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獣のテュラノス  作者: sajiro
トロントの森/飛燕の王のテュラノス編
60/147

raven

 台風のごとく飛翔する光の燕を連れて、神子は胸をそらせた。

「さあ、言わないといじめちゃうからね!」

 振り上げた手と連動して光りの渦が流動する。

 その波にカラスの群れが大いに騒ぐ。

 しかしその時、

 神子も新野も動きを止めるような、時間が一瞬止まるほどの「音」がした。

 それはどんな騒音の中でも聞き取れる、惹きつける音だった。

 カラスの声だったが、そのリズムと音階はまるでオルゴールから流れるような「歌」だ。

 その歌が流れると瞬時にカラスの群れたちが騒ぐのをやめ、隊列を組みはじめる。

 漆黒がでたらめに動いているようで、しかしすぐさまそれが取った形に神子たちは目を見開いた。

 カラスの群れが集合し、一軒家に匹敵する大鴉へと変じる。濡れ光る黒塗りの翼は大きくはためき、とてもカラスの集まった擬態には見えない。

 その大鴉は神子の光の粒にも動じず、巨大な翼を広げ大きく鳴いた。

 奇妙なことに大鴉には三本の足がある。そして左眼の上あたりには白い鴉がいるのか、一部が白い。

 その姿に神子が声を上げた。

「ちょっとあんた、カラスの王ね!」

「こいつが?!」

 大鴉は急発進してその場から飛び去ってしまう。

「あ、待てこの野郎!」

 神子は可愛らしい顔を歪め、翼をひとつ大きく打つ。膨大な空気をはたき押し出すように飛燕の速度で後を追う。

 流星のごとく消えた鴉と神子を見送って、新野は焦って龍王を振り返った。

「お、俺らも行こう!」

「うん! でも新野走るのか?」

「確かに…! 俺はおいてってくれてかまわないが……」

 口ごもるテュラノスを見て龍王は閃いて手を叩いた。

「ならこうしよう!」

「?」



「くっそ、速い…!」

 追う神子は颶風に黒髪をはためかせる

 ただのカラスが擬態しただけならば、そんなものに飛翔で劣るはずがない。

 トロントの森にいるカラスたちは全員が全員、カラスの王の眷属である。

 そしてさっきの歌。

 あれはカラスの王の命令式だ。

 眷属を意のままに操ってみせる。

 だから擬態といえども、今カラスの群体たちは王同然のようなものだ。

「だからって、負けないわよ!」

 神子の翼が光をまとう。

 彼女がツバクラメと呼ぶその光たちは一羽一羽が燕の形をした光で、輝きとともにさえずりが空気にこだまする。

 先刻は台風のごとく吹き荒れてみせたが、今は両翼に集合した。

 テュラノスの能力は実現する想像。

 ヒトは翼があっても飛べるはずがない。

 そんな理を無視して、神子は更にイメージする。

 より速く! より直線的に! 飛べ、飛べ、飛べ!

