チャリティー・ビギンズ・アットホーム
許されたわけではない。
「てゆうより、許す許さないの話じゃないんだよな、きっと」
新野の独白を龍王は静かに聞いていた。
「俺の罪は、いつか罰を受ける。二人は俺がやったかどうかはもう気にしてなくて、だったらいつまでも俺が気にしてるのはおかしいんだよな」
「罪か……」
「ああ、罪だ。誰かを傷つけるのは、罪……償う日が来る……」
「償う日……」
獣人の兄弟は狼王のもとへと行き、この階には二人しかいなかった。
手元の果物を転がしながら、龍王は黙考する。
新野はそんな龍王を見ながら、口を開いた。
「俺で何人目なんだ?」
龍王は手を止め、見開いた眼で新野を見返した。彼は静かで落ち着いていた。
「獣王はテュラノスを食うんだろ。思えば猪の王は猪の姿そのままで、狼王と出会った時もなんでヒトの姿をしてるんだって疑問だった。あんたのその姿も、テュラノスのなんだろう?」
少女の姿をした目の前の彼女。
性別はオスだと言ったり、神子が再三言っていた「変わった」という発言。
獣王の本来の姿はやはり獣のままの姿だったのだ。
テュラノスを食み存在を取り込むと白銀の女は言っていた。
「うん……この子は君の前の、僕のテュラノスをしていた子だから……」
「俺は二人目か?」
「ううん、三人目だ」
思いつめたように手で顔を覆う。
(テュラノスってそういう運命なのか? 俺も最期お前に食われるのか?)
という言葉が喉まで出たが、この疑問をぶつけることなど、少女の様子を見ると新野には到底できなかった。
「だから僕はやっぱり君を、巻き込んだんだ……。辛い道にひきこんだんだよ」
「いや、俺はもうそれはいいんだけどね?」
「はあ?! なんで?!」
「いやなんでって言われても」
少女の剣幕に引きつつ新野は続けた。
「あのむかつく奴を倒せるならいいんだよ」
龍王の動きが止まる。一瞬で石のごとく固まったので思わず笑ってしまった。
「そ、そこ笑うとこ?!」
「いやあだってなあ……。……いいんだよ、地上でぼーっと生きててもつまんねえし」
「つまんなくなんてないだろう!」
「あーもーわかったよ」
直球の相手をかわそうとしても逆に疲れるだけだな、と改めて言葉を紡ぐ。
「地上に開く大穴、混沌って上では呼ばれてたんだけどな。地上にいてもいつか混沌に落ちて死ぬかもしれないし、でもそれは嫌なんだよな。災害って不運以外のなにものでもないだろ? 誰だってそうだろうけど、自分じゃどうにもできない死に方って一番悔やみそうでさ。しかも混沌なんて存在そのものが謎だったわけだし」
少女の熱烈な視線を感じていたので新野は気まずく床を見ている。
「でもこっちに来てその謎は解けただろ。俺はいつの間にか地上を救うヒーローになれるかもしれないわけだわ」
目線を上げるとそこには笑いをかみ殺している主がいた。
「……おい」
「ぶっは! ヒーローとか思ってもいないこと言わないでくれ、似合わなすぎる!」
「お前なあ…………まあいいけど。とにかく! ……鼠の王のためにも、俺が逃げるわけにはいかないんだよ。これも償いの内に入るかもな」
鼠の王という言葉に龍王はまた動きを止めた。
「新野……、でも、それは」
「わかってるよ。別に鼠の王のためとか思っちゃいない。俺は俺の意志で天魔や邪龍王を許せないだけだ。せいぜいこの龍王のテュラノスの力で、うさを晴らさせてくれればいい」
そう言って口元を歪める。
それが本気かどうか龍王にはわかる。少し前まで争いを避ける性質だった彼だ。この抗えない闘争の波に乗じるために、彼は自らの役になりきらなければならない。
地上の混沌を止める力といえば聞こえはいい。
しかし実際は、自らも仲間も傷つきながら、血を流しそれでも逃げ場がない、そんな泥に足を取られた状態。
守るのと殺すのは、新野の中で表裏一体の苦行と化していた。
「まるで獣だな……」
地上の園にいた飼育動物たちよりも、自分のほうが獣然としている、と思うとなんだか可笑しくなってきた。
そんな決意している横顔を、龍王は強張った表情で眺めていた。
「二人とも」
不意に新野と龍王に声がかかる。ブランカが尾を振って呼んでいた。
「王が呼んでいるから、来てほしいの」
顔を見合わせてから、承諾し白狼の後に続く。
