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獣のテュラノス  作者: sajiro
トロントの森/飛燕の王のテュラノス編
58/147

おいでませトロントの森

 はるか高地を行くケーブルカーから降りるとそこには大樹の山がある。

 観光客でごった返す街、その街を包む森をトロントの森と呼称した。

 そしてそこは鳥類の楽園とも呼ばれる。


「ねえねえ聞いたよ? 神子龍王のテュラノスに会ったんだって?」

「ちょっとそれってやばくない? てことはまた戦争があるわけでしょ。あんたそれに行くの、大変ねえテュラノスって」

「でも龍王ファンにしたらいいんでしょ、良かったねえ~」

「で今回の龍王のテュラノスはどうだった? イケメン?」

 包囲され口々に言われる中心で神子は苛立たしさに体を震わせていた。

「みんなうるっさい! 他人事だと思って!」

「だってほんとに他人事だもんね?」

「私ら王といっても戦えるわけじゃないし」

「テュラノスもいないしね」

 神子の周りには色とりどりの鳥たちがいる。

 彼女らはそれぞれが一種の王であった。

 しかし王といっても名ばかり、ここトロントの森には絶対的な支配者がいる。

 カラスの王、シルバースポット。

 彼の許しがなければ、鳥の王たちは眷属を作ることもテュラノスを得ることもできない。

 無力化した鳥の王が無数に暮らす場所だった。

 その王たちの興味をひくのが、飛燕の王のテュラノスである神子だ。神子は唯一「王に食われていない」テュラノスである。

「あら、その龍王が来たんじゃない?」

「そうね、大きな気配が着いたみたい」

 はしゃいだ声でさえずりながら、鳥たちは一斉に飛び立っていく。

 目指すはケーブルカーの発着所。

 ぶすっとした顔の神子も龍王の到着に口元がゆるんだ。すぐさま自覚して無かったことにされたが。


 あらかじめ連絡をもらっていたので迎える心の準備はできていた。

 しかし神子を見つけて手を振ってくる橙色の少女の姿に、そんな準備は無意味だったと知る。

「やー! 久しぶりだねホンファ!」

 嬉しそうに破顔して神子の肩を叩く龍王を前に、とても顔を上げられない。

 おそらく耳まで赤くなっている。

 心中で叫びながら「どうもこんにちは……」と小さい声であいさつを振り絞った。

「あれ、もっと元気な感じじゃなかったっけ? 腹でも痛いのか」

 と心配した声を出すのは龍王の隣に立つ黒装束の男。

 ケーブルカー発着所はヒトで混雑していたが、木々にとまる鳥たちがひそひそとこの男について論議を交わしているのが聞こえた。

 龍王のテュラノス、紛争の引き金となった彼に「腹なんか痛くないわい!」と叫ぼうと顔を上げたが、新野を視界に入れて神子は目を見開いた。

「顔怖っ! あ、そっか好きな人の前じゃ緊ちょぐふっ!」

 余計なことを言った新野の腹に容赦ない肘鉄をくらわせる。

「ぐおお……めちゃくちゃ元気じゃねえか……」

「別にお腹なんて痛くありませんから」

 うめく新野の横で神子はさらりと髪を払った。

 久しぶり、と言っても新野とは数日ぶり、そう離れていた時間は長くない。

 しかし神子が目を見張るほどに、この男は変貌していた。

 外見の変化はなにも無い。

 同じテュラノスだからこそわかる内面的変化があった。

 新野と神子が戯れている間もにこにことしていた龍王は眼前にそびえる森を見上げる。

「それにしても久しぶりだな。変わらず楽しそうなとこだねここは」

「ほんと。ザルドゥも強烈だったけど、ここもかなりな。まさか世界の地下に、またこんな世界が広がっているとは」

 疲れた様子で溜息をつく新野を見て、神子は懐かしさを感じる。

 二年前この異界に堕ちてきた時、神子もどれだけそう思ったことか。

 トロントの森は宙に浮いた山が地盤だった。陸路ではどこともつながっておらず、はるか下層に空を走るケーブルカーでつながった街がある。

 この異界ではそれぞれの街が地続きになっていることのほうが珍しい。

 街から一歩出ればそこは未開未踏の地であり、人間が出歩いて目的地に到着することはほぼ不可能だった。

