける奴らが大嫌いなんだよ! お前らもエサなんてまいて、それを必死に食う生き物見てなに喜んでんだ? どSかてめえらガキのくせに、きめえんだよ!」
「ガラ悪っ」
ブラウが呆れて一言告げる。
するとその叫びの主は地獄耳なのか、ぎらりと鋭い眼光をこちらに向けてきた。
「今なんつったてめえ!」
ドスのきいた声だったのだろうか、しかし向けられた方はぽかんとするばかり。
何故ならその声の主は、まぎれもなく少女だったから。
燃えるような紅い長髪と、暖色でまとめてあるミニスカートのセットアップ。新野の腰にも届かない小さな背丈だった。
気丈な赤茶の双眸が長い睫毛とともにある。その大きな丸い瞳と、対して小さい口唇からは子どもらしい可愛らしさを受けるが、繰り出される言葉は苛烈そのもの。
声はとても可愛らしいので、全く威圧感は無いが。
「なんつったって聞いてんだろが、答えろや!」
少女は怒りに声をはりながら、新野たちに近づいてくる。
新野はそんな怒声に冷水を浴びたようで、気づけば苛立ちなど消えていつもの彼に戻っていた。
鷲の王の勝利から、もしかして自分は気が強くなっていたのではないか。
それはこの少女の姿に重なる。
自分が小さいことを忘れ大きな態度をとっていた自分に。
思わずふっと笑った。
肩の力も自然と抜ける。
(俺はそんなんじゃなかったな。なにが、自分だけ頑張って考えてる、だ。俺一人じゃ鷲の王と戦うことも出来ねえっつーの、馬鹿みたい)
そうだ、焦るなんてお門違いなのだ、自分一人で出来ることではないのだから。と新野は反省をしていた時――
新野の浮かべた笑みが、少女の逆鱗に触れていた。
「てめえ……!」
少女の足がまた一歩近づく。
そのある一定の距離に踏み入れられた時、新野の全感覚が総立ちした。
がたりとベンチを揺らして立ち上がる。
警鐘が鳴る! それは白銀の女と出会ったときと同じもの。
「こいつ、邪龍王の――!」
「気づくの遅っせえーんだよ、死ね!」
少女の姿が一瞬にして炎に包まれる。次にその炎から跳びかかってきたのは、新たな衣装に身を包んだ彼女。
炎を伴った手刀が、新野の胸を貫いた。
「あ」
ロットは隣の龍王の手から、今しがた買ったばかりのソフトクリームが落ちたことに声を上げた。
「あーあ、もったいねえ。なにしてんの?」
「行くぞロット!」
「は?」
少女はロットの手をとって、並んでいたメリーゴーランドの列から飛び出した。
「え、なに?! お前が乗ろうって言ったんじゃん! せっかく次のじゅんば――」
ロットは少女の横顔を見て、口をつぐんだ。
少女の顔は戦いに赴く者の表情をしていたから。




