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獣のテュラノス  作者: sajiro
トロントの森/飛燕の王のテュラノス編
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竜騎士

 カラスの飛行速度は時速60キロ相当、本気を出せば時速200キロにも及ぶとされている。

 それは鳥類の中では特別速いといえるものではない。

 しかし何度も直角に曲がり、彗星のごとく空に軌跡を残す二体の獣には、そんな新野の知識が通じるものではなかった。

 振り落とされずしがみつくので精一杯。

 戦闘機にも勝るとも劣らない空中戦に、新野は歯を食いしばる以外に無かった。

 龍の鱗が方向転換のたびにさざめく。

 大鴉はそれにぴったりくっつく。

 離れない距離。

 新野は自分が足手まといなのだと痛感していた。

 単純な直角の動きではこの大カラスを振り切れはしない。

 だが龍王は複雑な飛行をためらっていた。

 本来巨大なはずの龍は、新野がまたがる程度まで小さくなっている。それによる速力低下。

 それと新野を振り落とさないように細心の注意を払っているからだ。

 自分は、お荷物になっている。

「だけどただのお荷物じゃあないからな……!」

 風にさらわれないよう気をつけ上体を起こす。

 漆黒のコートを新野は脱いだ。

 そのコートをばさりと払う。

 コートは収縮し硬質し、一本の槍へと変じた。

 禍々しい、鈍く光る切っ先。

 新野の手に、冴龍の刺槍が握られる。

「龍王!」

 主に声が届いたと同時に、龍王は一瞬の転身により応えた。

 真っ向から大カラスが飛んでくる。

 その距離わずか百メートル。

 新野の振りかぶりと同調して、黒龍は前肢を上げ、宙で立ち上がった。

 そして振り下ろしとともに、龍は前転する。

 慣性をともなって、黒槍の刺突が宙に放たれる!

 大鴉は羽ばたき急上昇。射線から外れたかに見えたが、黒槍は意思があるかのように追尾。

 龍王はカラスの進行方向へ飛ぶ。

「これで、挟んだ!」

 新野の怒号に続き、龍王も吠えた。

 しかし落ちたのは、不吉な笑い。

「ヒヒッ、真面目でつまんねえ御回答だ。びっくり箱開けてやるよお!」

 新野の眼前で大鴉の体が爆散した。

 視界はよく見る小型のカラスの群れに覆い尽くされた。

 カラスたちが丸く開いた穴から、豪速で黒槍が飛び出す。

 新野の眼ににその切っ先がしっかり映り込んでいた。


 群がるカラスたちの隙間から神子には垣間見えた。

 新野が龍王から落ちる瞬間を。

 飛燕の翼が推進し、神子はとっさに空を駆ける。

 しかし直後それを誰かにとどめられた。

 両肩と頭をつかむ鉤爪。3本の足。

「あ、あんた!」

 見上げればそこには荘厳なる6枚羽をさらす、鴉。

 左眼上の体毛だけ銀色になっている。

「近づくなよがきんちょがあ」

「はあ?! 誰のせいだと……! 離してよ!」

 もがく神子は叫び上空を見上げた。

 それとともに橙の光を見た。

「ヒヒッ、変わらねえよな龍は。追い詰めれば輝きを増す、どんなにだせぇやつでもよ」

 死槍に貫かれ落ちたかに見えた新野を、龍は拾った。その触れた時の輝き。

 二年前戦いの中でこの光を幾度も神子は見た。

 何度も何度も龍は助けてくれる。

 光がおさまると、そこには黒龍にまたがった黒い甲冑の騎士がいた。

 表情も、指先まで装甲に覆われた漆黒の騎士に最早新野の名残など無い。

「あららあ、力に呑まれてやがる」

 青白い燐光を放つ背鰭に照らされて、甲冑の表面が怪しく輝く。

 黒い霧を全身から立ち昇らせたその騎士の手には槍が握られていた。

 

 黒槍は新野の肩を穿ち、衝撃でその体は宙に放り出された。

 転身した黒龍が慌ててその襟首をとらえた時、新野の視界はちかちかと瞬いていた。

 激痛が欠けた肩だけでなく全身を襲い、麻痺させている。

 思考も弾けて、まだ組みたてられていない。

 力を得たとはいえ、精神的にはいまだ一般人の域を出ない新野は、やはり今回も自分の状況に驚くばかりだった。

 だが冷静な自分が毎度のごとく顔を見せてささやく。

(かっこわりい)

 鴉に翻弄され、自分の攻撃で落ちてしまった。

 自己嫌悪とともに焦りがつのる。

 強くならなければいけないのだ。

(強くなって敵を倒せなかったら、誰かが不幸になって傷ついて死んで……俺はまた被害者ぶって泣く)

 手からこぼれる命。

 今までの死んでいった動物たちの姿が脳裏を駆け巡る。

(強くならないといけないのに!)

 締め付けられるような痛みを胸に覚えた。

 息をするのも辛いほど重い鈍痛だった。

 それでもその意志は作り上げる。

 「強い自分」の想像を。

 気づけば新野の手に槍は戻っていた。

 放出する黒い霧はまたがった龍をも包む。それは鞍となり手綱となり、龍の口をふさいだ。

(新野……!)

 くつわを口にあてがわれた龍が、テュラノスに声をかけるが聞こえていない。

 至近距離でならのぞける、兜の隙間の新野の双眸は、煌々と橙に光っていた。


◆◆◆


 その一度体験すると忘れることのできない龍の気配に、鼠の兄弟二人は肌を粟立たせていた。

 戦慄しながらも、森を二人は駆ける。

「もうなんか始まってやがる! ニイノのやろー! ちったあ待ってくれたっていいのによう!」

 赤いコートをたなびかせるロットの背を、ブラウは最早呆れた眼で見る。

「てめえが遊んでたせいだっつーの」

 カラスの大群が空を覆い尽くす方向へ二人は必死に走っていた。



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