 ザルドゥ首都も街を囲む森の外は闇が広がっている。

 そのためどこか別の街に行く場合はナワバリヌシが管理する「扉」を抜けなければならない。

 各街の扉を抜けると「楽園の扉」と呼ばれる施設に入り、そこからまた目的地の扉をくぐるのである。

 しかし獣においてはこの移動方法以外の別の方法でやってきたりする。

 謎ばかりの異界においてトロントの森もかなり特殊な所である。

「ここもどこか地上が落ちてできたところなんだよな」

「そうね、世界で三番目に大崩落した、混沌としては古株の土地。中国最北東部、黒龍江省の国境付近。それが元の土地かな。でも今では一大観光地ね。大自然に広がる節操のない娯楽都市よ」

「娯楽都市ねえ……」

 耳をすませば聞こえてくる、新野も聞いたことのある音。

 森の頂上から突き出したそれは地上でも見覚えがあるが、ここまで凶悪なつくりは無かったはずだ。

「心臓がリアルに止まるくらいハラハラするので有名な最恐ジェットコースター、総落下数異界一を誇る、ええでしょう? 乗ってみたい?」

「ぜっ、たい嫌だ! しかも名前がパクリ疑惑!」

 断固拒否する新野の隣で龍王が目を輝かせていたが、そればかりはとてもついてはいけないと思う龍王のテュラノスだった。

 そこで神子は、ようやく五月蠅い他二名がいないことに気が付く。

「あれ、あの馬鹿二人は?」

「ああ多分、それ乗りに行ったんだな」

「なにしに来たの、あんたたち……」

「俺は行かないよ! 真面目だよ俺は」

「どうだか……」

 主張する新野の手にトロントの森のパンフレットが握り締められていて、神子は肩をすくめた。

「まあお兄さんたちが長くいるとその分邪龍王に目をつけられちゃうわ、さっさと用事を済ませましょ。こっちに来て」

 踵を返した神子は背中から燕の翼を出して、地を蹴った。

 あたりの観光客がそれを見て歓喜の声を上げるが、彼女はなんら気にせず森へ飛んでいこうとする。

「おいちょっと待てよ! 飛んでいくの? 無理なんだけど!」

「ええ? 龍王のテュラノスのくせに飛べないの?」

「え、飛べるの当然なの」

 数秒見つめ合い、新野が冗談を言っているわけでないことを確信すると神子は大いに深い息をついた。

「なんだよその至極残念そうな溜息!」

「お兄さん、強くなったのは気配だけだったかあ……」

「うわあ、なんかごめん……じゃねえよ、俺のせいか?!」

「まあ僕も龍の姿になるわけにいかないからなあ」

「今タクシー呼ぶわね」

「なにその華麗な手の平返し!」

 そうしてすぐさま現れたのは、人間を二人は乗せられそうな巨大な大鷲だった。

 胸にはホークタクシーと書かれた看板をさげている。

「イーグルタクシーじゃないんだ……」

「社長が鷹なもので」

 気さくな鷲の返答に、いまだ動物と話せることに慣れていない新野は驚いていた。

 大鷲に龍王と新野が乗り込み、森の上空を飛ぶ。

「やたらとカラスが飛んでるな」

「あれは空の警備よ。トロントはケーブルカー以外の入国は認めてないの。ヒトが多いだけに物騒だし、でも安全を保障した観光地でいたいからね」

「でたらめなんだかしっかりしてるんだか」

 遊園地や自然公園を抜けた先はうっそうとした森になっている。さらに奥へ進むとそこには、

「城……!」

「あれがここのナワバリヌシ、カラスの王の城よ」

 白磁のまさにおとぎ話に出てきそうな荘厳な城が建っている。

 鷲と神子はその玄関口に降り立った。

 大きな噴水と花々で飾られた庭の先で城の受付がある。

「まさかここも……」

「一般開放してるの。入場料払えば最上階まで行けるわよ」

 呆れてものも言えない新野をおいて神子は受付嬢に声をかける。

 そして衝撃的な事実を伝えられた。

「ただいま謁見予約を受け付けました。お客様は三年後のご予約となります。日にちが近づきましたらまたご連絡を――」

「三年後お?!」

 受付台に身を乗り出して神子は驚愕する。しかし受付嬢の鉄壁の微笑みは崩れない。

 機械のごとく不自然に振り返った神子に、新野も龍王も目を丸くするばかり。

「え……まじで?」

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