鳥類の王
「お兄さん……!」
自分の王に手綱をつけた新野に、神子は驚きの声を上げた。
その肩をつかむカラスの王も意外そうに軽口をたたく。
「自らの王を御するテュラノスか、しかも龍を。ヒヒッ、業腹な奴だな、目的のためなら手段を選ばないタイプか?」
たしかに、と神子は思い返す。
新野は猪の王を倒そうとした時、自らの体がどれだけ崩壊しても達成しようとした。
その一途さと、少し不気味にすら思う愚直さをまた感じる。
(強く、強く、強くなる……? ……なんの、ためだ……?)
まどろむ自意識の波。
新野はその波にさらわれるように思考の海に沈みかけていた。
その時、龍王の鐘を鳴らしたような咆哮が響く。
肌を震わせる、衝撃が全身を駆け抜けた。
「はっ!」
喉に新鮮な空気がどっと入ってくる。ようやく呼吸ができたようで新野は咳き込む。
息が吸い込みづらい。苦しさに喉をかこうと思ったら、手は兜に当たった。
「なんだこれ……邪魔……」
むせながら、兜を脱ぎ棄てる。物質の形状は消え、兜は霧散した。
視界が開ける。
冷たい空気が額の汗に触れていく。
新野は現状を確認した。片手が握る手綱に気が付き、それにつながるくつわに気が付いた。
さあっと血の気がひく。龍王に、乗馬のように道具をつけている。
「なんでだこれ!」
手綱を慌てて投げ捨てくつわを外そうと手を伸ばす。
しかしそれを阻んで龍王は首をやんわり振った。
(いいから新野! 君がそう判断したのならそれは必要なことなんだ)
「?」
(これは君の、テュラノスの直感が生み出したものだ。それが導いたのなら、これから必要になる)
「これから……?」
(カラスたちは賢明だよ)
ごらん、と龍王に促されて新野はあたりを見回す。
大鴉を作っていたカラスの群れは、今ばらばらになって遠巻きに新野たちを囲んでいる。
(その姿になった時の君に近づいていたら、みんな殺されてたいただろう)
疑似カラスの王となっていた大鴉に殺されかけた時、新野はその「敵」を倒すために一心不乱になった。その結果が竜騎士の姿。
カラスの群れのむこうにとどまる神子が見えた。その肩をつかむ六枚羽の異形なカラスにも。
「あれがカラスの王……?」
(そう、名は銀星、シルバースポット。気をつけろ、まだ終わっていない)
神子たちのはるか向こうから、いくつもの影が迫っていて、その光景に新野は愕然とした。
颯爽とまず現れたのは二羽の大鴉。
カラスの王の大眷属、フギンとムニンは対照的に神子の周りを飛翔する。
「ヌシ様お待たせいたしました! 群化の王ども、召集完了でございます!」
「お嬢ま~た怒られてるの~? あぶないなあもう~」
早口とのんびり口調が喋ると、カラスの王は神子から脚を離し、笑い声を上げた。
「ヒヒ、いいぞいいぞ。よくやったなあお前ら!」
「至上の喜び!」
「ありがとさ~ん」
神子が二羽の報告から事態を察したと同時に、彼女に影が落ちる。
見上げた先にはいくつもの翼。
大鷲の王、インコの王、大雀王、孔雀王、他にも多数の見慣れた顔ぶれが一同に会している。
カラスの王率いる、鳥類の王たち。
「さあお前ら、かの龍王にたてついてみたい馬鹿野郎はいるか?!」
漆黒の翼を振り、カラスの王は興奮して鳴いた。
王たちのくちばしから、それぞれの叫びがその声に重なる。
「なんでだよ、獣王ってのはお前の味方なんじゃないのか?」
集合した鳥類の王たちの好戦的な雄叫びに新野は狼狽する。
返答する龍王の声は冷静だ。
(それは二年前までのお話。僕はもう一度負けているし、その後みんなに謝りもせず隠れてしまった。そんなやつをどうしてまた信頼できる? 負け戦の嫌いな、リアリズムの鳥類の王たちならなおさらに)
自虐する言葉に新野は返す言葉が見つからなかった。
ただあれだけの数の王が、あからさまな敵意をぶつけてきている。
「戦うのか、これ全部と……?」
今度は龍王が黙った。
王の群れからふわりと一羽が上昇した。
尾羽と頭が白い、勇猛果敢が顕現したような鳥。
鷲の王が龍王に向かってくる。
「来たぞ!」
(新野、彼らは甘くないぞ。気をつけろ、今までの王とは違う!)