最上階に戻ると騒ぎが耳に届く。先刻新野が青銅の狼と寝ていた時には狼王の姿はなかったが、ブラウロットと絶賛口論真っ最中であるのはたしかに狼王その人だった。
ひとつ下の階に新野たちはずっといたので、狼王は壁の大穴から出入りしていることになる。
大穴からは強く下から風が吹き上げていた。冴龍の脚甲を持つ新野もできない芸当ではないが、日常的に出入りしているとなるとやはり狼王もヒトではないなと思い至った。
(このヒトもきっとテュラノスを食ったんだろうな)
そのテュラノスはおそらく夢で見た彼だ。姿は確認できなかったが、「最強の牙」などと呼ばれていた。
外見が同じ日本人だということもあるが、その狼王のテュラノスとは一度話してみたかったので非常に惜しかった。
きんきんと高い声でブラウが狼王につかみかかっているが、全く聞いていないのか狼王は新野たちに手を振り呼び寄せた。
「反省会は済んだか?」
どこか釈然としないが新野は頷いておく。
「新野、ナスシュの件はご苦労だったな」
空気に亀裂が入った感触がした。
気づいていないのかどうでもいいのか、狼王は和やかに進める。
「それでな、お前たちは次にどこに行くのか決まっているのか?」
「どこって……?」
「まさかまだザルドゥにいるわけじゃないだろう?」
からから笑うが新野はなにも返せないでいる。
「龍王とそのテュラノスがいてはまた火種がやって来る。出ていってくれ」
にべもない言い分に言葉を失っていると、龍王が隣で笑いだした。
「ははは! まあその通りだね、とりあえず出ていくしかないな、今日のところは休ませてもらって明日出るとしようか新野」
「え、あ、はあ……」
邪龍王を倒す決意をしたものの、これからの行動についてはなにも考えていなかった分、新野は慌てるだけだった。
「それでどこへ行くか決めているのか」
「いやなんにも」
「相変わらずだな……ならまずは鴉のところだな」
「ああ、そうだね」
「カラスって……」
そろっと聞くと龍王はにこやかに説明をしてくる。
「鴉の王、情報通でなんでも知ってる。鳥類は彼が統括してるんだ。クセはあるけど悪い奴じゃない」
「で、この二人もそこに連れてってくれ」
狼王の指の先にはぶすっとした兄弟二人だった。
「なんでおっさんの言う通りにしなくちゃいけねえんだよ!」
「強くなりたいとか言っていたのはお前らだろうが」
「だからってあんたの言うことは信用ならねえんだ。親父たちのこともずっと隠してたくせに」
「まだそんなこと言っているのか。ガキのお前らに真実言ったところで、無謀に仇討ちとか言って飛び出していくだけだろうに」
目まぐるしい攻防を眼前で広げられて龍王は慌て、新野は呆れる。
「そう言ってあんた俺達を街から追い出したいだけだろ!」
「まあ静かにはなりそうだな」
「おいひでえなー」
「ほらみろ!」
「じゃあお前らにここが守れるのか?」
狼王はうすら笑いを浮かべる。
「お前らはこの街を守りたいんだろう? そのために強くなるんだろう? だが強くなるまでは誰が守るんだ?」
狼王がにやにやし出したらもう誰も口を出せない。経験済な新野もロットとブラウへの同情の念をおさえられなかった。
「鴉の王のところへ行けばわかる」
有無を言わせない言葉に二人は諦めたのか憮然として黙った。
先のことがとりあえず決まり解散する空気になる。
新野は狼王の前に立ったまま動かなかった。
狼王はうっすら笑ったまま新野を見つめる。
「新野、俺は人間じゃない」
「ああわかってる」
「俺とお前は別の生き物なんだ。気持ちがわかりあうことはない」
「そんなことは……」
「他の生き物の気持ちをわかった気になれるのは人間だけだろうな。だからっておしつけるなよ」
「あんたは鼠の王……友達の最期を俺に……」
「トモダチ、か。それがもうすでに人間のものさしの考え方だろう? あのナスシュはもういなくなりたかったんだから、よかっただろう?」
「…………」
新野は狼王に背を向け、その場を後にした。
一人残った狼王に、のっそりといつも眠っている青銅の狼が寄り添った。
「お前か。新野に余計な夢を見せただろう。まあ結果邪龍王への敵対心が育ったからよかったが。……人間ってのはわからんな」
巨狼が鼻づらを押し付けてくる。狼王は無言でそれを受け入れていた。




