続・羊タイム
「あ……」
(謝らないと……)
二人の見慣れない真剣な面持ちは、敵を見るように剣呑なもので、それを向けられているのは自分だとわかっている。
謝らないと、謝らないと、と心だけが先を行く。声は追いつかないのに。
殴られた右頬と顎がじんじんと痛みを発している。きっと赤くなっているだろう。
ここで謝罪の言葉を言って、それで許されることなのだろうかと心の隅が問うていた。
(俺は二人の父ちゃんと母ちゃんを一度に殺したようなものだ)
「あ、あの」
「なんてな」
青い顔をして正座をした新野の言葉をふさいで、ロットが長い息をついた。
「え……?」
「まあ俺が頼んだことだし。あの場合しゃあないことだったからなあ。ほんとは感謝しなきゃなんだよな、ダメ親父の片付けをしてもらってさ」
一人でつらつらと話すロットは気まずそうに後頭部をかいて次には笑った。
「でもすっきりしねえからさ、悪いな殴って」
そう言っていつもと同じ顔に戻った彼に新野は絶句する。
言わなくてはいけないことがある。ロットを止めるために、自然と新野の手が上がりかける。
しかし追い打ちのように、静かにしていたブラウが、
「ニイノ、悪かったな」
「は?」
「お前がやりたくなかったことは知ってる。俺がお前だったら、きっとやれなかった……。辛い役を任せちまって悪かった」
そう言う彼の表情は無い。
(なんでだよ)
二人を前にして、新野は声も出ず、罪悪感に打ちのめされていた。
謝ることが怖くて、怖じ気づいていたら相手から許しの手が伸びてきた。
(その手をとったら、許されるのか? 俺は)
視線が床に落ちる。
無い心臓が早鐘を打っているようだ。
心の隅がまたささやく。
許してもらってしまえと、そうしてまた楽しく付き合えばいいと。
混乱に陥ったまま、新野の口が謝罪の言葉を吐こうとした。
「いや、それは違うんじゃないかな」
凛とした声にはっと顔を上げた。
龍王がまっすぐな視線で新野を見ていた。
その射抜く力に、新野の心の隅にいた「闇」がこそこそと逃げ出していく。
新野はまるで自分の王であるこの少女が光っているようにすら見えた。
沈黙が降りる。
一度つばを飲み込んで、新野は無意識のままに二人に頭を下げた。
「本当に、ごめん」
素直な気持ちがなんの飾り気もない言葉を選ぶ。
新野からは二人の表情は見えない。だから顔を上げ、しっかりと目を見た。
困惑しているような、哀しいような、悔しいような、混沌とした感情に苛まれている四つの瞳。
灰色で、今では鼠を連想させる色だった。
「もっと、違う方法があったかもしれないのに。俺は感情に任せて、手に入れた力に驕っていたかも、しっかり考えるのを放棄して……っ」
目頭が熱くなる。
しかし必死に歯を食いしばって耐えた。
(泣くんじゃねえ馬鹿野郎! 俺が泣いていいわけない! 悲劇に合ってるのは俺じゃない!)
膝の上で拳も力強く握り締める。力の余り手はがたがたと震えた。
「ごめん。もう、もう戻れないけど……、俺が鼠の王を、殺した……!」
言い切って、額を床につけた。
罪悪感で吐き気がする。視界は酩酊してとても目を開けていられないが、新野は目を閉じずまた顔を上げた。
沈黙。
きっと一分も満たない時間だったが、永遠に続くかと思われた。
その間何度、心中で謝っただろう。何度自分を憎み、殺しただろう。
「うん……」
ぽつりとブラウの声が落ちた。
その後ひとつの光が、新野の視界に落ちてきた。
それはブラウの頬を何度も滑っていく。
とめどなく流れるそれを本人も気が付いていないのかそのままにして、ブラウは呟いていく。
「くそ……くそっ! なんで……!」
うつむくと、雫は雨になって床を濡らした。
ロットは少し驚いた様子でその姿を見ている。
それから壁の大穴から外の景色を見上げた。雨があがった空特有の晴れ晴れしさが広がっている。
「ニイノ、さっきの俺らの言葉はウソじゃねえから……、ただ俺はさ、お前にやってもらうんだったら自分でやりたかったんだ。そのほうがきっとずっと、決着ついた、こんなわけわかんねえ気持ちになるよりはずっと」
「そうだ……」
ロットはどこか寂しそうに、ブラウは怒りをねじ伏せるように、二人とも自身の手を見つめた。
「もっと、強く……!」
異口同音に力強く言う。
新野もその言葉を、胸の内で強く続けた。