「違う? なにがだ?」
上昇気流にのって鷲は悠然と距離をつめてきている。鋭い視線を龍王から全く離すことがない。
(言ったろ、リアリズムなんだ。鳥類の王には神子を除いて、テュラノスはいない)
「そういやテュラノスが出てこないな、と思ったらいないのか。……まさか」
龍王は哀しそうに眼を細めた。
(テュラノスを食った王は力を取り込んで強くなっている、それは回数が重なれば重なるほど……強い)
新野は表情に驚きを含ませなかった。しかし手綱を握る力は少し強くなった。
「ダメ、戻ってよ!」
鷲の王を追おうとする神子の前進をフギンとムニンは壁となって阻んだ。
「邪魔! どけバカラス!」
神子の罵倒は二羽のカラスに無視された。
周りの王たちは鷲の王の獅子奮迅たる活躍を期待して、それぞれ湧き上がっている。
期待値が高いのもうなずける、鷲の王は鳥類の王きっての武闘派だからだ。取り込んだテュラノスは三人。豪胆なところも相まって強さが外ににじみ出ている。
鷲の王も観戦する王たちも、龍王に負ける気などなかった。
その熱気とは離れ、カラスの王は静かに一番上から高みの見物を決め込んでいる。
神子は王たちを振り仰ぎ、
「なんであんたたちってそんなに馬鹿なの? 鳥頭ども……! カラスの王がなに考えてるのか、なんでわかんないのよっ」
しかしやはり誰にもその声は届いていない。
カラスの王だけが愉快そうに肩を揺らしていた。
「目的のために手段を選ばない? はっ! あんたが言うなっての……!」
観戦していた王たちから、その時ひときわ大きな声が上がった。
「龍王右へ!」
掛け声とともに手綱を引いた。
黒龍の長い首が大きく右に旋回すると、鷲の横から背後へと一瞬でまわりこんだ。
鷲は驚くこともなく龍王の尾に続くように旋回しようとする。
お互い後ろをとろうと旋回に次ぐ旋回を繰り返していた。
不意に新野が龍の背中に体を沈める。ぴったりと腹ばいになる。
と同時に黒龍は弾丸のごとく体をねじった。
尾がうねり続く鷲の体にぶち当たる、かに思えたが鷲は体重を右に預け緊急回避。
旋回のルートから外れた鷲へと、ねじり飛ぶ龍がさらに回転して距離をつめる。
ある程度直線上にしか「飛行」できない鳥と違って、自由に「浮遊」する龍独特の飛行。
今まで新野をきづかってできなかったことが、竜騎士となったおかげでいかんなく発揮される。
鷲は真横から龍の体当たりをまともにくらった。
普通の動物ならばその衝撃だけで昏倒するだろう。
しかし勇猛な鷲の王は宙ですぐさま体勢を立て直す。
その正面に、槍を構えた竜騎士の姿。
「狙うは初列風切り」
やり投げの選手よろしく、新野はどっと走り込んだ龍の勢いにのせて、槍を放った。
豪速で黒槍が空を飛翔する。
大きく開いていた両翼の先端、その羽先。
初列風切り羽。飛行において空気を受け流す11対の要。
それがぱっと散った。
空中戦において自信を誇っていた鳥類の王たちの眼が見開かれた瞬間だった。