 強い意思に呼応してツバクラメたちが一斉に加速する。

 光は輪となり、何重にもなって翼を押し出す。

 後ろから押し出される加速力を絶妙な体幹でもって、神子は風を追い越して飛んだ。

「ほら――つかまえたあ!」

 大鴉の扇状の尾羽に手が届く。

 刹那、無数の光が燕の両翼から放たれ、大鴉の全身を包んだ。

「……!」

 光に捕獲された鴉は急停止して、直下する。

 ジェットコースターばりの滑空。

 しかし唐突にツバクラメたちがはじける。

 大鴉が両翼を開き、燕の光を霧散させた。

 衝撃に飛ばされかけた神子は奥歯をかみしめ抗う。たくみに翼を操り鴉の前で振り仰いだ。

「ヒャハハハハ!!」

 聞き覚えのある哄笑が溢れ、鴉は腹をよじってみせる。

「ああ楽しいなあ、おい楽しいだろ?!」

 目を見開いて同意を求める鴉の声は、やはり鳥類を束ねる男のものだった。

「もっと、もっとしようぜ鬼ごっこ! エンドルフィン出しまくって気持ちよくなろうぜ! さあ次はなにして遊ぶ?!」

 巨大な嘴を急接近させ、神子が答える間も与えないくらいの勢いで鴉は問うてくる。

 その迫力に負けないよう、神子は手を振って声を上げた。

「あ、遊んでる場合じゃないのよ! 龍王があんたに用があるから――?!」

 いっそ陽気であったくらいの鴉の雰囲気ががくりと変わり、神子は声を失った。

「俺と遊べねえってのか……?」

 絶対零度に冷えた声色に反応して、ぶわりと冷や汗が流れる。

 一瞬にして放出されたのは紛れもない殺意。

 機嫌が変わるスイッチがわからない。

(そうだった、こいつはこういう奴だった。気まぐれ極まりない、カラスの王――!)

 その最悪といってもいいタイミングで、龍王と新野は合流した。


 

 叩き付ける風に新野ははじめ音を上げそうになった。

 常人が飛行機になんの外壁もなく乗っているようなものだ。

 今新野が乗っているものはそれくらいの速度を有していた。

 鴉と神子の速力も素晴らしいものだったが、それに一息で追いつけそうなこの生き物の速力は言葉にし難い。

 乗馬の経験があったので騎乗自体は迷わず行えたが、乗り続けることは困難だ。

 漆黒の鱗は鋼のごとく硬質で、鞍が無いからはさむ太ももへの衝撃に痛みすら感じる。

 新野は龍態となった龍王に、騎乗していた。

 本来の巨大な姿でなく、馬より一回り大きいくらいのサイズになってくれた龍王が言った。さあこの背に乗れ! と。

 翼の根本に足先を引っかけて、長い首にかじりついていたが、いざ飛翔すると、

「無理だ……!」

 弱音でもなんでもなく本音で、振り落とされる未来が近いことを予感する。

 このままでは落ちる。

 本能的な考えに反応して、新野の額に光が灯った。ひし形に広がる両翼のしるし。

 冴龍の脚甲が展開され、力強く龍の胴をとらえる。

 腕甲が両腕を包み、指先にまで浸透したテュラノスの腕力が龍の首をつかむ。

 不可視の膜が新野の前面を覆い、空気抵抗が軽減され上半身を上げることができる。

 吹きすさぶ視界に橙の眼は慣れ、前方にとどまる巨大な鴉を発見した。


 空を疾駆して近づく龍の姿に、大鴉は興奮する。

「おい神子よ! てめえじゃつまんねえよ、ガキんちょが! だったらあいつらと遊ぶとするか」

 目を三日月のように細めて鴉は笑う。

 神子は後方から高速で近づく龍に驚いた。

 それに立ち向かうように鴉が急発進する。

 

 突如正面から飛んでくる鴉に新野は狼狽した。

「なんだ、あいつ!?」

 新野が驚いているのは鴉から発せられる殺意だった。

 今まで対峙したものたちとは一線を画するものだった。

 憎しみや破壊の意志からくるものとは違う。

 純粋なまでにまっさらな、だけど油断できないもの。

 これは野生動物がよく発するものだと新野は既視感を覚える。

 後先など関係ない、今殺してみたいから殺す、そんな明確で裏表のない感情が鴉からぶつけられる。

(新野、迎撃だ! 殺されるぞ!)

「はあ? だってあれカラスの王で、あんたの知り合いなんだろ?」

 またがる龍から伝わる意思に、新野は不思議で声を返す。

(そうだ。でもあいつはそういう奴なんだ、あいつの興味は今君に向いている。君が面白くなければ、とって食うくらいにしか思っていない!)

「面白いって、なんだよ!」

 正面から吹く奔流に叫ぶと同時に新野は覚悟を決めた。

 トロントの森上空で風となった二体の獣がぶつかりあおうとしていた。

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